幕間 退役聖女の天罰(7.4k)
俺はビリー。エスタンシア帝国軍第二師団所属の運転手兼狙撃手だ。二日前から特殊任務のためエスタンシア帝国北部鉱山第九採掘基地へ向かう峠道に広げた陣地に居る。
特殊任務は、スクラップの御守だ。
崖の岩盤をくり抜いて作った第九採掘基地の指令室、反乱軍が籠城する【要塞】の真正面の峠道に、集められるだけのスクラップを並べて日光浴しながら指令車の設備を借りて【内職】をしている。
「見栄えだけなら大戦力だなー。撮影しておくか。このバカな騒動を」
パシャッ
隣で【写真機】を弄るのは、相方の従軍写真家マーシーだ。元狙撃手で狙撃訓練では俺よりも腕が良かったが、新型の【写真機】が部隊に配備されたときにコイツはあっさり銃を捨てた。
この第二師団の所属人数は五百十二名。
でも、今回ここに展開している人数は俺達含めて十二名。人数をごまかすためにあちこちにカカシを立てているから大人数に見えるが、ほとんど無人だ。
そしてそれぞれの持ち場で各自ダラダラしている。
表向きの任務は【反乱軍】の鎮圧だが、相手は有効な戦力は持っていない。せいぜい機関銃が十艇と大砲が数門。
それに、戦う理由もない。
危険な有毒小麦【北の希望】を拡散させないように監視をするのが俺達の仕事ではあったが、偵察班の報告によると【要塞】に持ち込まれたそれらはすぐに焼却処分されたとのこと。
だからもう完全に意味の無い睨み合いだ。
並べている武器も、元はエスタンシア帝国軍の最新鋭の【戦車】と【大口径砲】だが、砲弾は搭載しておらず燃料も抜き取られて当然人も乗ってない。置物だ。
輸送力のある車両はトラック一台だけ。師団に所属していた他の輸送車両は、燃料とあわせて国内各地への食料輸送や北部平野浄化計画のために徴用された。
保有していた砲弾は、北部平野に自生する【北の希望】を焼却するための【焼夷榴弾】の材料取りとして弾薬工場に全部戻されて解体中。
第二師団所有の機材の中で、燃料消費が激しくて輸送任務に不向きな【戦車】と、攻撃以外に用途が無い【大口径砲】だけがここに威嚇用に並べられている。
一応【大口径砲】の砲弾は陣地の奥に三発だけ残しているが、向こうから砲を向けられない限り撃つなとのこと。
このスクラップ共は、この騒動が終わったらここの近くにある製鉄所に運んで材料にする予定だ。まさにスクラップ。
隣で【写真機】を磨く相方につい愚痴る。
「マーシー、あの要塞のバカ共一体何を考えてるんだろうな。元は北部平野の農民だろ。移転補償もあったし、そもそも皆大喜びで南に行ったって話じゃないのか」
「ビリー知らんのか。アイツら農民じゃないぞ」
「なんだと! じゃぁ何なんだよあいつら。移転補償の増額を求める北部平野の農民って自称してたんじゃないのか」
「農家はあんなバカなことはせんよ。そんな暇あったら水路の整備でもするさ。アレは街のゴロツキと、海沿いの不良共だ」
「なんてこった。そのバカ共は何を考えてこんな迷惑なことをするんだ」
「北部平野の農家が移転補償を受け取って新天地行くのを見て、紛れてゴネればお金を貰えるとでも思ったんだろう。まぁ、海沿いの不良共は鉱山の排水のせいで魚が獲れなくなって酷い目に遭っていたからその仕返しの意味もあるのかもしれんがな」
「だったら、正直に魚が獲れなくなったと補償を求めればいいだろうに、農家のフリする必要ないだろう」
「食料危機の時にあいつら漁獲量を増やせと政府から依頼されたのを突っぱねたからな。後ろめたいんだろ」
「バカだなー。漁獲量増やそうとしたって、たかが知れてるんだから、引き受けて全力出しておけば後から表彰でもされたろうに」
「まぁ、鉱山の排水の影響で漁獲量減ったと訴えた時に、政府もその訴えを無視した過去があるからな、どっちもどっちだ」
「本当に、それはどっちもどうしようもないな」
「漁民の連中は食料危機の間は少ない漁獲量でも価格を吊り上げてそこそこ儲けたみたいだけど、ユグドラシル王国からの食料輸入で食料品全体の相場が下落したから苦しくなったんだろうな。一攫千金狙いでだまして補償金取ろうとしたらこんなバカ騒ぎになって、本当にいい迷惑だ」
「あー、アレか。もしかして、こんなになったのはあの【元・国王】があそこに来たのも原因か?」
