第16話 クレイジーエンジニアと道徳戦線(12.4k)
40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから一年と二百五十六日目。
俺の前世世界の【終戦記念日】に相当する【不戦の誓いの日】から六日後。キャスリンからソド公武装蜂起の急報を聞いてから二日後の午後。
山岳地帯の崖の岩盤をくり抜いて作った反乱軍司令部にて、俺はソド総帥と肩を並べて東向きの大窓から見える絶景を堪能していた。
「絶景ですね。ソド総帥」
「そうだろう。標高が高いからな。エスタンシア帝国の鉱山地帯から北部平野の一部まで見渡せる」
この世界の地形は、西側が山脈、広い平野を挟んで東側が海。山から海まで直線で350km程度。
この司令部は西側の山岳地帯中腹の東向きの崖に作られているので見晴らしがとても良い。
標高は1000m程度と言ったところか。
この崖に至る峠道を見下ろす向こうには北部平野が広く見渡せて地平線まで見える。
さすがに海までは見えないが、地平線の向こうには海がある。
まぁ、元・日本人の俺は陸の地平線を広く見渡すことなんて無かったから、ここからの眺めは【写真機】が欲しくなるぐらいの絶景だ。
キャスリンからの急報を聞いた翌日、つまり昨日。俺達は現場に急行するため【ソド公国】本拠地に関する情報収集、参加メンバーの入国許可取得と先方への連絡、長時間飛行に備えた【双発葉巻号】の整備を一日がかりで行った。
そして、今日の午後出発し、ジェット嬢を背負ってソド総帥が居ると思われるこの場所に降下。
崖上に着陸したところで、周辺を監視していた反乱軍メンバーに案内されてソド総帥の居るこの部屋に来て今に至る。
ジェット嬢はソド総帥と顔を合わせるのが気まずいと降りるのを渋っていたが、空からこの場所に降りる方法が他に無い。
仕方ないので、ソド総帥と会うときは白いヴェールを被るということで我慢してもらった。
そういうわけで、ジェット嬢は白いヴェールを被って俺の背中に張り付いている。
俺からは見えないけど、あのヴェールはたぶん似合ってない。
「絶景はいいんですが、一体何やってるんですか? ソド総帥」
「うむ。【国王】は退位したし、私も歳だからな。鉱物資源が豊富なこの鉱山を環境配慮型に改築することに余生を捧げて、両国民の健康で安全な暮らしに貢献したいと思ってな」
「それで、なんで【ソド公国】を建国して【宣戦布告】になるんですか?」
「いや、面目ない。鉱山の製錬設備の再構築工事をしていたら、血気盛んな北部平野の元住民達が移住補償の増額を求めて武装蜂起を主張しだして、気が付いたら反乱軍総帥に持ち上げられて、いつの間にかこんな状態になってしまった」
「総帥。自分で建国宣言したんじゃないんですか?」
「なんかこう採掘基地で泊まり込みで皆で工事してると、やっぱり飲み会とかあるのだよ。そこで環境保護の大切さとか、国家の責任とか熱く語ったりしたんだが。その時の発言を切り取られていつの間にかあんな宣言作られてしまった」
「【不戦の誓いの日】の四日後に宣戦布告なんて宣言したから、両国民からすごい顰蹙買ってますよ」
「よくできているなと思ったが、あれでこんなに大騒ぎになるとは思わんかった」
【元国王】という立場考えずに好き放題語っちゃんたんだな。
その中には【立場的にマジで危ない問題発言】も含まれていたんだな。
そして発言切り取られて利用されちゃったんだな。
そういう危なっかしい人、王族にもう一人居たような気がするよ。
でもソド総帥自身に戦う意思が無いなら、交渉次第でなんとかなりそうだ。
こんな迷惑な茶番劇は早く終わらせよう。
