第20話 クレイジーエンジニアと戦争の行方(11.7k)
40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから二年と六十八日目。【滅殺破壊天罰】で世界が震撼してから百七十八日目。初回の【国際会議】から百五十八日後。俺が【輝く魂の力】に目覚めてから六十八日後の午後。
【魔王城】の【謁見の間】にて、両国の【終戦協定締結式典】を開催している。
事実上の休戦から一年半。
両国間の緊急の問題を片づけることを優先したので正式な終戦協定の締結を後回しにしていたが、一通り問題が片付いたのでそこもケリをつけようということで開催の運びとなった。
ジェット嬢の座る【玉座】の正面に長テーブルを置いて、そこでイェーガ王とアレクサ首相が【終戦協定】の書面にサインをする。
そして、それを【謁見の間】に整列した両国の重鎮や護衛の兵士が見守る形。
両国の新聞記者や、ユグドラシル王国の各地領主や、エスタンシア帝国の政財界の長も来賓として招待されており、【魔王城】営業開始以来の大人数だ。
体育館風の【魔王城】で来賓を招いて卒業式をしているような感じか。
【戦争】から【卒業】のようなニュアンスで。
ちなみに、【魔王城】前の【入口広場】には立食パーティが準備されている。
式典が終わったら両国の参加者同士で交流会の予定。
皆それが楽しみで来ているようにも見える。
ジェット嬢は三十七日前にテーブルの椅子から転げ落ちて頭を打った。
脚が無いので椅子から落ちると危ないのは分かってはいたが、実際に落ちたことで想定を超える危険性が露呈したので、あれ以来テーブル席の使用は禁止して【謁見の間】の【玉座】を定位置としている。
この【玉座】は床に固定されているので倒れる心配は無い。
イエローにより座面をジェット嬢用に改造しており、シートベルトも付いているし、リクライニングもあるという。
かなりの【魔改造】をしたようだ。
よくわからないが、多少は位置調整もできるらしく、【玉座】の真後ろの床にはゼブラゾーンが描かれている。
可動域なのでそこに入るなということらしい。
ジェット嬢もこの【玉座】が気に入ったようで、食事の時はそこにテーブルを持ってきて皆で集まり、くつろぐときはそこに座敷とちゃぶ台を持ってくるというように、ジェット嬢の座る【玉座】に合わせて室内の配置を変えて【魔王城】メンバーが動き回るというのが日常になっている。
車いすでは【謁見の間】に繋がる幅広の階段を昇れないので、ここにジェット嬢を運ぶのは俺の仕事。食事の時以外の俺の定位置は【玉座】の左後ろ。
いつぞやの執事的ポジションに帰ってきた形だ。
この世界の【魔王】は【玉座】の斜め後ろが定位置だ。
【滅札】発行とリバーサイドシティ復旧により両国の経済交流は円滑化し、先月行われた麦畑の収穫では、ユグドラシル王国、エスタンシア帝国両国で豊作だった。
エスタンシア帝国製鉄道車両の車体に魔力電池と電動機を搭載したユグドラシル王国仕様の鉄道車両がヴァルハラ鉄道で導入されたり、【西方運搬機械株式会社】製の例のトラクターの車体に内燃機関を搭載したエスタンシア帝国仕様の農業用トラクターが実用化されたり、【浄化槽】がエスタンシア帝国に大量に輸出されたりと、技術面での棲み分けをしながらも両国間の貿易は拡大している。
今日は、不在がちだった【臨死グレー】も含めて【臨死戦隊★ゴエイジャー】は全員集合だ。
【臨死グレー】はエスタンシア帝国側の来賓の【護衛】として久しぶりに【魔王城】に帰ってきた。
