表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
166/166

後日談 不良新兵と空を泳ぐ肉食金魚(13.1k)

畜生ちくしょう! んだ! ハズレ人生クジだ!」


 俺はエドガー。エスタンシア帝国軍第603国境防衛隊所属の新兵だ。人生運に恵まれなかったがために、五日前にこの【地獄の戦場】に配属されてしまった。

 部隊の防衛担当地区は【魔王城】に一番近い【第一地区】。


 戦うのは禁止、手抜きも禁止という意味不明な戦場で訓練中に軍曹にしこたま殴られて嫌気がさしたので脱走してやった。

 ヴァルハラ川沿いの林の中を当てもなく歩く俺達。


「クソ! 軍曹の野郎しこたま殴りやがって! 親にも殴られたこと無いのに!」

「まぁ、軍隊だからね」


 一緒に脱走したのは新兵仲間のノイマン。配属が同日でなにかと二人組で訓練を受けているので仲良くなった。でも今回しこたま殴られた原因の一つはコイツだ。


「元はと言えば、お前が小銃射撃訓練で薬莢やっきょう紛失したのが原因だろうが!」

「ごめん。でも、薬莢やっきょう一つ失くしたぐらいでここまで怒られるとは思わなかったよ」


「全くだ! 何なんだよ。使用済みの薬莢やっきょう一つがそんなに貴重なのかよ。どうせ捨てるんだろうが!」

「でも、それ聞いてとっさにホルスターから銃抜いたエドガーもまずかったよね」


「ホルスターの底に残ってないかなと確認するために銃を抜いたらぶん殴られた! しこたま殴られた! 肌身離さず持てと言っておきながら、命令無しで銃を抜くなとか! 意味がわからん! 自衛のためでも無断で撃つなとか。襲われたら死ねとか。そういうことか!」

「ハッキリそう言ってたよね。例え殺されても無許可で銃を抜くなと。それも軍人の仕事だと。さすがに僕もちょっと引いた」


 愚痴を言いながらも、林を抜けてヴァルハラ川の川辺まで来てしまった。

 俺の心は真っ暗闇だが、清流の水は綺麗だ。


「意味が分からん! だったら銃持たせるなよ!」

 バシャバシャ ゴトン ゴン サバッ


「でも、軍隊ってそういうところじゃないかな」

 ザリザリザリザリ バシャバシャ


「畜生! ハズレ人生なんてもうこりごりだ!」

 バシャバシャバシャ


「それはそうと、エドガー一体何してるの?」

「なんとなくやってみたけど、なんだろうな」


 川辺の石を素手でどかして川につながる穴を掘ってみた。特に意味は無い。

 冬が近いから水は冷たいが、掘った穴の方に魚が勝手に入って来るのが面白くなってつい穴を広げてしまった。

 

「ここの魚は警戒心ないのかな。僕達が居るほうに寄って来るね」

「なんだろうな。手づかみでも簡単に捕まえられそうだな。今度調理器具借りてきて川辺で食べてみるか?」


「でも、ここの魚は食べちゃダメって隊長が言ってたよ」

「そうか。毒でもあるのかな」

「そういえば、この辺って立ち入り禁止区域だったような あれ?」


 ポチャ


「あっ! ノイマン! お前それ探してた薬莢やっきょうじゃねぇか!」

「ごめん! 僕のそでの中に入ってたみたい」

「うわっ! 魚が薬莢やっきょう食おうとしてる! やばい!」


 ジャボッ ガッ


「回収成功。危ない所だった」

「ごめん」

「撃った時に飛び出た薬莢がそでに入ったのか。火傷は無いか?」

「上着の下だから大丈夫だったよ。ありがとう」


 回収した薬莢やっきょうはノイマンがホルスターにある使用済み薬莢用のポケットに仕舞った。

 そして、掘った穴の近くに二人で座ってなんとなくその中で泳ぐ魚を眺める。

 結構な大物が三匹自分から入ってきた。

 魚は気楽でいいな。俺達はお先真っ暗なのにな。


「ねぇエドガー。ハズレ人生って何なの?」

「俺の人生だよ。つらかった食料危機を乗り越えてこれから逆転人生だっていう時に、【豊作3号】の量産中止でジョンケミカル社勤務の親父の仕事が無くなった。そのせいで、俺は高等学校中退で転落人生さ」