「で、どんな状態なんですかコレは」
「陸路を封鎖された状態でエスタンシア帝国軍と睨みあっとる。南東側の峠が第二師団、北東側の峠が第三師団。ここからよく見えるだろう」
窓から峠道を見下ろすと、二方向の峠道にエスタンシア帝国軍が陣地を展開しているのが分かる。
ここからの距離はおおむね5kmといったところか。
【戦車】や【大砲】が多数配備されてはいるけど、どれも砲口は南向きで単に並べられているだけのようにも見える。
部隊運営に必要な輸送用車両の姿が見えないので、ここから見えない場所に前線基地を作っているのだろう。
「見えますね。これ見よがしに陣地広げてますね。【大砲】とか【戦車】とか並べてますね。で、こちら側はどうなんです?」
「あんまり武器らしい武器は無いのだが、坑道を使用した地下陣地にありあわせの【旧型大砲】を据え付けて陣地らしくはしている。右下側斜面に二か所が一号陣地と二号陣地。左下側斜面に一か所あるのが三号陣地。ここからも見えるぞ」
確かに、崖をくりぬいた穴の中に柵があるようなところが計三か所ある。あの穴から大砲を出して発射するのか。
地形を活かした強固な造りに見えるが、陣地としては破綻している。
「お互い丸見えの場所に武器を並べて、それらが全部見通せる丸見えの場所に堂々と司令部ですか。両軍とも陣地構築が破綻していますよ。もはや【陣地】というより【標的】ですよ。なんかこう、もうちょっとまともな陣地構築できる人いなかったんですか?」
「例の【反斜面陣地】構築のノウハウ持つ人間は王宮には居たんだがな。今は全員【派遣社員】だから、私がここに連れてくることはできんのだよ。何人かは同伴を申請してくれたんだが、派遣会社側から却下されてしまったそうだ」
「もしかして、王宮からはソド総帥一人でこちらに来たんですか?」
「そうだ。環境化学研究所からも何人か連れてきたかったし、交渉が得意な側近も付いてきて欲しかったが、皆【派遣社員】だから派遣会社側に却下されると動けなくてな。こっちで使うために用意した機材と一緒に私一人で入国した。入国後は、エスタンシア帝国の運送会社に協力してもらってここまで来て、先に来ていた南部の鉱山技術者と合流だ。まぁ、こちらも皆いい人たちだったから、人間関係で苦労は無かったがな」
この危ないオヤジを一人でこっちに放り込んだのがこの騒ぎの原因か。
せめて側近を数名監視役としてつけておけば、何処かで止めることはできただろうに。そう考えると、王宮職員を全員派遣社員にした俺達にも責任の一端はあるのか。
でも、俺はソド公に派遣社員が同行するのを止めたりした覚えは無いが、もしかしてジェット嬢が絡んでいるのか?
シュバッ 「うわっ!」
背中に居るジェット嬢が両手を振り上げて存在アピール。
「ちょっと上空から様子見たくなったから、ここから離陸させて頂戴」
「この窓から飛ぶか?」
「それでいいわ」
ジェット嬢は背中の金具を外して、腕力で俺の前側に移動。前に来たジェット嬢を両脇から抱き上げて、対面の【高い高い】の姿勢で大窓から崖上に差し出す。端から見ると【虐待】に見える離陸方法だ。
そして、被っている白いヴェールはやっぱり似合ってない。
その光景を見てぎょっとする司令部メンバーの目の前で、ジェット嬢は窓の外で推進噴流を出す。腕にかかる荷重が無くなったところで抱き上げていた手を放すと、垂直飛行姿勢で崖の向こうにゆっくりと離れていく。
「今回は私はなにもしないから、問題解決のほうはよろしく」
それだけ言い残して、東のほうに飛び去って行くジェット嬢。
ジェット嬢の何もしない宣言。