そして、【臨死戦隊★ゴエイジャー】の【臨死ブラック】の司会進行で式典は進む。戦没者に対する黙祷に始まり、イェーガ王とアレクサ首相の無難な演説を終え、式典はついに最終段階に。
会場正面の【玉座】の斜め後ろで、仕立ててもらった【魔王】っぽい服を着てずっと立ってる俺。
注目を浴びすぎて気分的にちょっと疲れてきたので、コーヒー飲みたいとか思いながら進行を見守る。
「では両国代表で、【終戦協定】にサインをお願いします」
イエローが予め用意してあった【終戦協定】の書面を二部、両国代表の間のテーブルに置く。
両者がそれぞれにサインを入れれば協定は成立だ。
『私は許してないわ』
今まで【玉座】に座って黙って見ていたジェット嬢が、突然よく通る声でよくわからないことを言いだした。
全員がぎょっとしてジェット嬢を見る。
「どうしたジェット嬢。確かに今更感があるが、【終戦】はしておいた方がいいだろう」
『私は、【終戦】なんて認めない』
【玉座】の上でスカートをたくし上げて、魔力推進脚のノズルを出すジェット嬢。なんか嫌な予感がした次の瞬間。
ドカーン
久々にジェット嬢の両脚の【二連装ジェット砲】が炸裂。
正面にあったテーブルがバラバラになり、【謁見の間】に居たイェーガ王とアレクサ首相含む数十人の参加者が吹っ飛ばされて、エントランスに降り注いだ。
プシュー ガコン
発射の瞬間後退した【玉座】がゆっくりと元の位置に戻る。
その【玉座】は【駐退復座機】だったんだな。
とっさに射界の外側に退避していたイエローが満足そうに見ている。
よく見たら、【謁見の間】に居たゴエイジャー六人は全員【玉座】よりも後ろ側に退避していた。
さすがに【魔王城】勤務が長いととっさに危機回避ができるんだな。
「もうちょっとバネが硬くても良かったわね」
ジェット嬢が当たり前のように使用の感想。
【駐退復座機】付きの【玉座】に座ることで、自分が反動で飛ばされることなく最大威力での連射砲撃が可能となった【二連装ジェット砲】。
無敵の要塞【ジェット☆フォートレス】だ。
ジェット嬢よ。オマエにとって椅子って一体何だ?
…………
【魔王城】エントランスにて【謁見の間】から【二連装ジェット砲】で吹っ飛ばされた参加者達の応急手当が続く中、イェーガ王とアレクサ首相だけがボロボロになった正装で【謁見の間】に駆け上がってきて猛抗議。
「【魔王妃】様。いきなりひどいじゃないですか!」
「【終戦】の何が気に入らないんです!」
『【終戦】ってことにして、【終わり】にしたら【忘れる】でしょ』
「忘れませんよ。戦争再発を防ぐために【不戦の誓いの日】を設定して、永久に忘れないように語り継ぎますよ」
「そうです。戦争再発防止のために、何のために戦ったのか、そうすれば戦わずに済むか、その日は全国民で考えるんです」
イェーガ王とアレクサ首相がなんか息が合ってきた。
『で、あの戦争、結局何で起きたのよ』
「「えっ?」」
『全国民に考えさせる前に、国の代表者であるアンタ達ちゃんと考えたんでしょうね。起きたことの整理と経緯の精査をちゃんとして、後に活かせるように記録を残したんでしょうね。再発防止の体勢を整えたんでしょうね』
まぁ、もっともな話だな。でも、そこはさすがにしているだろう。
「「えー…………」」
二人とも目が泳いでいるけど、まさか、してないのか?
少なくともユグドラシル王国側にはいろいろ反省点あったと思うぞ。
俺も話したし、ウラジィさんに説教されたんじゃないのか?