「中退でも求人あったんじゃないの? リバーサイドシティの廃棄物再資源化工場とか募集してたように思うけど。あと、鉱山の復旧工事とかも求人あったよね」

「ゴミあさりとか土方どかたのマネとかそんなキツイ仕事冗談じゃねぇ。俺は高等学校卒業したらジョンケミカル社にコネ入社して研究員になるはずだったんだ。そこまで転落できるかよ」


「でも、結局ここに来てるよね」

「都市部の大企業が一斉に新卒採用絞って【就職氷河期】だと。コレは世代間不公平だろって、中退時に就職担当の教諭に正論ぶちまけたらここ紹介された。冗談じゃねぇ。就職先ですらないだろコレは! だいたい603って何だよ! そんなに部隊無いだろ!」


「そういえば、入隊初日の説明で組織図もらったけど各方面でやたら欠番部隊多いね」

「新兵殴ってばかりいるから、脱走多発で欠番多発とかじゃねぇか? それはそうと、ノイマンは何でこんなところ来てるんだよ」


 配属以来一緒に居るから今更だけど、気になったので聞いてみた。


「僕も似たようなものさ。エスタンシア工業技術研究所で長射程砲の部品の研究をしてたんだけど、長射程砲の開発が中止になったせいで研究チームが解散しちゃって」

「エスタンシア工業技術研究所ってことは、お前年上だったのかよ! しかもエリートかよ!」


「歳はよく言われるよ。でもエリートってわけでもないよ」

「でも、エスタンシア工業技術研究所出身なら他にも仕事あるだろうに。何でこんなところに来てるんだ?」


「うーん。開発中止になった時、冶金とか装薬の開発メンバーはすぐに行先決まったんだけどね。僕の担当部分はちょっと特殊だったから行先なくってね。心血注いだ開発テーマがいらない子扱いされたからやる気なくなっちゃって。ふてくされて無断欠勤繰り返してたらここに送られちゃった」

「そうか。まぁ、ハズレ運命ってのは努力ではどうにもならんよな」


「そうだねー。僕達結局見つかって、また軍曹にしこたま殴られるんだろうなぁ。嫌だなぁ」

「そうだなー。いっそなにもかも滅茶苦茶になってくれないかな」


 勝ち組は勝ち組。負け組は負け組。運命ってのは固定されてるんだろうな。

 それをひっくり返してハズレ人生の負け組が勝ち上がるには、それこそ【戦争】でも起きないと無理なんだろうなー。


『アンタ達! その魚頂戴!』

 ぼーっと考え事をしていたたら脳内にいきなり声が聞こえた。聞き覚えのある女の声だ。

 二人で立ち上がって周囲を見渡すが人の気配はない。


『大きいやつから川に向かって、高く投げて!』


「よくわからんが、とりあえず投げてみるか」

「そうだね」


 穴の中で泳いでいる魚の中から俺の二の腕ぐらいの大物を選んで捕獲。

 両手で尾びれを掴んで川の上に向かって放り投げ。


 ブン スポーン    ヒュツ ガッ


「「!!!?」」


 俺達の後ろの林の中から何かが飛び出して、放り投げた魚に喰いついた。

 薄赤色のメイド服を着た脚の無い女だ。

 心なしか、お腹が膨れている。

 脚無し、赤色、膨れたお腹、尾びれのようなスカート。

 それで空を泳ぐ様が【金魚】にも見える。

 赤いリュウキンだ。


 その【金魚】は、喰いついた魚をくわえて空高く飛んで行った。


 ガッ ガッ ガッ ガッ ガッ


 手が使えないのか、空中で急上昇しながら魚を食いちぎって放り上げ、急降下しながら飲み込んで落ちる魚に再び喰いついて急上昇、それを繰り返して食べている。

 大物だった魚が空中でどんどん喰いちぎられて小さくなっていく。

 【肉食金魚】だ。


 ガッ ガッ ガッ ガッ ガッ


「「………」」


 トンデモな食事風景を見上げる俺達。一匹完食したようだ。


『次! 次のを頂戴!』


 【肉食金魚】から次の催促。

 なんかもう、言葉が出ないので言われたとおりに次の魚を投げる。


 ブン スポーン    ヒュツ ガッ ガッ ガッ


 また空中キャッチして急上昇。そして上空で喰いちぎられて小さくなっていく魚。テーブルマナーとかそんな次元じゃない。

 

