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第14話 クレイジーエンジニアと魔王の品質(18.3k)

 40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから一年と百五十三日目。

 ジェット嬢と【魔王城】に入居してから百十九日後。エスタンシア商工会議所でジェット嬢が物騒な【マジックショー】をしてから三日後の昼過ぎ。


 事前に聞いていた日程に合わせて、俺達は【双発葉巻号】からの【発艦】でトーマスの小屋の前まで来ていた。飛行機から飛び降りるのはもう日常だ。


「ごめんくださーい」 コンコン 

「どうぞー」

「おじゃましまーす」


 いつもの背中合わせスタイルで横向き姿勢で玄関をノックして声をかけて、応答聞いてから入室。常識的にお邪魔した小屋の中にはテーブルに男が二人。トーマスと、もう一人は、ジョン社長。


「えー、いらっしゃい。予定通りですね」


 あの日、あの後、俺達は【双発葉巻号】で先に【魔王城】に帰った。

 一緒にエスタンシア帝国に入国していたウェーバ、アン、メイは翌日午前中に【試作1号機】で無事帰還。【生焼け】にされた男も、包帯ぐるぐる巻き状態で連れてきたので、医務室に搬送してグリーンに処置をさせた。


 アンとメイはやっぱりお酒を大量に買ったそうだが、四人乗りの【試作1号機】では【生焼け】男を載せると荷物が載らないため、買ったお酒はトーマスの小屋に一旦預けた。

 ウェーバの買い出し荷物は重量があるので陸路で送ると。リバーサイドシティ跡地を拠点に両国間の物流は確立しているそうで、運賃は高いが今は手紙や荷物も送れるようになっているとか。

 

 そして、治療目的とは言え【生焼け】男をエスタンシア帝国から【拉致】してしまった件については、小規模とはいえデタラメしてしまった件と併せて昨日事情を聞きに来たキャスリンに報告。外交的な対応を引き受けてもらった。


 【生焼け】男は、両国間での処遇が確定するまで【魔王城】から出さないようにと言われたので、ブラックの監視下で地下一階に住ませている。ブラックとは気が合うようだ。

 

