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幕間 退役聖女の検閲(9.8k)

 俺はフォード。【西方運搬機械株式会社】の創業者だ。そして、その仕事を終えて役割を果たし、今は別の仕事をしている。


 今の本業は【ターシ財団】の管財人。これは【しん金色こんじきの滅殺破壊魔神】の異名を取るイヨの資産管理組織だ。

 組織と言っても実際に所属している人間は俺とクララだけ。業務内容としては、たまに届くイヨの指示に従って会社設立や商取引を行うこと。


 最近の本業の仕事としては、オリバーの【西方農園】が発行した株式を買い占めた。

 豊作と輸出で手元資金は余裕があるから株式を発行する必要は無いようにも思うが、まぁ、イヨが【話し合い】をしたんだろう。

 俺もオリバーもイヨの頼みは断れない。


 副業として、この【ターシ財団】の潤沢じゅんたくな資金を元手に会社を沢山作った。


 【西方良書出版株式会社】

 【西方不動産株式会社】

 【西方人材派遣株式会社】

 【西方製菓株式会社】

 【西方交通株式会社】

 【西方電気設備株式会社】

 【西方ヴァルハラ鉄道株式会社】


 これだけの会社を短期間で設立できたのは、【西方人材派遣株式会社】設立を通じて王宮から経営センスのある優秀な人材を多数引き抜くことができたのが大きい。


 そして、俺が今一番力を入れている副業は、本業と兼務している【西方良書出版株式会社】の社長だ。

 この会社はヘンリー卿やボルタ卿等の優れた研究成果を書籍にまとめて出版するために設立したものだ。

 ここから出版した技術書籍は各地にある技術学校の教科書としても使われている。

 国を支える次世代の技術者を育成するための大事な書籍だ。流通を促進するため、これは利益率を低めにしている。


 それとは別に、俺自身が書いた本も出版しており、注文に対して出荷が追いつかないほど売れている。今の俺は【売れっ子作家】でもあるのだ。


 だが、悩みがある。

 【西方良書出版株式会社】は出版社なので、書籍の印刷と製本は外部の複数の【印刷会社】に依頼している。

 技術書籍の印刷は順調に進んでいるが、俺の書いた本の印刷を断られることが増えてきた。増えてきたというよりむしろ、ユグドラシル王国中の【印刷会社】に拒否された。


 仕方なく、小規模な【印刷会社】を工場ごと買収して【西方良書出版株式会社】に【印刷部】を設立した。若干コスト高にはなるが、外部の【印刷会社】に拒否された書籍はこちらで印刷製本だ。


 そして、最近悩みが増えた。

 【西方良書出版株式会社】は出版社だから、書籍の流通は国内全書店と取引がある【出版取次】を経由して行う。書籍の問屋みたいなものだ。

 国内に【出版取次】は複数あるが、国内全ての【出版取次】に俺の書いた本の取り扱いを断られてしまった。

 最後まで取り扱いを続けてくれたところはボルタ領にある老舗の【出版取次】で、エスタンシア帝国への書籍の輸出の対応も開始した最大手だ。社長が【出版の自由】に理解のある方で、日頃から【検閲けんえつ】には屈しないと豪語する気骨のある方だった。

 でもどういうわけか六日前に従業員が反乱を起こして方針が変わったとのことで、ついに俺の書いた本の取り扱いを断られてしまった。


 こうなってしまうと書店と直接取引で販売をするしかない。

 幸い売れている本なので直接取引でも大口で買ってくれる書店はあるが、多数の書店と直接取引をするのは事務処理が煩雑になってしまう。


 その解決策として【ユグドラシル物流局】や【ユグドラシル生活協同組合】と協業して個人向けに直接販売するような販路は構築できないかと考えている。うまくいきそうなら専用の会社も作りたい。

