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かつて、【戦争】があった。
エスタンシア帝国北部平野で発生した飢饉を発端として、肥沃なヴァルハラ平野の支配権を巡りユグドラシル王国とエスタンシア帝国間で戦争が勃発。
開戦当初は集団戦法と兵器技術に優れたエスタンシア帝国側が優勢で、激しい市街戦の末ユグドラシル王国首都近くまで迫る。
そこで、ユグドラシル王国側は国内の一部勢力の反対を押し切り、戦争に魔術師を投入。
戦線をヴァルハラ川まで押し戻し、逆にエスタンシア帝国首都近くまで戦線を押し返した。
その際、国境近くの山岳地帯に住む少数民族が驚異的な魔法戦闘力を持つことが発覚。
それを知ったエスタンシア帝国側も国内に居住する該当者を徴兵して戦線に投入。
結果、戦場は大火力魔法の応酬となり、両国の人口が集中していたヴァルハラ平野を中心に多数の都市が消滅。
僅か一週間の戦闘で両国は総人口の七割を失った。
滅亡の危機を回避するため、交戦中であったユグドラシル王国とエスタンシア帝国の軍部は水面下で共謀。
その少数民族の根絶作戦を秘密裏に実行に移した。
両軍に所属している該当者を味方からの騙し討ちにて処分。
国内に散らばる該当者を個別に処分した後、その少数民族が住む【村】に両軍が集結。
エスタンシア帝国軍が榴弾砲の集中砲火で【村】を破壊。
その直後にユグドラシル王国軍特殊部隊が救助隊に扮して【村】に侵入。
生存者を一か所に集めて全員殺害。
両軍は【村】とその周辺に生存者が居ないことを確認後、証拠隠滅のため【村】を焼き払って撤収。
その時、焼き払われた【村】に異世界からある男が転生した。
その男は50代のオッサンだった。
男は、首都陥落直前の自軍司令部地下室で拳銃自決したはずの自分が、異世界で目を覚ましたことに驚いた。
そして、この世界でも悲惨な戦争が行われていることに嘆いた。
惨殺死体が多数転がる焼き払われた【村】にて、井戸の内壁に引っかかっていた生存者を発見。
腹部を深く抉られ、大腿部で両脚を切断された若い女性だった。
瀕死の重傷であったが、前世で従軍していた経験が役立ち、焼け残った資材で救命に成功。
女は【村】を滅ぼされた報復として両国を焼き払うことを主張した。
それだけの力が女にはあると言った。
しかし、男は、それを窘めた。
その力を、戦争を無くすために使おうと。
次の悲劇を未然に防ぐために使おうと。
男は前世で戦争を指揮し、民族根絶を主導する罪を犯していた。
男はこの世界の戦争を終わらせることでその罪を償おうと決めた。
ユグドラシル王国とエスタンシア帝国の戦争は、大火力魔法を使う少数民族の根絶では終わらなかった。
大きくなりすぎた戦禍は【報復の連鎖】を生み出し、両国とも戦争終結の糸口を見失っていた。
その状況においても、両国政府は軍部の説得にも応じず民意に流される形で国家総動員体制で戦争を継続。
訓練も教育も不十分な民間人まで戦場に投入。
戦線も規律も失った戦争は泥沼化し、民間人の虐殺や都市部への毒ガス攻撃の応酬へと発展。
両国の生活インフラは崩壊し、発展していた高度な技術も喪失。
世界は滅亡の危機に陥った。
女の協力を取り付けた男は、女の特殊な魔法力と自らが転生者として持っていた【魂に干渉する力】を活用し、死者の【魂】と動物の亡骸と魔力感応材料の組み合わせにより、無生物のバケモノ【魔物】を創り出す技術を開発。
死者の【魂】への干渉は生命への冒涜であり、侵してはならない禁忌であった。
