第12話 クレイジーエンジニアと不都合な真実(17.6k)
40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから一年と九十三日目。フラッと行った【魔王城】で【魔王】呼ばわりされて、ちゃっかり【魔王】を名乗るようになってから九十三日後。
【元・国王】のソド公と、エスタンシア帝国北部の【環境問題】原因調査の相談をしてから三日後の午前中。
エスタンシア帝国北部平野にて俺は【環境調査魔王】となり、上空待機する【双発葉巻号】を母機として地上からのサンプル採取を行っていた。
【カッコ悪い飛び方】で目標地点に着陸し、試料採取用の瓶に土や水を採取。
それを背後のジェット嬢に渡して採取場所や試料番号を記入してもらってから、俺が抱えている回収用バッグに詰める。
そのバッグで予定している試料採取が終わったら、【カッコ悪い飛び方】で離陸して、低速飛行する【双発葉巻号】に下から接近。
投下口から降ろされたワイヤーのフックに回収用バッグを固定し一旦離脱。
ワイヤーを巻き上げて回収用バッグを機内に収納したら、次の回収用バッグをワイヤーで降ろしてもらう。
俺達は再び【双発葉巻号】に下から接近してそのバッグを受け取り、次の試料採取。
「多いわね」
「多いな」
採集する試料の量だ。
ソド公が大張り切りで広範囲の環境調査を計画したので、回収する試料が多くなってしまった。
採取した試料を【双発葉巻号】に載せるために都度【着艦】していたのでは効率が悪いので、飛行しながら容器と試料を受け渡しする方式で作業を行っている。
大型機を追いかけて飛びながら荷物の受け渡しとか、前世世界の空中給油に近いかな。
【カッコ悪い飛び方】は俺がジェット嬢に背負われる形で上を向いているので、こういう作業がやりやすい。
機内でバッグ回収用のワイヤー巻上装置を操作するのはイエロー。
写真乾板も搭載したので、イエローは試料採取と同時進行で【航空写真】も撮影している。
試料採取の指示と回収した試料の整理をしているのは機内貨物室に同乗する【辛辣長】だ。長年ソド公の側近として助手的立ち位置に居たので、今回もソド公の助手として試料採取の現場指揮を申し出てくれた。
試料採取自体は事前に立てた計画通りに行っているが、状況報告や予定変更などのやり取りも必要になる。今回それはバッグに張り付けたメモ書きで行っている。
こういう時、キャスリンの【一方通信】が使えると便利ではあるのだが、残念ながら今回は来ていない。
先日の【立場的にマジで危ない問題発言】により、国王より【出国禁止令】が出されたうえに、現在サロンフランクフルト医務室で【腹ばい女】状態とのことだ。
「尻たたきで数日立てなくなるものか?」
「なるわ。メアリのは特別よ」
なるのか。そしてメアリのは特別か。そこは深く聞かないでおこう。
「試料採取バッグはこれで最後だな。次は村の跡地か」
「近くまで来たわ。着陸するわよ」
「了解」
…………
村の跡地からちょっと離れた場所に着陸する。耕作放棄地の中にある村で、前回弁当を食べたところとは別の場所だ。
歩いて村の中に入ると、やっぱり人気は無い。
「移住したのはここ数カ月のようだな。空き家の建物の状態がいい」
「そうね。環境問題が解決したら、また住めるようになるといいわね」
「そうだな」
建屋が木造の日本家屋風なので、俺の前世世界の農家の家によく似ていて気分的に落ち着く。
【魔王城】の別荘としてこういう建物をどこかに持っていてもいいかなと思っていたら、その家屋の隣に農機具庫のような小屋を発見。