 中年男二人がなごんでいるテーブル傍まで行って、横向きになり声をかける。


「トーマスよ。なんかこう、先日の流れからするとここで二人がなごんでいる光景が不自然に思えるんだが、ジョン社長とはどんな関係なんだ」

「えーと、彼とは商業学校時代の同級生なんですよ。商売上手仲間でもあります」


「じゃぁアンタ達は、友人同士、顔見知り同士であんなことをしてたの?」


 背中に乗るジェット嬢がもっともな指摘。

 確かに俺にもその神経がわからん。


「あぁ、ちょっといいかね」

 コーヒーを飲んでいたジョン社長が手を挙げて発言。


「あー、今更だが、私がジョンケミカルの社長のジョンだ。トーマスから話は聞いた。先日はいきなり失礼なことをしてすまなかった」


 会合に来た相手を問答無用で銃撃するのが失礼ですかそうですか。

 この人の感覚もなんかズレてるなぁ。俺じゃツッコミ力不足なので、ジェット嬢に任せる進行だ。


「気になることはいろいろあるけど、まず【豊作2号】の状況を教えて頂戴」

「あぁ、アレは製造を止めて、製造不良ということにして使用禁止の通達を出した。出荷済品の自主回収も準備中だ。今年度の作付けで使われることは無いだろう」


「そう。話し合いはうまく行ったということね。ちなみにそれで会社は大丈夫なの?」

「あぁ、当然だが、会社は大赤字だ。だが、当面は社員の雇用と給料を守るぐらいはできる。まぁ、配当は出せないから出資者は大損だろうがな」

「それはかまわないわ。それで、今までの被害についての対応はどうするの?」

「えーと、そこを相談するためにここにもう一人来る予定なんですよ」


 トーマスがそう言ったのと同じぐらいのタイミングで、俺から見て後ろの方にある地下倉庫行きの階段から誰かが昇ってきた。


「トーマスさん居るかー? って、うわ。何だコレ」


 階段を昇ってきた男が部屋に入ってきて、俺の背後から近づく気配。

 何か嫌な予感がした次の瞬間。


 ヒュッ パァン

 ドタン ゴロゴロゴロゴロ


 ジェット嬢が動いた気配と打撃音。

 そして、人が倒れて転がる音。

 やっちゃったか……。


「ジェット嬢よ。念のため聞くが、何をしたんだ?」

「いきなりスカートをめくられたから、ひっぱたいてやったわ」

「そうか。それは妥当な対応だな。俺にも分かる」


「! ! !」 ゴロゴロ ゴン ゴロゴロ ガン


「でも、平手打ちされた男が、悶えながら転がりまわるほど苦しむ理由が分からん」


 【滅殺☆ジェットビンタ】を喰らった自業自得な男は、殺虫剤を吹き付けられた害虫のような御様子。

 声にならない声を出しながら、部屋の中を転がりまわっている。


「! !……!…………!」 ゴン ゴロゴロゴロ ドダダダダダダダ


「地下倉庫行きの階段に落ちたぞ」

「私に対して不道徳行為をするからこういうことになるのよ」


「えー、今転がり落ちたのこの国の首相なんですけど……」

「あぁ、被害補償の計画について相談しようと来てもらったんだけどな」


 トーマス社長とジョン社長がげんなりした表情で地下倉庫行きの階段の方を見ている。

 顔はチラッと見たけど、確かに【八咫烏特攻作戦】で俺がいらんことしてしまった時のあの男だったな。


「初対面の女性のスカートをいきなりめくりあげるアレが首相? この国本当に大丈夫なの?」


 ジェット嬢のもっともらしい指摘に、一升瓶メイドズを暴走させるイェーガ王と、発言内容的に【国一番の危険人物】であるキャスリン王妃を思い浮かべる。

 まぁ、こっちもどっこいどっこいだな。


…………


 その後、ジェット嬢もテーブル席に着席して四人で会合。

 俺達は【種明かし】の話を聞いた。


 トーマス社長の奥さんは【豊作2号】分解生成物の植物毒性を突き止めて【内部告発】をしようとしたそうだ。

 当時のジョン社長は無用な混乱の発生を防ぐため、それをめるように説得。しかし、正義感に燃える奥さんは拒否。

 それでやむなく【消した】とのこと。


 北部穀倉地帯を再度耕作可能にするため、薬剤耐性小麦【北の希望】の研究を進めたのはトーマスの弟さんと息子さんが所属する研究チーム。

 だけど、試験栽培段階での試食にて息子さんを含む数名が中毒症状を発症し死亡。それにより毒性が発覚して開発は中止。


 因果応報と言えるかどうかは分からないが、同時進行でジョン社長も散々な目に遭っていた。

 ジョン社長の奥さんはエスタンシア帝国内の食糧危機の中で栄養失調を起因として病死。二人居た息子さんは、長男はヴァルハラ開拓団に志願して魔物に襲われて死亡。次男はユグドラシル王国とのあの戦争に志願して戦死。


「何と言うか、二人とも不運だったんだな」

「あぁ、不運と言えば不運かもしれん。だが、【経営者】は会社の売上と社員の雇用を守るのが仕事で、如何なる状況にも対応するのが役割だ。何があっても不運だったなんて言い訳は許されん」


「えー、ジョン社長は【経営者】として間違ったことはしてないと、私も思ってはいるんですよ」

「奥さんを殺されてもそんなことが言えるの? オカシイでしょ!」


 ジェット嬢が怒った。

 確かに俺もそこは違和感がある。


「えぇ、妻が【内部告発】しようとするのは私もめました。でも【技術者】の使命だと言い張って聞かなかったんです。そんなことをしたらどうなるか私にはわかっていたので、やむなくここの地下倉庫に監禁しました。でも妻は自力で脱走してこのような結果になりました」

「あぁ、トーマスには申し訳ないと思ったが、あの時事実を公開されると国中に混乱を巻き起こし社員を路頭に迷わせた上に危険な目に遭わせてしまうと考えて、やむなく」


 確かに、奥さんの言う【技術者の使命】は間違っていない。

 その結果、国に混乱を発生させ、社員に無用な犠牲が出たとしても、【技術者】は【偽装ぎそう】や【隠蔽いんぺい】を許しちゃいけない。

 だけど、それに対してのジョン社長の【経営者】としての判断が間違っていたとも俺には言えない。


「えーと、あとは、植物毒性耐性麦の【北の希望】が問題解決の切り札になると当時考えられていたのも後押ししたんでしょうね」

「あぁ、そうだ。あれが実用化されたら食糧問題は解決する。その見通しが立ってから情報公開と賠償をすれば、会社も社員も守れると考えていた。だから、あのタイミングで【内部告発】されるのは何としてでも阻止したかった」


 なんということだ。

 弟さんや息子さんたちが進めていた研究の成果が、奥さんの非業の死を後押ししていたのか。


「でも【北の希望】は毒だったんでしょ。研究していた当事者が何でそれを食べて中毒死しているのよ。食べる前にちゃんと調べなさいよ」

「えーと、どうやって調べればいいんです? というより、貴方方あなたがたは当たり前のように毒であることを突き止めていましたが、あれはどうやって調べたんですか?」


「そういえば、環境化学研究所から毒性の報告は聞いたけど、どうやって調べたかは聞いてないわ」

「おそらく動物実験だろう。でも、麦を見て毒性を疑って最初に動物実験で確認するなんて普通じゃ思いつかないぞ。ソド公の先見性と環境化学研究所に蓄積されたノウハウの賜物たまものじゃないか」


「えぇ、後からならなんとでも言えますが、【品種改良】で麦に毒性が出るなんて当時誰も考えていませんでした。毒が毒であることを知るためには、誰かが食べて死ぬしかなかったんです。だから、中毒者の大量発生を防ぐためには息子の死は必要だったんです」


「それで、【北の希望】が失敗して追いつめられて、次はどうしようとしたのよ」

「あぁ、ヴァルハラ平野を開拓するためそこに居座る【魔物】を始末しようとした。国策で兵器開発を進めて、それを量産するために、金属鉱山の開発も急ピッチで進めた」


 北部山岳地帯の鉱毒汚染はそれが遠因だったのか。

 質のいい鉱脈があっただけでなく、とにかく急いで大量の金属を確保する必要があったからあんな風になってしまったのか。


「えーと、その時期に都合よく、ユグドラシル王国側から【最終兵器】を使用した【魔王討伐計画】への協力依頼があったそうですが、その辺はさっき転がり落ちたアレクサ首相が詳しいですね」


 うわぁ。

 そのへんは【滅殺案件】が絡みそうだからジェット嬢が居るときは俺は聞きたくないな。

 ジェット嬢も難しい顔してるし。

 そう考えると、さっき階段から落としておいたのは都合がよかったのか。扱いがひどいけどあれは本人の自業自得だし。


「その【最終兵器】って何よ」

「えーと、分厚い鉄製の装甲で覆われた車体に機関と大砲と機関銃を載せた戦闘用の車両のことです。ユグドラシル王国側ではああいうのを【戦車】と呼んでいたそうですね。エスタンシア帝国軍では【最終兵器】と呼んで運用していましたが、後からユグドラシル王国側の呼称に合わせる形で【戦車】と改称されました」