前回はデタラメ全開の【マジックショー】をしてしまったので、今回はこれはありがたい。
…………
俺とソド総帥は指令室隅のテーブルに座って話の続き。背中にジェット嬢が居ないので俺も座れる。指令室の職員がコーヒーを出してくれた。
指令室内に居るのは俺達含めて十二人。皆それぞれ窓から周囲の監視をしたり、部屋の奥で機械の組み立てをしたりとそれぞれの仕事を和気あいあいとしている。
反乱軍として宣戦布告をしたとは思えないほどのアットホームな職場。
「そういえば、あの危険な毒麦【北の希望】は本当にあるんですか?」
「もう無いぞ。武装蜂起を主張した一部の北部平野元住民が大量に採掘基地に持ち込んできたが、危険なので速攻で全部焼却処分した」
「だったら、もうエスタンシア帝国側には戦う理由は無さそうですが」
「そうなんだがなぁ。こちら側に居る北部平野の元住民が徹底抗戦を主張して譲らんのだ。補償増額が目的なら、交渉するから元の居住地を教えてくれと言っても、徹底抗戦の一点張りでな」
「移転の補償ならそれなりの金額も出ていたと聞いていますし、そもそもヴァルハラ平野への移住自体が歓迎されていたはずでは?」
「そのはずなんだが、やっぱり北部平野住民も一枚岩ではなくてな、国の都合で故郷を奪われるんだから、補償をもっとすべきと。居住地さえわかれば、汚染具合や経緯に応じた増額の交渉はできるんだが、それすら明かさず徹底抗戦を主張して困っとる」
「わかりました。もうウラジィさん連れてくるから。あの人そういうの得意だから。こっちが態度軟化させれば、エスタンシア帝国軍は交渉できるんですよね」
「ああ、それは問題ない。こちらから【大砲】を向けたりしなければな」
「【大砲】を向ける? どういうことです?」
「私も知らなかったのだが、エスタンシア帝国は銃や砲について独特の考え方を持っとる。銃や砲を向けるというのはそれ自体が【殺意の証】という発想だ。他に戦う理由が無くても、銃を向けただけで彼等は容赦なく撃って来る」
俺の前世世界でもそんな文化の国あったな。
国民が銃を所持しているのが普通の国。そうなるとそういう教育するのもやむなしだな。
「まぁ、銃自体が銃口向けたら引き金引くだけで人を殺せる武器だから、そういう考え方で扱うのは適切とも言えますね。だからエスタンシア帝国軍側の陣地も大砲が横向きですか。でも完全に一触即発状態ですね。早く何とかしないと」
「偶発的な衝突が起きてしまったら止められんからな。こっち側も皆それは理解しているからまぁ大丈夫だとは思うが」
「ジェット嬢が帰ってきたらウラジィさん呼びに行ってくるから、それまで衝突が起きないようにだけよく見ておいてください。明日には連れてこれると思います」
「そうか。すまんな。頼む」
この世界でも電話の開発は進んでいるが、現時点ではここから【バー・ワリャーグ】への連絡手段は無い。
ジェット嬢が居ないと俺は上空待機中の【双発葉巻号】に戻ることはできないし、連絡を取ることもできない。
どちらにしろジェット嬢の帰還待ちだ。
ウラジィさんをどうやってここに降ろすかは【双発葉巻号】に【着艦】してからイエローに相談しよう。
ウラジィさんなら落下傘があれば空挺降下ぐらいできるかもしれん。
年配の方に無茶させすぎかな。
「…………」
ソド総帥がそーっと席を立って指令室の奥の方に歩いて行った。その行先を見ると、広いスペースに何か機械とか木箱とかが所狭しと置いてある。
荷物の隙間を通って部屋の奥の方に向かうソド総帥の背中から見覚えのあるオーラが出ている。
あのオーラは俺の前世世界で見た覚えがある。