何かあるかもしれないと思ってその中に入ると、ほぼ空っぽになっている器具庫の端の棚に、500ml試薬瓶のような褐色の瓶を発見。中身は液体で残量二割程度か。ラベルが貼ってあるが俺には読めない。
ラベルの記述が気になるので、棚に背中を向けてジェット嬢に読んでもらう。
「ジェット嬢よ。その瓶のラベル読めるか?」
「読めるわ。【豊作2号】って書いてある」
「それが何なのか心当たりは無いか?」
「ユグドラシル王国では見たこと無い名前ね。何かの薬品かしら」
「ラベルに他に何か書いてないか?」
「名前しかないわ」
「【農薬】か何かかな。手がかりになるかもしれないから回収しよう。瓶の表面が濡れているから、素手で触らない方がいいな。紙袋に入れるから、この紙袋に【豊作2号】って書いてくれ」
背後のジェット嬢に紙袋を渡して文字を書いてもらう。
俺は未だにこの世界の文字の読み書きができないが、ジェット嬢が居るから不便はしていない。
…………
予定していた試料採取を終えて【双発葉巻号】に【着艦】。
貨物室で昼食の弁当を食べながら、午後の予定を話し合う。
【辛辣長】が【豊作2号】に興味を示した。
「この【豊作2号】の情報が欲しいですね。ソド公に分析を依頼するにしても、ある程度素性が分かっていないと安全な取り扱いが難しいかと」
「確かにそうだな。じゃぁ、帰りにトーマスのところ行くか。何か知ってるだろう」
俺は前世で40代の開発職のサラリーマンだった。
モノづくりをする中で化学薬品を扱うこともあり、社内にある化学実験室で作業をすることもあった。そこで、絶対にやっちゃいけない事というものがあったのだ。
【ボトルに中身を入れてラベルを貼らない】
例え中身がただの水道水だろうと、それは入れた本人にしか分からない。
素性の分からない液体の入った担当者不明のボトルを見た人は、その中身が人体に有害な物や、排水したらイケナイ物が入っていると考えて扱わないといけない。
水と油の区別は性状で何となくついたとしても、水だったら強酸、強アルカリ、重金属イオン、毒性の高い有機物が含まれる可能性。
油だったら、揮発性、引火性、爆発性、有毒性……。化学薬品の中には少量でも危険なものはたくさんあるのだ。
そういう厄介なボトルが出てきて、それを処分しようとした時には、まず【分析】をしないといけない。
素性が分からない物の【分析】を安全に行うのは難しいしコストもかかる。
しかも有機物と重金属は定性分析の方法も違うなど、正体を突き止めるために必要な分析項目も多くなる。
だから、そういう厄介なボトルを作るのは【重罪】なのだ。
退職者が使っていた実験デスクの引き出しから液体入りラベルなしボトルが大量に出てきた時は、化学実験室が阿鼻叫喚になったりした。
化学も関与していた前世40代開発職オッサンとして言いたい。
中身を入れるなら、ボトルにはせめて名前を書いて。
そして中身も書いて。
市販薬品を小分けするなら【製品安全データシート】を取得してその管理番号とか書いて。
【ラベルなしボトル】ダメ絶対。
…………
採取した試料を満載した【双発葉巻号】は先に首都に帰ってもらうことにして、俺達はトーマスメタル社近辺上空で再び【発艦】。
今回は貨物室で試料の整理と運搬をしたかったので、かさばる【ジェット☆シューター】は首都飛行場に置いてきた。だから今回はジェット嬢の単独発艦と空中キャッチはナシ。ジェット嬢を背負った俺が投下扉から普通に飛び降りて【発艦】。
なんかもう、飛んでる飛行機から飛び降りるのも慣れてしまった。慣れって怖い。