 ユグドラシル王国側の【戦車】といえば【勝利終戦号】しか無い。でもあれは俺が転生してから作ったものだから【魔王討伐計画】時点では無かった。

 なにか時系列がおかしい。

 でも、その頃の話は【滅殺案件】が深くかかわりそうだから俺は心に【×印マスク】の構えで見ざる聞かざるだ。


「うーん。まぁ、そのへんはいいわ。でも、なんで私が銃撃されなきゃいけなかったのよ。大口の出資者を会議で銃殺するのがこっちの商売上手のしきたりなの? 危うく世界が滅びるところだったのよ」

「あぁ、開発中の改良型殺虫剤【豊作3号】が量産化されれば、問題を解決できる見通しが立っていた。だから、今の時点で余計な混乱を生まないために、また前回と同じ方法に走ってしまった」


「オカシイでしょ! オカシイでしょー!」バンバンバンバン


 ジェット嬢が怒った。顔を真っ赤にして机を叩いてる。もっともな話だ。そんな理由で殺されるんじゃぁ命がいくつあっても足りない。


「えーと、あそこでは私が撃たれると思っていたんですがね」

「トーマスは撃たれる覚悟で同席してたのかよ!」


「あぁ、実際に第一目標はトーマスと伝えてはいたんだがな」

「本当にトーマス撃つつもりだったのかよ! 友人じゃないのかよ!」

「でもあの男確実に私を狙ってたわよ! 何なのよ一体!」


「あー、あいつが事前打ち合わせ無視して嬢ちゃん狙った理由は私にも分からん」

「だいたいあの男一体何なのよ! トーマスさんも知らないって言ってたけど!」


「あぁ、あいつは次男の戦友だ。遺骨を届けてくれたときに顔見知りになった。今は【エスタンシア戦友会】という組織の所属で、ユグドラシル王国との戦争再発を阻止するための活動をしていたそうだ」

「分かったわ。身柄は確保してあるからこっちでじっくりと聞いてみる」


「あぁ、彼も食糧危機やヴァルハラ開拓団の失敗で身寄りを無くしている。私が引き取ろうとしていたので用が済んだら帰して欲しい」

「殺しはしないけど、帰しもしないわ」

「あー……、それは残念だな。そういうことなら彼をよろしく頼むよ」


「だいたい、アンタ達やってる事が無茶苦茶よ。そしてこれからどうするのよ」

「あぁ、やってきたことについては、嬢ちゃんの【マジックショー】を見て考えさせられた。【経営者】として間違ったことをしたつもりは無いが、でも、何処かで何かを間違えたんだろう。気が付いたら何もかも失っていた。だから社長は引責辞任して一体何を間違えたかゆっくりと考えたいと思う」


「えー、私も似たようなものですね。商売上手ではありますが家族を失いました。でももう崖から飛ぶ気にもなれないので、ジョンと一緒に我々が何を間違えたのか考えますよ。次世代の商売上手のために。まぁ、私は社長は当面続けますがね」

「簡単なことよ。分からないなら分かるまで考えなさい」


 あの日トーマスが崖から飛ぼうとしたのは、妻と息子に会いに行こうとしたのかもしれない。でも、それは口に出しちゃいけないことだと思った。


 彼等が何を間違えたのか。

 どうすればよかったのか。

 もし、その答えが見つかったなら、俺も知りたい。


「あー、それにしても嬢ちゃんのあの地獄風【マジックショー】はすごかったな。特に【地獄の微笑み(ヘル・デススマイル)】が強烈だった。アレのせいで同席した副社長と専務は未だに病室でほうけてるよ」

「何よそのネーミング! 失礼よ! 失礼よー!」バンバンバン


「えーと、私は後ろに居たので見ていませんが、ある種の顔芸でしょうか。そんなにすごかったのでしょうか」

「あぁ、地獄ヘル仕込みの地獄ヘル風の地獄ヘルだった。嬢ちゃんが地獄ヘルなのはよくわかった」

「失礼よ! 失礼よー!」バンバンバンバンバン


 普段から何かと【地獄ヘルセンス】を発揮するジェット嬢だが【マジックショー】にも【地獄ヘル要素】が入っていたのか。

 でもこれ以上怒らせると別の地獄ヘルを出されるかもしれないので、話題を変えよう。


「そういえばトーマスよ。以前【電話】を作ろうとしていたけど、あれはどうなったんだ?」

「えぇ、あれはうちの若手社員のグラハムがえらく興味を持って【電話】で会社を作りたいと言い出したから独立させました」


「えっ。独立させちゃったの? こっちの会社で部署作っても良かったんじゃないの?」

「そんな気もするけど、トーマスメタル社はあくまで商社として儲けるつもりなんじゃないかな。【電話】の普及で銅線とかの需要が増えたら商社として儲かりそうだし」


 新ビジネスに手を出すのもいいけど、本業に徹して儲けるというのもアリ。そういう経営方針なら、別の商売を子会社にして切り離すという経営判断も商売上手の考え方だ。


「えーと、銅線が沢山欲しいと言っていたので、【餞別せんべつ】として銅材料の買参権ばいさんけんもグラハムの会社に譲りました。直接の取扱品目は減りましたが、調達は可能なので商社としての商売上手に問題はありません」


「………………」


 三人とも言葉が出ない。

 この自称商売上手。自分で商機を逃していませんか?