「なんか、残酷な食べ方だね」

「そうだな」


『アンタ達。それは考え方がおかしいわよ』

 聞こえていたのか? 空を泳ぐ【肉食金魚】が話しかけてきた。


『私達は獲物の【命】を頂くことで生きているの。だから【命】を頂くことを否定するのは許されないのよ』


「そう言われたら確かにそうかもしれないね。動物にしろ植物にしろ僕達が生き物を食べて生きてるのは確かだし」

「……そういえば、そうだな」


 ノイマンが分かりやすく翻訳してくれたので、俺にも理解できた。

 言われてみれば確かにそうだ。俺達は殺さなくては生きられない存在だ。


『残酷という意味ではアンタ達の方が残酷よ。獲物の元の姿が分からなくなるまで切り刻んで加工して、あまつさえミイラみたいな保存処理をしてから食べるんだから』


「確かに、食肉加工で切り刻んだり、焼いたりして食べてるな。干し肉とか、干物とか、ミイラといえば近いかもしれない」

「そうかもしれないね。でも保存性考えると仕方ないよね。いつでも新鮮な獲物が得られるわけじゃないから」


 そう言いながらも【肉食金魚】は上空を旋回飛行している。大物二匹もたいらげたから満腹になったんだろうか。


『調理や保存とかは仕方ないにしても、アンタ達の食べ方はすごくもったいないのよ』

 もったいない? どういう意味だろう。


『獲物の【命】を噛み砕いて食べることで【たましい】も一緒に頂くことができるの。これが【最上級の捕食者】のたしなみよ』

 

「ノイマン。翻訳できるか?」

「うーん。これは僕にもわからないなぁ」


 【肉食金魚】がこっちに来た。

 川の上、俺達の手前上空で縦姿勢で浮いている。推進噴流なのかすごい風圧を感じる。川の水面が波立って、水しぶきが俺達にもかかる。


 下から見上げる形になるのでメイド服のスカートの中が見える。

 大腿部しか無い脚に赤い刺繍入りの白いパンツペチコートを履いている。


『次のを頂戴!』


 穴の中に魚は一匹居るので、言われたとおりに投げる。


 ブン スポーン  ガブッ ガッ ガッ ガッ ガッ


 また器用にキャッチして急上昇。そしてあの食べ方。


 ガッ ガッ ガッ ガッ ガッ


 真似できるとは思えないが、生魚というのはそれはそれで美味しいのかもしれない。確か、以前読んだ料理本に【刺身さしみ】というのが載っていたな。

 魚が獲れる場所でしか食べることができない高級な珍味だ。


『次! 次頂戴!』


 まだ食べるのか。でも掘った穴に入ってきた魚は全部投げてしまったので、手の届く範囲にはもう居ない。


「もうないです」


 また俺達の手前上空に降りてきたので正直に応えたら【肉食金魚】が明らかに機嫌を損ねた。


『……アンタ達。ドコ見てるのよ』


「「えっ?」」


『私の格好見て、下から見上げたらダメなことは分からない?』


 そういえばそうだ。

 いくら浮いてるからと言っても、いくら【肉食金魚】の尾びれに見えたとしても、女性のスカートを下から覗くのは常識的に考えてダメだ。

 慌てて目線を下げる。


『部隊の教育が行き届いてないわね。隊長にしっかりと指導してもらわないと』


 冗談じゃない。

 脱走の罪に【セクハラ】を上乗せされたら、飯抜きのうえ一晩中木刀でめった打ちだ。うちの隊長は【セクハラ】には特に厳しいんだ。

「「ごめんなさい! それだけは!」」


 ノイマンも同じ気持ちのようだ、ここはひたすら謝る。誠心誠意謝る。

「「ごめんなさい! 申し訳ありません! どうかご慈悲を!」」

 必死で頭を下げる俺達。


『そんなに隊長に叱られるのが嫌なの? だいたい、アンタ達ここで何してるの? ここは立入禁止区域よ』


「「はい! 軍曹の鉄拳制裁も隊長の木刀も怖いです! 訓練がつらすぎて脱走中です! これ以上殴られるのは勘弁です!」」

 俺もノイマンも必死だ。


『仕方ないわね。私は温厚で慈悲深いから、部隊で叱られないようにしてあげるわ』

「「ありがとうございます! ありがとうございます!」」

 やった! 助かった! やっぱり魚を差し出したからかな。

 

