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第13話 クレイジーエンジニアと商売上手(16.3k)

 40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから一年と百二十四日目。ジェット嬢と【魔王城】に入居してから九十日後。北部平野不作の原因を知らないエスタンシア帝国のヴァルハラ開拓団が、今年の作付けで不作要因危険薬剤【豊作2号】を使用予定という急報を聞いた翌日の午前中。


 俺達は、【魔王城】エントランスにある座敷にて緊急会議を行っていた。


 座敷を囲むのは、俺とジェット嬢と【辛辣しんらつ長】。首都からも会議メンバーを呼んでおり、その到着を待ちつつも先に会議を始めている。

 ちなみになぜに座敷で会議をするかというと、脚の無いジェット嬢はテーブル席の椅子よりも座敷の座椅子の方が安全だからだ。だから食事以外で座るときはジェット嬢は座敷で座椅子に座る。そして他のメンバーがそこに合わせるのが習慣だ。


「【隠蔽いんぺい】なんてするから、やっぱり困ったことになっちゃったわね」

「ごめんなさい。俺が間違っていました」


 エスタンシア帝国の【不都合な真実】の【隠蔽いんぺい】をやむなしとした俺。だが、それじゃ済まない事態への発展により、ジェット嬢にやんわりと責められ【魔王】として反省する。


「エスタンシア帝国側の食糧危機にそんな裏事情があったとは驚きですね。政治に起因する人災に思えます。そう考えると、前国王の先見性とたまに強力なリーダシップに我が国が救われていたことがよくわかります」


 【辛辣しんらつ長】が遠い目をして一言。

 長年の苦労が報われたことを実感してるんだな。


「人災とは言うけど、あの状況ならエスタンシア帝国の【政治的判断】はそれほど間違ってなかったとも思うんだがなぁ。【100人が生きるためなら1人を殺すのが政治だ】という考え方もあるし」


「「…………」」


 ジェット嬢と【辛辣しんらつ長】がぎょっとした顔で俺を見る。なんか悪いこと言ったかな。まぁ、確かによくない発言ではあるけど。もしかしてユグドラシル王国はそういう政治的判断と無縁の歴史を歩んできたのかな。【魔物】とか居たからそうとも思えないけど。


「アンタ【政治家】じゃないでしょ【技術者】でしょ」

「そうか。そうだったな」


 ジェット嬢の一言で思い出した。俺は【政治家】じゃない【技術者】だ。

 【技術者】が【政治家】のマネをするとろくなことにならないんだった。


 俺は前世世界で開発職のサラリーマンだった。だから【技術者】が苦手な事をよく知っている。

 【技術者】もいろんな人が居るが、基本的に大局を見るのは苦手だ。【政治的センス】や【経営的センス】は残念レベルだ。だから社内でも中途半端にそういう部分に口出しするのは厳禁だった。

 実際ろくなことにならない。


 【技術者】というのは本質的に裏方であり脇役だ。組織の中で雑に扱われたり、軽く見られたり、不条理な指示を受けることもある。だが、それに対して文句を言ったり批判や批評をせずに【技術者】として最大限の仕事をして、期待された役割を果たすのが大事だ。

 この件については、俺は【政治家】のマネはやめて脇役に徹しよう。状況判断や対策検討は他に誰か適任者が居るだろう。俺が口出ししない方がうまくいく気がする。


 自分の本職を久々に思い出してしんみりしていたら、【魔王城】入口の扉が開いて、四人の人影が入ってきた。


「臨死ブルー、【双発葉巻号】にて乗客三名を連れて首都より帰還しました!」 シャキーン


 臨死ブルーがシャキーンと挨拶する後ろには、久々に見るイェーガ王、【×印マスク】キャスリン、そして久々に会うウラジィさん。


 メンバーが揃ったので秘密会議を始める。ゴエイジャーも集合だ。

 全員は座敷に入れないので、俺とジェット嬢とキャスリンとウラジィさんが座敷のちゃぶ台。【辛辣しんらつ長】とイェーガ王が、テーブル席の椅子を座敷近くに持ってきて座り、その後ろにブルー、イエロー、ブラック、グリーンがシャキーンと立って並ぶ。


 ゴエイジャー四人が椅子に座らずにシャキーンと立っているのは、そのほうが【護衛】らしいからとのこと。そしてイェーガ王が座敷に入らないのは、今の俺ほどじゃないけど彼も普通に大柄なので、ちょっと窮屈らしい。


「イェーガ王。即位おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます」


 いまさらだけどお祝いする俺と、普通に応えるイェーガ王。


「話は聞いた。【不都合な真実】の【隠蔽いんぺい】とは。わしらの世界ほどじゃぁないが、この世界の連中も大概だな」


 前世で本職の【政治家】だったウラジィさんが一言。よく考えると、実際本職だったわけだから、この状況下で一番頼もしいのはこの人かもしれない。


「ウラジィさんの前世でも似たようなことはあったの?」


「あぁ、あったぞ。こっちよりよっぽどひどかった。自分達が侵略で建国した歴史を棚に上げて【自由と正義】を語ったり、武器を売るために他所の国同士の戦争をあおったり、薬を売るために病気ばらまいた上に予防薬に【生物兵器】を混ぜて民族根絶しようとしたり、コメディアンを王にしたり、死の商人が牛耳る影の政府で世界を支配しようとしたり、そんな中で人々の平和な暮らしを守ろうとがんばるわしを悪者に仕立て上げて【黒帯】を剥奪したりと、そりゃぁひどいもんだった」