「……その会社、出資者募集してないかしら」

「えぇ、募集してますよ。配当権買いますか?」


「買うわ。金貨の余りで買えるだけ買って頂戴」

「えぇ、了解です。グラハムも喜びます」


 トーマスの言う商売上手は本当によく分からない。


「ジョンさん。トーマスさんって昔からこうなの?」

「あぁそうだ。付き合いは長いんだが、彼の言う商売上手は未だに私にもよくわからん。でもなぜか最終的に結構儲けるんだ。トーマスの奴は」


 あれで儲けているのか。

 実際に商売上手ではあるのか。


 地下倉庫行きの階段に落ちた首相はあのまま帰ってしまったとのこと。政府が絡む話は後日になったが、どちらにしろそれは俺達には関係ない。

 俺達は後味の悪い【種明かし】の情報を持って【双発葉巻号】で帰還した。


 【豊作2号】の使用は阻止できた。

 当初の目的は達成だ。


◆◇◇◇


 トーマスの小屋で【種明かし】を聞いてから十三日後の午前中。キャスリンからの連絡により、グリーンによる治療で復活して待機していた【生焼け】男の処遇が確定した。


 実質【拉致】してしまった件はエスタンシア帝国側から問題視されたが、イェーガ王がエスタンシア帝国の首相と直談判して処遇の折り合いをつけてくれたそうだ。

 国籍をエスタンシア帝国側に残して【出稼ぎ労働者】扱いで【魔王城】で勤務する形だ。

 そのために【パスポート】も発行されて、リバーサイドシティ経由であれば両国を自由に入出国できる特権も頂いたとのこと。


 ちなみに国籍はあちらなので納税義務があるという。

 申請の時期には【確定申告】のためにカランリアにあるエスタンシア帝国税務署に行く必要があるらしい。


 【魔王城】内では【臨死戦隊★ゴエイジャー】の六人目メンバー【臨死グレー】として配属された。

 俺の前世世界の【スーパー戦隊モノ】は五人が基本だったが、六人目が出てくるパターンもあったと伝えたら、それで行こうということでこうなった。


 エスタンシア帝国側でも自由に活動できる新メンバーにジェット嬢が指示した最初の仕事は、エスタンシア帝国内での【魚料理レシピ】の調査。ジェット嬢はどうしても魚を食べてみたいらしい。

 早速午後から出発して、最寄りの村で旅客用トラクターをチャーターし、リバーサイドシティ経由で陸路でエスタンシア帝国に一時帰国の予定だ。


◆◇◇◇◇◇◇◇◇


 ゴエイジャーに六人目のメンバー【臨死グレー】が加わってから十八日後。ブラックが長期の有給休暇を取得して地元のアンダーソン領に向けて陸路で出発してから三日後の午前中。

 俺とジェット嬢が座敷でエスタンシア帝国上空で撮影した【航空写真】を確認していたら【魔王城】に久々の来客。

 入口ドア脇の通用口から入ってきたのは、いつものデタラメコーディネイトのキャスリンだ。【×印マスク】は無くなったようだ。


「ごめんくださーい」

「いらっしゃいませー」


 いつも通り、飲食店風の挨拶。


 今回はキャスリンがお菓子を沢山持ってきてくれたので、メイにコーヒーを用意してもらった。

 首都名物の【墓標ぼひょうカステラ】とのこと。カステラ表面に国のシンボルの塔の絵が焼印されている。ジェット嬢に外壁を破壊されて【墓標ぼひょう】にされた状態の絵だ。

 名物とするにはあんまりなセンスに思わずツッコミ。

 

「コレが首都名物か? コレを名物扱いするセンスが分からんぞ」

「まぁ、いろいろ事情がありまして。王宮職員の間でおやつとして人気ですわ」


 普通に応えつつ、キャスリンはジェット嬢に意味深な目線。そして目を逸らすジェット嬢。

 なにか裏がありそうなので俺はスルーに方向転換。


「今日は【西方運搬機械株式会社】のプランテの研究室からの依頼を持ってきましたわ」

「どんな依頼なの?」

「【闇魔法】適性のある人の身体に特定アイテムを付加することで、【回復魔法】に近い魔法が使用可能になる技術を開発したとのです。仮に【属性魔法】と呼んでおりまして、治療には成功しましたが一部で効果が安定しないので【回復魔法】の使い手であるこちらのグリーンに協力をお願いしたいとのことですわ」


 俺が去年ジェット嬢で試して【異常発振】を起こしたあの技術か。

 危険だから俺は誰にも教えなかったが、彼等は独自に発見してしまったのか。


「その技術は安全なのか? キャスリンは知らないかもしれないが、俺は去年似たようなことをして危険な状態になったことがあるぞ」

「その時治療を受けたのは私なので知っていますわ。付加アイテムの工夫と暴走停止方法についても研究が進んでいるので、普通の魔術師が使う分には安全だそうですの」


 そう言ってキャスリンはウェストポートから資料を取り出した。

 その資料にはこの世界の文字が読めない俺にも分かるように、付加アイテムと暴走停止方法が分かりやすく図示してあった。


 付加アイテムは【尻尾】。

 暴走停止は【ハリセン】で叩く。


 資料の二ページ目には三十種類以上の【尻尾】が描かれており、プランテとルクランシェの相変わらずの【萌え】センスを感じる。

 全部作ったんだろうか。


「キャスリンも【回復魔法】が使えたの?」

「資料にあるこの【ふさふさのリスの尻尾(中)】を装着するとできそうな感覚にはなったのですが、誰も試させてくれないので困っておりますの」


 確かに普段の言動がアレだから怖いのは分かる。


「ちなみこの技術で治療に成功した人は居るのか?」

「メアリ様が【九尾の女狐の尻尾(特大)】を装着することで治療には成功しましたわ」


「メアリが【回復魔法】を使えるなんていいじゃない」

「でも問題がありまして。あの方の【回復魔法】は治療に【激痛】が伴うそうで、意識不明の重体の方にしか使うことができませんの」


「……なんか分かる」


「まぁ、ヨセフタウン市内の病院の入院患者の方に協力してもらって居たのですが、マトモに治療できる人が控えてないと彼等の協力が得られない状況になってしまいまして。そこでグリーンの力を借りたいということですわ」