そして、トーマスの小屋に来て、ジェット嬢を椅子に降ろしてあのテーブルを囲む。
トーマスがコーヒーを淹れてくれた。
「毎回突然来てしまってすまんな」
「えー、かまいませんよ。私もわりと楽しみにしてますし」
「そう言ってもらえるとありがたいわ。ちなみにトーマスさんはいつもここに居るのかしら」
「えぇ、最近はここに寝泊まりしています。会社の仕事の面でも私がここに常駐していた方が都合がいいんですよ」
「そうか。この世界では【電話】とか無いから、誰か一人が一か所に留まって情報を集約しないといけないのか」
「えー、何ですかその【電話】って」
「【電話】というのは、俺の前世世界での通信技術で、離れた場所で会話ができるような装置だ。こっちの世界でも一時期作ろうとしたがうまくいかなくてな」
「えーと、なんか面白そうですね。どんなものなのか教えてもらえないでしょうか。商売上手として気になります」
トーマスが意外にも【電話】に食いついたので、前世世界の【電話】とか、去年にウェーバと試した電波による無線通信技術の話とかをした。
エスタンシア帝国はユグドラシル王国よりも電気技術の面でも先行しているようで、商売上手のトーマスとも割と技術話が通じた。
「えー、その電波というのが上手くいかないなら、遠隔で話したい場所同士を銅線で繋げばいいんでしょう。なんかできそうな気がしますよ。銅線なら売るほどありますし」
「そうか。そういえばそうだな。【電話】と言えば無線という先入観あったけど、よく考えたら初期の【電話】は街中に電信柱立てて銅線引っ張りまわして通話してたな。エスタンシア帝国なら銅線も沢山ありそうだし。でも、銅線長く伸ばすと絶縁体巻くのが大変そうだ」
「えーと、柱の上に銅線固定するなら、いっそ絶縁体いらないんじゃないでしょうか。あるいは、石みたいなものの両端に銅線固定して二本が接触しないようにして引っ張りまわすとか」
「確かにそうだな。俺の前世世界でも、裸銅線で碍子引き配線という施工法の資料を見たことがある」
「えぇ、なんかできそうな気がするので、ちょっと作ってみますよ。ここと地下倉庫の間でやり取りする方法が欲しかったんです。音を鳴らすとかできるだけでも結構便利になります。階段を上り下りするのがしんどいので」
「本当に、トーマスさんの天職は商売上手以外にありそうね」
久々に前世世界の技術の持ち込みをしてしまった。この世界の【電話】技術の行く末が楽しみだ。トーマスが電話会社とか作ったりしたら面白そうだな。
「楽しみも増えたし、そろそろ帰るか」
「いや、用事が済んでないでしょ。【豊作2号】の件」
「そういえば、そうだな」
ジェット嬢が久々に【ツッコミ上手】を披露。
「トーマスさん。【豊作2号】っていう薬品に心当たりないかしら」
「えー、ありますよ。エスタンシア帝国で普通に売ってる便利な殺虫剤です。主に農業用に使われます。在庫ありますよ。買っていきますか?」
「そうか、やっぱり【農薬】だったか。って、在庫あるのか。金属材料商社じゃないのか?」
「えーと、在庫というと商売上手としてはちょっと不適切でしたね。元は販売用ではないのですが余っている物が二本ありまして」
「一本買っていくわ。あと資料が欲しいわ」
「えー、毎度ありがとうございます。資料とか説明書とかいろいろありますよ。地下倉庫から持ってくるのでしばらくお待ちください」
トーマスから殺虫剤【豊作2号】一本とその資料を受け取り、俺達は【カッコ悪い飛び方】で帰路に付いた。
お代はサービスらしい。トーマスの言う商売上手というのが、俺にはいまいち分からない。
