表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
159/166

第18話 クレイジーエンジニアと食の安全(12.2k)

 40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから一年と三百六日目。エスタンシア帝国軍従軍写真家による【盗撮】行為に逆上したジェット嬢が【滅殺破壊天罰】を発生させ世界中を震撼させてから五十日後。

 【魔王城】が【中央銀行】と【国際会議場】になってから三十日後。最後の【国際会議】が開催されてから十六日後の朝。


 【魔王城】の常勤医として日々草刈りをしていた臨死グリーンが、長期休暇を取得して修行に行くという。


「臨死グリーン。長期休暇にて【医者修行いしゃしゅぎょう】に行ってまいります」

シャキーン


「「いってらっしゃーい」」


 エントランスの座敷でくつろぎながら見送る俺とジェット嬢。


 出発するグリーンは背中に大きな【ハリセン】を背負っている。 最初の行先はアンダーソン領とのこと。

 なんでも【医療】の未来のために【怪獣女】の生き残りを捕獲するとか。

 よくわからないけど安全第一で頼むぜ。


 常勤医が不在になるのでその間に【魔王城】で重傷者が出た場合は、俺が【尻に敷かれる】形のジェット嬢の【回復魔法】を使う予定。

 だけど、【魔王城】営業開始以来【回復魔法】が必要になるほどの重傷者は俺以外には出ていないのでそれが必要になる可能性は低い。


…………


 しばらくすると【魔王城】入口から来客。


「雨が降らないんだ!」


 来客はオリバーだった。

 今日は第三回目の【国際会議】の予定だからそのメンバーとして来たようだ。

 そして、最近雨が降ってないのは俺達も知ってる。


あせる気持ちは分かるが、落ち着きたまえオリバー君」

 後からのっそりと入ってきたソド公が一言。

 その後ろにはイェーガ王とキャスリン王妃。


 ジェット嬢を車いすに乗せてテーブル席の方に移動。

 オリバーに事情を聞く。


「例年ならこの季節そこそこ雨が降るんだが今年は全く降らない。それに例年よりも気温が若干高い。そのせいで麦の生育が悪くなってる」

「エスタンシア帝国側のヴァルハラ平野でも同じで、むしろ、世界中で降雨量が減って一部地域では水不足が発生しておる」

 オリバーの報告に続きソド公も現状の説明。

 雨が降らないのは気になっていたが、そんな大変なことになっているとは知らなかった。

 この世界テレビもラジオも無いからな。


「気候変動か。何か原因があるのか? 火山が噴火したとか……」

 そこまで言いかけて俺も気付いた。

 もしかして、アレが原因か?


