幕間 退役聖女の食物連鎖(6.1k)
【真・金色の滅殺破壊魔神】という物騒な異名を持ち、さらに【魔王妃】となってユグドラシル王国とエスタンシア帝国を【恐怖】と【借金漬け】で実効支配して【世界征服】を達成してしまった私だが、これは目指していたところではない。必要だからそうしただけのこと。
目指していたところは別にある。
マイベストプレイスを守らせるための【世界征服】をやり遂げた今、本来目指していたところに到達すべく行動を起こす時が来た。
夜になり、あのアホのベットの下の【自宅】の中で準備をする。
これからすることを考えると、服は脱いでおいた方が都合がいい。
あのアホがいつもなら熟睡している時間になったので、気配を消しながら梯子を上り、身体を見られないように入口から顔だけ出して様子を伺う。
今日に限ってあのアホは起きていた。
私を見つけて声をかけてきた。
「ジェット嬢よ。俺を喰いたいのか?」
普段鈍感なのに、今日だけは察しが良いのに驚いた。
「俺を喰うのはかまわんが、後で困らないようにするんだぞ」
思いがけず許可が出た。【合意の上】というやつだ。
ならば遠慮なく頂こう。
寝ていないなら、寝させてしまえばいいのだ。
あのアホの肩を掴んで【回復魔法】の【波動】を生成。あのアホを寝かせる。
治療するつもりは無くても【波動】を生成するのは自由だ。
もしかしたらこの使い方は何かと便利かもしれない。
入口から這い出して、あのアホの布団の下に潜り込み、寝間着の前を開く。
そして、いつぞやのようにその上に全身で乗り上げる。
目標到達のためのアレを始めるか。
何度か齧ったことがある首筋に目が行くが、今日はそこじゃない。
まずは鎖骨だ。
あのアホの右の鎖骨を咥えるように齧りつく。
私のちょっと長い犬歯の先端が、皮膚を貫いて骨に触れる。
捕まえた。
裏山の池に放り込まれたあの日。
自分の歯並びが変わったことに気づいた。上下の犬歯が猫のように長くなった。
ちょっと他の人と違うかもしれないが、他人に見られる場所でもない。
それに、自分の身体的特徴を卑下してはいけないことは体格の件で学習済みだ。
女性にしては大柄な体というのも、良さに気づいたらとてもいいモノだった。この歯並びもいいモノだと思えばいいモノなのだ。
実際、嚙み合わせが悪くなりそうなものだがむしろ良くなり、何かを嚙み切り、噛み砕く力は格段に上がった。
硬い肉料理などが食べやすくなった。
その犬歯で捕まえたあのアホの鎖骨。
普段私を背負って行動する筋力、私を軽々と放り投げる腕力。かつて私の拳を弾いたこの世界で最強の肉体。
それを支える骨の一つ。世界最強の骨。
だけど、【マジックショー】で銃弾を嚙み砕いた私の歯とどっちが強いかな。
そう考えて、顎に力を込める。
私の勝ち。
程よい歯応えと共に、口の中に香ばしい味が広がる。
勝った私は、【戦利品】を頂く。
ソレを渡すまいとあのアホの身体が抵抗する。
だが、ソレはもう私のモノだ。
顎にさらに力を加える。
噛み合わせの良い歯が抵抗を断ち切り、私の口の中に【戦利品】を届ける。
そして、頂いた【戦利品】を噛み砕く力で自分の一部に変える。
気分が高揚する。
自分の身体から、地の底から【何か】が沸き上がる感覚を覚える。
興奮しながらも次の【戦利品】を探す。
どこにしようかな。
ヨセフタウンで自警団の手伝いをする時に、人間の身体の傷つけていい場所といけない場所の区別をドクターゴダードに詳細に教わった。そして、死なないように懲らしめる実戦経験もたくさんしている。
だから、死なないようにたくさん頂くことも私にとっては簡単なのだ。
寝た姿勢を前から狙うなら死角があることも分っている。
でも、この巨体を【完食】なんてできるわけがない。
この姿勢で狙える場所から頂く場所を選べばいいのだ。
次は、胸骨。
この下には、傷つけたら命に関わる大切なモノがある。
その大切な部分を守るため、特に頑丈に作られた骨。
命を守る分厚い装甲板。
だけど、私の歯に対しては無力。
先ほど頂いた部分から、目的の場所に向かって頂いていく。
その下にある大切な部分を決して傷つけないように。
噛み合わせの良い歯で分厚い筋肉を抉り取り、肋骨も一部頂き、狙いの場所にたどり着く。
大きな胸骨を噛み砕いて、たくさん【戦利品】を頂く。
【手】を使うなんて無粋な真似はしない。
抉ったあのアホの胸の中に顔を突っ込んで、どんどん頂く。