でもまぁいいか。
◇◇◇
エスタンシア帝国北部から大量の試料採取をしたのち、トーマスメタル社にて【豊作2号】の新品と資料を受け取った三日後の夜中。もうすぐ日付が変わるぐらいの時間だが、俺は魔王城入口広場にてジェット嬢の帰還を待っている。
あの日現地で採取した試料はあのまま首都まで空輸してソド公の環境化学研究所で分析中だ。後から入手した【豊作2号】の新品と資料も後追いで届けて同じく分析中。
やっぱり結構時間がかかりそうなので、この件については俺達はしばらく待ちだ。
ジェット嬢は他にもいろいろやりたいことがあるらしく、今日は夕食後に単独飛行で離陸して【夜遊び】に出かけた。
ジェット嬢は俺が居ないと【着陸】ができないので、俺が先に寝るわけにはいかない。
月の無い夜。俺一人だと暗くて動けないので、アンとメイに残業を頼んで、一升瓶照明の明かりを借りながら空を見上げる。
夏の星空を楽しみつつ、いずれ来るであろう金色の光を待つ。
南側より低高度で接近する金色の光を発見。到着だ。
『お待たせー。着陸用意ー』
よく通る声が聞こえる。同時に、魔王城入口広場が広範囲に照らされる。ジェット嬢の火魔法応用による広範囲照明だ。
それを見て、アンとメイは推進噴流を避けるため、遮蔽物に退避。
ジェット嬢が魔王城入口広場の隅に来た。
そして【着陸】のために俺に接近する。
【着陸】の方法は、サロンフランクフルトの裏山でやった方法と同じ。正面から接近するジェット嬢を俺が抱きとめる形だ。
ジェット嬢は単独飛行中に両腕が自由に使えないので、それ以外にやりようがない。
「ただいまー」
その方法で無事に【着陸】して推進噴流を止めたジェット嬢が一言。
そして、俺の背中に回り込んで金具を固定。いつもの背中合わせスタイルに。
シュタタタタタタタタタ
推進噴流が止まり静かになった入口広場にて、背後からアンとメイの駆け寄る足音。
「「アンタ達のその着陸、目の毒!」」
一升瓶を振り上げて、俺達を指さしながらアンとメイが叫ぶ。
「配慮不足!」
「いろいろ配慮不足!」
「なんかこう配慮足りない!」
「とてつもなく配慮足りない!」
「「ウワァァァァァァァァン! 水没してしまえー!」」
シュタタタタタタタタタタタ
なんかこう、二人で激しくまくし立てて【魔王城】に駆け込んでいった。
「ジェット嬢よ。アレは一体何が言いたいんだ」
「うーん。よく分からないけど、水没はイヤよ」
【星空の下で抱き合う男女】にでも見えたのだろうか。
あの【着陸】は失敗するとお互い大怪我する真剣勝負の大技だから、そういうつもりでやっているわけではないのだが。
でも、端から見ると【星空の下で真剣な表情で見つめ合い抱き合う男女】ではあるのか。
「ちなみに、アンとメイは独身なのか?」
「そうよ」
確かに【配慮】は足りなかったのかもしれない。
◆◇
アンとメイに【配慮不足】を指摘された十一日後の夕食後。
【西方航空機株式会社】から届いた飛行補助アイテム試作品のテストのため、俺はジェット嬢を持って【魔王城】入口広場の東端の崖っぷちに立っていた。
「このへんでいいかー」
「もう少し崖側に出せないかしら」
今回の試作品はジェット嬢単独飛行用のボディーボードのようなものだ。
とはいえ、海遊び用のボードとは形が大きく異なり、長さ1.4m、幅1.6mぐらいの幅広の三角形だ。前世世界で言うところの全翼機に似ている。
もっと言うなら、俺が前世で好きだったロボットアニメに出てきた大気圏突入用のアレに近い。
ジェット嬢がそのボードに腹ばい姿勢で乗ることで【ジェット☆アーマー】となり、飛行時の風圧から身体と着衣を守れるため高速飛行が可能になるという。