「「「「…………」」」」

 【国際会議】メンバー四人が気まずそうにジェット嬢を見る。


「エスタンシア帝国軍の不道徳行為により発生した【滅殺破壊天罰】が原因の一つではないかと考えられています」

 言いにくそうにイェーガ王が報告。


 やっぱりそれか。【滅殺破壊魔法】と広範囲の【火魔法】で発生させた熱エネルギーの量が大きすぎて、世界中の大気の流れにまで影響を与えてしまったということか。

 ジェット嬢が目を逸らしている。


「責任の追及はエスタンシア帝国にするとして、イヨ。魔法で雨を降らせることってできないか」

「無理よ」

 オリバーの質問にバッサリ即答するジェット嬢。

 俺もなんかできそうな気はしていたけど、できないと即答するのは意外だった。


「意外だな。ジェット嬢は水魔法苦手なのか? 焼き払うのなら広範囲にしていたと思うが」

「水魔法が苦手なのは確かだけど、雨を降らせるとかは魔法で何とかなる規模じゃないと思うわ」

「そのへんの加減がわからんが、確かに気候の操作に必要なエネルギーは桁違いだからな。雨が降ればいいなら【雨乞あまごい】でもしてみるか」


「「「「「!!!」」」」」

 全員ぎょっとして俺の方を向いた。


「アンタ【雨乞あまごい】できるの?」

「できるのか! できるなら【生贄いけにえ】を用意するぞ!」

「いや、できん。言ってみただけだ。あと、オリバーよ【生贄いけにえ】って何だ。この世界の【雨乞あまごい】は【生贄いけにえ】を使うのか?」


「そうか【魔王】様は異世界人だったな。まぁ、【雨乞あまごい】っていうのはこの世界で一般的な民間伝承なんだ。【魔王】に【生贄いけにえ】を捧げると雨が降るとかいう」

「あぁ、それで【魔王】の俺が【雨乞あまごい】を言い出したから皆食いついたのか。まぎらわしいことを言ってすまん。俺は【魔王】だが【雨乞あまごい】はできん」

 そんな民間伝承が残るあたり先代の【魔王】は一体何をしていたんだ。諸悪の根源じゃなかったのか。


「まぁ、これは特に根拠のないただの民間伝承です。だから【生贄いけにえ】を捧げる相手が【魔王】かどうかも地域差がありまして。多くの地域では川沿いの西側の山の中というような伝わり方をしています。だから元は【魔王】とは無関係の伝承だったのかもしれません」

 イェーガ王が疑問に答えをくれた。

「川沿いの西側の山の中というと【魔王城】がたまたま条件に合致するから、一部地域では【魔王】として伝わったということか」

「おそらくそういうことではないかと」


 日常が普通過ぎて忘れがちになるがここは剣と魔法のファンタスティック世界。

 もしかしたらこの【魔王城】周辺に実際にそれが出来るような何かがあるのかもしれない。

 だけど、【生贄いけにえ】を使うような方法ならわざわざ探して試す気にはならない。

 そして、俺がもし【できる】と言ったらオリバーは【生贄いけにえ】をどうやって用意するつもりだったのか。


 いや、考えるまい。

 追及するとまた恐い目に遭いそうだ。


…………


 午後からは第三回目の【国際会議】。【千両箱】会議室で議論が紛糾。

 意外にも今回はソド公が頑張っている。


「基礎研究と実用研究は分けるべきではない。相互に連携して進めるためにも同一組織内でまとめておくべきだ」

「実用研究は商用化を目指して行うためのものだ。市場の要求への適用力を高めるため、要素技術研究よりも経営判断に近い側に置いた方がいい」

 研究者気質のソド公と、エスタンシア帝国の経済担当大臣が激論を交わす。そしてオリバーが議事録をがんばる。


 俺は、前世世界の研究部門の事を思い出していた。

 【研究】全般に言えることだけど、それに成果が出るか、それが収益につながるかというのは博打ばくちなところがある。

 結果が見えないから【研究】するわけであって、全部見通しを立てて行うならそれは【開発】であって【研究】ではない。


 そして【基礎研究】というのは成果が出るまで長期間かかるし、成果が出ても直接はお金にならない。だから短絡的に見ると【基礎研究】はコストカットして、収益につながりそうな技術の研究に資金を集中したくなるのはよくわかる。

 でも、【基礎研究】の成果の積み重ねがその後の【開発】のいしづえになるので、短期的な視点でカットしてしまうと後で大変なことになる。


 一度カットして散逸さんいつしてしまった人員やノウハウは二度と戻らない。

 また、政策としてそういうことをすると、基礎研究が【事業仕分け】されてしまう国の現実を目の当たりにした若者は【研究者】を志望しなくなる。

 志望者が居なくなり、世代交代が止まり、国に蓄積された技術の種が死んでしまうのだ。

 この影響は大きい。


「王宮の資金難を考えますと、環境化学研究所に今まで通りの予算を割り振ることは難しい事情もありますの。部分的にでも研究資金を提供していただける組織に売却したいというのもありまして」