頂いたそれを自分の一部にするたびに、私の中から【何か】が溢れ出し、周囲に飛び散っていく。
外から雨と雷の音が聞こえるが、そんなことはどうでもいい。
最高の気分だ。
コレだ。ずっとコレをしたかったのだ。
胸骨を【完食】
稲光に照らされて浮かび上がる、胸骨の奥にある大切な部分。
その奥に命の鼓動が激しく動いているのが見える。
この中は絶対に傷つけてはいけない。
傷つけると【回復魔法】でも治療が難しい。
そんな部分を無防備に晒す姿を見下ろし、目標到達を確信した。
同時に思い出す。
林の中の魔物掃討作戦で【魔物】に拳で対峙した時、私は何度もこんな【姿】にされた。【回復魔法】で瞬時に治したけど、痛かった。
ほんの少しでも傷が深かったら死んでいた。
そして私はこのアホに対して、【魔物】と同じようなことをしている。
いや、違う。私はちゃんと食べている。
これは大きな違いだ。
そしてもう満腹だ。
あのアホの上に座り、胸骨があった場所の奥にある部分をしばし眺める。
中が動いているので見ていて飽きない。
サロンフランクフルトの【クレイジーエンジニア】達も、何かと機械の蓋を開けて中を見ながら動かすのを楽しんでいた。
たぶん同じような気分なのだろう。
興奮が冷めて、頭が冴えてきた。
コレが私の目指していた【答え】にどう繋がるのかを考える。
私は昔から【捕食者】側だとは思っていた。
ヨセフタウンで悪事を働いた男を懲らしめる時、【獲物】を仕留めるような感覚を感じてはいた。
でも、当時はその【獲物】を実際に【喰う】という発想は無かった。
王宮で働く中で、アンとメイからそれができると教わった時は衝撃だった。
そして、歯並びが変わった時、私にもそれが出来るんじゃないかと思った。
今私は、この世界最強の男を【捕食】した。
それを成し遂げた私は【最上級の捕食者】だ。
この男が食べた数多の【命】からなる肉体の一部を、私の身体に取り込んだ。
私は、それを可能とする存在になったのだ。
私こそが、この世界の【食物連鎖の頂点】。
目指していた【答え】の真理を悟った。
そして、目標に到達した。
私は【食物連鎖の頂点】。
全世界の【食】は、最終的には全て私が頂くことになる。
それならば、この世界の【食の安全】を統括するのは私の仕事だ。役割は果たすべきだ。
明日やることは決まった。
今日はそろそろ【ごちそうさま】だ。
そう思って、周囲を見渡す。
出血量が少なくなるように気を付けたし、出た分はおおむね頂いたが、それでもかなり飛び散っている。
ベッドの上の布団があちこち赤くなっており、あのアホも私も血を着ているような状態だ。
【喰い散らかし】状態だ。
食べ方としてはちょっと行儀が悪い。
そして、あのアホの大きな開口部。私が頂いた跡。
名残惜しいが、この状態で長時間放置するのもやはり命に関わる。
そろそろ治療しないといけない。
無防備な開口部に覆いかぶさるような姿勢で横になり、あのアホの身体を加えて治療の波動を生成。
触れているところ全体から波動をあのアホに注入。
大火力回復魔法で一気に傷口を塞ぎ、【戦利品】の部分も再生する。
きれいにできた。
【回復魔法】で綺麗に塞がった傷口を見て、何か頭の片隅に引っかかったような気がしたけど、多分そんなに重要なことじゃない。
これだけ強力な【回復魔法】を使ったのだ。あのアホは当面目を覚まさない。
齧りついて無理やり起こしてもいいが、私のためにここまで身体を張ってくれたのだ。ベストプレイスがしばらく【閉店】になるが、少し休ませよう。
でも、そうなると、脚の無い私だけではこの状況の片付けが難しい。
夜が明けたらアンとメイを呼んで手伝ってもらおう。
ついでに髪と身体も洗いたい。
今夜は治したばかりのあのアホの胸板の上で寝よう。
寝息と鼓動を堪能しながら、最高のベッドの上で一夜を明かす。
これは【夫婦生活】だ。間違いない。
◇
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
呼び出したアンとメイが、私とあのアホの姿を見て悲鳴を上げて逃げ出した。
「ブルー! ブルー! 緊急発進よ!手に負えないわ!!」
部屋の外でメイが騒いでいる。
「レッド! この部屋立ち入り禁止! 私達ちょっと出かけるから標識貼っておいて!」
同じくアンも騒いでいる。
よくわからない。
特にアンは、魔物掃討作戦の時に私が血の服状態で戦っているのを何度も見ているし、凱旋前に穴を掘って身体を洗うのも手伝ってくれていたから、今更驚く要素は無いと思うのだが。