そして今、【ジェット☆アーマー】となったジェット嬢を背後から縦姿勢で持ち上げて崖の上から差し出しているところだ。
子供が喜ぶ【高い高い】を崖から差し出してしているような、なんか虐待っぽい光景。
「推力出すわよー」
「いいぞー」
ヒュゴォォォォォォ
魔力推進脚から推進噴流。腕に感じる荷重が軽くなる。ジェット嬢を崖から差し出しているので推進噴流は崖下の方へ。下に道が無い場所を選んでいるので問題は無い。
「離していいわ」
「了解」 パッ
ゴォォォォォォォ
【ジェット☆アーマー】状態で離陸成功。
垂直姿勢飛行でゆっくりと崖から離れていく。姿勢制御はいつぞやのロケットボートで使った風魔法が使える。
また、ジェット嬢の手元から操作できる動翼もついているので、揚力飛行時は飛行機としての操縦もできるそうだ。
『じゃぁ行ってきまーす。夜中には帰るから待っててねー』
「いってらっしゃーい」
垂直姿勢飛行のまま距離を取りつつ、よく通る声で出発の挨拶。
聞こえているかどうか分からないが俺も返す。
そして勢いよく垂直上昇。
ここでも垂直上昇時に下から見上げてはいけないルールは順守する義務がある。
【ジェット☆アーマー】状態ではスカートを手で持つことができないので、推進噴流による着衣の破損を避けるためにスカートを内側から膨らませるための部品を入れているとか。アンによると【パニエ】という部品らしい。
それ故に、下から見上げてしまった場合の危険度が高い。
そんなことを考えていると、視界の上端に小さな金色の光。
【ジェット☆アーマー】が高高度を水平飛行で南に飛んでいくのが見えた。かなり速い。あの状態なら【双発葉巻号】を追い越せるんじゃないだろうか。
便利なアイテムを作ったものだ。
【ジェット☆アーマー】状態での着陸は離陸と逆手順の予定。
崖側から垂直姿勢飛行で背中向きで接近し、俺が後ろから捕まえる。アンとメイにも【配慮】できている方法だ。
…………
深夜未明。ジェット嬢が帰ってきた。
しかし、ボードは途中で落としてしまったそうで、手ぶらの単独飛行だ。
やむなく再びアンとメイの目の前で【配慮不足】のあの【着陸】。
その結果、アンとメイはテーブル席でグダグダの深夜飲酒状態に。
それを遠目で眺める背中合わせ状態の俺とジェット嬢。
「私とメイへの配慮が足りないって」グビグビ
「配慮よ。配慮なのよ。配慮が欲しいのよ」ゴクゴク
「「今夜は【残業】で飲み放題!」」
「それは無いわ」 スパッ
「「えーっ!」」
人には優しいこともあるが、仕事にはおおむね厳しい。
そんなジェット嬢からも微かに酒の匂いがする。
今日はどこでどんな【夜遊び】をしてきたのやら。
◆◇◇
一升瓶メイドのアンとメイが【配慮不足】の【着陸】のせいで深夜飲酒でグダグダになってから十二日後の午前中。
【魔王城】エントランスの座敷にて、俺とジェット嬢と【辛辣長】とキャスリンでちゃぶ台を囲んでいる。
エスタンシア帝国で収集したサンプルの調査結果の中間報告を確認しているのだ。とはいえ、俺はこの世界の文字が読めないので読んでもらっている形だが。
「これは、酷いわね。まさに【なにもかもおかしい】だわ」
「【鉱毒】だけじゃなかったんだな」
エスタンシア川上流で水や流域周辺の土が【鉱毒】に汚染されているのは予測通りだった。
問題は下流側だ。
元は麦畑であったと思われる場所の土に、植物を強力に枯死させる成分が含まれていることが分かった。しかも、北部平野穀倉地帯の広範囲。ほぼ全域だ。