「環境化学研究所を分割するのか。いままでの研究成果や優秀な研究者をバラバラにしてしまうのか。あとで困ったことになるぞ」

 キャスリンとソド公もそれぞれの思惑があるようだ。

 いや、でも、【国際会議】なんだから、ここ来る前に国内の意見は統一しておこうよ。イェーガ王は何をしているんだ。


「エスタンシア帝国側の基礎研究の蓄積も素晴らしいものがあるとヘンリー卿から聞いています。両国共同で相互の得意分野の研究成果を活用できるように、リバーサイドシティに技術交流ができる拠点を設立したく考えております。資金源については、国内各地領主の意見を聞いたうえで、お互いの国で適切な形で負担できるよう検討していきますので、長期的な視野で相互の協力関係を継続していきましょう」

 イェーガ王イイ感じにまとめたー!


「【豊作2号】分解生成物の植物毒性や【北の希望】の慢性毒性など、基礎研究能力の不足が招いた惨事を未然に防止できるように、環境化学研究所の基礎研究部門は一体化して存続させる必要があるのだ。そもそも、【豊作2号】が本当に食べても安全な物かどうかも研究されておらんのだろう」

 ソド公ぶちこわしたー!


 エスタンシア帝国側の三人が明らかに機嫌損ねたー!


 これは【炎上えんじょう】の予感!


「休憩! ちょっと分かれて、休憩はさみましょう!」

 俺は【魔王】としてクールダウンを提案。

 【千両箱】会議室からユグドラシル王国側メンバーを追い出してエントランスのテーブル席に案内。

 アンとメイに多めのコーヒーとお菓子を用意してもらって、しばらく【千両箱】会議室をエスタンシア帝国メンバー占有の部屋に。


 エントランスのテーブル席でイェーガ王が頭をかかえて見覚えのあるオーラを出している。


 あのオーラは俺の前世世界で見た覚えがある。

【大手ゼネコンが施工管理する大型新築物件で設備を初めて直接受注して、いろいろあったけど一期工事分の納品を済ませたから、営業担当者としてそのお礼と合わせてゼネコンの主査に設計部署の部長を紹介しようと連れて行ったら、こちらの立ち位置や話していい内容とか事前打ち合わせしておいたにも関わらず、その部長が短納期な上に特注要素や仕様変更が多くて大変だったとか、仕様確定プロセスに問題があるんじゃないかとか受注案件についての不満をぶちまけだして、主査から見切りを付けられたような笑みを向けられた時】

 のオーラだ。


 ちゃんと根回しはしてたのね。

 それをアドリブでぶち壊す人が居たのね。

 本当に苦労が絶えないな。

 【王】なだけに。


 そんなイェーガ王を【辛辣しんらつ長】が【弟子でしを見る師匠ししょうの目】で見ている。

 【わきが甘いぞ】と激励げきれいのメッセージを送っているようにも見える。

 会議で口出ししなかったけど、今はそういう立ち位置なのね。


 キャスリン王妃はソド公に【×印マスク】を渡している。

 この二人ある意味似た者同士だけど、今日は王妃様のほうが空気読んでるのね。


「ジェット嬢よ。ずっと黙って聞いていたようだが、なにか考えはあるのか?」

「うーん。議論が進むんだったら私が口出ししない方がいいかなって思った」

 そうだな。ジェット嬢が何か言うとそれに決まるからな。発言力が大きすぎるというのもやりにくいものなのかもしれん。


…………


 その後、再開した会議はやっぱり紛糾した。

 しかもちょっとズレた方向で。


 エスタンシア帝国側のヴァルハラ平野にて、気温が高く雨が降らかなったことにより害虫被害が発生しつつあるという。

 そこで新型殺虫剤の【豊作3号】を試す予定との話が出たら、ソド公とオリバーが猛反対。

 食べても大丈夫か、植物毒性が残留しないかという話になり会議は荒れた。


 オリバーが殺虫剤使用で栽培した麦をユグドラシル王国に入れないような規制をイェーガ王に求めたら、国産作物をけなされたとアレクサ首相が激怒。

 そこでまたソド公がいらんことを言って乱闘になりかけたところで、キャスリン王妃がソド公とオリバーを布でぐるぐる巻きにしてむちでシバいて、イェーガ王が先方にひたすら謝る形でなんとか収束。