 【肉食金魚】は俺達の部隊の方に飛び去って行った。


「魚に免じて脱走について寛大な処置を頂けるように話をしてくれるのかな」

「だったらいいな。魚に感謝だ」


 そうなると、俺達も部隊に帰った方がいいかな。

 なんだかんだ言って、部隊に帰らないと食事が無い。俺達は生魚をかじることはできないからな。


『アンタ達も、欠番部隊作るのが好きねぇ……』

 【肉食金魚】のあきれたような声が脳内に響いた。

 どういうことだろう。確かに国境防衛隊には欠番部隊は多いけど。


 ガガガガガガーン ドーン ガーン

  ドガガガガガガガガーン ズドーン ガシャーン

   

「「ええええぇぇぇぇぇ!?」」


 俺達の部隊の方向からものすごい轟音と振動。

 訓練で見た大口径砲の着弾よりも激しい。


『本当にどうしようもないんだから! 油一滴、薬莢やっきょう一個残さないようにちゃんと片付けしておきなさいよ! 獲物の胃袋にゴミが入ってたらアンタ達全員黒焦げよ!』


「も、もしかして、俺達の帰る部隊がなくなった……とかかな?」

「そう……かもしれないね……もう、あの部隊で叱られることは……なくなったのかな?」


 呆然ぼうぜんとする俺達の上空を【肉食金魚】がスーッと通過した気配。

 川を越えてユグドラシル王国軍の国境防衛隊の基地に向かっているような……。


『まぁー、バランスもとっておかないとねー』


 バランスって! ま、まさか!

 

 ドガガガガガガガガガーン バコーン ガシャーン

  ドガガガガガガガガガガガーン ガーン


「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ! 国際問題だぁぁ!」」


『あっ! 私に銃を向けたわね!』

 ドガガーン ドーン ガシャーン


『しかもお腹狙ったわね!』

 ズドォォォォォン ドガガーン


 ユグドラシル王国側の国境防衛隊陣地の方角からとんでもない轟音と地響き。そして脳裏に響く【肉食金魚】の声。

 急に空から襲われて恐怖のあまりうっかり銃を向けてしまったのか? 何てバカなことを! それで怒らせてしまったのか。

 でも、元はといえば俺達のせいなんだな。


『逃げる? 林の中に逃げますかー? ワタクシを見て逃げますかー? 瀕死の重傷を負った仲間を見捨てて逃げますかー?』


 距離があるので大砲の着弾のような轟音と脳裏に響く【肉食金魚】の声しか聞こえない。でも、どんなひどい状況なのかは何となくわかる。

 なんかこう、申し訳ない気持ちだ。


『……。【魔王討伐計画】の時、山林の焼失を防ぐためにワタクシ大火力魔法を使わずに林の中で素手で【魔物】と殴り合って毎回ズタボロにされましたー』


『そうまでして守った山林なので、林の中に逃げられるとワタクシあんまり物騒なことができませーん』


『でも、丁度ペンを持っているので【銃】の不適切な扱い方をしてしまったミナサンに【銃】の使い方を教えまーす』


 ペン? それで【銃】の扱い? 何をする気だ。


『みぎじょうわんこーつ』

 タン タン タン ターン タン タン ターン


 うわぁぁぁぁ! もしかして、精密射撃?


『見通しの効かない場所で何処どこを狙われるか分からないのは恐怖ですねー。それはよーくわかります。私は温厚で慈悲深いので、そのへん配慮して何処どこに当てるかだけは教えてあげまーす』


『次はー。ひだりじょうわんにとうきーん』

 ターン タン タン タン ターン タン ターン


 怖い! 余計に怖い!


『それで隠れてるつもりですかー? ミナサン丸見えですよー。【銃】は玩具おもちゃじゃありませーん。殺傷力のある武器でーす。殺さないように撃つことができないミナサンが、このワタクシに銃口を向けたんでーす。それの意味をよーく考えてくださーい』


『次は、さんかくきーん。さゆうどうじだんちゃーく』

 タタン タタン タタン タタン タターン タタン タターン


 【肉食金魚】の声と銃声しか聞こえない。だけど、現場が【地獄絵図】なのはよくわかる。冷や汗が止まらない。隣に居るノイマンも顔面蒼白で汗だくだ。


『自分の【骨】が見えたぐらいでへたり込まないでくださーい。脚が無くなる前にやることありませんかー。兵士にとって脚は飾りじゃないんですよー。それとも自分の【心臓】が見たいですかー?』