 出た。ウラジィさんのデタラメ全開。

 俺もやったから文句言えないけど、気を付けてほしい所はある。


「ウラジィさん。前世の政治の話はいいけど、兵器関連は自重してください」

「そうか。そうだったな。すまんかった」


 かつて俺がヘンリー卿達に【最悪の兵器】の話をしたがために、それに相当する最終兵器【滅殺破壊弾】を作られそうになったことがある。この世界の人間に対して前世世界の兵器の話は禁物だ。


 キャスリンがゆるゆると右手を上げた。

「どうぞ」

 ジェット嬢が発言を促すと、キャスリンが【×印マスク】を外す。


「【生物兵器】といえば、あの毒麦を」 「マスク!」


 俺と【辛辣しんらつ長】とイェーガ王が危険発言に非常ブレーキ。キャスリンは再び【×印マスク】を装着。

 前世世界の兵器の話は本当に危ない。


 グリーンがシャキーンと挙手。

「どうぞ」

 議長役のジェット嬢が発言を促す。


「もう、エスタンシア帝国のヴァルハラ開拓団に【隠蔽いんぺい】された【不都合な真実】を暴露して【豊作2号】の使用を止めてもらうのはどうでしょうか。北部平野は【豊作2号】のせいで不作なんだから、ヴァルハラ平野でそれを使うのはやめようと」


 それに対し、イェーガ王が綺麗に挙手。本職の王だからか動作もキマっている。

「どうぞ」

「エスタンシア帝国は北部平野の不作も公式には認めていない。当然その原因も。技術的に裏を取っているからと言って勝手に指摘して政府を追及するのは危険だ。例えるなら……」


 若いイェーガ王の大人の説得。でもちょっと区切る。


「……不適切な表現だけど、ここのアンとメイに【太ったのを指摘】して、【食べ過ぎを追及】するようなものだよ」


 イェーガ王が声のトーンを落として分かりやすい例えを示してくれたが、【配慮】の足りない言葉を含んでいるぞ!


 シュタタタタタタタタタタタタタ


「私達太ってません!」


 テーブル席で昼食の準備をしていたアンとメイが一升瓶を振り回しながら駆け寄ってきた。聞こえてたのか。


「食べ過ぎてません! 決して、食べ過ぎてません! 飲みすぎてません!」


 唖然とする会議メンバーの目の前で、必死の主張をする一升瓶メイド達。

 そして、ヒートアップする彼女達が何かを始めてしまう。


 女の疑惑ぎわく隠蔽いんぺい一択


   作詞作曲:一升瓶メイドズ

   歌、踊り:一升瓶メイドズ


  太ったと、言われて認めりゃ女がすた

  アラサー女にも意地がある

  遂げて見せましょう隠蔽いんぺい

  追及する奴は一升瓶

  認めたら負けと拳が燃える

  (それでいいのんかー)

  ビバ隠蔽いんぺい、ビバビバ隠蔽いんぺい


  食べ過ぎと、言われて認めりゃ女がすた

  独り身女にも誇りがある

  やって見せましょう隠蔽いんぺい

  暴露するなら明日は無い

  認めなければ無いのと同じ

  (そうともいえへんでー)

  ビバ隠蔽いんぺい、ビバビバ隠蔽いんぺい


  飲みすぎと、言われて認めりゃ女がすた

  メイド職にも定年がある

  だけど相手は今いない

  指摘する奴はボディブロー

  認めるものかと心が叫ぶ

  (だから相手がいないんよー)

  ビバ隠蔽いんぺい、ビバビバ隠蔽いんぺい


 皆が唖然とする中、暴走した一升瓶メイドズの必死のパフォーマンスが炸裂。いつぞやの【闇魔法】ではなく、今回はちゃんと実体で踊っているが。


「ムキになって否定するほど怪し」ドガッバキッ ベシャッ


 イエローのつぶやきに対し、アンのボディブローとメイの一升瓶尻叩きが表裏【同時弾着】。イエローは倒れた。


 一升瓶メイドズは倒れたイエローを足から引きずって居住区画の方に消えた。追撃はしないであげてほしい。そして、アンの決めたボディーブローのフォームは格闘技の経験値を感じる。普通に痛そうだ。


「……【隠蔽いんぺい】された【不都合な真実】を勝手に指摘して、暴露して、追及すると、追いつめられたエスタンシア帝国が暴走して、ユグドラシル王国がイエローのような目に遭わされると、そういうわけね」

「……そういうわけです」


 最初に復活したジェット嬢がまとめて、イェーガ王が総括。直球では対処が難しいということを全員が理解することができた。


 イエローのおかげで。

 ありがとうイエロー。


 ここで昼食時間になり、テーブル席に集まり皆で昼食。ジェット嬢を抱えてテーブル席まで運ぶのは俺。脚の無い身体で椅子に座るのは不安定だが、ウェイトレスとして食事マナーは守りたいらしい。