 俺とジェット嬢と【辛辣しんらつ長】は生暖かい目でそれを見守りつつ、エスタンシア帝国のメンバーにはちゃんと謝った。


 こうして第三回目の国際会議は何も決まらず終わり、次回日程を決めて解散となった。

 こちらの世界でも【国際会議】で【食】の話は荒れるようだ。


◇◇



 第三回目の国際会議が物別れに終わった二日後の夜。

 就寝時刻になり【巣箱】に降りるジェット嬢を見送った後で、寝床に転がりながら窓から外を見ていた。

 満月らしく、夜だけどいつもより多少明るい。


 脚が無いため普通の部屋では生活がしづらいジェット嬢の寝室は、高さ1000mmぐらいの木箱を連結した構造物の中。

 無断で中を覗いたら【滅殺】される【滅殺☆ジェット箱】であるが、出入口が上にある構造がハムスターの巣箱に似ているので勝手に【巣箱】と呼んでいる。

 その【巣箱】の上が俺の寝床になっておりジェット嬢の出入口は俺の枕元。

 この【巣箱】はある種の二段ベッドでもあるのだ。


 国際会議が終わった後、ジェット嬢はなんとか雨を降らせることができないかと俺の背中に張り付いて西側台地で水魔法の実験をした。

 台地全体に水をくことはできたが、雨というぐらいの規模にはならず、水魔法で雨に匹敵するぐらいの水を生成するのは無理という結論になった。


 安全性不明な【豊作3号】の使用は阻止したいが、今回の問題は雨不足と害虫だからジョンケミカル社に頼んで【豊作3号】の流通を止めても解決にはならない。

 そんなことをしたら水不足で発育不良の麦が害虫にやられて不作になってしまう。


 大雨でも降れば害虫も流れるとかオリバーが言っていたので雨さえ降れば解決と単純な問題でもあるのだが、その単純な問題の解決が難しい。 


 そんなことを考えていたからか、変な胸騒ぎがするからか、普段寝つきの良い俺がいつもなら寝ている時間でも目がさえていた。


 夜眠れないと不安になる人も居るようだが俺はそんなこと気にしない。

 眠れずに徹夜でも一日ぐらいならどうってことはない。

 ぼーっと天井を見ていると何か視線を感じた。


 その方向を見ると、ジェット嬢が【巣箱】の出入口から顔を半分出して俺を見ていた。

 【獲物えものを見る目】で俺の様子をうかがっている。


「ジェット嬢よ。俺を喰いたいのか?」


 あの会議以来【食】の事ばかり考えていたのでつい軽口が出る。

 曲解されて【セクハラ発言】に該当と判断されたら制裁を加えられそうな気もしたが、ジェット嬢の反応はそうではなさそうだ。

 目に怪しい光を宿して俺を見る。


「俺を喰うのはかまわんが、後で困らないようにするんだぞ」

 なんとなく軽口を追加する。


 【巣箱】の入口からジェット嬢の手が伸びてきて俺の肩を掴む。

 そして、【波動】生成のホワイトノイズが脳に響き意識が遠くなる。


 ザァァァァァァァァァァァァァァ


 あちゃー。【セクハラ発言】扱いされたか。

 次、目覚めるのはいつだろうな。

 まぁ、ジェット嬢のことだ。後で困らないようにはするだろう。

 観念して俺は寝た。


◇◇◇


 激しい空腹感で目が覚めたら【魔王城】の医務室の手術台の上だった。

 【結婚式】でジェット嬢に【黒焦げ】にされた後で目覚めたあの台だ。