 会社名は【西方直販株式会社】がいいかな。国内の小売店と競業することになるから、棲み分けをどうするかはちゃんと考えないといけないが。


 そんな俺は今、ユグドラシル王国首都郊外にある【西方良書出版株式会社】の【印刷部】工場二階に作った俺の書斎に居る。


 一階には印刷機械と製本機械がある。

 今は夕方。今日の就業時間は終了し、工場には誰もいない。

 この静かな時間、俺は【売れっ子作家】として書斎で次回作の執筆をしている。


 窓の外には印刷した書籍を出荷までの間保管するための倉庫群とトラクター用の道路が見える。敷地面積が広いのを活かして、書籍の倉庫は小規模なものを八個に分けた。


 最近【印刷会社】の工場で火災事故が頻発しているので、その教訓を活かして火災発生時の被害を抑えられるように倉庫を複数に分割する設計にした。


 さらに安全な工場とするため、工場内にもエスタンシア帝国から輸入した最新鋭の防火安全設備を導入した。これの据え付け工事は経費節減のために俺が自分で施工したが、我ながらうまくできたと思っている。

 トラクターを開発していた頃は電動機の巻き線を巻いたりしていたから電気の扱いは慣れたものだ。


 今日の操業で俺の書いた書籍の新装版の初版一ロットが完成し、明日には国内全域の書店に向けて出荷予定だ。これで溜まっていた受注を捌ける。

 この本は人気があるけど、供給量が追いつかなかったので、一部の愛好家の間で高額での転売が横行している。これは【売れっ子作家】として悩みの種であったが、その状況もこの新装版一ロットの出荷で落ち着くだろう。


 西の空に落ちる夕日を眺める。空から飛行機の音が聞こえる。

 そういえば、アイツは元気にしているかな。

 しばらく会ってないけど、【魔王妃】になったんだっけ。

 機会があれば、こことは別の場所で久しぶりに会いたいな。

 くれぐれも、こことは別の場所で。


『無断で【暴露本ばくろぼん】を出版するアホはどこかなー』


 久しぶりに聞くよく通る声が聞こえる。同時に背筋が凍る。


「マズイ。マズイぞ。この場所でアイツに会うわけにはいかないんだ」

『何がマズイのか、言ってごらんなさーい』


 即答の返事に俺の恐怖ゲージはいきなりMAXに達し、思わず叫ぶ。

「聞こえてるのかー!!!」


 同時に、天井から音が聞こえる。


 ガタガタガタ


「イヨ! 聞こえてるなら、屋根に推進噴流を当てるのやめてくれ! トタン屋根が傷む!」


『あ、ゴメン。ちょっと場所移るわ』

「移るときに雨どいを壊さないでくれよ」


 バキバキバキバキ


「おい!」

『ゴメン』

「屋根の雨どい補修するには足場組まないといけないから高くつくんだぞ! 壊したなら、飛んでるついでに修理しておいてくれよ!」


 この状態で会話ができるのも不自然と言えば不自然だが、イヨのやることだから細かいことはいちいち気にしない。

 それよりも雨どいの修理代を浮かせるほうが重要だ。経費節減だ。


『ゴメン。私飛びながら何かを掴むってできないのよ』

「そうなのか? 案外簡単にできそうにも見えるけど」


『私もできると思ったけど、壁とかの近くでは推進噴流の反射でホバリングが安定しないし、その状態で腕を前に出すとそっちに傾いてひっくり返りそうになるのよ。脚がある人間の動きに例えると、玉乗りみたいな感覚かな』

「けっこう自由に飛んでるように見えるけど、いろいろ大変なんだな。でも、こっちとしても、ソレで動き回られると後片付けが大変なんだ。遊びに来るならあの大男と地上から来てくれよ。そうすれば一緒にコーヒー飲めるだろ」


『本当はそうしたかったけど、今日は急ぎの用事があったのよ』

「後日じゃだめかな」


『だめ。今日。今聞きたいの。御社の発行する書籍について大事な問い合わせよ』


「ああ、ウェーバ達寄稿の【輝く魂の力 ~小柄でも輝ける男の生き方~】のことかな。結構人気書籍で、紳士の在り方について学べるということで、一部の学校では道徳の教科書にも採用されているんだ。売れ筋だよ」


『【セクハラ】の罪深さと危険性を説いている点では、アレもなかなかの名作ね。紳士の在り方、女性の扱い方のバイブルとして普及してほしいわ。でも、それじゃないのよ』


「イェーガ王著の【外交と国防】も売れ筋だ。【魔王】討伐完了後の二国間の関係のありかたについて先のことまで見通して書いてある。これも各所の学校の教科書として採用されてる」