【長い勤続年数と研究結果の業績への貢献を買われて事業部長に抜擢されたけど、本当は事務所のデスクで管理職するよりも生物実験室でサンプル眺めていたいと思っていたら、なんかラン●ムウェアが出たとかで端末全部動かなくなって事務所大騒ぎで仕事ができなくなったから、いまなら生物実験室行ってもいいかな、いいよね、なんか私が昨晩開いたメールの添付ファイルが原因な気もしなくもないけど、私がここに居ても何にもできないし、殺気立っている情シス社員に話しかけるの恐いし、よし、久しぶりに生物実験室行っちゃおうと思った時】のオーラだ。
「現場放置してどこ行くんですソド総帥」
「!!」ギクッ
「いや、ユグドラシル王国から持ってきた新型の連続式浮遊選鉱装置があってな、昨日ようやくこの部屋への部品の搬入が終わって、組み立てているのだよ。これがあれば川沿いに溜まっている泥から有価金属が抽出できるのだ。【鉱毒】問題解決のためにもこれの稼働を急ぎたくてな」
司令部の奥のスペースが小学校の教室二個分ぐらいの広さになっており、その中心に俺の前世世界の乗用車二台分ぐらいのサイズの装置のベッド。周囲に配管部品や骨組みと思われる金属製の部品や木箱が沢山置いてある。俺の前世でもよく見た組み立て中の産業機械そのものだ。
「確かに、そういう装置に見えなくもないですね。床にある鉄製のベッドが装置の骨組みで、木箱の中身は運ぶために分解した部品ですか。これ何処からここに搬入したんですか?」
「南側の崖下の資材集積所に陸路で運び込んで、崖上の起重機を使って吊り上げて南側の搬入口から搬入した。排水処理と製錬の次工程を下の階ですることで連続的に処理ができるようにと、最初の工程になる選鉱装置を一番上の階のここに配置したのだ。次工程の機材を置くための部屋は今工事中で、機材は陸路で運搬中だ。だからそれが届く前にこの浮遊選鉱装置の組み立てと試運転を終わらせておきたいのだよ」
このオヤジ…………。
「気持ちは分かりますけど今はダメです。予定を立てたとはいえ、一触即発状態で何が起きるか分からないんですから。総帥はちゃんと指令室に居てください」
しょんぼりしながらテーブルの椅子に戻るソド総帥。
【辛辣長】が遠い目をしていたわけだ。
部屋に居る司令部メンバーも苦笑いしている。
まぁ、これが日常だったんだな。
俺は、前世で開発職サラリーマンをしていた時のことを思い出した。
会社に居たよ。こういう人。上級管理職だけど、現場が恋しくて頻繁に席を空ける困った人。俺の前の前の上司がこんな感じだった。
いろいろ教わることは楽しかったけど、肝心な時にフラッと居なくなるので目が離せなかった。その人は、専務にこってり絞られてからはすごく立派な上級管理職になったけど。
誰か、この総帥をこってり絞ったりしてくれないかな。
『ぶちっ☆』
なんか変な音が聞こえた。
「そっ総帥!」
司令部メンバーの叫ぶ声
ゴゴゴ ドガガガガガガーン ドガガガガガガーン
続いて振動と大きな爆発音が短周期で連続したようなとんでもない轟音。指令室内に居た全員が慌てて東向きの窓に駆け寄り、そこから見える光景を見て皆絶句。
南東側峠のエスタンシア帝国軍の第二師団が土煙に覆われていた。
北東側の峠、第三師団上空で何かが金色に光った。と思った次の瞬間。
第三師団に【魔導砲】のシャワーが降り注いだ。
着弾による土煙が陣地全体を覆い、陣地内に置かれた戦車や大砲の残骸が飛び散る。
【双発葉巻号】でガンシップ機をやった時とは桁違いの破壊力。
例えるなら主力級戦艦による艦砲射撃。
【128連装30サンチ砲一斉射】だ。
振動、少し遅れて轟音。
明らかにジェット嬢の仕業。
金属パイプを持ってないとあんな風になっちゃうんだな。