 キャスリンの依頼を断る理由もなく、グリーンのサロンフランクフルトへの出張を計画。明日朝に【双発葉巻号】で出発予定だ。

 この技術が実用化されたら、強力な治療方法である【回復魔法】の使い手を増やすことができる。有用な技術ではある。

 でも、くれぐれも安全第一で研究してほしい。



 ブラックが長期有給休暇で里帰りに出発してから四日後。【属性魔法】の研究支援のため、グリーンのサロンフランクフルトへの出張が決まった翌日の朝食後。ジェット嬢は朝食後に単独飛行で離陸して空中散歩に出かけた。


 帰りは午後になるから昼食は飛びながら食べるということで、干し肉を詰めた袋をポケットに入れて持って行った。

 飛行中にどうやって食べるのか聞いたら、自由落下中は両手が自由に使えるので、落ちながら干し肉を口に入れて食べながら上昇するのを繰り返すそうだ。なんと難儀な食事方法。


 飛びながら両手が自由に使えるほうが便利だと思うので、いつぞやの【ジェット☆ブースター】を元にそういう物を作れないかという話をしたら興味を示した。

 アレの部品は残っているだろうか。

 残っているなら譲ってもらえたらいいなぁ。


…………


 昼間にジェット嬢は東の空から帰ってきた。

 アンとメイが見ていないので【配慮】の足りないあの方法で無事に【着陸】。


 いつもならすぐに背中に回り込んで金具を固定するジェット嬢だが、今回は何故か縦抱き姿勢のまま離れたがらず、【手当】の話がしたいので座敷に【辛辣しんらつ長】を呼んできて欲しいと言う。


 よくわからないが、言われたとおりに縦抱き姿勢のまま【魔王城】エントランスに入り、テーブルの掃除をしていたアンに頼んで【辛辣しんらつ長】を呼んできてもらった。


 座敷に【辛辣しんらつ長】が到着したのでジェット嬢を座敷に降ろしたら、アンとメイに【魔王城】入城時の【配慮】の不足をやんわりと指摘された。

 指摘を受けたジェット嬢は今夜だけは特別に【飲酒残業】を許可すると宣言。


 アンとメイは大喜びだった。

 どういう風の吹き回しか。

 でもまぁ、ジェット嬢にもいろいろあるんだろうな。見ざる聞かざるだ。


◇◇◇◇◇◇


 アンとメイがジェット嬢から【飲酒残業】の許可を貰って大喜びしてから六日後の午前中。俺達は【双発葉巻号】に乗って【門出】以来百六十日ぶりのサロンフランクフルトに来ていた。

 ジェット嬢のちょっとした【里帰り】だ。

 ジェット嬢は連絡のために空から度々帰っていたそうだが、着陸アリの【里帰り】はこれが初めてとのこと。


 久しぶりに来たら敷地内はいろいろ変わっていた。

 大きな変化は【ヴァルハラ鉄道】の駅ができていたところだ。エスタンシア帝国に穀物を陸路で送るための手段として両国共同の事業として作ったもので、今はこの【ヨセフタウン駅】が南側の終点だが、首都まで延長する工事を進めているとのこと。


 ここから北側に【リバーサイド駅】があり、そこから橋で国境のヴァルハラ川を超えると、エスタンシア帝国側の終点【南ヴァルハラ駅】があるそうな。そしてあちら側もカランリアを目指して北側に延長工事中とか。


 飛行場から背中合わせスタイルで歩いて久しぶりの食堂棟に向かう。

 社員食堂機能は敷地内中央に出来たフードコートに移したので、今は来客用の食堂としての機能に戻っているそうだ。


 食堂棟に入ると食堂にも厨房にも誰も居ない。メアリも居ない。とりあえずテーブル席に座ろうとジェット嬢の車いすを探していたら、食堂奥の展示室からオリバーとキャスリンが出てきた。

 珍しい組み合わせだ。キャスリンはいつものデタラメコーディネイトではなく、胸元への視線に危険を伴いそうなデザインの薄緑色のワンピースを着ている。


「あら、ここで会うなんて珍しいですわね」


 キャスリンが俺達を見て一言。

 キャスリンは【魔王城】の常連客なので会う頻度は高いが、確かにここで会うのは珍しい。


「キャスリンこそ。オリバーと一緒に居るなんて珍しいじゃない」

 背中のジェット嬢が応える。


 俺がオリバーに話しかけようとしたら、オリバーは俺にメモ書きを渡してそそくさと食堂棟入口から出て行ってしまった。

 メモ書きを渡されても俺はこの世界の文字が読めないから困るんだが。


「【西方農園】の株式取得について交渉していましたの」

「そういえば【西方農園】はオーナーがオリバーだったわね。エスタンシア帝国への穀物輸出で儲けているようだから、株式を発行する必要性は無いようにも思うけど」


「まぁ、そこはオーナーの厚意で、発行した株式を王宮で購入させていただいて配当を王宮の資金源にできればと、そういう話をしておりましたの」

「あー、王宮の資金難への対応ね。王宮も大変ねぇ」


 他人事みたいに言っているけど、王宮の資金難はジェット嬢の仕業だよな。

 一瞬キャスリンの顔が引きつったぞ。

 なんか怖い。話題を変えよう。


「ジェット嬢よ。さっきオリバーからメモ書きを受け取ったんだが俺は読めん。ちょっと読んでもらえまいか」


「では、私はこれにて」


 そう言うと、キャスリンは見覚えのあるオーラを出しながらそそくさと客室のある食堂棟二階に行ってしまった。


 あのオーラは俺の前世世界で見た覚えがある。

 【友達の家の前の道路脇に枇杷びわが自生しているので、学校帰りに二人でそれを取って食べるのを楽しみにしていたけど手の届く範囲は取りつくしてしまったから、腐ってしまう前に上の方の実を取ってやろうと土曜日の朝に家から高枝切りばさみを持ち出してこっそり収穫していたら、その友達に見つかってしまってなんとなく気まずいと感じた時】