『それも読んだわ。開戦準備前の秘密会議の時の話をまとめたものね。アンタ居なかったけど、あの時けっこう大変だったのよ。そして、それでもないのよ』


「だったら、お前の指示で出版した【王城写生画集0083~墓標~】かな。コレは出版すること自体がひどいんじゃないかと思ったんだけど、本当に良かったのか」


『ちゃんと指示した通り出版したんでしょうね』


「あぁ、指示通りにしたぞ。大量に印刷して、委託販売の形で国内全域の書店に出荷して、国内各地の図書館や学校や教会の図書室にも十冊単位で大量に寄贈した。それに、リバーサイドシティ経由の物流網でエスタンシア帝国にも大量に輸出した。だけど全然売れてない。委託販売の返本率も高止まりで、印刷も流通も赤字だ。コレもうやめないか? 王宮の広報課がやめてくれと泣きついてきてるんだぞ」


『私を怒らせるほうが悪いのよ。赤字額は許容範囲でしょ。続けて頂戴。それも気になってはいたけど、それとも違うのよ』


「じゃぁ、【フロギストン理論応用編】かな。属性の枠を超えた新しい魔法のありかたを提唱しているとして、出版から結構時間経っているけど増刷を繰り返しているロングセラーだ」


『それも違うんだけど、そういえば私が寄稿した【滅殺破壊魔法習得法~あなたにもできる ふぁいとー・めっさーつ~】はどうなったのかしら。出版されてないようだけど』


「すまん。それは王宮や魔法学会や各方面から発売自粛のお願いが殺到したから、一旦発行を止めてる。それに、原稿を試読してもらった魔術師全員が【できる気がしない】と断言したから、出版しても売れないんじゃないかなぁと。まぁ、どうしても出版したいなら出すけど。そうそう、やっぱり今の売れ筋は……」


『分かってるんでしょ』


「……」

『私が誤魔化しや嘘が嫌いってこと、よく知ってるわよね』

「…………」

『ヨセフタウンに居た頃、私に対してそういう態度を取った男がどんな【姿】になったか、アンタが一番詳しいでしょ』


「本が書けるぐらいには詳しいな」

『それよ』


「……もしかして、【恐怖★滅殺破壊黙秘録 ‘0076~’0078 Vol.1 地獄のお仕置き編】のことでしょうか」

『あと、その続編の二冊も』


「【恐怖★滅殺破壊黙秘録 ‘0078~’0082 Vol.2 戦慄の王宮編】と【恐怖★滅殺破壊黙秘録 ‘0082~’0083 Vol.3 脚無物騒女と大男編】のことでございましょうか」


『そうよ。本を出版する前に相談するようにってあれだけ念押ししていたのに、なんで私が知らないうちにそれが書店に陳列されていたのか、理由を説明して頂戴』


「み、民衆はファンタジーを求めているんだ! 心躍るようなワクワクする物語を求めてるんだ! その需要にマッチする書籍を出版するのが【出版社】としての俺の仕事だ! 俺は、【売れっ子作家】として民衆の心を満たすコンテンツを供給する役割を果たしたんだ!」


『ファンタジーとか物語とか言うならちゃんとフィクション入れなさいよ! 全部本当の事ばかり書いてたらただの【暴露本ばくろぼん】よ! 書かれたほうの気持ちも考えなさいよ! しかもエスタンシア帝国にまで輸出して! あっち側でデタラメ控えていた私の苦労が台無しじゃないの!』


「え!? あれ全部本当なのか。取材は入念にしたけど、誇張が入っているものとばかり。ファンジー狙いだからそのまま編集したけど」


『全部読んだけど、本当よ。覚えがあるわ。……。悪い?』


「ドン引きだよ! 俺もさすがに引くよ。王宮病院で働いているときに、治療した患者よりも殴って怪我させた人数の方が多いって、しかもそれが本当ってどんな【癒し手】だよ!」