知ってたけど。
そして、何をやってるんだジェット嬢。
何もしないって言ってたじゃん。
「陣地放棄! 総員退避!」
ソド総帥が慌てて叫ぶ。
『ワタクシ、ただいま機嫌が最悪に悪いのでー、あんまり待たせないでくださいねー』
ジェット嬢のよく通る声。司令部メンバーから悲鳴が上がる。
何があったんだジェット嬢。喋り方がおかしいぞ。
ギャリギャリギャリギャリドーン
第三師団の居た峠道の上の山に七本セットの巨大な爪痕が刻まれて、そこにあった鉱山設備のベルトコンベヤがバラバラに飛び散った。
ジェット嬢の【クマ・の・ツメ】だ。遠くてよく見えないけど、幅数メートル、長さ数十メートルの巨大な溝。むき出しになった岩盤が赤熱しているのが分かる。
「アンドレイは一号陣地撤収指揮! ヴィクトルは二号陣地撤収指揮! ニキータとアキーモフは三号陣地撤収指揮! 武装も弁当も捨てて全員ここに集めろ。各階層での隔壁閉鎖と点呼を忘れるな!」
「了解!」
タタタタタタタタタタタ
「レガノフは窓から状況を監視しろ。肉眼目視でいい。異常が起きた地点のおおよその座標番号と簡単な異常内容の報告を続けろ!」
「了解!」
ダダダダダッ
「ジャトロフ技師長と技術班は一緒にあの浮遊選鉱装置のベッドのアンカーを外せ!」
「了解!」
てきぱきと司令部メンバーに指示を出すソド総帥と、それに従い素早く動く部下達。
できるんじゃん。総帥やればできるんじゃん。
でも、陣地の人間集合させるって、合計何人居るんだ?ここそんなに広くないぞ。
「お前さんも手伝ってくれ。陣地から人を集めるため場所を空ける。あの装置一式を崖下に投棄だ。アンカーが外れるまでに配管とフレームの部品と、黒目印の木箱をあの南向きの搬入口から全部落としてくれ」
「総帥! アレ大事な装置じゃないんですか!?」
「人命優先だ! 陣地と坑道には合計百五十四人居る。装置があると全員収容できん。お前さんなら一人で箱を持てるはずだ。安心しろ。爆薬の類いは無い。自分が落ちるなよ」
ギャリギャリギャリドーン
「座標五十四番 爪痕です!」
レガノフからの報告が室内に響く。
俺は指示された通りに、南向きの搬入口から部品と木箱を崖下に落とす作業を始めた。ビッグマッチョの俺向きの仕事だ。
箱の中身はなんだか分からないけど、この高さから落としたら全損なのは間違いない。
ガン ドゴーン
「座標三十二番 穴、いや、巨大な拳です!」
ジェット嬢は鉱山上空で大暴れしているようだ。
拳って、山に拳を撃ち込んだのか。
本当に何が気に入らなかったんだ。
『まーだかなー。 まーだかなー』
ジェット嬢がよく通る声で煽る。
「急ぐな! 落ち着いて、点呼と隔壁閉鎖を確実に行え」
ソド総帥が司令部脇の伝声管に向かって指示を出している。
「アンカー外れました!」
ジャトロフ技師長からの報告。
「よし。アンカー等の小部品は搬入口から投げ捨てろ。そろそろ陣地からメンバーが上がって来る。ジャトロフ技師長と技術班は到着する陣地の人員の点呼確認して部屋の北端から全員整列させろ!」
「了解!」
「木箱残りはいくつだ」
「すまん。まだ六箱ある」
急いだつもりだが、ジャトロフ技師長達の作業の方が速かった。
「それは後回しだ。私も持つから、このベッドを崖下に落とすぞ!」
「了解だ!」
浮遊選鉱装置のベッドを俺とソド総帥で両脇から持ち上げて崖下に落とした。部品搭載前のベッドだけだから二人でなんとか上がった。
そして、ソド総帥も案外怪力だった。まぁ、俺のこのビッグマッチョボディの父親ではあるからそういう家系なのかもしれん。
だとしたら、大柄な優男に見えるあのイェーガ王もああ見えて怪力なのかな。
