5-3 卒業生と落第生(2.3k)
夕方になり、どこかに行っていたフォードが迎えの馬車を連れてやってきた。
帰っていく受講生に対してジェット嬢が車いすに乗って笑顔で声をかける。
「今日はお疲れさまでした。明日も頑張りましょう。逃亡したら【滅殺】よ」
フォードは何のことかわからないという表情をしているが、受講生たちは【無の表情】だ。無表情ではなくて【無の表情】な。
まぁ、これで明日も全員来るだろう。
◇
翌日午前中。
欠席者ナシ、逃亡者ナシで即席魔法学校二日目が開校した。
俺が食堂にてA班の12名の講義を開始したその時だった。
展示室から突如落雷のような音。
慌てて駆けつけると、ジェット嬢は車いすに乗ってスカートを押さえながら何食わぬ顔で講義。
「先日の講義で魔法属性というのは絶対的なものではなく、イメージ次第で自由に増やすことができるということを学んだかと思います。つまり、今雷属性の無い皆さんでも訓練により雷属性に近い発電能力を得られるということです」
まともな先生らしい講義をしている。
「雷属性は今まではあまり用途が無くて重視されなかった属性ではありますが、電動機の発明により重要度は上がりました。また、女性に対して不適切な行動をするそこのアホのような男に対して外傷を残すことなく相応の報いを与えることができます。そういう意味で女性にとっては便利な魔法です。今日の訓練で確実に仕留められるレベルまで習熟しましょう」
「はーい!」
スタンガンの代わりかよ。
悲鳴も叫びも聞こえなかったのである意味確実に仕留めたのかもしれんが、まともな先生装って物騒な動機付けをするのはやめていただきたい。
展示室の隅で頭髪焦がされてのびてるアホをとりあえず医務室に放り込んで自分の講義に戻った。
その日の講義はスムーズに終わった。
ジェット嬢が実技訓練を担当した雷属性無しの17名も、出力の差こそあれ無事に電動機を始動できるところまで習熟した。
昼食後は復習と自習の時間となり、電動機を回す者やフロギストン理論について俺を質問攻めにする者など各自でいろいろ学んでいった。
フロギストン理論について書籍化したいという受講生もいたので、好きに使ってくれと伝えておいた。どちらにしろこの世界の文字の読み書きができない俺は本は書けないからな。
そんなことをしていたらあっという間に夕方になり、フォードが馬車で受講生を迎えに来た。
29名全員満足そうに帰っていった。
即席魔法学校一期生の卒業だ。
…………
忙しくも楽しい一日を過ごしたその日の夕食後。
スミスとメアリが仕事を終えて居住棟に帰り、ジェット嬢を二階の四号室に送った後、俺も寝床にしている機械室に向かっている時だった。
施錠してある医務室からすすり泣く声が聞こえる。
と同時に、俺は忘れていたアホのことを思い出す。
慌てて鍵を開けて医務室の中を確認すると、いつまで寝ていたのか分からないが実技の講義開始時にジェット嬢に雷落とされたアホが閉じ込められて泣いていた。
「僕が、一体、何をしたっていうんですかぁ……」
いや、ジェット嬢のスカートをめくったんだろ、それで雷落とされたんだろ。
それは立派なダメ行動だ。
この自業自得ながらも可哀そうな目に遭った男はウィルバーと言い、ヨセフタウン市内にある傘職人の三男坊だそうだ。
閉じ込められた後で再び一人にしておくのも可哀そうだったし、俺も暇だったので展示室でランプの明かりの下一緒にコーヒーを飲みながら雑談した。
「昨日の講義でこの周辺にある池について上空から見たと仰ってましたが、何か空を飛ぶ手段をお持ちなのでしょうか」
ウィルバーが俺に質問。ここまで飛んできたのは事実なので確かにあるにはある。
あと、ジェット嬢の魔力推進脚も今は手術後の定着待ちで使用を控えているが、使えるようになれば飛べるはず。
「飛ぶ手段はあるにはあるが、いつでもどこでも使えるようなものじゃないぞ。お前飛びたいのか?」
「ええ、空を飛んでみたいんですよ。風魔法で飛ぶ方法がないかと長いこと模索してきましたがどうにもうまくいかなくて」
なかなか面白いことをしている青年に出会ってしまった。
俺は、前世世界の飛行機について教えた。ウィルバーは興味深そうに聞いていた。
「飛行機自体の原理は簡単だ。揚力を発生する断面形状を持つ翼と、それを空気に向かって押し込む推進力があればいい。機体形状と構成要素の配置だが、機体前方から、動力、主翼、垂直尾翼、水平尾翼。おおむねこの配置が完成形だ」
紙にプロペラ式単発高翼の軽飛行機の形のスケッチを描いてウィルバーに説明する。
俺の前世の世界で飛行機の形がこの完成形に至るまでには多くの試行錯誤があった。
その試行錯誤すら始まっていないこの世界にいきなりこの完成形を持ち込むのはどうかと思ったが、すでに電動機でそれをやってしまっているので今さらだ。
「推進力はともかくとして、翼や機体はヨセフタウンの大工さんでも製作はできそうですね。設計は、僕でもできるかなぁ」
飛行機に興味を持った青年に俺は重要な注意事項を告げる。
「飛行機っていうのは原理は簡単ではあるが実際作るのは難しい。なんせ落ちたら乗ってる人はほぼ死ぬ。飛行中に壊れないような信頼性の高い設計が必要になるんだ」
それを聞いたウィルバーはすっとぼけた口調でぶっ飛んだことを言い出した。
「あ~、でも僕だけが乗る分にはそこはいいかな……」
「どういう意味だ?」
命を粗末にするのはこの40代のオッサンが許しませんよ。
「あんまり人には言ってないんですが、僕は傘があれば高所から落ちても軟着陸できるんですよ。飛ぶために練習した風魔法の副産物なんですが」
面白い奴に出会ってしまった。
その夜、俺とウィルバーは飛行機の話で盛り上がった。
展示室で度々行われる徹夜の会合。
クレイジーエンジニアらしくていいじゃないか。
●次号予告(笑)●
男が持ち込んだ異世界技術を元に、この世界で再現された【電動機】。
それが持つ無限の可能性は、この世界で細々と続いていた様々な要素技術の成果を呼び集める。
電動機の量産化と、それを組み込んだトラクターの設計。
そして、隣領から持ち込まれた新技術
【鉛蓄電池】
【魔王】討伐完了により平和になったこの世界。
夢を追う若者達の力で何かが動き出す。
次号:クレイジーエンジニアと小さな産業革命