また、北部平野の耕作放棄地の中にある村で回収した【豊作2号】に同様の作用があったとか。
そして、耕作放棄地に残された麦は強力な慢性毒性のある危険な植物だったと。
その植物については、外観が麦と区別がつかないため種子が流出したら危険と判断。一旦研究を終了して採取した試料を容器やバッグごと全部焼却処分したとのこと。
「その毒の麦は危ないな。種が落ちて何処かに自生されたら厄介だ。【双発葉巻号】に種とか落ちてないか確認したほうがいいんじゃないか」
「そのへんは大丈夫です。採取容器も試料を落とさないように工夫されていますし、あの日試料を機から降ろす際に機内を隅々まで確認しました。ソド公は昔からそういう部分は徹底しています」
「そうか。でも、俺やジェット嬢の着衣に付着していた可能性はある。この【魔王城】周辺は当面は注意が必要だな」
「グリーンに監視させるわ。【魔王城】周辺で麦のようなものが生えてきたら、早めに集めて焼き払いましょう」
「【豊作2号】についてですが、平野部で回収したものとトーマスメタル社で入手したもので作用に違いがあるようです。トーマスメタル社にて入手したほうには、植物を枯死させる作用は無かったと」
【辛辣長】は引き続き【豊作2号】が気になるようだ。
俺も確かに気になる。俺が【草を枯らせる魔王】にされた原因も、エスタンシア帝国北部平野の荒野化もこれが関連してそうな気がする。
「【豊作2号】に植物を枯らせる作用があるなら、そんなものを麦畑に撒くのもおかしいわ。不作になって当然じゃない」
「【辛辣長】よ。例の毒麦が生えていた場所の土の調査結果はあるか。その土に草を枯らせる成分があったかどうかが知りたい」
「少々お待ちください【魔王】様」
【辛辣長】が報告書の添付資料から目的の記述を探している。
分量が多いので大変かもしれんが、よろしく頼む。
ちなみに、報告書を持ってきてくれたキャスリンもちゃぶ台に同席している。
でも今日は口数が少ない。
そして、いつものデタラメコーディネイトのマスクには赤い【×】印が描かれている。
前回来た時の【立場的にマジで危ない問題発言】が原因でいろいろ自重を命じられているようだ。
【ダメ発言癖仲間】として親近感がわいてきた。
俺も発言には気を付けよう。【魔王】として。
「お待たせして申し訳ありません。ありました。毒麦が生えていた場所の土にも、草を枯らせる成分は含まれていました」
しばらく報告書の添付資料をめくっていた【辛辣長】が声を上げる。
やっぱりそうか。
そうなると、【豊作2号】の草を枯らせる作用はあの毒麦には効果が無いと。
ある種の【薬剤耐性作物】か?
「ジェット嬢よ。この世界には生物を改造するような技術は存在するのか?」
「何? アンタ【魔物】でも作りたいの?」
「確かに【魔物】が作れるなら【魔王】ぽいけど、気になったのはそこじゃないんだ。この世界に農作物の【品種改良】とかそういう技術があるかどうかだ。例えば、あの毒麦みたいに植物を枯らせる成分で枯れないような麦を作る技術だ」
「【品種改良】と言えば、農園の端の区画でオリバーが細々と研究しているのを見たことがあるわ。育ちやすい麦の苗同士を交配させて、栽培しやすい麦の種を作るんだって。国内各地に研究仲間がいるみたい」
「【品種改良】の考え方と基本的な手法は実用化されているのか。でも大幅に変えるようなものではなさそうだな」
「【魔王】様の前世世界ではそのような技術があったのでしょうか」
【辛辣長】が関心を示した。
【辛辣長】も何気に研究者気質なのか?
【クレイジーエンジニア】の仲間なのか?