 そして、イエローだけがおかずを半分にされて泣きそうになっていた。


 イエロー、君の犠牲は決して無駄じゃなかったよ。


 一升瓶メイドもさすがにイェーガ王に報復はしないらしい。と思ったら、一升瓶メイドズとキャスリンがなんか目線で会話している。あぁ、そこはキャスリン担当ということね。あんまりひどいことしないであげてね。


…………


 昼食後、会議再開前にちょっと休憩時間。ジェット嬢は座敷で資料を読みたいらしいので、俺とウラジィさんで外を散歩。【魔王城】裏の井戸のあたりに来た。井戸端会議だ。


わしはもう長くない」

「ウラジィさんにしては珍しく弱気じゃないか」


「弱気で言っとるわけじゃない。このわしもこの世界の文字が習得できんかった」

「ウラジィさんも無理だったのか」


 ウラジィさんは本職の【政治家】で、前世世界では多国語対応できていたはずだ。そのウラジィさんがこの世界の文字を習得できないとなると、これは【異世界転生】の【縛り】に該当する可能性が高い。


「なんだろうな。わしは前世では言語の習得は得意だったがな。歳のせいかな。あと、なんか迎えが来ておるような気もする」


「言語の習得ができないのは【異世界転生】の【縛り】みたいなもので、歳のせいだけじゃないとは思う。そして、迎えって何だ?」


わしにもよくわからん。まぁ、先が長くないのは何となくわかる。なんせ70代のジジイだ。しかも一度死んどる」


 何となく二人で井戸を覗く。本当に深い。水あるのかな?


「弱気で言っとるわけじゃないぞ。残り時間が少ないからこそ、仕事を終えて役割と果たしたいと思っとる」

「仕事と役割? ウラジィさんの【副魔王】としてのか?」


「【副魔王】が何なのかはわからん。これはわし遺志いしだ。前世でわしが何したか知っとるだろ。意図したものではないとしても、わしは多くの悲劇と犠牲を作り出した。だからこそ、この世界では皆の幸せな暮らしのために働きたいと思っとる」

「ウラジィさん……」


「一度死んだ70代のジジィだからな。わし自身に未練は無い。できることを探しながら【朝目が覚めたら今日は生きる。明日が無くても悔いが無い今日を生きる】そんな感じの毎日を楽しんどる」


 ウラジィさんは楽しそうに笑った。人生の到達点というのはこういう人生観なのだろうか。俺は40代オッサンだったが、現時点ではこの領域に手が届かないと感じた。


「若造、そろそろ会議に戻るぞ。早めに終わらせて首都に帰りたい。今日も店を開けないといかんからな」


 そう言って【魔王城】に戻るウラジィさんの背中に、俺は憧れに似た何かを感じた。

 俺もあんな70代の爺さんになれるだろうか。


…………


 午前のメンバーが再度集合し、会議の午後の部が始まる。エスタンシア帝国を怒らせないようにどうやって【豊作2号】の使用を止めさせるか。難しい議題だ。


 ウラジィさんがスッと手を挙げる。

 前世で本職だっただけあって、この御方も美しい動き。

「どうぞ」

 ジェット議長が発言を促す。


わしの前世世界でも行儀の悪い商売人はろくな事しなかったが、それに比べると今回は対処がしやすい。なんせこっちには武器がある」


 キャスリンがゆるゆると右手を上げた。

「どうぞ」

 全員が警戒する中、ジェット議長が発言を促す。

 そしてキャスリンが【×印マスク】を外す。


「その武器というのは、地元で物騒な異名を持ち大都市跡地を一人で焼け野原にして一瞬で地形を変え王城区画をあっという間に瓦礫がれきに変える【国一番の危険人物】であるこちらの」 「マスク!」


 再び俺と【辛辣しんらつ長】とイェーガ王の非常ブレーキ。キャスリンは【×印マスク】を装着。


 確かに破壊力は抜群だが、それは武器としては使えない。そして【国一番の危険人物】は貴女あなたの方です王妃様。

 ジェット議長はイェーガ王に目線で合図。懲りないキャスリンは今日もまた【あの医務室】に送られるのだろう。


「武器ならそこにあるだろう。今回はアレが一番有効だ」

 呆れた表情でウラジィさんが魔王城エントランス右端を示す。


「あー、なるほど」」


 満場一致で方針は決まった。

 最年長者であり、知恵者のウラジィさんは本当に頼りになる。



 【魔王城】の秘密会議で満場一致で方針を決めた翌日の午後。俺とジェット嬢はトーマスメタル社の小屋近くの斜面滑走路にて、いつもの背中合わせスタイルでトーマスから説教されている。


「えぇ、意味不明ですね。これはもう意味不明ですね」

「ごめんなさい」

「えー、最初に会った時のことを思い出しますよ。でも、その比じゃないですねこれは」

「ごめんなさい」


 俺達が説教を受ける前では、斜面滑走路に散らばる大量の金貨をトーマスメタル社の社員が総出で回収して、小屋に運んでいる。そしてその小屋の屋根にも大穴が開いている。


 昨日の秘密会議で決まった方針は【買収】だ。【隠蔽いんぺい】の当事者と対等に会話できるテーブルを確保するために、【魔王城】に集めた国家予算を超える量の金貨で、ジョンケミカル社に出資して発言権を確保する作戦だ。