『仕方ないでしょ! 私のところには重傷者しか回ってこなかったんだから、治療した人数はそんなに増えなかったのよ!』


「治療した人数の少なさを突っ込んでるんじゃない! 殴って怪我させた人数の多さを突っ込んでるんだよ! なんで病院勤務でそんなに人を殴るんだ! 一体何しに行ってたんだ!」


『失礼な言動を取る奴が多かったのよ』


「しかも、王宮で第一王子の婚約者になりながら、使用人に交じって仕事して騎士団を中心に大勢を殴って病院送りにしたって、一体どんな【お姫様】だよ! 何を目指してたんだよ!」

『騎士団の風紀が乱れてたから【修正】してやったのよ』


「【魔物】討伐で騎士団から精神疾患や離職者が多数出たって証言もあったけど、お前いったい戦場で何したんだ? 同士討ちなんかしてないよな」


『失礼ね。私はちゃんと仕事したわよ。味方に攻撃なんてしてないわ。殴ったことはあるけど。騎士団が勝手に怯えただけよ。ってフォードなんかメモ書きしてない?』


「本人から取材できる機会は貴重だなと思って」


出荷停止しゅっかていし!』 ドガガガガガガガガーン


「わぁぁぁぁ! 何するんだ! 道路が穴だらけじゃないか! あれじゃ荷役車両が倉庫に入れないぞ! どうしてくれるんだ!」


『あの本は出荷停止しゅっかていしよ! プライバシーの侵害よ!』


「俺は出版社の代表として【言論の自由】と【出版の自由】の権利を主張する! 不当な【検閲けんえつ】には断固抗議する!」


『私は【検閲けんえつ】なんて回りくどいことしないわ。【滅殺の自由】を行使するだけよ』


「なんだよその物騒な権利! 意味が分からないぞ! そんなものが認められてたまるか! 荷役車両が入れないなら、人海戦術で出荷してやる! 読者の笑顔を守るんだ!」


絶版ぜっぱん!』 ドゴォォォォォン


「ぎゃぁぁぁぁ! 第八倉庫が! ひどいじゃないか! 読者の皆さんが到着を待ってる書籍なんだぞ! って、まさか最近【印刷会社】で頻発していた火災事故って!」


『これが【滅殺の自由】よ』


「ありえねぇ! やっていいことといけないことがあるだろ!」


『出版にも倫理ってものがあるでしょ! アンタ自分の身になって考えてみなさい。【フォードのクララへのプロポーズ~土下座求婚のお手本~】とかが出版されたらどう思う?』


「いやだぁぁぁぁぁ!! そんなもの発禁はっきんだ! 絶対に出版させん!」


『ここまで言ってわからないなら、挿絵付きでビラに印刷してユグドラシル王国とエスタンシア帝国の主要都市上空から散布するわよ。出版されるより数倍ダメージが大きいわね』


「ぎゃぁぁぁぁぁ! そんなことしたら、今執筆中の【恐怖★滅殺破壊黙秘録 ‘0079 王宮特別編 ~こぶしで成り上がるシンデレラ~】を大量印刷して利益率度外視の低価格でユグドラシル王国中の書店に直接取引の委託販売で卸してやる!」


発禁はっきん!』 シュゴォォォォォ


「うわぁぁぁぁぁ!! 俺の書斎に火が!! って何するんだ! 危ないだろ!!」


『アンタいい加減にしなさいよ!! それは【滅殺案件】よ!』


「そうじゃなくて! 印刷工場は可燃物の紙と危険物のインクや溶剤がたくさん置いてあるんだよ! 火気厳禁なんだよ! 本当に危ないんだよ! 工場火災になったらどうしてくれる!」


『えっ。ゴメン』


 階段を下りて、屋外にある消火装置の操作盤に向かって走る。

 最新型の防火安全設備があるとはいえ、火災は初期消火が大事だ。


「こういう工場にとって火気厳禁っていうのは大事な規則なんだ! 今は防火保管庫に入りきらなかった危険物の引火性溶剤八十ケースを通用口の通路周辺に積み上げてるから特に大事だ! もしあれに引火したら消火不可能だ! 工場全焼だ!」