「だろうなぁ、なんかゴロツキ共がここに集まっているのは政府も把握してたようだけど、【元・国王】ならそんな連中に簡単に担がれたりしないだろうと踏んでいたのかどうなのか」
「それで放置していたら、まんまとバカ共に担がれて【ソド公国総帥】か。アレで本当に国王だったのか? それでよく国の代表者が務まったな」
「同感だ」
俺もマーシーも呆れて要塞を眺める。
なんか、空から要塞に何かが降りたようにも見える。でも、気にしない。
俺達は陸戦部隊だ。空で何が起きても関係ない。
「マーシー。お前確か農家の出身だよな。北部平野出身だっけか」
「そうだ。ここからずっと東の平野部に畑があったが、移住計画で家族は南の方に移住した。俺は四男だし、農家と別の事をしたかったから移転ついでに出てきたけどな」
「なんか、不作の原因は殺虫剤の【豊作2号】だっていう噂あるけど、農家から見て実際どうなんだアレ」
「実際そうだと思ってたぞ。確証は無いが、毎年耕作してれば嫌でも気づくさ。何かおかしいってな」
「おかしいって思うならやめればいいだろうに。それで食糧危機じゃぁ農家の立場もないだろう」
「ビリー。分かっててもそれは難しいんだぞ。農家ってのはその土地で仕事するもんだからな、隣近所との関係ってのが大事なんだ」
「どういうことだよ」
「【豊作2号】が怪しいからって、自分のところだけ殺虫剤使わず耕作してそこで害虫大量発生させて周辺の農家まで迷惑かけたらどうなるよ。その土地で暮らせなくなるだろ」
「あー、村とか農家とかであるとかいう【村八分】とかいうアレか」
「そうだ。ジョンケミカルの営業の連中もその辺よく理解しているから上手に勧めてくる。オカシイと思ってもそれは言えないし、使用を止めることもできん」
「それで食糧危機招いてたらどうにもならんだろうに。そもそも殺虫剤必要だったのか?害虫被害はここ数年出てなかったんだろ」
「必要無かったのかもしれんが、やっぱりそういうことも言えんのだよ。それで殺虫剤やめて害虫出たら責任取れんからな」
「そもそも、あの殺虫剤って食い物に使っても大丈夫なのか? 麦の中に残留とかするんじゃないのか?」
「そうかもしれん。でも、やっぱりそれも言えんのだよ。他の農家の作物にもケチ付けることになるからな。そこで暮らせなくなる」
「食料作ってる農家が食料の安全性に無頓着か。【同調圧力】とかいうアレか。何やっているかわからんな。でも今年は【豊作2号】使わんのだろ」
「そうだな。なんか知らんが製造不良が出たらしく全数回収になったから今年はナシで耕作になったらしい。その分害虫発生には注意が必要だが、あの地域の気候での耕作技術や害虫対策はユグドラシル王国側から技術提供を受けているそうだ」
「まぁ農家の事情はどうでもいいけど、無事作付けできたならいいや。国産小麦でたらふくパン食いたいぜ」
「輸入物は輸入物で美味いんだがな。でも、元農家としては食料自給率は確保しておきたいとは思うな」
要塞を眺めていると、今度は要塞から何かが飛び立ったように見える。
伝書鳩か何かかな。どうでもいいか。
「農家は皆ヴァルハラ平野へ行ったから北部平野の方は軍の管轄になったけど、なんか情報が錯綜してて今後の予定が見えてこないんだが、これからどうするかマーシー聞いてるか?農家なら何か知ってるんじゃないか?」
「移転交渉の時に多少聞いたり、昔の農家仲間との文通で集めた情報によると、未確定な部分が多そうだ。でも、どちらにしろソド総帥には感謝しないといかんな」
「なんでこのバカ騒ぎの首謀者に感謝せにゃならんのだ」
マーシーが変なことを言いだすので思わずツッコミ。
「あの方が【北の希望】の花粉の毒性について言及してなかったら、今頃俺達は北部平野で中毒だったかもしれん。今の季節麦の花粉が飛ぶからな」
「軍総出での【北の希望】処分作戦が無期限延期されたのはそれが原因か。花粉にまで毒性あるのか。厄介だな」
「毒性はあくまで可能性で確定はしてない。だが考慮しておいた方がいいだろう。自生範囲を増やさないためにも早めに処分はしたいが、作業者の安全確保の技術確立も必要だからな。なんせ、実際に行くのは俺達だし」
「大砲で吹っ飛ばせれば楽なんだけどな」