のオーラだ。


 まぁ、よくわからないけど王妃様もいろいろ大変なんだな。

 見送りながらオリバーから受け取ったメモ書きを背中のジェット嬢に渡す。


「んー。【ため池にて話の続きをしたい】って書いてあるわ」

「そうか。じゃぁちょっと行ってくるか」

「だったら私は単独飛行で空中散歩行くから、裏山行くついでに飛行場に寄ってほしいわ」

「了解だ」


 ジェット嬢の単独飛行の離着陸は滑走路が無くてもできる。

 だけど砂地とかであの【離陸】をすると推進噴流で砂をまき散らすので、舗装された場所で行うのがマナーだ。

 今回も空いている滑走路の端をちょっと借りて【離陸】させよう。


…………


 ジェット嬢を【離陸】させた後、裏山のため池のほとりに来た。【滅殺破壊大災害】の時にジェット嬢を池に投げ込んだ場所だ。

 オリバーはそこで俺を待っていた。


「オリバーよ。【門出】以来だな。元気にしていたか」

「ああ、おかげで元気だ。農園も豊作で輸出で大儲けさ。そっちはどうだ」


「まぁいろいろあったが、ジェット嬢も元気にしているぞ」

「それは何よりだ。ゆっくりと話がしたいが、いろいろあって俺もちょっと忙しくなった。あの時話そうとした件をメモ書きにまとめたやつを持ってきたから渡しておく」


 そう言って、オリバーは紙を一枚取り出して渡してきた。

 あの時の話というなら土魔法について書いてあるとは思うが、俺には読めない。


「オリバーよ。伝えてなかったかもしれんが、俺はこの世界の文字が読めないんだ。メモ書きで渡されても困るぞ」

「そうか。それは悪かった。だったらそっちにいるブルーに読んでもらうといい。アイツはそういうのに理解がある」


 土魔法ならイエローだと思ったが、ブルーも土魔法に適性があるのか。意外だったな、でも飛行機乗るなら滑走路の補修とかできたほうがいいから必要なのかな。

 そう思って、読めないメモ書きを広げてみた。


 パスッ バシャッ ガァーン


 俺とオリバーの間を何かが掠め飛んで、メモ書きに穴。

 そしてその先の池に何かが【着弾】。

 少し遅れて銃声。


 それを見て、オリバーが青ざめている。

 俺もその理由の可能性に気付いて血の気が引いた。


「オリバーよ。念のため確認するが、このメモ書きの内容は【土魔法】についてだよな」


 オリバーは青ざめて震えながら、首を横に振る。


「オリバーよ。まさかとは思うが、このメモ書きは、あの時話そうとしたもう一件、0.00から14.00で定量した【定数】の一覧表なのか?」


 顔面蒼白になったオリバーが静かに頷く。


「そして、念のため聞くが、今穴が開いたところに書いてあったのは、【誰】の【定数】なんだ。俺の予想通りと考えていいのか」


「ち、ちなみにイヨは今何処に居るんだ? 俺達がここに居ることを知ってるのか?」

「ジェット嬢は単独飛行で空中散歩中だ。そして、さっき受け取ったメモ書きはジェット嬢に読んでもらったから俺達がここに居ることは知ってる」


 シュボッ


 俺の持っていたメモ書きが自然に燃えた。熱い。だけど、ビッグマッチョで手の皮も厚い俺にしてみれば大したことはない。

 手の上で燃え尽きるのを見守った。


 メモ書きが燃え尽きたのを見届けた俺達は、背筋を伸ばしてため池の方を向いた。


「紳士!」

「道徳!」


 二人でため池に向かって力を込めて叫ぶ。


「紳士!」

「道徳!」

「紳士道徳!」

「紳士道徳!」

「紳士道徳!」


 俺達の反省の叫びは、ずいぶん長いこと続いた。


…………


 裏山から下山してオリバーを別れた後、飛行場でジェット嬢を【着陸】させて背中に載せる。

 普段通りのジェット嬢にちょっと恐怖を感じつつも、食堂棟にてジェット嬢を車いすに降ろしてメアリと一緒に昼食を頂いた。メアリは久々にジェット嬢に会えて嬉しそうだった。

 【門出】してもむすめが心配。親心だなぁ。


 次の目的地は【西方航空機株式会社】だ。【ジェット☆ブースター】の部品を【魔王城】に持ち帰るための相談だ。


…………


 いつもの背中合わせスタイルで【西方航空機株式会社】の設計室にお邪魔してウェーバと話をする俺達。そこでウェーバから興味深い技術情報を聞いた。


「【統合整備計画】とな」

「そうなんだ。飛行機は電動機周りの消耗品の交換頻度が高いけど、その消耗品が鍛冶屋の手作りで設計も機体ごとにばらばらだからコストが高い。それを解決するための計画を立てたんだ」


「そうか。コストの事はあんまり考えたこと無かったけど、整備と言えば【双発葉巻号】もわりと頻繁にここに来ているようだし、俺達がここで暮らしている時も【試作2号機】は頻繁にここに整備に来ていたな」


 キャスリンが乗る【試作2号機】がここに頻繁に飛来することで、いろいろ助けられたのはいい思い出だ。


「実は【双発葉巻号】はこの【統合整備計画】の実証試験機でもあったんだ。設計初期からエスタンシア帝国で製造されている機械部品の工業規格品を最大限活用して消耗品の交換コストを抑えている。だから大型機だけど消耗品コストは【試作1号機】と同程度までコストダウンできているんだ」