 そして、大口出資者からの圧力でジョンケミカル社の【経営判断】として【豊作2号】の製造と流通を止めさせる。製品の製造を止めるのは製造側の勝手だから、顰蹙ひんしゅくは買うかもしれないが理由の説明は不要だ。説明を求められたとしても、設備の故障や原材料の入手難などいくらでも理由は作れる。


 その【買収】に使う資金をエスタンシア帝国に【密輸】しようとしたのだが、積載量の大きい【双発葉巻号】が着陸するにはここの斜面滑走路は狭い。麦畑の作付け時期は迫っており時間もあまりないので、【双発葉巻号】機体下部の投下扉を使用して、金貨の入った箱を斜面滑走路に投下して届けることにした。即席投下装置製作と【爆撃手】はイエローが担当だ。

 金貨の詰まった箱は合計二十四箱投下したが、投下時の機体重量変化により飛行姿勢が崩れたことで投下した箱同士が空中で衝突。三箱が破損して斜面滑走路に金貨を空中散布してしまった。そして、最後の一箱だけ投下のタイミングがズレて、トーマスの小屋を直撃。屋根を貫通して小屋の中で箱が破損。小屋の中も金貨まみれになった。


 高い所から物を落とすのはとっても危ないことなので、良い子は絶対にマネをしないでね。


「えーと、それで、コレは一体何をしようというんです」

「ジョンケミカル社を【買収】したいのよ」

「えー、なるほど。そう来ますか……」


 さすが商売上手。何がしたいか分かってくれたらしい。


…………


 金貨を片づけて地下倉庫に格納した後、小屋の中のいつものテーブルでコーヒーを頂く俺達。なんかジェット嬢専用の椅子も用意してくれていた。金属製で重量があり、シートベルトまでついている。


「こういうの助かるわ。脚が無いから軽い椅子に座るのは怖かったのよ」

「えー、不安定なのは見てわかりますからね、ちょっと当社の試作室に依頼して作ってもらいました。喜んでもらえて光栄です」


「何から何まで頼っちゃって悪いんだけど、ジョンケミカル社の買収って、こっちの国のルールで可能かしら」

「えぇ、できますよ。出資金に応じた配当権の制度はあるので、他の出資者から配当の権限を買い集めればいいだけです」


「こっちの国には【株式会社】に近い制度がすでにあったのか。ちなみにその配当権には、会社の経営に口出しできるような議決権は付いてくるのか?」

「えーと、そういうのは無いですね。あくまで、出資金に応じて利益から配当が得られるというだけです」


「そうか。それだと【買収】にはならないな。今回欲しいのは配当金じゃなくて発言権だからな」

「ルールが無くたって配当権を買い集めて出資金の大半を独占すればどうにでもなるわ。出資金を引き上げるって脅せば実効支配は成功よ」

「なるほど。よく考えるな。さすがはユグドラシル王国初の株主様だ」


 【株式会社】の考え方を前世世界の知識から持ち込んだのは俺で、その時作ったフォードの会社の株を全部買ったのはジェット嬢だった。そういえばあの株式どうなったんだろう。相当な価値になっていそうだけど。


「えーと、では、この大量の金貨でジョンケミカル社の出資金を独占すればいいんですね」

「できるかしら」


「えー、金貨の量からして金額的には余裕ですが、配当権を元の持ち主から売ってもらう必要があるので全数は難しいです。でも、少なくとも過半数はいけますね」

「渋るようなら金額吊り上げてもいいから七割ぐらい目標でお願い。でも、なるべく目立たないように」


「えぇ、まぁそれはなんとか。でもあの金貨使い切っちゃってもいいんですか?」

「かまわないわ」


 あの金貨はあれでも一部だからな。でも資金は大事にした方がいいのでここは40代オッサンの腹黒さを発揮してみるか。


「投資家の間に【豊作2号】の植物毒性の噂を流して、ジョンケミカル社の企業価値暴落を誘発してから買い集めたら安上がりにならないかな。俺の前世世界で【風説ふうせつ流布るふ】と呼ばれていた悪質な反則技だ」


「………………」

 トーマスとジェット嬢の冷たい目線が俺に刺さる。


「ごめんなさい。それをしないための【買収】作戦でしたね」


 【技術者】にもできないことはあるさ。出番が無いこともあるさ。わかったよ。ちゃんと裏方するよ。


「えー、まぁ、すでに一部の投資家の間では【極秘情報】として噂にはなっているんですがね。そういうところからの配当権の買い取りはスムーズに進むでしょう。でもこれだけの資金を一気に動かすと目立ってしまうので少々時間ください」

「お金に物言わせる形でなるべく早めにお願い。トーマスさんのところの手数料もあの金貨の中から取って頂戴」

「えーと、ではその形で急ぎますが、三週間ぐらいですかね。進捗あったら斜面滑走路に書いておくので空から見てください。手数料はサービスしておきますよ。商売上手ですから」