窓の外を見ると、【双発葉巻号】が離陸して東に飛んでいくのが見えた。
ここに取り残されると脚の無い私は身動きが取れない。
仕方ないので、外は明るいが最高のベッドで二度寝することにした。
…………
「貴女、コレは一体、どういうことを考えて、何をしたの?」
久々に会ったメアリが、疲れ切った表情で問いかける。
今回私はちゃんと考えて行動したのだ。その考えを正直に答える。
「王宮に居た頃に、アンとメイから【いい女は男を喰うものだ】と教わったのでそれを実践しました。鎖骨と胸骨をありがたく頂いて、その奥にある大事な部分をじっくり鑑賞してから【回復魔法】で完璧に治療しました」
アンとメイが、倒れた。
「【いい女の答えは食物連鎖の頂点と覚えたり】という真理を悟り、人生の目標であった【いい女】に到達したところです」
何か間違っていたのだろうか。
メアリの後ろに居るマリアは、なにか目を輝かせている。マリアなら分かってくれそうな気がした。でもあの尻尾は何だろう。
顔をひきつらせたメアリがゆっくりと語りだした。
「イヨ。よーく考えてみなさい。【回復魔法】を使えない人が、同じことをしたらどうなりますか?」
「あっ」
「貴女の周りに、それを治療できるほどの【回復魔法】が使える女性、居ましたか?」
そういえば、【回復魔法】が使える女性というのは一人しか知らない。
しかも、ここまでの治療はできなかった気がする。
もしかして、何かを間違えたんじゃないかと、そんな考えがよぎりメアリに確認する。
「えーと、ひょっとして、コレは【いい女】のする事とはズレているんでしょうか」
「ズレているわね。コレは、貴女が嫌がっていた【バケモノ】のする事よ。人間扱いを望むなら、決して許されない事よ」
ショックだ。
でも、間違えたなら、正せばいいのだ。
分からないなら聞けばいいのだ。
「どこを間違えたのか、何が正しいのか、教えていただけないでしょうか……」
その後、メアリとマリアに【正しい男の喰い方】を教わった。そして、その表現自体が間違っているということもしっかりと教わった。
間違ったことを教えた人間を正す必要があると言って、メアリはアンとメイを担いでどこかへ行ってしまった。
自分より大きい人間を二人も軽々担いで歩いて行くメアリ。でもそこはもう突っ込まない。
ベッドの上、あのアホの上で、あのアホの血を着た状態でしょんぼりしていると、部屋に残ったマリアが声をかけてきた。
「アンとメイは数日は立てなくなりますね。兄も居ることですし、しばらく私がここで代理を務めましょう。イヨさんが暮らすためには、女性職員一人は必要でしょう」
「ハイ、すごく助かります……」
「メアリ様には全否定されてしまいましたが、イヨさんの愉しみもあながち間違ってはいないんですよ」
「えっ?」
落ち込む私にマリアは助け舟を出してくれた。
「人生の愉しみは人それぞれです。人に言えない愉しみを持つというのも【大人の女性】のたしなみです」
「では、コレもそういう考え方の下では許されるのでしょうか」
「絶対に人に見つからないようにすれば許されます。【背徳感】と併せて楽しむことでより高度な【大人の女性】の趣味に昇華できます。そうやって生きている人は多いんですよ」
「ありがとうございます。何か救われた気がします」
「でも、イヨさん。私がこの愉しみを教えたことは、誰にも言ってはいけませんよ。私まで立てなくされてしまいます。約束ですよ」
「約束します。約束を破った者の悲惨な末路は身体が覚えていますから!」
「ようこそ。【背徳の愉しみ】の世界へ。フフフフ腐腐腐……」
マリアはステキな女性だ。
初対面ではドン引きしたけど、私に【大人の女性】の生き方を示してくれた。
今回は【喰い散らかし】の後にアンとメイを呼んだのが大失敗だった。
次からは【背徳の愉しみ】の心得に従い、事前準備と事後の片付けをちゃんと考えよう。
前もって準備しておけば、脚の無い私でも痕跡を残さないことぐらいはできる。
私の尻の下で自分の血を着て寝ているあのアホを見下ろす。
【食い散らかし】の高揚感は捨てがたいが、次は今日教わった【表現が間違っている正しい男の喰い方】を試してみよう。
それで【答え】が見つかりそうな気がする。
そして、数日間腹ばいで寝たきりになるアンとメイには、素敵なマリアを連れてきてくれたお礼として【被滅殺特別手当】を支給しよう。




