5-1 異世界魔法学校フロギストン理論講義(2.7k)
40代の開発職サラリーマンだった俺が異世界転生してから二週間。雷魔法の応用で電動機の運転に成功し、ファンタジーとテクノロジーの融合という偉業を成し遂げた翌日の午後。
「町内から魔法適性のある人を集めてきたんだ。彼らに魔力で電動機が回す技術を伝授してくれ」
「「はい?」」
大型馬車で若い男女総勢30名を連れてきたフォードの無茶ぶりが炸裂した。
昨日、偉業を成し遂げて展示室がカオスティックになったあの後、展示室にオリバーが現れてジェット嬢の興奮が冷めたことでカオス状態を脱することができた。
ジェット嬢はオリバーを見るとなんか脱力するらしい。過去に何かあったんだろうか。
オリバーも魔力駆動電動機には興味を持ったようで、フォードとオリバーはこの電動機を量産したいと言い出した。ヘンリー卿も乗り気で設計図を提供すると確約。
フォードはジェット嬢から資金を借りる約束を取り付けるとオリバーと共にどこかに行ってしまった。
そんなことがあった昨日の夕方から一日も経っていないのに、どこからどうやってこれだけ人数を集めたのか。そして即席魔法学校ですか。
俺とジェット嬢にそれをしろと。
電動機を気に入っていたジェット嬢は乗り気だ。
でもいきなりだったので、準備が必要。
彼等にはちょっと待ってもらってどのように進めるかジェット嬢と相談する。
「魔法の訓練なら指導したことあるからできるわ。でも、雷属性ある人限定ね。雷属性持ってない人に雷属性を使えるようにする指導方法は確立されてないの」
この世界では魔法属性は生まれつきということになっているんだっけ。
でも、俺のフロギストン理論を理解したら各自で何か突破口開いてくれるかもしれん。
「だったらグループ分けしよう。雷魔法使えない人は俺のフロギストン理論を先に教えたほうが訓練がしやすいと思うから講義を先で、雷魔法使える人は実技を先で」
「それもそうね。じゃぁ、講義は食堂の半分で、実技は展示室でしましょう」
そんな分担でカリキュラムを組んだ。
・雷属性持ち12名(男7女5)はA班として、実技(展示室)→理論(食堂)
・雷属性無し18名(男10女8)はB班として、理論(食堂)→実技(展示室)
そして講義開始。
俺はB班の18名の講義を担当する。
この世界の魔法を学んでいる彼らに対してその常識を覆すような講義を始める。
「この世界の魔法属性は、聖・火・土・雷・水・風・闇の7種類あるが、今回はそのうちの火・土・雷・水・風についてのみの話になる。聖と闇に関しては俺の理論もまだ確立できてない。あるいは別系統のものなんじゃないかとも思ってる」
「火・土・雷・水・風についても、この世界の常識では該当する魔法の適性を持つ人間がその体内のエネルギーから各属性の形に変換するとされている。でも、俺の理論ではそれは間違っていると考えている」
「では先生の理論では何がエネルギー源と考えているのでしょうか」
受講生から質問が飛ぶ。久々の先生扱い。
教壇に立つのはいいものだ。たまにならな。
「魔法のエネルギー源について語る前に魔法が関与しない場合の物理法則について説明させてくれ。絶対的なものが二つある。エネルギー保存則と、質量保存則だ」
「エネルギー保存則から先に説明する。エネルギーの絶対量は不変であるというものだ。燃料を燃やした場合、燃料の持つエネルギー以上のものは絶対に出てこない」
「次に質量保存則だ。どんなに形が変わっても質量の絶対量は変わらない。木を燃やして灰になったとしても、灰と燃やした時に出た燃焼ガスと水蒸気の質量は、燃やす前の木と燃やすために使った酸素の合算と変わらない」
「だが、知っての通り魔法はこの法則を破壊する。人間は人間が食べたもの以上のエネルギーを発生することはできないはずなのに、火や雷の魔法では食べた量以上のエネルギーを生み出している。何もない空間から質量を生み出すことはできないはずなのに、水魔法や風魔法では質量を生み出している」
「質量保存則と、エネルギー保存則を成立させたうえで、この魔法の起こす不条理な現象を説明するために考えた理論が俺のフロギストン理論だ」
「理論の根底にある質量保存則と、エネルギー保存則自体が間違っているということは無いのでしょうか」
受講生から鋭い指摘が入る。
確かにこの世界の常識から離れていることなので、受け入れがたいのは分かる。
「そこは仮に間違っていないという前提で聞いてくれ」
「この空間中にフロギストンという何かが満ちていると考える。このネーミングは俺のオリジナルだ。マナとかエレメントとか別の呼び方も考えられるし、この世界でもそういう呼び方で同じような理論を提唱している学者が居るかもしれん」
「魔法学においては人間の体内から出る魔力の源をマナと呼んでます」
受講生の一人から有益な発言が出た。
「そうか、だったらマナとフロギストンは全く別物と考えてくれ。このフロギストンは物質でもエネルギーでもない状態で空間を満たしている。水や空気のように容器に入れることも壁で遮断することもできないが確かに存在しているものだ。遮蔽や吸着ができる材料が存在するのかもしれないが、今のところ俺は見つけていない。また、何処で何から作り出されているのかもわからない」
「このフロギストンは魔法使用者の意思か何かをトリガにして物質かエネルギーに変換することができる。熱エネルギーに変換したら火属性、電気エネルギーに変換したら雷属性。物質への変換なら、水に変換したら水属性、土に変換したら土属性、空気に変換して風を起こしたら風属性だ」
「魔法の物質源、エネルギー源がそのフロギストンであるとして、雷属性を持たない我々がその属性を習得できる可能性とどうつながるのでしょうか」
別の受講生からまた鋭い質問。
そうだよね、一番気になるのそこだよね。
この世界の魔術師は使える魔法属性が多いほうが重宝される。たぶん報酬もいいのだろう。
しかし、この世界の常識では魔法属性は生まれつきで決まるとされている。だから自分の魔法属性を増やすことについては半ばあきらめていたのだと思う。
でも、本音ではこの若者たちは自分にできることを増やしたいと思っていたはずだ。40代のオッサンはそんな若者達の向上心に可能な限り応えてやりたい。
「雷属性が使えないのは、魔法属性は生まれつきで増やせないという思い込みと、そもそも雷を見たことがあまりないからイメージができないというのが原因と考えている」
「この中に雷の稲光をはっきりと見たことがある奴は居るか。雲から地面に向かう青白い閃光だ。いれば挙手してくれ」
本当に居なかった。
そりゃー使えないよ。
使えるわけないよ。雷属性。