「そんなに効果があるのか。でも、部品の入手はどうしていたんだ。【双発葉巻号】は頻繁に飛んでるから、消耗品の交換頻度は高かっただろう」


「当初は開戦前の【密輸】で入手した分でしのいでいたけど、ヨセフタウンの鍛冶屋で同等品を製造するのに成功したから今はそっちに切り替えている。エスタンシア帝国の方が金属材料の原価が安いからこっちで作ると多少単価は上がるけど、部品の種類は減ってるからバラバラの設計の部品を作るよりかは安いんだ」


「そうか、規格品で互換があるのはいいな。俺の前世世界の設計でも、複数の会社から互換性がある部品を購入できる規格品は重宝したからな」


「この【統合整備計画】は対象機種が増えるほど効果が大きくなるから、設計が古くてそれの適用ができない【試作1号機】と【軍用1号機】はもうすぐ退役させて首都の博物館に送る予定なんだ」

「あの機体はそれなりに便利だったが、それらの代替機は作ってあるのか」


「規格品を採用して運用コストを低減しつつ、同じ外観で同等の性能になるように全体を再設計した【運用1号機】と【軍用2号機】が試運転中だ。もうすぐ飛べるようになる」

「再設計するのに、わざわざ同じ外観、同じ性能にしたのか。要素技術も進歩しているだろうから、パワーアップとかできたんじゃないのか」


「それも考えて操縦者からいろいろ意見を聞いたけど、皆性能は今のままで十分って言うんだ。それに、積載量を増やしたり速度を上げたりすると、国内各地に作ってある【試作1号機】用の滑走路で離着陸できなくなるし、操縦も難しくなる」

「そうか、今ある滑走路インフラとの兼ね合いもあるのか。性能上がっても離着陸できなくなったらしょうがないな」


「それでも運用側の要望を取り入れて追加した機能はあるんだ。機内の座席を動かせるようにして、機体の右後方にストレッチャー用の出入り口を付けて、傷病者を搬送できるようにした。操縦者一名、医者一名、ストレッチャーに載せた患者一名を載せて飛べる」

「それはいいな。どこかに飛行場を併設した病院はあるのか?」


「【回復魔法】の使い手が多く常駐している王宮病院が主な搬送先になる予定なんだ。実際の運用方法については【ユグドラシル王国戦略空軍】が検討中だ」


 この世界における【ドクターヘリ】に相当するものか。

 これができるなら、【電話】も欲しいな。

 グラハムの活躍に期待するか。


「でも、キャスリン様の【試作2号機】が問題なんだ」


 ウェーバが困った様子で一言。


「ああ、あの【ロマン優先コスト度外視で作られた乗り手を選ぶ試作機】の事か。すごく便利だけど確かに運用コスト高そうだな」

「そうなんだ。実際運用コストが高くて、当初から【試作1号機】の五倍ぐらいかかってた。以前は王宮の資金が潤沢じゅんたくだったから問題にならなかったけど、今は王宮が資金難でコストダウンを求められてるからちょっと困ってる」


「実際、滑走路無しで離着陸できる【試作2号機】は重宝しているからな。【統合整備計画】で再設計してやればいいんじゃないか」

「機体構造が特殊すぎて、規格品の部品じゃあの構造で再設計できないんだ。特にあの垂直離着陸用ダクテットファンのあたりが」


「あの構造か。確かに無理があるよな。それでも【試作2号機】みたいな垂直離着陸機は欲しいから、いっそ新型機を開発したらどうだ。キャスリンなら性能上がっても操縦はできるだろう」

「新型機もいくつか提案してるんだけど、キャスリン様は【試作2号機】に愛着があるみたいでなかなか納得してくれなくて。稼働率がダントツに高い分、機体の老朽化も進んでいるから正直乗り換えて欲しいというのはあるんだけど」


「そうか。でも、この世界で初めて実運用された機体だからな。愛着はあるだろうなぁ」

「そうなんだ。気持ちはわかるだけになかなか難しいんだ……」


「キャスリンも大変ねぇ。それはそうと、本来の目的忘れてないでしょうね」

 背中からジェット嬢の声。

 そうだった。【ジェット☆ブースター】の部品を引き取りに来たんだった。


「ウェーバよ。【ジェット☆ブースター】で使った部品一式を【魔王城】に持ち帰りたいんだが構わないか」

「いいですよ。格納庫のパレットラックに保管してあるので持って行ってください」

「了解だ。では、俺はこれで失礼する」


「!!!!!!」


 ウェーバに別れの挨拶をして設計室を出て、格納庫のパレットラックに行こうとしたら、いきなり格納庫内の空気が凍り付いた。


 ビーッ ビーッ ビーッ 


 天井に吊るしてある赤いランプが点灯してブザーの音。あれはまさか【アンドン】。格納庫内で作業をしていた社員全員が俺に注目する。

 そして、格納庫隅にある【カイゼン室】の扉がゆっくりと開く。


 ゴゴゴゴゴゴゴ


「しまった!」


 俺は自分の失敗に気付いた。


 カツーン カツーン カツーン カツーン


 ゴロゴロゴロゴロ ゴトン ゴロゴロゴロ


 ザッザッザッザッザッザッザッザッザッ


「【品質保証部】だ! 【品質保証部】が来たぞ!」


 格納庫内が恐怖に包まれる中、黒スーツ着用金ネクタイ装備で大きめの金縁眼鏡をかけて頭髪を七・三分けにした男を先頭に、例のギロチン台を押す男一人、カラーコーンとコーンバーを持った男七人が一列に並んで白線で区切られた通路を歩いて俺の方に向かってくる。間違いない。


 【品質保証部】だ。

 しかも、人数が増えてる。


 総勢九人の男は俺の前に到着すると、手早く俺を中心にカラーコーンを並べてコーンバーで仕切り。格納庫内に俺と【品質保証部】メンバーの入る区画を作り出した。


「区画仕切りヨシ!」

 勢いのある指差呼称。


 仕切った区画を内側から一瞥すると、黒スーツの男が威圧感をまとって俺の前に進み出てきた。

 一瞬分からなかったが、ウィルバーだ。

 【品質保証部】部長のウィルバーだ。


「今、格納庫入場時の左右確認を怠りましたね」


「す、すまん。久しぶりに来たので、つい……」

 あまりの威圧感につい後ずさる俺。


「!!!!!」

 その瞬間、仕切られた区画の外側から俺達を見ていた社員たちが青ざめる。そして七・三分けのウィルバーのこめかみにビキビキっといった感じで血管が浮かぶ。


「しかも、白線を踏みましたね」

 しまったぁぁぁぁ!!