「お目覚めですか【魔王】様」

 部屋に居たのはグリーンではなく黒目黒髪でズボン姿の女性。

 サロンフランクフルトで排水処理設備を作った時にアンダーソン領から来ていた女性技術者の方だ。

 何故ここに居るんだろう。


「私、マリアと申します。先日臨時職員として【魔王城】に採用されました」


「そ、そうか。ちなみに俺は何日寝ていたんだ。すごい空腹なんだが」

「二日半ですね。今は朝です。とりあえず水分と軽食をどうぞ」

 マリアさんは水と保存食をくれた。二日半も寝ていると空腹もそうだが脱水が心配なのでこの対応はとてもありがたい。

 二日半で朝ということは、今は俺が寝た日の三日後の朝ということか。


 手術台の上に座って水と軽食を頂いたら、何となく上半身の動きが軽いことに気付いた。

 まるで【部品交換】された機械のような。

 ジェット嬢が【波動】の生成ついでに整備でもしてくれたのだろうか。


「この二日間の動きについて報告したいのですがよろしいでしょうか」

 俺が食べ終わったのを見計らって近くに居たマリアさんが声をかけてきた。

 よく見ると尻尾が付いている。そして、その尻尾がグネグネと動いている。

 プランテ達の作ったアレか。だが、そこは突っ込むまい。【萌えの自由】だ。

 それよりも、【魔王】としてその動きとやらを確認しておこう。


「何か動きがあったのか。報告頼む」

「ユグドラシル王国の環境化学研究所がターシ財団にまとめて買い上げられて、国内に分散していた研究機関と合わせて再編成されました」

「なんだと。ずいぶん大きく動いたな。エスタンシア帝国側には連絡したのか?」

「【魔王妃】様が昨日【国際会議】を緊急招集しまして、そこで先方には連絡しました。特に異論は無さそうでしたし、逆にあちらの国の基礎研究部門も買い取らないかと提案がありました」

「それで、ジェット嬢はどうしたんだ?」


「まとめて買い上げてリバーサイドシティに技術交流拠点を作る構想を立ち上げました。全世界の【食】の安全を守るため、両国統一の環境規制と、【食】の製造流通ルールを作るそうです」

「環境規制の話までしたのか。それは【国際会議】で荒れそうな議題だけど議論はちゃんと進んだのか?」

「【魔王妃】様が会議の場で【食の安全をおびやかす奴は滅殺めっさつする】と豪語ごうごしたので、議論はスムーズに進みました」

「やっちゃったのか【恐怖支配】。でもまぁ、この辺の話はそうでもしないとまとまらないからいいのかな。そういえば、【豊作3号】の件はどうなったんだ。雨が降らないと殺虫剤を使うしかなくなると思うが」


「【魔王】様が寝た夜に世界中で大雨が降りまして。害虫は流されたようです。世界中の水不足も解消とのことです」

「そうなのか。それは何よりだ」

 俺が寝ている間に問題は全部片付いたということか。まぁ、楽でいいな。

 それにしてもマリアさんは何か秘書っぽいな。

 そういう仕事をしていたのかな。


「再編成された【ターシ環境化学研究所】の所長はソド公。その研究所内の【食品安全研究室】の室長はオリバーです。そして、アンダーソン卿も領主と兼務で【生物化学研究室】の室長に任命されました。三人とも【大フィーバー状態】で新しい仕事を始めました」