しかし、戦争終結を望む多くの戦死者の【魂】達は【魔物】となり戦うことを自ら志願。そして、【魔物】による国境分断での戦争の終結を提案。
死してなお生者の未来を想う戦死者達の遺志に報いるべく、男は自ら【魔王】を名乗り、両国の戦争反対派の一部を支援者として、焼き払われた【村】の跡地の東端に【魔王城】を建設。
そこを拠点に、国境となるヴァルハラ川流域に【魔物】を大量配備。国境線を分断し、両国の戦闘相手を【魔物】に集中させることで人間同士の戦争を強制的に終結させようとした。
ユグドラシル王国軍とエスタンシア帝国軍の少数民族根絶作戦実行部隊はそれを好機と捉え、再び水面下で共謀し、両国でクーデターを敢行。
それぞれの国で政権を奪取し、両国間の戦争終結を宣言。両国間で行われた戦争とその被害について少数民族の根絶と合わせて徹底的に【隠蔽】。
関連する記録を全て破棄し、【隠蔽】に反対する派閥を処刑して、戦乱や国土の荒廃の原因を【魔王】と【魔物】に転嫁した。
そして、【魔王】が【諸悪の根源】であるという意味を込めて、【魔物】出現の年を以て【魔王歴】を制定。
それを全国民に周知徹底することで両国間の【報復の連鎖】を断ち切った。
結果的に、国境分断による終戦は成功。
隣り合わせの両国はそれぞれが戦後からの復興に集中することで一時的な平和を取り戻した。
男は転生時点で50代。
持病もあり余命は少なかった。
戦争終結を見届けた後、支援者たちが見守る中60代にて逝去した。
しかし、この平和は人間の力ではなく【魔物】の存在により作り出された脆い物。
永続する世界平和実現のために、世界は男の力を必要としていた。
その状況を知る女は支援者達の懇願を受け入れ、【村】に伝わる禁術の【死者蘇生法】を男の亡骸に対して行使。
それは、【魔物】を創り出す技術の元になった術。
術者の命と引き換えに死者を不老不死のバケモノの身体で蘇らせるものであった。
男は、女には支援者達と共に静かな余生を送ってほしかった。
その大切な命と引き換えにバケモノとして呼び戻された現実に嘆いた。
そして、二度の人生で自らの重ね続けた罪の重さを悟った。
前世で戦争と民族根絶を主導した罪。
この世界で死者の【魂】を冒涜した罪。
死で償うことすら許されない程に罪で穢れた【魂】。
その器としてふさわしい不老不死のバケモノの身体。
平和のために命を捨てた女の遺志で復活した【魔王】として、命ある限り世界の平和を守ろうと決めた。
それから七十年以上の月日が流れる。
多くいた支援者も年老いて次々亡くなる。
両国政府の厳しい弾圧により過去の歴史を知る物は既に居ない。
【魔王城】にはすでに【魔王】一人。
いつからか【魔物】の発生が制御不能となり、両国国民の生活を脅かしていた。
絶飲食でも魔力のみで生存可能なバケモノとなった故に一人でも生き続けることはできた。
しかし、討伐されるのは時間の問題だった。
次の転生者が来た時のための案内役は、支援者達が闇魔法を駆使して用意してくれていた。
だが、そう都合よく来るとも思えない。
この世界に転生したとしても、【魔王城】に来る理由が無い。
自分が討伐された後の世界の戦争抑止と平和維持をどうするか憂う毎日。
そして
魔王歴82年 4月30日
皮肉にも、前世の命日と同じ日。最期の時が来た。
両国軍の総攻撃。そして【勇者】の襲撃。
その後ろに控える【聖女】を見て、【魔王】は笑った。
どういう経緯で生き残ったのかは分からないが、あの【村】の血筋。
どことなく、あの女の面影すら感じる。
面白い。この世界をどうするか、彼女に選ばせよう。
【魔王】は、仕事が終わった。役割を果たした。そう悟った。