「いけませんねぇ。いつも言っていますが、【品質】というのは【一事が万事】。普段の仕事、普段の生活、普段の言動。全てが影響するものですよ。図面に付いてしまった線のような汚れを消さずに出図したり、材料の温度特性を考慮せずに寸法許容差を設計したり、席替え作業中だからって通路の真ん中に荷物を放置して帰宅したり、女性に対して言ってはいけないことを口走ってしまったり。そんな小さなことが積もり積もって【品質不良】【製品事故】【労災】【滅殺破壊大災害】につながるんです。この世界の【品質】と【品格】と【道徳】を統括すべき存在である【魔王】様が、【品質保証部】の発祥の地であるこの格納庫で、それを全く理解していない行動をするのは、いけませんねぇ」


 ものすごい威圧感。

 背筋が凍る。

 冷や汗が止まらない。

 何も言えない。


 この会社の【品質保証部】は【魔王】よりも強い。


「残念ながら、大柄な【魔王】様はこのギロチン台に乗ることができません」


 残念じゃないから。

 全然残念じゃないから。

 絶対に乗りたくないから。


「代わりと言っては何ですが、【一夜漬けで学ぶ高品質世界のためのギロチン品質工学スペシャルコース】を受講していただきます」


 格納庫内にどよめきが上がった。


「何なのよそのコース。一体何を学べるの?」


 背中からジェット嬢の声。会話に参加したそうなので、俺は白線を踏まないように気を付けながら、ウィルバーに対して横向き姿勢を取る。


「おや、イヨさん。お久しぶりです。【魔王妃】様になられたとのことで、ご結婚おめでとうございます」

「あら。【高品質な発言】ありがとう」


「【左右確認を怠る】【白線を踏む】という【低品質行動】を取ってしまった【魔王】様は、この世界の【品質】と【品格】と【道徳】を統括する存在であるという自覚が不足しているようです。なので、この特別研修を通じてより高品質な【魔王】様となれるように我々【品質保証部】が微力ながら力添えさせていただきたいと思います」


 さっきも言ってたけど、この世界の【魔王】ってそういう物なの?


「そうね。【魔王妃】としてぜひお願いするわ」


 ジェット嬢もそれでいいの!?

 しかもコレ受講するの!?



 その後俺達は、【カイゼン室】地下一階にある特別品質講義室でジェット嬢と隣り合わせで座り、徹夜で【一夜漬けで学ぶ高品質世界のためのギロチン品質工学スペシャルコース】を受講した。


 【品質保証部】九名は交代しながらも、この世界の文字が読めない俺にも分かるように講義をしてくれた。

 【統計学】等を元にした俺の前世世界でもなじみのある【品質工学】だけでなく、【紳士の在り方】【道徳心の大切さ】【男の生き方】等、高品質な言動や高品質な人生観を学べるとても充実したものだった。


 俺とジェット嬢に配布された研修テキストは、八百ページぐらいある分厚いものだった。

 俺はこの世界の文字が読めないので大半は解読できないのだが、巻末の三十ページぐらいは図が主だったので俺にも理解できた。


 あのギロチン台の詳細設計資料だ。

 このテキストにこのページが本当に必要か、それは俺には理解できなかった。


 俺は【魔王】呼ばわりされてからなし崩し的に【魔王】を名乗っていた。でも、その意味を理解していなかった。

 しかし、今日の出来事で俺は理解した。俺がどんな【魔王】になるかは、俺が決めていいんだ。

 むしろ、俺が決めなくてはいけなかったんだ。


 俺は、この研修を通じて【魔王】の在り方を決めた。

 この世界の【品質保証部】だ。


 【品質保証部】は製品を【出荷停止】とする権限を持っている。会社に対する顧客の信頼を守るため、顧客を品質不良による事故から守るため、必要と判断としたときに行使する権限だ。

 【品質保証部】の【出荷停止】は社長でも覆すことはできない。製造業における最強の権限だ。

 

 俺は、この世界の【品質保証部】として【品質】と【品格】と【道徳】を統括する【魔王】となり、この世界の必然で起きてしまう惨事を止められる存在になろう。

 あの戦争や、トーマスやジョンの家族のような犠牲を止められる存在になろう。


 俺にその役割が務まるかどうかは分からない。でも【魔王城】の仲間達や、ジェット嬢の力があればこの世界でできないことは無いはずだ。

 それが、俺のこの世界の【魔王】としての仕事と役割だ。


 この会社の【品質保証部】は【魔王】に道を示した。

●次号予告(笑)●


 秋も終わり、冬が近づく。


 食欲の季節、読書の季節。

 両国国民の間にゆっくりとした時が流れる。


 そして年末が近づく。あの戦争からもうすぐ一年。

 あの日、あの時、この日常のために散った命。


 両国国民はその時間に合わせて黙祷を捧げる。


 その後、両国民の願いを踏みにじる凶報が届く。

 その首謀者は……。


次号:クレイジーエンジニアと不戦の誓い

(幕間とかいろいろ入るかも)

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