「吹っ飛ばしたら飛び散るだろ。着弾地点を焼き払う【焼夷榴弾】も準備しているそうだが、所詮大砲だ。効果範囲は限定的だろう。まぁ、季節を選んで人海戦術だろうな。何年かかることやら」
「じゃぁ、あの辺は今完全無人か?」
「そうだ。立ち入り禁止区域として各所で封鎖されてる。まぁ、毒花粉舞っているかもしれない場所に入ろうとする奴も居ないけどな」
「じゃぁマーシーはもう里帰りもできんのか」
「移転時に家屋は解体してきたからどちらにしろ帰る場所もないさ。それよりも家族がヴァルハラ平野に割り当てられた土地がいい場所でな。里帰りするなら断然そっちだ」
「切り替え早いんだな。故郷に未練は無いのか」
「元農家だからな。耕作不適地に未練は無いさ。でも、いずれはあの辺も掃除して人が住めるようにはしておきたいとは思うがな」
あの広大な北部平野から、毒に注意しながら自生してしまった【北の希望】を駆逐する。
気の遠くなる話だ。本当に、何年かかることやら。
「それよりビリー。お前、昨日から指令車の設備で何してるんだ?」
写真機に【望遠レンズ】を取り付けながら、マーシーが俺の【内職】について聞いてくる。
「指令車の印刷機借りて、高額で取引されてる希少書籍の複写を作ってる。隊長には許可取ったぞ」
「なんだそりゃ。無断で書籍複製したら出版社に怒られないか」
「売れてるのに絶版にしてるんだ。ちょっとぐらいいいだろ」
「本当になんだそりゃ。どんな本なんだ。そしてその本面白いのか?」
「ユグドラシル王国発のファンタスティックコメディだ。【恐怖★滅殺破壊黙秘録 ‘0076~’0078 Vol.1 地獄のお仕置き編】【恐怖★滅殺破壊黙秘録 ‘0078~’0082 Vol.2 戦慄の王宮編】【恐怖★滅殺破壊黙秘録 ‘0082~’0083 Vol.3 脚無物騒女と大男編】の三冊セットで、先月絶版になってから愛好家が増えたそうだ」
「まぁ、創作物は何が売れるか分からんからなぁ。隊長から許可取っているからって言っても、紙とインク全部は使うなよ。その辺の機材の補給は見込めないんだから、必要になった時に困らないようにするんだぞ」
「分かってる。程々にするさ」
引き続き、スクラップを眺めながらダラダラする。
要塞には動きは無い。
今日も夕食は保存食。燃料も砲弾もないけど、食料はちゃんと用意してくれているあたり、軍の上層部も俺達の仕事をちゃんと把握してくれているってことだろう。
そうだ、上層部と言えば、今朝隊長から聞いた話をマーシーに伝えておくか。
「マーシー。今日第三師団のほうに首相来るらしいぞ」
「そうなのか。首相も大変だな、こんな山奥まで様子見なんて。厄介なゴロツキ共の様子でも見に来たのかな」
「もしかして街のゴロツキって【エスタンシア市民会】も混じってるのか」
「ああ、そうらしい。あのゴロツキ共をここに閉じ込めているのは、首相にとっては都合がいいのかもしれんな。あいつら街に居るとろくな事せんから」
【エスタンシア市民会】。
首都のカランリアを中心に活動している【市民団体】の一つで、とにかく迷惑な連中。
【民意だ】とか言って意味不明な主張して、首相官邸前に座り込みしたり、デマ書いたビラ配ったり、首相官邸出入りする人間に柵の外から罵声浴びせたりと、普段からろくなことをしない。
迷惑なゴロツキを街から隔離しておけるなら、俺達の仕事もまぁそんなに無意味でもないのかな。でもあんまり長く続けていると要塞側の食料が持たない。
早めに解決はして欲しいが、話の通じないあの連中が混じっているなら首相でも交渉は難航するだろうな。でもそこはそれ、政治家には政治家の仕事をがんばってもらうしかないか。
「うわっ。オモシロイ被写体発見」
三脚に固定した写真機に望遠レンズを付けて弄っていたマーシーが興奮した様子で写真機を覗いている。
「鳥でも見つけたか。コンドルとか飛んでいる写真撮れたら面白いとは思っていたが」
訓練時にマーシーが撮影した写真を何枚か見せてもらったので、写真機が結構面白いのは俺も知っている。【現像】が必要なのが面倒ではあるが。
「女だ。脚の無い女が空を飛んでる」
「何だと。なんかどこかで見た覚えがある話だな」
マーシーが望遠レンズを向けている方を見る。