 トーマスは頼もしい。

 だけど、トーマスの言う商売上手はいまいち分からない。


 俺達は上空待機する【双発葉巻号】に【着艦】して帰路に付いた。機内でイエローに投下失敗の件について謝られた。でも、一晩であそこまでできたんだから上出来と思う。

 昨日は金貨投下装置準備のためにイエロー、ブラック、グリーンと照明係の一升瓶メイドズは深夜残業だったんだ。本当にお疲れさまでした。


◇◇◇◇◇◇


 頼りになるけどその商売上手が分からないトーマスに企業買収の依頼をしてから六日後の午後。俺は【ジェット☆アーマー】状態となったジェット嬢を、縦姿勢で背後から持って崖の上から差し出していた。

 前回使用時に何処かに落としてしまったというあのボディーボードみたいな飛行補助アイテムが修理を終えて返ってきたので、今日はそれで遊びに行くという。


「発振準備ー」

「ヨーソロー」


 ヒュゴォォォォォォ


 掛け声に合わせて魔力推進脚を始動。差し出している腕への荷重が推力で相殺されたのを見計らって【空に置く】ような感覚で手を放す。今回は下方向にゆっくりと離れていく【ジェット☆アーマー】。


『離陸成功ー。行ってきまーす。夕食前には帰るから』

「いってらっしゃーい」


 今回は【ジェット☆アーマー】は低空飛行で東に飛んで行った。どこで何をしてくるのやら。俺はしばらく単独行動。部屋に戻って前世世界の機械のスケッチでも描くかな。ジェット嬢によると俺のスケッチはイエローが欲しがるらしい。


…………


 夕食前。そろそろかなと思って入口広場に出てみると、南の空から接近する高速飛行体。今日はボードを落とさなかったようだ。

 まだ明るいからアンとメイはいないけど、いろいろ【配慮】した形の着陸に挑戦するか。


◆◇◇

 

 【ジェット☆アーマー】状態でのいろいろ配慮した着陸に成功した十二日後の午後。俺達はトーマスの小屋に来ていた。


 イエローが副操縦士に就任したことで連続飛行可能時間が伸びたため、航空写真撮影や連絡機としてほとんど一日中両国上空を飛び回っていた【双発葉巻号】が、トーマスメタル社の斜面滑走路跡地に【進捗あり】の文字を発見したのが昨日。


 その報告を受けて、いつも通り【双発葉巻号】を上空待機させてトーマスの小屋にお邪魔した次第だ。

 いつものテーブルに集まりジェット嬢は専用の椅子に座る。コーヒーを出してくれたトーマスが話を切り出す。


「えー、【買収】作戦は成功です。九割方確保しました。偽装と時間短縮のために取引先の会社に資金を分散して買い集めたので配当権の名義は複数に分かれていますが、実質出資者が一人ということはジョンケミカル社に伝わるように工夫してます」


「先方の動きはどう? 何もしないわけは無いわよね」

「えぇ、来週カランリアで行われる【エスタンシア帝国経済連合会】の総会の後で面会したいと打診がありました」


「いい感じね。交渉のテーブルを手に入れたわ」

「会議に行くのか。だったら車いすも用意しないとな」

「せっかくだから、久しぶりに義足装着の【脚付き】で行くわ」


「えーと、失礼かもしれませんが、そうしていただけるとありがたいです。いつものスタイルだと街中ではさすがに目立つので」

「そうね。でも私は【脚付き】だと飛べないから、降りてからここで脚を付ける必要があるの。いろいろ準備が必要だけどトーマスさんにも協力お願いできるかしら」


「えぇ、かまいませんよ。ちなみに、その会合私も同席して良いですか?」

「案内も欲しいし、是非お願いするわ」


 普段の移動を【カッコ悪い飛び方】に頼り切っている俺達は、それが使えない場合はいろいろ準備が必要になる。

 準備の概略を考えていたジェット嬢の説明によると、斜面滑走路を【試作1号機】を着陸可能なぐらいに修復し、ウェーバ操縦でアンとメイをこちらに連れてきてもらって、トーマスの小屋で義足装着という手順だそうだ。

 そして、トラックでカランリアに運んでもらってそこの【エスタンシア商工会議所】の3階にて会合とのこと。そこで、【豊作2号】の製造と流通を止めさせる件について話し合いを行う。


◇◇◇


 トーマスの小屋にてジョンケミカル社買収成功の報告と先方との会合予定について連絡を受けた三日後の午後。俺達は再び【魔王城】入口広場の東端に居た。今日は単独飛行の新しい離陸方法を試すという。