【歯止め】ちゃんとしないとマズイだろ。
『ちゃんと仕事をしなさい!』
再びジェット嬢がスカートをたくし上げる。そして
ドカーン 「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」」 ドサドサッ
プシュー ガコン
【ジェット☆フォートレス】の【二連装ジェット砲】でイェーガ王とアレクサ首相が宙を舞い、エントランスに落ちた。
さっきより威力を抑えたのか、発射時の【玉座】の後退が少なかった。
…………
しばらくして、さらにボロボロになった正装の上に、簡易的な鎧を付けてヘルメットを被った姿でイェーガ王とアレクサ首相が【謁見の間】に駆け上がってきた。
なかなか逞しいな。
ジェット嬢、今度は最初からスカートをたくし上げて【魔力推進脚】のノズルを出した状態で迎える。
ジェット嬢の座る【玉座】の前は【二連装ジェット砲】の砲口正面でもあるので超危険領域だ。
『アンタ達はいつもそう。終わりにして、忘れて、都合が悪くなったら隠蔽して。そして、また同じことを繰り返す』
説教しながらも、【二連装ジェット砲】の砲口は二人を捕らえている。二人ともそれに気付いているからか、冷や汗を流しながらジェット嬢を見る。
砲口に視線を送るなよ。それ脚だからな。
恐いからってあんまりジロジロ見てるとまた吹っ飛ばされるぞ。
「そんなことはありません。あれだけの【戦争】忘れられませんよ」
「そうです。戦争経験者がその経験を語り継ぎます」
『じゃぁ、【終戦の誓いの日】の僅か四日後の武装蜂起は一体何? ソド公が隙だらけだったにしても、扇動したのはエスタンシア帝国の国民よね。反乱軍にはユグドラシル王国の鉱山技術者も混じっていたわよね。鉱山地区は国境から遠いから、【戦争】をどこか他人事と思ってた人間が居たってことでしょ。私はアレのせいで酷い目に遭ったのよ』
酷い目っていうのは【盗撮】の件か。
まぁ、確かに酷い目には遭ったな。
その後の方が酷かったけどな。
「「それは……」」
『それと、【戦争】の勃発でうやむやにされているけど【魔王討伐計画】も。アレは一体何だったのかしら。諸悪の根源と忌み嫌いつつも、七十年以上【魔王】と【魔物】とは共存していたはずよ。なんであの時討伐計画が必要になったのかその理由を教えて頂戴』
「それは、ある時を境に【魔物】が激増して、国民の生活を脅かし始めたからです。そのへんは【魔王妃】様もよくご存じのはず」
「エスタンシア帝国も同様だ。他にもいろいろ事情があり、ユグドラシル王国との国交回復と交易が必要になった。だから、あの計画は必要だった」
『その【ある時】ってのは、十六年前のリバーサイドシティ壊滅の事件のことかしら。記録が残っていないけど、あの事件一体何だったの?』
「「…………」」
『知らないんでしょうね。誰かが【隠蔽】したんでしょ。そして、アンタ達の先代も関心を持たなかったし、アンタ達も調査しなかった。私が知っていることを教えてあげるわ』
「「!!」」
『【魔物】は三種類居たわ。国境沿いに居座るだけで近づかなければ襲ってこない奴。自由に動き回って無差別に襲い掛かってくる奴。あと一つは例外的な奴だから保留。【魔物】と一番多く戦った私が言うんだから間違いない』
「「………………」」
『【魔物】は【魔王】が作っているってことになっていたけど、私が知っている限りでは【魔物】の出没はリバーサイドシティ跡地周辺が中心だった。そして、私が一番沢山の【魔物】を見たのは【77年ユグドラシル東部スタンビート事件】の時のリバーサイドシティだった。これはどういうことかしら』
「まさか、リバーサイドシティが【魔物】の発生源だったと」
「たしかに、エスタンシア帝国側での【魔物】の分布も【魔王城】周辺と東部の橋脚跡地周辺に分散していた」