 うーん。適材適所かな。


「ちなみに、アンとメイが立てなくなってしまったので、私とメアリが代役を務めています。ここはなかなかいいお城ですね」ガラガラガラガラガラドン「ゴブッ」


「起きたのね! 散歩行きましょ! 散歩!」

 車いすで医務室に突進してきたジェット嬢がマリアさんを跳ね飛ばしてお散歩のおねだり。

 跳ね飛ばす必要は無かったんじゃないかな。


「着替えも持ってきたわ!」

 着替えとハーネスをグイグイと俺に押し付けるジェット嬢。その下の床で転がるマリアさん。

 車いすの車輪に尻尾を踏まれた時に、ビクンと身体が跳ねた。

 感覚あるのか? その尻尾。


…………


 鬼気迫るジェット嬢の押しもあり、俺は着替えてハーネスを着用し、ジェット嬢を背中に張り付けて散歩に出発。床に転がるマリアさんは申し訳ないけど放置。


 ジェット嬢のリクエストで城の北側のヴァルハラ川にやってきた。


「ジェット嬢よ。前回の【国際会議】までは発言を控えていたと思うが、俺が寝ている間に随分派手に動かしたようじゃないか。何かあったのか?」

「うーん。【食物連鎖の頂点】である以上、【食の安全】を統括するのは私の仕事と考えてもいいかなと思ったのよ」

「そうか。確かに【食物連鎖の頂点】ではあるから、そういう部分で強権を発動するのはアリかもしれんな」


 【食の安全】


 俺の前世世界でも問題になった案件だ。

 品種改良や農薬の開発で農作物の製造コストを下げることができれば莫大な収益を継続的に得ることができる。だから、そうやって作った安価な作物を広く流通させたいという思惑が発生する。

 だが、作っているのは食品だ。


 そうやって作った作物を本当に食べて大丈夫か、長期間食べ続けても大丈夫かという懸念はある。

 本来なら長期間かけて研究するべきなのだろうが、やっぱり早く収益につなげたいという思惑もあり、安全性に懸念を示すような結果を【隠蔽いんぺい】して迅速に作物を広く流通させ、いざ問題が起きてしまったら【薬害】や【公害】と同じパターンで問題を【隠蔽いんぺい】してしまう場合もあった。


 俺の前世世界では、国際的な大きな利権が絡む案件故に【報道しない自由】が強力に発動して一般には知られていない事だったが、そういう問題は確かに存在した。

 この世界で同じ問題を発生させないためなら、ジェット嬢の【恐怖支配】を発動させてもいいだろう。世界中の人の健康のためにも。


「あの魚が食べられるらしいのよ」

 ヴァルハラ川の清流を泳ぐ魚を指してジェット嬢が言う。

「よく見ると大きいのがたくさん居るな」

 イワナのような魚が清流のあちこちに居る。警戒心が無いのか俺達が川辺に来ても逃げる様子は無い。

「コレで獲れるかな」

 ジェット嬢が俺の背中で脚を動かしながら提案。

 【二連装ジェット砲】で魚を獲るのか。なんか水浸しになりそうな気がするが。


「【くつ】を履いてきたのよ」

 【二連装ジェット☆バズーカ】の方か。

 確かにアレのほうが反動が少ないから足場が不安定な川辺で使うならそっちの方がいい。


「やってみるか。獲れたらメアリに頼んで調理してもらおう」

「そうね。楽しみだわ」


 俺が川に背中を向けてジェット嬢が【二連装ジェット☆バズーカ】で魚を狙う。コレはジェット嬢の大腿切断になった両脚を砲身としているので下側のほうが撃ちやすい。

 脚を砲身にしているがどういうわけか命中精度が非常に高いので期待できるかもしれん。


「撃ち方用意!」

「ヨーソロー」


 バァン バァン バァン バシャッ バシッ

 