 脚についてツッコミどころがありそうな言及をしているけど、それ以上に言ってることがとにかく怖い。そこを気にしている余裕は無い。

 敵国軍人だけど、彼等の生還をただ祈る。


『観念して出てきましたかー。脚を撃たれる前に出てきたのは賢い判断でーす。でも一人足りませーん』


『連帯責任! 全員臨死!』

 ズバババババーン ドーン ドカーン ズドーン


『だいたい! 相手を確認せずに武器を出すような素人に【銃】を持たせちゃダメでしょ! 国境線では銃声一つで戦端が開くこともあるのよ! 責任者は? 上官は?』


『あれが新兵? ちゃんと教育しなさい!』


『身に付いてないなら教えてないのと同じよ! 大切なことは殴り飛ばしてでも身に付くまでしっかりと教えなさい! 訓練不足で前線出たら死ぬのよ! 世界を守ってる自覚が足りないわ!』


『職務怠慢! 臨死!』

 ズドーン バーン ドゴォォォォォン


 ……言葉にならない。


 何を考えればいいのかもさっぱり分からないが、思ったことが口に出る。


「俺……軍曹に感謝したい」

「……まず謝ったほうがいいと思うな」


「いや、まず感謝したい。大切なことを厳しく指導してくれてありがとうございましたって、全力で感謝したい」

「……そうだね。僕達が今こうやって会話できるのも、軍曹のおかげだね」


 ガサッ バサバサッ

「たっ、助けてくれぇ!」


 川の向こう岸、林の中からユグドラシル王国軍の兵士が駆け出してきた。川に向かって走って来る。

 一人足りないって言ってたその一人だろうか。


 脱走兵同士だ。できるなら助けてやりたい。でもこの川は国境線。俺達は国境警備隊だ。敵国軍人を無許可で越境させるわけにはいかない。


「「止まれ! それ以上国境線に近づくな!」」


 ドガガガガガガガガガーン

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


 轟音と共に兵士の周りに土煙が上がった。あれは【機関銃】による【機銃掃射】だ。でも発砲したのは俺達じゃない。


「うわぁぁぁぁ! ぎゃぁぁぁぁ!」 ジタバタジタバタ


 兵士の断末魔の悲鳴。土煙が晴れたら、その兵士が血まみれになって倒れているのが見えた。何発か命中したようだ。両腕両足が変な方向に曲がっている。

 とりあえず、これで越境される心配は無いか。


『軍人が命令もないのに逃げたりしちゃだめじゃないの。しかも国境線の方に逃げるなんて。しっかりと【教育】が必要ねぇ』


「ぎゃぁぁぁぁぁ! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 上を見ることはできないが【肉食金魚】が来た気配がする。


『でもまぁ、一人だけ逃がしたのはわざとよ。心当たりがあるでしょ』

「まさか! 【ご神体】の件ですか!?」


『【ご神体】見て、これはデ●だって豪語してたわね』

「なぜそれを!」

『あんまり自分で言いたくないけど【地獄耳】よ』


「【ご神体】見て●ブは無い。あの男頭がおかしいよ」

「……ノイマン。俺もその見解に異論は無いが、今ツッコミするのはそこか?」

 そう言いつつも、この状況下で何処どこにツッコミ入れればいいのか俺にも分からない。


「確かに【ご神体】を愚弄ぐろうしたのは罪かもしれませんが! 細身の女性のせた身体を好む趣味趣向があったっていいじゃないですか! 異端者や特殊性癖が認められる社会こそが健全とは思えませんか!」


 両腕両脚撃ち抜かれていつくばりながらも無体むたいな主張をする兵士。たくましいと言っていいのか?

 でも、できれば他所よそで、国境線から遠く離れたところでやってほしい。俺達は食料危機の時に皆でガリガリになったトラウマがあるから、女性がせるとか、聞くだけでも悲しくなる。