『これも【隠蔽】されているけど、当時のリバーサイドシティは両国の交流拠点だったそうね。だから、壊滅前は橋があった。両国の技術者が集まって、あの街で一体ナニをしたのかしら。そして、エスタンシア帝国の人間が魔法関連の技術を嫌うようになったのはいつからかしらねぇ』
過去にやっぱり交流はあったんだ。言語はともかくとして、国交が無かったのに通貨や取引に使う基本単位が共通というのはおかしいと俺も思っていた。
そして、【魔物】は人間が作っていたのか? いや、【魔物】って俺には未だによくわからんが。
「いや、しかし、【魔王討伐計画】は完遂して、もう【魔物】は根絶しましたし」
「そうだ。今更それを蒸し返したところでこの先の未来にメリットは無いぞ」
『そういうところがダメだって言ってるのよ!』
ドカーン 「「うわぁぁぁぁぁぁぁ」」 ドサドサッ
プシュー ガコン
また【二連装ジェット砲】が炸裂。
イェーガ王とアレクサ首相が吹っ飛ばされてエントランスに落ちた。
今回は前回よりも高く飛んだな。
『アンタ達はいつもそう。やらかして、終わらせて、忘れて、無かったことにして。魔王歴が始まった時にも何かやらかしたんでしょう。そもそも、八十年ちょっと前の魔王歴以前の歴史記録が全く残ってない事自体がおかしいのよ』
鎧とヘルメットの効果なのか、二人ともすぐに復活して【謁見の間】に駆け上がって来た。二人とも本当にタフだな。
『アンタ達は、【戦争】をしなさい』
ジェット嬢がぶっ飛んだことを言いだした。
「そんな! 何のために戦えと言うのです」
「両国民は戦争を望んでいない。国民が望まない戦争なんてできるわけがない」
『やらかして、終わらせて、忘れて、隠す。そういう歴史を繰り返してきたどうしようもないアンタ達は、今回それじゃ済まない取り返しのつかない失敗をしたのよ』
「取り返しのつかない失敗?」
「どういうことだ。確かに失敗が無かったわけでは無いが、それらはちゃんと乗り越えてきたぞ」
『戦う理由と合わせて、今から教えてあげるわ』
そう言ったジェット嬢が、俺を見上げて両手を差し出してきた。
「もしかして、離陸か?」
「放り投げ離陸でお願い」
「人目があるところでアレをするのか」
「いいから。エントランスの方向に斜め上でなるべく高めに」
「了解だ」
ジェット嬢の両手を持ってぶら下げ、【謁見の間】中央に。
そして、腕力自慢のお父さん係がやってしまいがちな危険なスキンシップ【両手を持った振り回し遊び】からの【放り投げ】離陸。
「「良い子は!」」 グルングルン
「「マネを!」」 ブン
「「しなでねー!!」」 スポーン
ヒュバッ ヒュバッ シュゴコォォオォォ
放り投げからの【足技】による姿勢制御でスカートの中が見えてしまうのがこの離陸方法の問題点。人前ではできないと言ってはいたが、今日は大勢の前で披露。
離陸は成功し、広い【魔王城】の中をジェット嬢が飛ぶ。
「下にズボン履いてるからって、いいのか?」
「これはズボンじゃなくて【ペチコート】って言うのよ!」
知らんかった。
名前は知ってたけど、アレが【ペチコート】というものか。
なんか俺が視線を集めている。
恥をかいたのは俺の方か。まぁいいや。
『どいつもこいつも、見上げるな!』
ゴォォォォ ガシャーン ドーン ズザァァァァァァァ
ジェット嬢は人が大勢いるエントランスを推進噴流でかき回してぐちゃぐちゃにした後、【魔王城】天井近くにある換気口から外に飛んで行ってしまった。
…………
飛び去るジェット嬢を【魔王城】に集まった大勢で見送り、呆然としていると、何か脳内に声が響く。
『ワタクシは【終戦】を認めません。アンタ達は【戦争】をしなさい』
いつものよく通る声とは少し違うような、より強く、まるで地の底から響き渡るような声だ。
『魔王歴が始まった時、リバーサイドシティ壊滅事件の時、【魔王討伐計画】の時、そして、あの【戦争】。それ以外にもいろいろなところで、この世界の皆さんは、やらかして、終わらせて、忘れて、隠す。そんなどうしようもないことを繰り返してきました』
まさか、全世界に向けて放送しているのか?