「【品種改良】の一種ではあるんだが【遺伝子組み換え】と言って、作物に殺虫剤や除草剤への耐性を付けるような改造を行う技術があった。畑に殺虫剤や除草剤を撒いてもその作物だけは枯れないようにできるから、栽培コストを下げて収穫量を増やせるんだ」
「枯れずに育つように【品種改良】しても、毒性があって食べられないんじゃ意味が無いじゃない。それに【豊作2号】は殺虫剤って言ってたわよ」
「それもそうだな。それに同じ【豊作2号】でも試料の違いで作用が違うのも気になる。耕作放棄地で回収した瓶の中身は別物だった可能性もあるな」
「じゃぁこの結果を持って、トーマスさんのところに行って聞いてみましょうか」
「そうだな」
話をまとめようとしたところで、【×印マスク】を付けたキャスリンがゆるゆると右手を挙げた。
何か言いたいらしい。
「……どうぞ」
ジェット嬢が発言を促すと、キャスリンは【×印マスク】を外して一言。
「雑草とかを枯らせるその薬剤と、その薬剤で枯れないその麦の種をセットにして農家に売ったら、草刈りせずに耕作できる麦として大儲けできないでしょうか」
「俺の前世世界で確かにそういうビジネスモデルあったけど、この麦は栽培しても食べられないからな。毒だからな」
「キャスリン……。最近やたら儲け話にこだわってるように見えるけど、何があったの?」
「王宮の資金難が酷くて、つい何か収益源が無いか考えてしまうんですの」
それ、ジェット嬢が原因だよな。
「エスタンシア帝国に居る商売上手の知り合いに会いに行こうと思うけど、キャスリンも一緒に行く?」
ジェット嬢よ。それはトーマスの事か?
でもトーマスの事を商売上手だとは思ってないよな。
「できれば行きたいのですけど、私は【出国禁止令】の期間が終わっておりませんの……」
なんかこう、王の苦労を感じる。
がんばれイェーガ。負けるなイェーガ。
最近全然会ってないけど、陰ながら応援しているぞ。
【魔王】として。
◇
【×印マスク】装着のキャスリンが持参した分析結果の中間報告より、エスタンシア帝国北部で起きている異常事態が【なにもかもおかしい】レベルであることを認識した翌日午後。
俺達はトーマスメタル社近辺上空で【双発葉巻号】から背中合わせで【発艦】。
【魔王城】からトーマスメタル社まで直線距離で350km程度。
【カッコ悪い飛び方】でも行けなくはないが、巡航速度が速くて機内貨物室で座って移動ができる【双発葉巻号】の方が速いし楽だ。
前世世界で言うところの原付から自動車に乗り換えたような感覚。
そして、またトーマスの小屋に来た。
「久しぶりだな。度々すまんが、今日も聞きたいことがあってな」
「えぇ、かまいませんよ。中でコーヒーでもどうぞ」
ジェット嬢を椅子に乗せて、皆でテーブルを囲んでコーヒーを頂く。
ブルー操縦イエロー同乗の【双発葉巻号】を上空待機させているので、今日はあまり長居はできない。
早速、報告書をトーマスに渡して、知っていることが無いかを確認する。
「えーと、これはちょっと困りますね。前にも言いましたが、このへんはエスタンシア帝国にとってデリケートな問題なんですよ」
「じゃぁトーマスは北部平野の不作の原因を知ってたのか?」
「えー、まぁ、商売上手なのであんまり言えないんですけどね」
「商売上手だと言いにくいかもしれないけど、あの【豊作2号】について教えて頂戴。北部平野で回収した瓶と、トーマスさんに殺虫剤として貰った瓶で中身が違ったようだけど【豊作2号】には種類があるのかしら」
同じ商品名又は、同じシリーズ名で殺虫剤と除草剤の品揃えがあるとかそういう売り方なのかもしれん。
だとしたら、ラベルにちゃんと書いておいて欲しいものだが。
「えーと、【豊作2号】は一種類しかないですよ。本来は殺虫剤です」
「本来はっていうことは、除草剤にもなるのか」
「えー、これは【隠蔽】されている極秘情報なのですが、【豊作2号】の成分が分解すると植物に対して強力な毒性を発揮する場合があるんですよ」
植物を枯らせる作用を発揮していたのは【豊作2号】の成分の分解生成物だったか。
だから北部平野で回収した使い古しの瓶と、トーマスから貰った新品の瓶で作用が違ったのか。