ガリガリガリガリガン ドゴーン
「座標二十一番 爪と拳です!」
外から響く轟音とレガノフからの報告。
そして、下階からの階段から大人数が上がってきた。浮遊選鉱装置を投棄して空けた場所に整列して点呼している。
「一号陣地部隊点呼ヨシ。撤収完了です!」
「よし。よくやった。全員しばらくそこで座って休憩だ。全部隊集合出来たらここで飯にしよう」
ガリガリガリガリガン
「座標十四番 爪です!」
轟音とレガノフからの報告は続く。部屋内に集まったメンバーは恐怖に震えている。そりゃそうだ。俺だって怖い。
また階段から大人数上がってきた。ヴィクトル、ニキータ、アキーモフが一緒に居るから、二号陣地部隊と三号陣地部隊は経路で合流したのかな。
部屋の中に整列して点呼。お互いの無事を喜びあっているようだ。
「二号陣地部隊点呼ヨシ!」
「三号陣地も部隊点呼完了。撤収完了です!」
ヴィクトルとアキーモフが報告。
「よし! よくやった!」
ソド総帥が応える。
その次の瞬間。
ドゴーン ドガーン ガガガーン
近くでものすごい轟音と振動。震度5ぐらいか。
「一号、二号、三号陣地、穴です! 大穴です!」
窓際からレガノフが報告。
俺も東側の窓に行って陣地の様子を見てみた。陣地があった崖は大きく抉られて、直径20mぐらいの大穴になっていた。なんか【拳】の形にも見える。
抉られたその穴の内壁に坑道の断面が見える。
庭いじりでスコップで穴を掘ったら、アリの巣を掘り当ててしまったような感じ。
そして、窓から周囲を見渡すと、第二師団と第三師団が居た場所は土煙が晴れており大きなクレーターだらけ。その隙間にバラバラになった兵器の残骸が散らばっている。
鉱山も山のあちこちに爪痕や大穴が開いて、ベルトコンベヤや起重機や建屋などの鉱山設備は軒並み残骸になっていた。
「ありがとうレガノフ。もういい終わりだ。コーヒーでも飲んで休んでいてくれ」
東側の窓から破壊された鉱山を見たソド総帥が、力なく指示を出した。
「お前さん。ちょっと崖上に白旗を掲げてきてくれ」
「分かった。行ってくる……」
なんかもう、ソド総帥はいたたまれない感じになっている。
とりあえず頼まれた仕事は済ませようと、部屋の隅にあった長い木の棒と白い布を持って崖上への階段を昇った。
…………
司令部の上に白旗を掲げて待つこと約二時間。
泥まみれになったエスタンシア帝国軍側の人間五名が白旗を持って司令部に到着。
そのうちの一名はエスタンシア帝国首相だ。トーマスの小屋で【滅殺☆ジェットビンタ】を喰らって転げ回ったあの男だ。こっち来てたのか。
ソド総帥とエスタンシア帝国首相が双方疲れ切った表情で指令室のテーブルに対面で着席した。もうなにもかも滅茶苦茶だけど、停戦交渉だ。
ジェット嬢が司令部の東側の窓からひょっこりと姿を現した。まだ白いヴェールを被っているが、やっぱり似合ってない。
『えー、こうなってしまいましたのは、深い理由がありましてー』
指令室内から見えるように窓の前を垂直姿勢でうろうろと飛び回りながら、よく通る声で事情説明を始めた。なんか口調がトーマスみたいだぞ。
『えー、エスタンシア帝国軍の上空を飛んでいる時にですねー、エスタンシア帝国軍の従軍写真家に下から写真機を向けられまして』
飛行中になんで下から写真機向けられたことが分かるんだ。
『えー、飛んでるワタクシを撮るのか。どうせ【暴露本】も出版されちゃってるし、まぁいいかーと思って通り過ぎたら、なんと後ろからスカートの内側を狙ってくるんですよ。何てことをするんだと』
何処を狙われているのかまで分かるのか。
女の勘か? 闇魔法か?