『そしてついに、皆さんは取り返しのつかない失敗をしました』
取り返しのつかない失敗って何だ。そんな危険な失敗をしていたのか。
『このどうしようもない歴史の繰り返しの主犯は時の為政者かもしれません。でも、世界中の皆さんの無関心な態度、無思慮な発想、無責任な行動の積み重ねが時の為政者の失敗を後押しし続けました。今回の取り返しのつかない失敗は全世界に住む一人一人の連帯責任です』
『十数年前、誰かがリバーサイドシティで何かをやらかして、【魔物】を激増させてしまいました。そして、皆さんは事実を【隠蔽】したうえで、全部【魔王】のせいにして、辺境でウェイトレスをしていた女の子を【最終兵器】に仕立て上げて【魔王討伐計画】という形で後始末をしようとしました』
そのウェイトレスってもしかしてジェット嬢か。
ジェット嬢を【最終兵器】扱いにした奴が居たってことか。何て危険なことを。
『ちょっと拳が強くて多少魔法適性があるだけだった女の子は【魔物】の群れに放り込まれながら、国や街を守るためと信じて、日常的に瀕死の重傷を負いながらも戦い続けました』
やっぱりそういう扱いを受けていたのか。
『なまじ強力な【回復魔法】が使えただけに、瀕死の重傷から瞬時に復活できました。それ故に、普通の人間なら一回だけで済む、死に至る痛みや恐怖を何度も繰り返し経験しました。おかげで特定の場所以外では眠る事すらできなくなりました』
特定の場所って、もしかして俺の背中か? そこでしか寝れなかったのか?
『【魔王討伐計画】が終わって、もう休みたい、穏やかに余生を過ごしたいと、そう思っていたところを、わざわざ引っ張り出されて【地獄】に突き落とすようなことをされたので、何かに【覚醒】して何かを【解放】してしまいました』
すまん。【地獄】に落としたのは俺の【失言】が原因だったな。そして、【覚醒】と【解放】は自覚あったんだな。
『【真・金色の滅殺破壊魔神】等と呼ばれる今のワタクシ。【火魔法】だけなら範囲無制限で使えます。ユグドラシル王国の南端から、エスタンシア帝国の北端まで、瞬時に溶岩の海に沈めることができます』
できるんじゃないかと思っていたけど、本当にできたんだ。
『皆さんのどうしようもない歴史の積み重ねが、一瞬で世界を滅ぼす力を持つバケモノを創り出しました。これは皆さんがやらかした取り返しのつかない失敗です』
ジェット嬢を【最終兵器】扱いで育てたら、本当に世界を滅ぼしかねない存在になるであろうとは思っていた。
実際にそれをしてしまったのか。
確かに、これは、【取り返しのつかない失敗】だ。
『また、いつも通り無かったことにしたいですか?』
『ワタクシは弱い存在です。今は一人では【回復魔法】も使えません』
『自分で立つことも歩くこともできません。』
『銃で頭を撃たれたら死にます』
『心臓を剣で突かれても死にます』
『首を斬り飛ばされても死にます』
『この前も椅子から落ちて床に頭をぶつけて危ない所でした』
『世界を瞬時に焼き払う力があっても、自分で身を守る手段はありません。先代の【魔王】よりも簡単に討伐される弱い存在です』
『そんな存在は消したいですか? 無かったことにしたいですか?』
『でも、そんなことは許しません』
『皆さんが創り出したバケモノです。最後までちゃんと面倒を見てください。皆さんの勝手な都合で無かったことにしようとしたなら、温厚で慈悲深いワタクシも容赦しません』
『死ぬ瞬間にでも、世界中を瞬時に溶岩の海に沈めて全部無かったことにしてあげます。溶岩を作るのは一瞬で済みます。地下から湧き上がる溶岩に全世界が沈むのをゆっくり楽しんでください』