肉眼では小さくてよく見えないが、確かに鳥にしては形がおかしい何かが飛んでいる。薄赤色の服を着た人間に見えなくもない。
「スカート姿で飛んでる。中が見えた! 赤い模様入りの白いペチコート! 【変態飛行】だ!」
「おっ、俺も見たい。けど、難しいよな」
望遠レンズで空を飛ぶ被写体を追いかけるのはすごく難しい。
でもマーシーは三脚を上手に操作して器用に追いかけているようだ。
「安心しろ。撮影して後でビリーにも見せてやる」
「マーシー、女性のスカートの中を撮るのか? いくらなんでも不道徳だろ」
「ちょっとぐらいいいだろ。バカ騒ぎに巻き込まれてスクラップの御守りしてるんだ。楽しみぐらいないとやっとられん」
「確かになぁ、道徳じゃメシは食えんしな。ちょっとぐらいならまぁいいか。バレなきゃ。むしろうまく撮れたら売れるかもしれん」
「ビリーいいこと言うな。禁断のペチコートアンダーショット【ペチチラ写真集】とか、売れるな。さすがに【出版】はできないが、焼き増しして部隊の連中に売って小遣い稼ぎだ。不道徳かもしれんが、ちょっとぐらいならいいだろ。内乱起こすバカ共に比べれば可愛いもんだ」
そう言いながらも器用に空を飛ぶ被写体を追いかけている。
俺も肉眼で動きを追うが、なんかちょこまかと不規則な軌道で飛んでいるようにも見える。
「なんか逃げ回ってるように見えるぞ。バレてるんじゃないのか」
「逃がさん! 狙撃訓練で鍛えた腕を見せてやる。最高のスタジオにご案内だ」
確かに、望遠レンズによる撮影は狙撃に似ているかもしれない。
人を撃つのは嫌だが、訓練で的に命中した時の快感は何とも言い難いものだった。そう考えると、【ペチチラ写真】を仕留めるのも面白いと思えてくる。
「ねーらーいさだーめる、奴のペチコートー」
つい二人で変な歌を歌いだしてしまう。
不道徳上等だ。ちょっとぐらいならいいだろ。
「ビリーよ。【写真機】というのは、被写体を撮るもんじゃないんだ」
【変態飛行】を器用に望遠レンズで追い回しながら、マーシーが意味深なことを言いだした。
「ほう。結局撮らないのか。何度か撮れそうなタイミングはあったと思うが」
「【写真機】は【光】を撮る物だ。つまり、光源次第で普段見えない物も見えてくる。そして、俺達の背後には最高の光源があり、標的となるペチコートの生地は薄い」
「うわぁ。それで【変態飛行】を東側に追いやっていたのか」
「見せてやるぜ。不可視な物すら像にする【技術】の結晶。【禁断の撮影】というやつを!」
「さすがマーシー、最低にえげつない! えげつないけど最高だ!」
「見えた! ペチコートアンダーショットベストアングル頂きだ!」
「西日で透けろ!」
パシャッ
『ぶちっ☆』
…………
「……」
目が覚めたら【地獄】だった。
俺が【内職】で使っていた指令車が、すぐ近くでぺしゃんこにされている。
陣地があった場所は大きな穴が多数。その周辺にバラバラに粉砕されたスクラップの残骸。
峠道の向こう。東側に広がる北部平野は赤く燃えている。
地平線の向こうからは、空を貫く黒い噴煙。
遥か上空に黒い影が広がる。
【地獄】だ。俺は【地獄】を見ている。
自分の身体を確認する。
肩まで沼に漬かって身動きが取れない。
「ビリー、気付いたか」
頭髪を焦がされて坊主頭にされたマーシーが、俺の右隣で肩まで沼に埋められた状態で、黒く染まる空を見上げていた。
「マーシー。これは、一体何が起きたんだ?」
「わからん。だが、【道徳心】っていうのが大事なんだなと思う」
この状況で何を言っているのかわからないが、なぜか俺も同じ気持ちになった。
「そうだな。【道徳心】が大事だな」
「【ちょっとぐらい】っていうのがダメなんだな」
「そうだな。ダメなもんは【ちょっとぐらい】でもダメなもんだ」
「子供でも分かる話だ」
「そうだな」
これは一体何なのか。
一体何が起きたのか。
何一つ分からないが、意味は分かった。
【天罰】
それに類するものだと、ある種の確信を得た。
「ごめんなさーい!」
「ごめんなさーーい!」
「ごめんなさーーーい!」
沼に埋められた俺達の、全世界に対する【謝罪】はずいぶん長いこと続いた。
マーシーの近くに【例の写真機】が無傷で転がっていた。
俺には、それが、扱い方によっては世界を滅ぼしかねない、とても危険な物に見えた。