『趣味趣向の扱いについてはワタクシも正直判断に迷うところがあります。だから、今日は【専門家】の見解を頂きます。 マリアー! 付いてきてる?』


「はーい」 バッ クルクル スタッ


 林の木の上から猫みたいな動きで何かが飛び降りてきた。ズボン姿で【尻尾】を付けた女性だ。黒猫? いや、黒豹かな。【黒豹女】だな。少なくともマトモな人間じゃない。


「【魔王城】で特殊性癖の専門家をしているマリアです。自分の趣向を認めてもらうためには、他人の趣向を否定しないことがとても大事です」


『つまり、この男の特殊性癖が許されるかどうかは、マリアの趣向を受け入れられるかどうかで決まるわけね』


「そうです! 私の趣向である【たっとい黒焦げマッチョ】を認めて、それを体現できるかどうかにかかってます!」

「オカシイだろ! 黒焦げとかどう考えてもオカシイだろ! 常識的に考えて相手に苦痛を与えるような趣向が許されるわけがないだろうが!」


 【ご神体】を侮辱ぶじょくした罪は重いが、さすがにこれはあの兵士のほうが正論なように思う。趣向で黒焦げにされたんじゃ命がいくつあっても足りない。


……。デ●とか言われたり、【細さ】を求められたりした女性が苦痛を感じないとでも思っていましたか? 貴方あなたの趣向による発言が誰かに苦痛を与えていたとは思いませんか?」

「!!!」


 趣向はぶっ飛んでるけど【黒豹女】の方が正論だったー!

 俺も、俺も今後の人生で気を付ける!

 言動には絶対に気を付ける!


「これは【専門家】として、彼には【教育】が必要という見解です。【魔王妃】様。本業は【営業中】でしょうか」


『【営業中】よ。ご注文はお決まりかしら』


「【クマのごちそう風 特殊性癖男の黒焦げタタキ】をお願いします」

『火加減は如何いたしましょう』

「今の私に治せるぐらいの最大火力でお願いします」

『かしこまりました。ごゆっくりとご賞味ください』


 【黒豹女】が可哀そうな兵士から離れた。

「私が間違ってました! ごめんなさい! ごめんなさ」ベシーン

  ザシュ ズバ ベキ グシャ ゴキッ

   ドカーン ベシーン

    シュゴォォォォォォ


 可愛そうな兵士が一瞬でズタボロの黒焦げになった。

 あれが注文通りなのか。

 ひどい。


 【黒豹女】が戻ってきた。


たっとい【ズタボロ黒焦げ】をありがとうございます【魔王妃】様。美味しくいただきます」

『あとでちゃんと治すのよー』

「はーい」


 ガッ ズボッ


ォース! ォース!」

「%$&#$%#&%!!」


 ビチビチビチ ジタジタジタ


 【黒豹女】に【尻尾】の先端を口から押し込まれた【ズタボロ黒焦げ】が、声にならない声を上げながら複雑に折れた手足でもがいている。


「獲物目線で見ると、僕達の食事ってあんな感じなのかな」

「……ノイマン。この光景見てその感想か? でも確かに、バラバラに切って、こんがり焼いて皿にもりつけてって、獲物目線で見るとあんな感じかもしれないな」


「なんか僕、申し訳ない気持ちになってきた」

「そうだな。でも、俺達は生肉や生魚は食べられないし、どんな形であれ食べないと生きていけないからな。残酷な死に方を受け入れて、俺達の命の一部になってくれた獲物達に感謝すべきなんだな」


 どんなに残酷だと思っても、俺達は明日も生きたいと思ったら今日も殺さなくてはいけないんだ。

 そう考えると、今までそうやって生きてきた俺がハズレ人生なんて投げやりなことを言っちゃいけない気もしてきた。


『久しぶりにウェイトレスの仕事をしたらお腹すいてきたわ。次の獲物はと……』


 【肉食金魚】の声が聞こえる。

 今のはウェイトレスの仕事だったのか!

 どんなウェイトレスだ!

 そしてまだ食べるんかい!


 俺の口に出せないツッコミに気付いているかどうかはわからないが、【肉食金魚】が俺達の上を通過した気配。

 見上げることはできないので、視線をやや下に向けてやり過ごそうとした次の瞬間。


「「!!!」」


 急に、言い知れぬ強い威圧感を感じた。

 蛇に睨まれたカエルの気分だろうか。【肉食金魚】が戻ってきて俺達の後ろを飛んでいる気配がする。

 なんだかよく分からないが、全く動くことができない。冷や汗が止まらない。


 【命の価値】を値踏みされているような、血の味、肉の硬さ、骨の歯応え、そういうようなものを外側から容赦なく探られているような感覚。


 まさか、俺達が【獲物】として吟味ぎんみされている?