『でも、温厚で慈悲深いワタクシ。無かったことにしようとしない限りは、世界を焼き払ったりしません』
『温厚で慈悲深いからというだけでなく、世界を滅ぼす力があると言っても、実際に滅ぼしてしまうとワタクシもいずれ餓死してしまうという現実的な問題点もありまして、おいそれと暴れることはできません』
まぁ、そうだろうな。
三週間絶飲食で死ななかったあたり、生きるだけなら案外何とかなるのかもしれないけど、滅ぼした世界で自分だけ生き残っても意味が無いよな。
『でも、どうしようもないアホが一人でも【魔王城】に侵入して、そこで寝ているこのワタクシを刺そうとしたなら、この世界は溶岩の海に沈むでしょう』
世界の滅亡条件がなかなか厳しいな。
俺達が居るから大丈夫だと思うけど、遠距離から狙撃とかされたら確かに危ないかもしれん。
『それだけで世界が滅びる。誰一人他人事ではありません。無関心で居られますか?』
『滅びるのが嫌なら、焼き殺されるのが嫌なら、世界中の皆さん一人一人が私が居る【この場所】を守ることを他の何よりも優先して常に考えなさい』
『【この場所】に全世界から【最強の戦士】と、【最高の頭脳】を集めて、世界で一番重要な【護衛対象】である【この場所】を守り続けなさい』
『これが、新しい【世界の枠組み】です』
『世界の人々がこの決まりを忘れた時に、世界は滅びます。だから、【戦争】をしなさい』
『やらかして終わらせて忘れて隠す。そんなどうしようもないことを繰り返してきた皆さんが、この大切な決まりを忘れないように、どうしようもなく忘れっぽい皆さんはいつまでも【戦争】を続けなさい』
ジェット嬢が無茶苦茶言ってる。言ってることは無茶苦茶だけど、言いたいこと、伝えたいことは明確だ。ジェット嬢が望むことは一つしかない。
【生きたい】
世界を瞬時に焼き払う力を持ってしまった究極のデタラメ要素だけど、それは望んでそうなったわけじゃない。ジェット嬢はこの世界で皆と共に生きたいだけだ。
ただそれだけのことを叶えるために、どちらの国にも属さない場所を作り、どちらの国からも守られる形を作る必要があった。そしてそのためには【世界の枠組み】を作り直す必要があった。
なんて難儀な人生だ。
『リバーサイドシティと【魔王城】限定で両国の交流は続けなさい。それ以外の場所は国境を封鎖しなさい。そして、国境沿いに【地獄の戦場】を常設しなさい』
【魔王城】エントランスの方でバタバタと人が動き始めた。
【戦争】を続けながらも、両国の交流が許されることが分かったからか、双方で具体策を考えるのか。
『【地獄の戦場】では、実際に戦うのは禁止です。均等の戦力で、一触即発の緊張感で、国境沿いでしっかりと睨みあいを続けなさい。勝手に戦端を開いたり、戦わないからと手抜きをした時には、ワタクシが【地獄】を披露してあげます』
『ワタクシがここまで言っても行動や思考を改めないような【どうしようない人間】を、国境沿いに常設する【地獄の戦場】に集めなさい。エスタンシア帝国でも【地獄娘】なんて酷い渾名を付けられたワタクシが望み通り【地獄風】にたっぷりと可愛がってあげます』
その渾名つけたのはジョンさんだな。【マジックショー】の感想で【地獄】を連呼してたな。
【謁見の間】に居るイェーガ王とアレクサ首相がテーブルの残骸の影にしゃがみこんで密談を始めた。もしかして、国内に居る【どうしようもない人間】の処遇についての密談か?
まぁ、どちらの国にもそういう困った方々は一定数は居るんだろうな。
ジェット嬢の【お仕置き】は再犯率ゼロと評判だから、もしかして【地獄の戦場】を【刑務所】代わりにすることを考えてるか?