「獲れたわ」 ビチビチビチ


 【滅殺☆ジェット漁】成功。

 獲物を手で掴んで横に出してきた。イワナのような魚。30cmぐらいある大物だ。


「いきなり大物が獲れたな。調理場に持って帰ってメアリに相談しよう。保存が効かないから、今日中に食べきる必要があるだろう」

 こっちの世界では冷蔵庫とか冷凍庫とか無いから魚を解体したら全部食べてしまうしかない。干物を作るという手もあるが、準備無しでいきなりできるものでもない。


「……」 ビチビチビチビチ


「ジェット嬢?」


「…………」 ビチビチビチ


 ビチビチ ガリッ ゴキッ バキ ガッ ガッ ゴリッ ガッ

 ボリボリ ガッ ガッ ガッ


「……ジェット嬢?」

「……ゴメン。我慢できなかった」

「食べたのか。生で食べても大丈夫なのか?」

「図鑑では、生でも食べられるって書いてあったわ」

「安全ならいいけど、その食べ方は人前でしない方がいいぞ。俺と居る時だけにするんだぞ」

「そうするわ。これが【背徳のたのしみ】ね」


 俺の前世世界では淡水魚は【寄生虫】がいる場合が多かったので生食は難しかったが、この世界は違うのだろうか。

 まぁ、【回復魔法】もあるし何かあっても何とかなるだろう。


 ヴァルハラ川周辺は綺麗な場所だ。

 【魔王城】が近かったせいで長年人が入っておらず、汚染の原因となる物が全くなかった。

 そんな場所で獲れた新鮮な魚をその場で食べるというのはかなりの贅沢には違いない。

 俺は真似できないが。


 人間は【食物連鎖の頂点】などと言われることがある。

 人間だけでなく動物全般に言えることだが、他者の命を奪って捕食しなければ生きていくことはできない。

 技術が進歩しても文明が発展してもそれは変わらない。

 だけど、食品加工技術や流通技術の進歩でその本質が見えなくなっていたように思う。

 食卓に並ぶ加工された食品がどんな場所でどのように生きた命だったのか、それを意識することを忘れていたような気がする。

 今一度、俺達が生きるために口にする命がどのような場所で生きたものだったのかを思い出してみたい。

 それができれば、山や川や海を汚すことがどれほど危険なことか自然と分かるはずだ。

 【食物連鎖の頂点】である以上、自分たちが汚した物は全部自分の口に返って来る。

 これを意識して生活することが本当の意味での【環境意識】なのかもしれない。

 ジェット嬢のワイルドな【食】を通じて、そう思った。


◇◇◇


 俺が【セクハラ発言】の罪で【波動酔い】で寝かされてから六日後。目覚めた後で【滅殺☆ジェット漁】で魚を捕まえたジェット嬢がワイルドな間食をしてから三日後の午後。


 どういうわけか立てなくなり、有給休暇を取得して自室で休養していたアンとメイが職場に復帰したので、メアリは【双発葉巻号】でサロンフランクフルトに帰ることになった。


 そういうわけで、俺はジェット嬢を背負って【魔王城】東側の飛行場まで見送りに来ている。


「短い間でしたが、ありがとうございました」

貴方あなたも、【ゾンビ】だったり、【異世界人】だったり、【魔王】にされたり、【生贄いけにえ】になったりと大変ね」


 シュバッ


「何? イヨ。なにか言いたいことでもあるの?」


 スーッ


 俺の背中で存在アピールしたジェット嬢がメアリに理由を聞かれて、挙げた両腕をゆっくり降ろした。

 確かにある意味【ゾンビ】だし、実際に【異世界人】ではあるし、今では【魔王】ってことになってるけど、俺は【生贄いけにえ】になった覚えはないぞ。


 意味深な発言を残してメアリは帰っていった。

 そういえばマリアさんは帰らなくていいのだろうか。


◆◆◆◆◆◇◇◇


 メアリ様が意味深な一言を残してサロンフランクフルトに帰還してから五十三日目。あれ以来【魔王城】は通常進行。

 変化と言えば、夕食メニューに【滅殺☆ジェット漁】による新鮮な魚料理が加わったぐらい。


 【国際会議】も緊急の議題は尽きたようで開催されていない。

 当面は連絡を取り合いながら決定事項の運用の整備を進めるそうだ。


 そして、相変わらず【臨死グレー】は帰ってこない。

 その代わり【魚の干物】やエスタンシア帝国のご当地お菓子等が定期的に届き、それが【魔王城】メンバーの楽しみになっている。


 そんな日常を繰り返しながらついに俺がこの異世界に転生してから二年目となるこの日を迎えた。

 【辛辣しんらつ長】とゴエイジャーの五人とアンとメイは、建て替えられた王宮建屋で行われる【魔王討伐二周年記念祝賀会】に参加するため朝から【双発葉巻号】で首都に行った。