 先程空中でまるごと喰われた魚。たった今【ズタボロ黒焦げ】に料理された兵士。その姿より、俺達が空中に打ち上げられてズタズタバラバラの黒焦げにされて捕食される光景が脳裏に浮かぶ。


 普通に出来そうで怖い。


(いや、美味しくないよ。絶対美味しくない。それに、訓練がつらいと脱走してアホやってた俺達なんて、その御身体おからだに加えるにふさわしくないと思いますよ。もっと上質な【命】をお探しください)

 なんかもう、変な汗を出しながら声も出ないので必死で頭の中で繰り返す。


『あっ! 美味しそうなの発見!』


 感じていた謎の威圧感が消えて【肉食金魚】が飛び去る気配。


『【魂】ごとその【血肉】いただきまーす!』


 ギャーギャーギャ…… ガッ バサバサッ 


 コンドルの鳴き声。そして、途絶えた。


『大きくてもやっぱり鳥は軽いわねー。一羽じゃ足りないわ。他に美味しそうなのは居ないかしらー』


 コンドルさぁぁぁーん!


『美味しい血肉を差し出せば【たましい】を【聖地】にご招待よー!』


 バサバサバサバサバサバサバサバサ


 意味の分からない呼びかけに応じたのか、林のあちこちから大小様々な鳥が飛び立つ音。どうして出てくるんだ。喰われるぞ! 喰われたいのか?


『わぁぁ! 美味しそうなのが沢山! イタダキマース!』


 バサバサ ガッ ガッ ムシャ バサ ガッ


 上空で繰り広げられているであろう【肉食金魚】による【地獄の捕食カーニバル】。

 絶対に上を見たくない。


「「…………」」


 俺達の部隊は壊滅。ユグドラシル王国側の国境防衛隊も壊滅。国境線の向こうでは【黒豹女】が【ズタボロ黒焦げ】で遊んでる。

 この区域内で動いているマトモな人間は俺達二人だけ。もう何をすればいいのか分からないので、呆然ぼうぜんと立ち尽くしながらふと気になったことを相棒に聞いてみる。


「……なぁ、ノイマン。お前の研究テーマってどんなものだったんだ?」

「……長射程砲の弾道計算をするための機械だよ」


「計算ができる機械なのか。すごいじゃないか。どういう原理なんだ?」

「電気を使うんだ。【二進数】っていう特殊な数え方で電気回路で計算処理をするものなんだ」


「それ……俺達で作れないかな」

「長射程砲が開発中止になったから、作っても使い道ないよ」


「電気で計算ができるんだろ。弾道計算以外にもいくらでも使い道あるだろ。薬品の調合でも機械設計でも計算は重要だぞ」

「そういえばそうだね。でも、材料を買うお金がないよ」


「材料は何がどんだけ要るんだよ」

継電器けいでんきが二万個ぐらいかな。あと、配線材料とか」


「二万か。それだけでいいのか。簡単だろ」

「簡単かな。継電器けいでんきってけっこう高いよ」


「百個組が二百個あればいいんだろ。リバーサイドシティの廃棄物再資源化工場で廃棄機械の解体業務をすればそのぐらいすぐ集まるんじゃないか」

「でもそれは再資源化用だよね。貰っちゃまずいよ」


「いや、使えそうな部品が取れたら部品単位で買いとればいいだろ。日当の現物支給とか理由付けて。相手は【肉食金魚】じゃないんだから交渉すればなんとでもなるだろ」

「そうか。そうだね。でも、そういうところって激務なんでしょ」


「工場に【肉食金魚】は居ないだろ。吹っ飛ばされたり撃たれたり黒焦げにされたりしないだろ。ここに比べたら天国だ」

「そうだね。きつくてもいきなり臨死はしないよね。六年ぐらい地道に働けば部品と資金集まるかな」


「そこまで待たなくても、再利用部品集めて縮小試作作って技術的な見通し立ったらトーマスメタル社に売り込みに行ってみようぜ。あそこの社長の邸宅には物好きな投資家が出入りしているらしいから、将来性を認めてもらえたら出資してもらえるかもしれないぞ」