『そういえば、自己紹介をしていませんでした。王宮を【墓標】にしたり、北部平野を焦土にしたり、【暴露本】を出版されたりと、何かと知名度が上がっていますが、いろいろ誤解されているような気がするので改めて』
『王宮で【聖女】と呼ばれていたこともあるぐらい、ワタクシは温厚で慈悲深い存在です』
温厚で慈悲深いって最初は冗談だと思ってたけど、今なら分かる。
本気だったんだな。
都合よく利用されて散々な目に遭って自分がボロボロになりながらも、世界中の人との共存方法を優先して考えるぐらいに、本当に温厚で慈悲深い存在だったんだな。
『今は【魔王妃】であるワタクシ。実は孤児院出身で出自が不明であります。黒目黒髪というあたり南方出身かなとは思っていましたが、どいつもこいつも【地獄出身】とか言ってくれるし、発現する魔法がなぜか【地獄風】になるのは確かなので、もう【地獄出身】でいいです』
すまん。俺も【地獄出身】とか口を滑らせたことあった。他にも言う奴居たんだな。
そして魔法が【地獄風】になるのは自覚はあったんだな。
『貴族出身では無いので元の名前はイヨだけです。ファミリーネームとミドルネームはユグドラシル王国王宮での後付けです。でも、私をそれで呼ぶ相手も居るのでこれもこのまま使います』
フルネームの秘密はそうだったか。
第一王子の婚約者になるときに、無理やり家名付けて貴族扱いにしたということか。そういえばミドルネームで呼んでるの俺だけだったな。
『【地獄】出身、イヨ・ジェット・ターシ。この世界に、世界の枠組みの意味を理解しない奴、無責任な行動を改めないアホ、己が欲望のために技術の扱いを誤る不道徳者、手段のためには目的を選ばないどうしようもない人間が居たら、私の【地獄】に連れてきなさい。以上』
地の底から響くような声でのジェット嬢の演説が終わり、脳内から音が消えた。
イェーガ王とアレクサ首相は【謁見の間】からエントランスに駆け下りていった。ゴエイジャーの六人は、【謁見の間】の上にある窓を全部開けている。
どこに行っていたか分からないが、ジェット嬢はもうすぐここに帰って来る。だとしたら、この流れで俺が待つ場所は決まっている。
エントランスから【謁見の間】に昇る幅広の階段の上側。
エントランスに居る参加者全員から見える最高のステージだ。
…………
エントランス側で参加者が整列し、俺がステージで待つこと数分。ジェット嬢は【謁見の間】上側の換気用の大窓から帰ってきた。
そして、天井近くで【魔王城】内を静かに一週飛んだあと、俺の方に来た。
大勢の参加者が見守る前で、ジェット嬢は俺に【着陸】した。
【配慮】の足りないあの【着陸】で。
【着陸】成功と同時に、会場内から盛大な拍手が上がった。
新しい【世界の枠組み】が両国に受け入れられた瞬間だった。
…………
【終戦協定締結式典】にはならなかったが、生傷だらけにされた参加者達は立食パーティにも全員出席し、旅客用トラクターの車列で満足そうに帰っていった。
一部のメンバーはリバーサイドシティに再度集合し、【世界の枠組み】の実運用会議に移るとのこと。
アンとメイは立食パーティの片付け、ゴエイジャーの六人はぐちゃぐちゃになったエントランスの復旧で忙しい。
俺も手伝おうとしたが、ジェット嬢が魚を食べたいと言い出したので、背中合わせでヴァルハラ川に行って【滅殺☆ジェット漁】による間食をした。
ジェット嬢はよほど空腹だったのか、30cm級の大物を三匹もたいらげた。
ヴァルハラ川からの帰り道で西側台地を見ると、そこに居た【地縛霊】達が次々と飛び立っていくのが見えた。
【成仏】というわけではなさそうだ。山や川のほうに向かって散り散りに飛び立っていく。
まるで、在るべき場所に還る手段を見つけたかのように。
おそらく俺にしか見えていない光景。
この光景の意味は俺には分からない。
だが、俺はこの世界に呼ばれた存在として、何かをやり遂げた気がした。
・魔王歴84年7月7日
【魔王城】で開催された【終戦協定締結式典】にて【終戦】は成立しなかった。
世界中に届いた声に動かされ、世界は新しい枠組みの中で新たな歴史を歩み始める。
終わらない【戦争】と、紙一重の【滅亡の危機】が共存する、新しい【世界の枠組み】の中で。
●次号予告(笑)●
女の声は世界中に届いていた。
新しい【世界の枠組み】の中で日常が動き出す。
その中で【輝く魂の力】を得た男は、世界の小さな真実を悟る。
そして、女が抱いた野望は、男の想像を超える物だった。
次号:クレイジーエンジニアと世界の日常
(幕間入るかも)