『でも、温厚で慈悲深いワタクシ。今なら【中身】もそんなにアレじゃないし、この騒動の遠因にワタクシも絡んでいるという負い目もあり、まぁ今回だけは【覗き行為】は大目に見ようと、回避してさっさと飛び去ろうと大人の判断をしたわけですよ』
騒動の原因。やっぱり何か心当たりあったのか。
そして、そこで大人の判断ができるあたりジェット嬢も成長したんだなぁ。
『でもね。でもですよ。回避しているのにしつこく追い回したあげく、本当にシャッターを切りやがったのですよ。しかも、真後ろ下方。一番イケナイ角度から!』
窓の前をうろうろと飛びつつ、身振り手振りで酷いことをされたというジェスチャーをしながら力説するジェット嬢。
確かに酷いことされたな。そこは怒っていいところだ。
でも、なんで撮影されたことが分かるんだ。怖いぞ。
『まさか本当に撮られるとは思っていなかったのもあり、温厚で慈悲深いワタクシもこう、つい、【ぶちっ☆】と逆上してしまいまして。ここまで酷い不道徳。これはもう軍全体の連帯責任だろうということで、片づけてやりました』
片づけましたか。
エスタンシア帝国の陸戦部隊を全部粉砕ですか。
巻き込まれたエスタンシア帝国軍の皆さんご愁傷様でした。
だけど、部隊の教育が行き届いてないのが原因なので完全な自業自得です。
『でも、ここでこれだけの人数を臨死させると実際治療が難しいので、慈悲深いワタクシは、全員沼に埋めるだけで済ませました』
まぁ、ジェット嬢のすることだから死者は出ないように配慮はしたんだろうけど。あれだけ派手に粉砕して、重傷者や死者ナシならそれはそれですごいとは思うぞ。
『えー、でも、温厚で慈悲深いワタクシも怒りが収まらないので、つい、山に軽く八つ当たりしてしまったりとか、まぁ、あと、エスタンシア帝国軍を片づけてしまうと、今度は反乱軍のほうが優勢になってしまいいろいろマズイので、反乱軍も軽く武装解除しておこうかと思いまして、こう……。でも、反乱軍には不道徳者はいなかったので、怪我人を出さないようにこう……』
ああ、ジェット嬢なりのバランス感覚ね。
怪我人出さない配慮は良かったと思うよ。
でも、鉱山を壊滅させる必要は無かったんじゃないかな。
ソド総帥が可哀そうな状態になっちゃったよ。
『正直、ワタクシ怒りは全く収まっていないのですが、この状況でこれ以上デタラメなことをすると収拾がつかなくなるかなと、自重している次第であります』
偉い!
ちゃんと自重できるジェット嬢偉い!
でも、ここまで暴れてまだ足りないとか、どれだけ頭に来たんだろう。
振り返って、総帥と首相を見る。
二人とも呆然とした表情となり、そして、そろって乾いた笑いを始めた。
「あ、あは、あははははは…………」
指令室に居るメンバーも笑い出す。
奥の方に居る反乱軍もつられて笑い出す。
百七十名の爆笑が指令室内に響く。
もう笑うしかない気持ちは分かる。だが。
笑うな。
笑っていい状況じゃない。
ジェット嬢は怒りが収まってないんだ。
それを我慢しているんだ。
そこで笑ったりしたら大変なことになるぞ。
ベシッ
後ろから何かを投げつけられた。
ジェット嬢が被っていた白いヴェールだ。
窓の方を振り返ると、ジェット嬢が居ない。
これは大変なことになるぞ。
『ふぁいとー・めっさーつ!』
よく通る声で、禁断の掛け声が響く。
そして、司令部上空目掛けて莫大な量のフロギストンが流れるあの感覚。
ジェット嬢は離れているはずなのに、今まで感じたことの無い強さ。
桁違いのが来る!