「でもエドガー。トーマスメタル社に知り合い居るの?」


「居ない。でも場所は知っているからアポなしでも突撃すればいいだろ。相手は【肉食金魚】じゃないんだから、いきなり焼かれたり刻まれたり喰われたりはしないだろ」

「そうか、人間相手なら門前払いかせいぜい殴られるぐらいだから、会いたいと思ったら普通に行けばいいんだね」


「技術開発成功して、なにか商品とか作れたら会社作れるぞ」

「いいね。僕は開発専属したいからその時はエドガー社長やってよ」


「おお。いろんなところに売り込んでたくさん開発費かせいでやるぜ」


 なんか、ここから生還する事さえできれば、この人生なんでもできそうな気がしてきた。あとは、どうやって二人で生還するかだな。


「おい、お前たち」

「「あっ、【魔王】様」」


 生還後の悪くない人生に思いをせていると、後ろから声が聞こえた。そちらを見ると【魔王】様が林の獣道けものみちから出てきた。

 あの御方は、規格外の大男なので遠くから見てもすぐに分かる。


「ぼーっとしてないで部隊の方に帰ってやれ。ざっと様子見てきたけど、全員沼に埋められて身動き取れなくなってる。部隊は壊滅だが重傷者は居ない。掘り起こしてやれ」

「「は、はい!」」


 【魔王】様は状況把握しているのだろうか。


「俺はユグドラシル王国軍の方を助けないといかん。うっかり銃口を向けてしまった可哀そうな奴が居たみたいで重傷者が多数出てる。救助は始めてるが人手が足りん。エスタンシア帝国軍の方はお前たちに任せたい。基地の南門近くに隊長のビリーが埋まってるから最初に掘り起こして彼の指示に従ってくれ。あいつはこれで三度目だ。慣れてる」

 こんなことが過去に何度もあったんだ……。


「まぁ、散々な目に遭ったかもしれんが、自業自得だ。早めに行ってやれよ」

 そう言い残して【魔王】様は川を渡ろうとした。


 滅多に会える御方でもないので、さっきからどうしても気になっていることを思い切って聞いてみることにした。


「アレは一体何なんですか?」


 上空で大小様々な鳥をむさぼっているアレのことだ。

 当然、【誰】なのかは知ってる。聞きたいのはそこじゃない。


「あれは【妊婦にんぷ】だ」

「「はい?」」


「女性は妊娠すると食べ物の好みが若干変わったり、精神的にちょっと不安定になって短気を起こしたりすることがあるものなんだ。【妻】も妊娠中だからな。そんな状態になっているだけだ。別にこれは珍しいことじゃないぞ」


 脱走して仕事サボったのは俺達が悪い。立ち入り禁止区域に入ってしまったのも俺達が悪い。この騒ぎの原因も元はと言えば俺達だ。

 そして【魔王】様は安易にツッコミ入れていい相手じゃないのもよく分かってる。

 だけど、今だけは言いたい。


「「そんなわけあるかぁぁぁー!」」

 ご愛読ありがとうございました。


 妊婦さんが狂暴化するのは有名な話ですが、おおむねその原因は旦那さんだったりします。

 初めて感じる身体の変化と無条件に消耗する体力。胎内に命を宿す精神的重圧。そんなものと戦っている妻に向かって、【残業帰りで疲れたから休ませて】とか、【ごはん無いの?】とか【家事ぐらいしっかりしてくれ】とか言ってしまえばクライシス。

 豹変する伴侶に戸惑う気持ちも分からなくはないけど、その程度の配慮ができないようでは、出産後に始まる【育児】には太刀打ちできない。

 狂暴化妊婦さんは【お父さん係】になるための最初の試練だ。


 そして、今、この話の初代魔王誕生秘話のようなものもあり(完結済み)。

「初代魔王も脚は飾りと思っていた(終末魔女の悲願/転生独裁者の贖罪)」

https://book1.adouzi.eu.org/n4319iq/


 【創世歴】に一体何があったのか。初代魔王の正体とは。そして、彼女の出自の秘密とは?

 もしよかったらこちらもよろしくお願いします。


 長い物語でしたが、ご愛読本当にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 最初から最後まで『驚愕』の顔ばかり表示してしまいました。  だってこの世界の転生者ヤバい人ばっかりだし!  現地の人も大概だけど、転生者ビッグネーム二人を見てしまうと!  自称『エンジニア』のヒー…
[良い点] 楽しみつつ拝見しました(●´ω`●) 自分も技術者の端くれだった時期がありますし、 その頃の気持ちは今も持っているつもりでおりますので、 お書きになられたこと、世の中の見方や技術者あるあ…
[良い点] 妊婦さんへの気遣い、お父さんになるための試練。 私も経験したので、良く分かります。 にしても、さすがジェット嬢の感情の起伏はちょっとやそっとではないですね。治す人がいて良かった。(笑) ひ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