 俺はジェット嬢の両手を持って、目の前にぶら下げている。


「本当にやるのか。なんかコレ危なそうに見えるんだが」

「私を池に放り込んだくせに今更それを言うの? 大丈夫よ」


 新しい離陸の方法。腕力自慢のお父さん係がやってしまいがちな危険なスキンシップ【両手を持った振り回し遊び】からの【崖への放り投げ】。

 【虐待】を越えた何かを感じる、とっても危ない離陸方法。


「崖の向こうめがけて斜め上方向にお願い。投げた後はこっち見ないでね」

「了解だ」


 ジェット嬢の両手を掴みなおし、脚を踏ん張り投げるフォームへ。


「良い子は!」 グルングルン

 「マネを!」 ブン

  「しなでねー!!」 スポーン

    ヒュバッ ヒュバッ シュゴコォォオォォ


 息を合わせた常識的な掛け声とともに、ビッグマッチョの筋力を駆使してジェット嬢を崖から放り投げる。と同時に視線を逸らす。

 放り投げられて回転しながら宙を舞うジェット嬢は【魔力推進脚】の推力偏向つまり【足技】を駆使した姿勢制御で回転を止めて姿勢を立て直し、空に飛びあがっていく。

 スカートをたくし上げて【足技】やってるジェット嬢の白いズボンみたいなものが一瞬見えたが、そこは忘れよう。沼に埋められるのは嫌だからな。


『行ってきまーす。夕食前には帰るわ』

「いってらっしゃーい」

『沼が嫌なら目線には気を付けるのよー』

「サー! イエッサー!」 ビシッ


 バレていたか。女性は視線に敏感だ。でもこの離陸方法は人前ではできないな。沼に埋められる人が多発しそうだ。


…………


 夕食前の時間。【魔王城】入口広場で待っていたら、南東方向上空からジェット嬢が帰還。当然手ぶらなので、いつもの配慮の足りない方法で無事着陸。なんか服が焦げ臭い気がするが、何処で何をしていたかは聞かない。

 妻のプライベートには介入しないのも夫の義務だ。ジェット嬢のことだから、あとで困ったことになったりはしないだろう。


◇◇◇◇


 トーマスの小屋にてジョンケミカル社との会合予定について連絡を受けた七日後。ジェット嬢の目のやり場に困る離陸を試した四日後の夕方。


 俺達は【エスタンシア商工会議所】の三階の会議室前に居る。トーマスも一緒だ。【デタラメ無し】【物騒抜き】の【対話で解決】を目指してこれからジョンケミカル社との会合だ。出資金独占をネタに【豊作2号】の製造と流通を【経営判断】として止めさせる交渉だ。


 ここにたどり着くまでが大変だった。

 【買収】の話ではなく、物理的に到着するのがだ。


 前日にウェーバ操縦の【試作1号機】を【魔王城】滑走路に回送。ウェーバは【魔王城】の地下1階の客室に宿泊。

 本日早朝にウェーバ操縦、アンとメイ搭乗、義足等の機材搭載の【試作1号機】と、【双発葉巻号】の編隊飛行でトーマスメタル社上空に移動。俺達は【双発葉巻号】から【発艦】して着陸。【試作1号機】は修復された斜面滑走路に着陸。ウェーバとアンとメイはエスタンシア帝国に公式には初入国だが、3人の入国許可はキャスリン経由で取得済みだ。


 トーマスの小屋の更衣室にてアンとメイによりジェット嬢は義足装着で赤いワンピース着用の【脚付き】に【お着換え】。ジェット嬢は義足装着だとゆっくりと歩くことしかできないので、トーマスメタル社のトラックでカランリア中央部の会場前まで運んでもらった。


 そして、俺の右腕にぶら下がるような形で【エスタンシア商工会議所】建屋内を移動。ジェット嬢の脚を壁や手すりにぶつけないよう注意しながら階段を昇り今に至る。

 義足に何かが当たると衝撃が骨に響いて痛いらしい。


 ちなみに【試作1号機】の操縦をお願いしたウェーバは、小屋に到着するなりトーマスメタル社の社員と共に小屋の階段から地下倉庫の方に【大フィーバー状態】で降りて行った。新しい機械や材料の買い付け目当てのようだが、買い物は持ち帰ることができる量に抑えるんだぞー。


 そしてジェット嬢の【お着換え】を担当したアンとメイは、トラックに同乗してカランリア市街地まで付いてきた。酒屋巡りをすると【大フィーバー状態】で商店街に駆けていったが、くれぐれも買い物は持ち帰ることができる量に抑えるんだぞー。


 コンコン


 トーマスが会議室のドアをノック。


「どうぞ」


 ドアの中から男の声で普通に返答。


「失礼します」


 トーマスが重そうなドアを開けて中に入る。

 俺と俺の右腕にぶら下がるジェット嬢が続く。


 入ったらトーマスがドアを閉めてくれた。

 いいけど、そのドアやたら重そうだな。


 なんかこの常識的なやり取りを見て、前世で開発職サラリーマンをしていた時を思い出した。

 開発職だと商品企画の許可申請とかで偉い人が集まる会議に出席することはある。サラリーマンとしての勝負の舞台だ。一週間がかりでプレゼンのスライド作って、発表の原稿も作って、発表練習も何度もして挑んだあの舞台。

 すごく緊張したけど、やり遂げた後の達成感もなかなかのものだった。そして、その時発表した新商品企画が承認されたかどうかは、前世の俺の黒歴史だ。開発職やってるとそういうこともあるさ。


 でも今回は俺は脇役。まぁ、トーマスとジェット嬢がプレゼン原稿か何か用意していると考えて、俺は余計なことを言わずに脇役に徹する。


 ちょっと大きめの応接室風の部屋の中は面接会場みたいな机配置。正面の長机に会社の重役ぽい中年男を中心に男三人が座る。そして重役ぽい男の右後ろに黒スーツでサングラス着用の【ザ・ヒットマン】みたいな男。