 俺とジェット嬢も招待はされていたが去年そこで散々な目に遭ったので辞退した。

 だから今日は【魔王城】には俺とジェット嬢の二人。

 ブラックによるとマリアさんが地下に隠れているらしいが、姿が見えないので実質二人きりだ。


 アンとメイは明日の昼食の分まで弁当を作って行ってくれたので買い出しに行く必要も無い。


 二年前も一年前も散々だったこの日。

 今年こそは無難に過ごそうと【魔王城】周辺でジェット嬢とゆっくり過ごすことにした。


 エントランスの座敷で【魔王城】入居時の時の思い出を話したり。【しゃけを咥えたくま】の【絵】を見て実際に爪が七本に描かれていることを確認したり。

 昼食を食べた後に背中合わせでヴァルハラ川に行って【滅殺☆ジェット漁】でジェット嬢が間食したり。

 日が傾いてきたら居室に戻って、火魔法の照明の下でまた俺の前世世界の機械のスケッチを描いたりと。


 そして就寝時間。

 【巣箱】に降りるジェット嬢を見送り、俺もハーネスを外して寝間着に着替えてその上で横になる。

 何事もなく一日が終わったことに安堵しつつ、一年前のこの日、この部屋で寒さに震えながら寝たことを思い出し今の日常に感謝した。


 あとは寝るだけというときに視線を感じた気がした。

 その方向を見ると、いつぞやのようにジェット嬢が【巣箱】の出入口から顔を半分出して俺を見ていた。

 【獲物を見る目】だ。


「また喰いたいのか。喰うのはいいけど、後で困らないようにするんだぞ」


 今日一日を無事乗り切った安堵感からかつい【オバサン臭いセクハラ発言】が出てしまった。

 やっぱり【不適切な発言】だったのか、容赦なくジェット嬢の手が伸びてきて俺の肩を掴む。そして、ホワイトノイズが脳に響く。


 ザァァァァァァァァァァァァ


 意識が遠くなる。

 まぁいいか。あとは寝るだけだ。

 あれ? でも俺さっき【また】って言ったか?

 なんでだ?



 シュボッ


 枕元で何かが燃えた気配で目が覚めた。

 目覚めたと同時に身体に激しい疲労感を感じる。

 転生以来このビッグマッチョボディで肉体的疲労を感じたことは無かったが、今はなんか足腰が立たないぐらいだるい。

 風邪でもひいたか?


 いや、この特有の疲労感と倦怠感は前世で覚えがある。

 俺は既婚で子持ちの40代オッサンだった。

 子供が居るということは、つまりそういうことだ。

 原因の可能性を思い出して血の気が引く。


「あら。目覚めたの。おはよう」


 俺のすぐ隣に、ガウン型の患者着を着たジェット嬢が仰向けで転がっており、表情に疲労をにじませつつも、やたらつやつやした顔で俺を見ていた。


「初体験だったわ」


 どぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

●次号予告(笑)●


 男は前世で妻子持ちの40代オッサンだった。【経験】が無かったわけではない。だが、本質的にモテと無縁な技術者故に自発的な交際歴は無し。

 お見合いで出会った妻と結婚し、すぐに子供を授かり育児と看病に明け暮れた男の【経験値】は(以下略)


 特有の疲労感と共に目覚めたら【娘】相当の年齢の女が添い寝していた。その口から放たれた一言に、一度は死すらも乗り越えた男のたましいは危機を迎える。


 そこで男は【こころ】と【たましい】の本質を悟る。


次号:クレイジーエンジニアとかがやたましい

(幕間入るかも)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 食の安全、そして基礎研究と開発の関係性を読み、うんうん、その通りと思っていたら、最後の最後にドえらいサプライズが!!(笑) ジェット嬢の決意の証とも考えられるこの行動。 この先が気になりま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