フロギストンが流れる感覚が止まったら、上空に不規則な軌道を描きながら東の地平線の向こうに飛んでいく何かが見えた。
その行先から、日が昇った。
いや、そんなはずはない。
今は夕方。太陽は西にある。
東の地平線の向こうから、青白く輝く巨大な火球が昇るのが見える。
その火球は下側に雲を生やしたような形で、白から黄色へ、黄色から赤へ、赤から、赤黒へ色を変えながら、雲を貫き天へと昇っていく。
そして、東の地平線が橙に輝く。その輝きは地を這うように広がり、北部平野の地表を飲み込んでいく。
部屋が揺れる。震度4ぐらいか。元・日本人の俺にとっては大した揺れではないが、こちらの人たちにとっては十分怖い。だが、誰も、一言も発しない。
巨大火球は、赤黒い雲へと姿を変えさらに高く昇る。
北部平野の地表が赤く輝く。
窓から衝撃波のような突風が吹き込み、テーブルや椅子が倒れて、コーヒーが床にまき散らされ、ペンや書類が部屋に散らばる。
同時に窓近くに立っていたレガノフとジャトロフ技師長が部屋の奥に吹っ飛ばされた。ビッグマッチョの俺は耐えた。ソド総帥も持ちこたえたようだ。
ひっくり返ったメンバーは起き上がり、座ったまま窓の外を見る。
地平線の向こうから昇る赤黒い縦長の雲はさらに高く昇る。そして、昇り切ったそれは、空に落とした墨汁のように天を全周に広がる。
空が黒くなる。
俺は、前世でこれに近い現象の映像を見たことがある。
【核爆発】
黒く染まる空、赤く燃える地表。まさに【地獄】。
前世の記憶から、あるフレーズが浮かんだ。
【見よ! 東方は赤く燃えている!】
しばらくしたら、煤まみれになったジェット嬢が司令部の東側の窓の前にひょっこり戻ってきて一言。
「笑いごとじゃないのよ」
わかったよ。よーくわかったよ。
【盗撮】
それは、紳士の心得を理解しない男がやらかす不道徳行為の中でも最悪級の暴挙。
見られたくないところを撮られたという精神的苦痛だけではなく、撮影された写真が何処かに記録として残るという恐怖。
被害者女性の心を深く傷つけるだけでなく、その写真が流出した場合は被害者女性の人生すら狂わせてしまう。許されざる非道な犯罪。
全ての世界で写真機を手にする男は、シャッターを切る前によく考えてほしい。
そのシャッターを切ることで、被写体の方を傷つけたりしないか、被写体の方の人生に禍根を残したりしないか。
この世界で写真機を手にする男は、シャッターを切る前に本当によーーく考えてほしい。
そのシャッターを切ってしまったことで、陸軍二個師団が粉砕され、鉱山が滅茶苦茶に破壊され、空を貫き天を黒く染め地表を業火で焼き尽くす未曽有の天変地異が起きたりしないか。
当たり前だが、隠しているところじゃなければ撮っていいというわけじゃない。どんな姿でも被写体の方の許可なしに撮影したらそれは【盗撮】。同罪だ。
笑いごとじゃ済まないんだ。本当に。
・魔王歴84年1月11日
己が欲望のために道徳心を忘れ技術の扱いを誤った者共に裁きの鉄槌は下された。
空を貫き天を黒く染めた噴煙は、遥か遠くユグドラシル王国南端部からも視認され、爆発の衝撃波がこの【地球】を三周したことが両国の気象観測所にて記録された。
世界中の人が北の空を見上げて言葉を失ったこの出来事は【滅殺破壊天罰】として両国の歴史に残ることになる。
●次号予告(笑)●
従軍写真家の卑劣な不道徳行為に対して、女はエスタンシア帝国政府に【慰謝料】を要求。
全世界の半分(つまり女性全員)を敵に回す暴挙の結末と、国土平野部の約一割を【地獄】にする火力を前にして、エスタンシア帝国首相に釈明の余地は無かった。
かくして、エスタンシア帝国の保有する金融資産と収入源の大半は【慰謝料】として女に差し出され、【魔王妃として世界征服】が達成されてしまった。
経緯はどうあれ、世界の中枢となってしまった【魔王城】の新しい日常が始まる。
次号:クレイジーエンジニアと世界征服
(ゴエイジャーが入るかも)