 あの格好いいなぁ。俺は多分似合わないから、ブラックにさせてみようかな。


 ふと横を見ると、会合のはずなのに俺達用の椅子が無い? 何コレ。イジメ? こっちの世界の面接は受ける側が立ってするの? パワハラじゃね? 俺達一応、大口の出資者なんだから、会合するなら椅子ぐらい用意してもいいんじゃないか? トーマスも部屋の配置を見て不審な表情を浮かべている。

 まぁ、今の俺は規格外ビッグマッチョだから、サイズの合わない普通の椅子に座るぐらいなら立っていた方が楽だったりもするし、今のジェット嬢もあの義足で椅子に座れるかどうかも分からないから、立姿勢で会合も悪くないけどさ。


 そんなことを考えていたら、場違いな【殺気】を感じた。

 瞬時に思考が高速化する。

 反射的に右後ろに居るジェット嬢の正面に回り込む。


 バン ドスッ 「痛てぇ!」


 俺の左の二の腕あたりに後ろから銃弾が命中。

 痛い。すぐ痛い。すごく痛い。


 こちらに転生してからの初めての負傷らしい負傷。【魔法】アリ【魔王】アリのファンタスティック世界での最初の負傷が【人間に銃で撃たれた】というところに微妙にやりきれないところを感じつつ、ひたすら痛い。しかも【魔王】は俺だし。


 とっさに後ろを確認。誰だよ撃った奴は。


 銃を向けているのは【ザ・ヒットマン】の方。

 二発目を構えている。なんか俺の頭を狙っている気がする。

 頭を撃たれたら俺だって死ぬ。

 それはやめてほしい。


 バゴン カシャーン


 【ザ・ヒットマン】の持っている銃が爆発した。

 何が起きているか理解が追いつかない。

 とりあえず死なずに済んだかな。


 そう思って、ジェット嬢を見下ろすと、なんか恍惚とした表情で【ザ・ヒットマン】の方を見ている。そして、凄みのある笑みを浮かべると、出血している俺の腕の銃創を掴んだ。痛い。


 ザァァァァァァァァァァァ


 そして脳内に響くホワイトノイズ。【回復魔法】を使うのか。治してくれるのはありがたいが、ここで俺が【波動酔い】で倒れたら帰れなくなるぞ。

 それに、実際に倒れるとジェット嬢を下敷きにしてしまう。とっさに【ジェットマッチョベンケイスタンディング】の構え。意識が遠くなる。


『いっつ・あ・しょーたーいむ』


 意識を失う直前、ジェット嬢の変な掛け声が聞こえた気がした。


…………


 ガブリ


「どぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 左前腕部中央あたりに激しい痛みを感じて思わず叫ぶ。


 なんかすぐに痛みは引いたので状況確認。俺は意識を失う前の場所で立っていた。

 経験上【回復魔法】の【波動酔い】で意識を失うと一日二日ぐらい寝ていたが、今回はすぐに目覚めたようだ。意識を失った場所が悪すぎたので助かった。

 

 あまりの痛みに思わず振り上げた左腕に重さを感じる。そちらを見ると、俺の左腕にかじりついたジェット嬢が背中向きでぶら下がっていた。何コレ。犬か?


「…………」 プラーン


 何か言いたげなジェット嬢の背中と後頭部が見える。かじりついてぶら下がるというのも人間技じゃあないんだが、とりあえず降ろすか。

 ジェット嬢の義足は衝撃厳禁なので、腕をゆっくり降ろして、ジェット嬢を慎重に着地させる。


「いきなり腕を振り上げないでよ。びっくりするじゃない」


 咥えていた俺の左腕を離したジェット嬢がハンカチで口元を拭きながら一言。痛みは無いけど作業服の袖が血まみれだ。あんまりすぎる状況でどこから突っ込んでいいか分からない。とりあえず普通に応えるか。


「すまん。あまりの痛みについ」


 部屋を見渡すと、やっぱりあんまりな状況が広がっていた。

 男三人が部屋奥の壁にもたれてへたり込んでいる。その横には、【生焼け】にされた【ザ・ヒットマン】の方が転がっていた。


 部屋の中央あたりにはバラバラになった机と椅子の残骸。なんか、机の一部が30mm角ぐらいの大きめのサイコロのように切断されて沢山転がっていたり、椅子の金属部分が飴細工のように融かされて曲がっていたり。そして壁のあちこちには七本セットの巨大な爪痕つめあとが刻まれていたり。さらに床の一部が赤熱していたり。