『アンタ本当にいい加減にしなさいよ! その保管方法こそが悪質な【規則違反】でしょうが! 危険だってわかっているなら在庫量と使用量考えて手配しなさいよ! 人に何かを言う前に、自分の行動見直しなさいよ! あの会社の【品質保証部】に通報するわよ!』


「やめて! 元部下によるギロチン下の徹夜の説教は嫌だ!」


 通用口を飛び出したら、突風を浴びて飛ばされそうになる。

 風上側の斜め上を見ると、炎上中の書斎に外から金属パイプで放水しているイヨがいた。水魔法かな。初期消火してくれるんだ。


 そして、下から見上げてしまったことで見てはイケナイ物が見えてしまう。スカートの中。赤い模様が多数刺繍された白いペチコートパンツ。


「あっ!」


 下から見上げている俺に気づいて顔を真っ赤にしこちらを睨むイヨに、つい余計な一言を言ってしまった。


「オシャレになったじゃないか」

『か わ い い で しょ』


 赤くなった顔に怒りの感情を浮かべてイヨは応える。


 金属パイプの先端が俺に向けられる。


 本能的に感じる【臨死】の予感により、思考が高速化し、視界がスローモーションになる。紳士としてどうかと思うが、その反応も可愛いよ。などと思ってしまう。

 なぜ、ここまで怒らせたうえに、火に油を注ぐような余計な一言を言ってしまったかは分からない。でも、その余計な一言で【お仕置き】が確定してしまったことは分かる。

 俺自身は、イヨの【お仕置き】を受けたことは無い。でもイヨはどんなに酷い【お仕置き】をしても、殺しはしない。だから、俺も治してはくれるんだろう。


 俺に向けられた金属パイプに薄い金色の光が集まる。


 死に直面した人間が見る、走馬灯のようなものなのか、何の脈絡もなくあの日のことを思い出す。

 イヨとの出会い。

 イヨをさらった日を。

 あの日、あの場所で、俺達窃盗団は【最後の晩餐】をしようとしていたんだ。


 【魔物】に親を殺され故郷の街を焼け出された俺達。

 流れ着いたあの街で窃盗団のようなことをして食いつないでいたけれど、日々状況は悪化し未来への希望を見失っていた。生きるためとはいえ犯罪に手を染める毎日が嫌だった。

 そんな中で、たまたまいい酒と食べ物がたくさん手に入った。だから、もう皆で最後に酒盛りをして、泥酔した状態で【魔物】の出るヴァルハラ平野にピクニックに行って全部終わりにしようと思った。


