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4-3 領主ヘンリー卿はセクハラの罪で雷を落とされる(2.3k)

 昼食後にヘンリー卿が来た。


 オリバーとフォードは西方農園の収穫予定についてヘンリー卿と打ち合わせするためにここに来たそうだ。

 この地域での小麦の栽培は、作付けが10月、収穫が6月とのこと、収穫時期は作業人数が増えるので、サロンフランクフルトの食堂の稼働率が上がるとか。


 ヘンリー卿とフォード達が食堂のテーブルで打ち合わせを始めた。

 俺達はそれに参加する意味は無いので、ジェット嬢と共に展示室に行く。

 展示室は俺好みのブツがあるので暇なときはここで過ごしている。


 先日新たに加わった展示物を眺める。

 導体側に絶縁体を巻きつけることで巻き線密度を上げた電磁石。

 徹夜で技術話をした二日後にヘンリー卿が持ってきた。

 その時に一緒に持ってきた小さな電池で実演してもらったが、確かに強力だった。

 こうした小さな発見と改良の組み合わせが技術の進歩を支えるのだ。


 新型電磁石を眺めながらこの世界の電気技術の未来を想像していると、打ち合わせを終えたらしいヘンリー卿がフォードを連れて展示室に来た。

 フォードが何かを載せた台車を押している。

 その台車に乗せてあるブツを見て俺のテンションは上がった。


「ついにできたのか。電動機でんどうき


 台車に乗っていたのは、俺が描いたスケッチに似せて作られた電動機でんどうきだった。俺の前世の世界でいうところの枠番100ぐらいの電動機でんどうき


「鍛冶屋で作ってもらった部品を組みたてて、昨晩やっと完成したんだ。早く見せたかったから打ち合わせついでに持ってきてしまったよ」


 ヘンリー卿が嬉しそうに語りながら台車から電動機でんどうきを持ち上げようとしたので、慌てて止める。


「机に置くのか。俺がやる。それをその姿勢で持ち上げると腰を痛めるぞ」


 電動機でんどうきは鉄と銅のかたまりだ。基本的に重い。

 枠番100ぐらいになると持ち上げ方に注意が必要になる。

 ビッグマッチョな俺だが、そのへん気を付けて、そーっと電動機でんどうきを台車から机の上に上げる。


「あぁ、ありがとう。さすがに重くて運ぶのが大変だったよ」


 喜ぶヘンリー卿。

 よく見ると目の下にクマがある。

 なんとなくわかるよ。部品が揃ったから夢中になって徹夜で組み立てたんだな。

 そういうの楽しいけど、身体大事にしろよ。


 そして気になったことを聞いてみる。


巻線まきせん構成はどうなってる?あと、これを回せるほどの電池はあるのか?」

巻線まきせん構成は直流直巻ちょくりゅうちょくまきだ。直流分巻ちょくりゅうぶんまきのほうも部品は届いているから今夜組み立てようと思ってる。電池のほうはボルタ卿に頼んでる。大電流が必要になるのでまだ時間がかかりそうだけど、試作品ができ次第ここで組み合わせ試験をする予定だ」


 ヘンリー卿は嬉しそうに応える。いいね。楽しみだ。

 でも、組み立ては明日以降にしようぜ。今夜は寝たほうがいいと思うぞ。


「重たいの我慢してせっかく運んだのに動かないのか。がっかり重量物だな」


 フォードがぶち壊すようなことを言い出した。


「貴様! 電動機でんどうきなんだから電気が無ければ動かないのは当たり前だろう!」


 いきなりキレたヘンリー卿がフォードの胸倉を掴んでたましいの叫びをあげる。


「コイツを動かすには今の電池よりも内部抵抗が少ない強力な電池が必要なんだ! ボルタ卿もそこを分かって頑張ってくれている! だが、技術というのは進歩と改善の地道な積み上げなんだ! いきなり何十倍もの出力の電池を作れと言ったってそう簡単にできるわけない! 到達に至る過程というものが必要なんだ! 時間が必要なんだ! わかるか若造!」

「あばばばばごめんなさい! ごめんなさい!」


 乱暴にフォードを揺さぶるヘンリー卿。


 誰かに何とかしてもらおうと展示室の入口を見ると、メアリがその様子をうっとりと眺めているのが見えた。

 いや、この光景のどこにうっとりする要素があるというのか。

 ジェット嬢が車いすで部屋の隅から近づいてくる。


「ヘンリー卿は相変わらずね」


「昔からこんな感じなのか」

「まぁね。普段は紳士的でいい人なんだけど、研究が絡むとたまに暴走するの」


豹変ひょうへんぶりにドン引きした」

「すぐ慣れるわよ」


 ぐったりしたフォードをぶら下げてヘンリー卿がうなだれた。

 落ち着いたようだ。


「強力な電源があればなぁ……」


 ヘンリー卿が天井を見ながらさみしそうにつぶやき、まるでゴミでも捨てるかのような動作でフォードを床に落とした。ひどいな。


「きっといつかボルタ卿が持ってきてくれるわよ」


 車いすで近づいてフォローするジェット嬢。


「イヨいたのか。そういえば……」


 ヘンリー卿は車いすに座るジェット嬢のスカートをめくりあげた。

 スカートの下に白いズボンのようなものを履いているのが見えた。


 「ギャァァァァァァ!」


 ヘンリー卿に雷が落ちた。


「いきなり何するんですか! ヘンリー卿は研究以外ではマトモな紳士だと思ってたのに!」


 ジェット嬢がスカートを押さえながら顔を真っ赤にして怒っている。


「す、すまん。ドクターゴダードから最高の義足が出来たと聞いていたので、つい」


 焦げた頭髪から煙を出しながらヘンリー卿が謝る。


「義足が見たいから女性のスカートをめくる。それが紳士のすることですか!」

「いや、本当に申し訳ない。徹夜明けでちょっと寝ぼけてたのかもしれない。今ので目が覚めた」


 ヘンリー卿が平謝りだ。さすがにこれは仕方ないと思う。

 本日二回目だからかジェット嬢の怒りは収まらないようだ。


「どいつもこいつも私を何だと思って……」

「【金色こんじきの滅殺破壊魔神】だろ」


 復活したフォードのツッコミに対して瞬時に落雷。

 フォードは再び床に沈む。


 ヘンリー卿に落としたやつより容赦ない。

 部屋がオゾン臭い。


 ジェット嬢は車いすを操作して後ろを向いてしまった。

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