「ジェット嬢よ。コレは何をしたんだ?」

「【マジックショー】よ」

「それは、どんな【マジックショー】なんだ?」


「うーん。こんな感じかな」


 ジェット嬢はゆっくりと男三人の方を向くと、銃弾らしきものをポケットから取り出して全員に見えるようにかざした。口径10mmぐらいの拳銃弾か。


「銃弾だな。俺に命中したやつか」

「そうよ」


 そう言って、ジェット嬢はその銃弾を口に入れた。そして。


 バキッ ゴリッ ベキッ ボリボリ


「!!…………」


 男三人は青ざめた顔でこちらを見ている。

 俺もちょっと引いた。


 ジェット嬢はハンカチを口にあてた。

 何かを吐き出しているようだ。

 そしてそのハンカチを広げて軽く振る。


 カチン チリン カン 


 バラバラになった銃弾の破片が床に落ちる。

 それを見た男三人は真っ青になって震えている。

 そりゃそうだ……。


「こんなのもあるわ」


 そう言ってジェット嬢は左腕を横に出し構える。

 なんかもう怖い。


「クマ・の・ツメー!」 ブン ギャリギャリギャリ バン


 ジェット嬢が掛け声と同時に左腕を横に振ると、それに合わせて部屋の奥の壁に七本の爪痕つめあとが走る。

 微妙に腕の動きと爪痕つめあとが合ってないから腕を動かすのは見せかけなんだろう。まぁ、魔法を使ってるから【マジックショー】といえばそうか。

 でも言っておくことはあるな。


くまの爪は七本じゃないぞ」

「そうなの? あの【絵】では七本だったわよ」


 帰ったらよく見ておこう。


 パチ パチ パチ パチ


 俺の背後から緩やかな拍手の音。後ろを見るとトーマスが居た。姿が見えないと思ったらそこに居たのかトーマスよ。


「えーと、意味不明な【マジックショー】ありがとうございます。おかげさまで久々に楽しめましたよ」

「トーマスよ。分かる範囲で【種明かし】をしてもらえまいか。俺には状況がさっぱりだ」


「えー、【種明かし】ではないですが、状況説明ですね。正面中央の赤ネクタイのスーツの方が、ジョン社長です。その両脇は副社長と専務ですね。銃を撃った【生焼け】の方は私は初見です」

「やっぱりジョンケミカル社の社長さんが居たか。そのつもりで来たからそうなんだろうけど、会合に来た相手をいきなり銃撃するのがこっちの習慣なのか? 命がいくつあっても足りんぞ」


「えぇ、先方があの様子じゃぁもう普通に会議はできなさそうですが、もとより普通に会議するつもりは無かったみたいです。【隠蔽いんぺい】された【不都合な真実】に関わると命がいくつあっても足りません」


 なんてこった。

 こっちは穏便に済ませようとしていたのに、相手は最初から物騒路線だったということか。


「トーマスさん。後はお任せしていいかしら。話は通じるはずよ」

「えー、了解です。後は何とかしておきます。結果報告は三日後の昼過ぎにでも。そろそろ人が来そうなので、そこから飛んで一旦帰ってもらえますか。お連れの方には伝えておきます」


 トーマスは会議室の大窓を示しながら言う。それを聞いたジェット嬢は俺の背中によじ登り、背中合わせで金具を固定。またアレをするのかと嫌な予感。


「じゃぁ、後はお願いするわ」

 

 ガラン ガラン


 またやっちゃったよ。俺の背中に張り付いて義足を落とすヘンテコアクション。そして今回はスカートの切り離しではなくワンピースの脱皮らしい。


「へたり込んでる三人は好きにしていいけど、転がってる【生焼け】は私のところに届けて頂戴。こっちの医療では治療が難しいはずよ」

「えー、了解です」


「トーマスよ。好きしていいとは言っても、あんまり物騒なことはするなよ。あれでも奥さんの勤め先の社長さんだよな。息子さんも居るんだろ」

「えぇ、話し合いをするだけですよ。妻は長らく【行方不明】でしたが、今ので行先の目星がつきました。その件についても話をしたいと思います」


「なんだと。じゃぁ息子さんは……」

「えーと、まぁ、息子も妻のところですね。【北の希望】の本格栽培と市場流通を事前に止めることができたのは息子の功績なんですよ。これは私のちょっとした誇りです」


「……本当に、どうしようもないわね。行くわよ。そこの窓から背面ダイブ」

「了解だ」


 俺達は、めちゃくちゃになった会議室の大窓から【カッコ悪い飛び方】で離脱した。今回は金貨の力で穏便に済ませようとしたけど、結局、デタラメ全開の物騒エンド。これはウラジィさんでも読めなかっただろう。本職の【政治家】にしても【政治的判断】っていうのは難しいものなんだろうな。


 この状況下で、俺は何ができただろう。

 俺はどうすべきだっただろう。

 今回の俺の判断は正解だっただろうか。

 考えても答えは出ない。


 上空で旋回する【双発葉巻号】に【カッコ悪い飛び方】で急上昇して接近。今日の夕食はアンとメイの作り置きだ。明日には帰って来るといいなぁ。なんだかんだ言って、あの二人が居ないと【魔王城】は回らない。

●次号予告(笑)●


 何処で何を間違えたのか。隣国の自称商売上手は暗い過去を持っていた。そして、その仲間達も。誰にも悪意は無かった。ただ、大切な物を守るために仕事し、その役割を果たそうとしただけだった。


 歴史の必然で起きた結末を目前にして男は再び葛藤かっとうする。

 この世界で、自分にできることは無いかと。


 【魔王】を名乗り続けた男は、【魔王】の意味を知らなかった。

 だが、ついにその意味に気付く。


 道を示したのは、かつて男が導いたあの青年。


次号:クレイジーエンジニアと魔王の品質

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