 そして、どうせ最後なら、死ぬ前に一度女を囲って酒盛りがしたいと考えて、アジト近くの宿屋で働く美人のあのウェイトレスを付き合わせようと考えてさらってきた。

 もちろん、一通り飲み食いした後、ピクニックに行く前に帰すつもりだった。

 一緒に酒が飲める成人だとずっと思ってた。

 まさか、子供だなんて思ってなかった。


 金属パイプの内側で黄色く輝く何かが大きくなっていく。


 これが、俺達とイヨの出会いだった。

 さらってくるのが出会いだなんてひどいものだが、その直後、俺達はそれ以上にひどい目に遭った。今思えば、お前は自分の身体が女子にしては大柄なことを気にしてたんだな。

 でも、あの時俺達は、お前の体格を笑ったわけじゃない。子供がこんなに気丈に生きているのに、いい年した俺達が【最後の晩餐】をしようとしているのがおかしくなったんだ。


 お前に叩き込まれた【死を超える恐怖】。

 それを乗り越えた俺達は無敵になった。

 死のうなんて誰も考えなくなった。

 人生は好転したんだ。お前のおかげで。


 金属パイプの先端の向きが少し下に下がる。

 やっぱりすこし外してくれるのか。狙いは俺の足下ぐらいかな。


 好転という意味では街の皆にしても同じだ。城壁都市内への【魔物】の侵入は抑えられていたけれど、【魔物】の数が増え行く中でそれが長くは持たないと誰もが認識していた。

 そんな中で、お前が見せた桁違いの魔法破壊力【滅殺破壊魔法】は街の希望になった。


 魔術師からの指導で普通属性の攻撃魔法も使えるようになり、当時教会に居た【回復魔法】が使える魔術師の指導で【回復魔法】も強力なものをすぐに習得した。

 国内でも使い手が希少な【回復魔法】を習得して見せたのは街の人も皆驚いた。そして、お前はその【回復魔法】で【魔物】に襲われた多くの人の命を救ったな。


 金属パイプの先端から光線が発射され、俺の足下の地面に吸い込まれる。


 そして、【スタンビート】の時には見事に街を守って見せた。物騒な通り名で呼ばれていたけど、お前は街の希望であり救世主だったんだ。

 さらに【聖女】として王宮にスカウトされ、【魔王】討伐もやり遂げた。

 久しぶりにサロンフランクフルトの食堂で見かけたときは条件反射でつい逃げてしまったけれど、再会できたのは嬉しかったんだ。

 脚が無くなっていたのは驚いたし、第一王子によく似た大男を連れていたのも驚いたけど、あの時点で【魔王】討伐は完了していたんだな。


 光線を吸い込んだ俺の足下の地面から爆発の衝撃波が発生する。

 俺の身体が持ち上げられて視界が上にずれる。


 また、スカートの下のあのペチコートパンツが視界に入る。

 紳士としてあんまり見てはいけないと分かっているが、その恰好で飛んでいると下からは見えてしまう。

 再会した時のスカートめくりで一瞬見た時には無地の白だったが、今見えている物には赤い模様が入っている。年頃の女性だからそのへんのオシャレに目覚めたのかな。


 【臨死】の影響なのかさっきよりも柄が鮮明に見える。

 さっきは線とか丸とかの図形と思っていたけど、よく見ると形がある。

 丸に見えてたのはドクロマーク? いや、人間の頭蓋骨だ!

 じゃぁまさか線に見えていたのは。

 肩甲骨、肋骨、鎖骨、上腕骨……。人骨!?


 衝撃波で持ち上げられた俺の身体に、地面の爆発で吹き飛ばされた破片が迫る。


 自分の下着に人骨をかたどった赤い刺繍?

 絶対にソレ売ってないよな。

 自分で作ったんだよな。


 サロンフランクフルトの食堂でたまに縫物ぬいものしてたのは知ってるけど、まさかソレを作ってたのか?

 よく見たら、大腿骨らしい骨の刺繍は下半分が無い。

 自分の骨格をモチーフにしてるのか?

 そして、それがかわいいと本気で思ってるのか?


 俺の顔と上半身の前に壁のようなものが生成されたのが分かる。

 死なない程度には守ってくれるようだ。


 思い出した。

 ヨセフタウン自警団手伝いの【お仕置き】で大怪我させた相手を【回復】させるとき。火傷や裂傷はすぐに治すけど、露出骨折はえらく治すのに時間をかけていた。

 重症だから時間がかかると思っていたけど、よく考えたら、【回復】を始めてからはすぐに治っていた。

 もしかして眺めていたのか?

 骨を見るのが好きなのか?


 爆発で吹き飛ばされた破片が俺の手足に当たり、骨を砕いていく。意識が遠くなる。


 イヨの顔の方に意識を移し、驚愕する。

 さっきまで怒りと恥じらいで紅潮させていた顔に【仕留めた獲物をいつくしむ表情】を浮かべて俺を見下ろしていた。


 獲物が生きる最期の瞬間を己の心に焼きつけようとする、妖艶ようえんな光を宿した瞳。

 仕留めた獲物を己の血肉とするのを待ち焦がれるような、怪しい微笑みをたたえた口元。

 その表情、その姿を見て瞬時に出た感想に俺は自分の正気を疑った。


 今まで生きた中で見た他の何よりも【美しい】と。


 そして言葉に表すことができない感情が沸き上がる。

 弱者として生きて血肉を蓄える仕事を終え、獲物として捕食者に自らの全てを差し出す役割を果たす。自分という存在を自然の摂理の中に還す瞬間に感じる、達成感を含む、至福に近い感情。


 俺は全てを理解した。

 かつての【お仕置き】経験者が語った【心を刈られる】【魂を砕かれる】【命を喰われる】という意味不明な表現の意味を。


 あいつらも これ を見たんだ。


 肉体の損壊が限界を超え、俺は意識を手放した。

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