これは盲点だった。
考えればわかりそうなことだった。
「トーマスは本当に何でも知っているな。今回のその極秘情報の情報源はどこなんだ」
「えーと、【豊作2号】製造元のジョンケミカルで研究員をしていた妻からの情報です」
「また信頼度抜群だな。って、結婚してたのか! 妻が居るのに妻を残して命を粗末にしようとしていたのか! それは感心できんぞ!」
俺は前世で妻と息子を残して死んだ。
こっちの世界でウラジィさんと【葬式】をしてちゃんと【死別】したから未練は無いが、そんな俺だからこそ家族がいる人間には命を大事にして欲しいのだ。
「えー、まぁいろいろ事情がありまして、そこは深く反省しているので勘弁してください」
そうだな。今ちゃんと生きてるんだから、そこは追及すべきじゃないな。
「ちょっと待って。だったら【豊作2号】を使ったら作物が育たなくなるってことが製造元で分かっていたのよね。なのになんでこんなに広範囲に使用されているのよ」
「えー、そうでもないんですよ。【豊作2号】自体は優れた殺虫剤で、当時深刻だった害虫による被害を解決しました」
「そうか。植物を枯らせる作用があるのは分解生成物だから、分解する前は殺虫剤としてちゃんと機能するのか」
「えぇ、だから、【豊作2号】が実用化されてからは一時期豊作になりました。おかげで広く普及したんですよ。製造元のジョンケミカルは商売上手で大儲けでしたよ」
「まさか、広く普及して広範囲に使用された後に、分解生成物が植物を枯らせることが分かったとか、そんなパターンか」
「えーと、理解が早くて助かります。そんなパターンです。しかもなんか残留性が強いらしく、そしてやっぱり【豊作2号】は毎年使うのでだんだん畑で麦が育たなくなりまして」
「後からでも植物枯らせる作用が分かったなら、ちゃんと皆に知らせて販売と使用を止めなさいよ。そうしていれば食糧危機は防げたんじゃないの? オカシイでしょ」
「えーと、使用を止めようにも、【豊作2号】と【不作】の因果関係は立証されていませんからね。商売上手としては【豊作2号】の販売と使用を止める根拠が無いんですよ」
「…………何を言ってるか分からないわ。ちょっとパス」
【ツッコミ上手】のジェット嬢が匙を投げた。
特技のツッコミで俺に助けを求めるのはリオ主任のぶっとび発言以来だな。
だが、ここは前世では技術者として生きた40代オッサンである俺の得意分野だ。任せろ。
【因果関係が立証されていない】
コレは俺の前世世界で見覚えのある言い回しだ。
国や大企業が被告になるような【公害】や【薬害】の訴訟においてたびたび出てきた。
【公害】が無くたって、作物が枯れることはあるし、人が病気になることもあるし、死ぬこともある。
発生した被害が【公害】に起因するかどうか。端から見ると一目瞭然であったとしても、被告側から【因果関係が立証されていない】と全否定されてしまうと、原告側が【因果関係を立証】して裁判で被告側に認めさせるのは非常に難しい。
なんせ、相手は大金を持っている巨大組織。研究機関も報道機関も、場合によっては司法すらもあっち側。
それに対して被害者側は経済的にも困窮している立場。被告側の主張を覆せるほどの確実な根拠で【因果関係を立証】するための研究の余力は無い。
正義感を持った研究者や弁護士が下手に被害者側に味方しようものなら、各方面からの圧力により出資者を失って社会的に潰される。
そして、そういうところは報道機関も【報道しない自由】を発動するので、被害者は人知れず泣き寝入りを強いられるというえげつない現実。
ここだけ見ると酷い話だが、残念ながらこれも必然性があるのだ。
「そうだよな。研究レベルで因果関係が分かってても、それを認めて販売と使用を止めると、薬剤が売れなくなるからなー。会社の売上減るからなー。そして発生した被害について賠償を求められたりするからなー。認めることなんてできるわけないよなー。そんな研究結果は【隠蔽】するしかないよなー」
「えー、そうなんですよ。商売上手としては【隠蔽】するしかないんですよ。商売上手を分かってくれて助かります」
「正直に因果関係認めて賠償しようとしたところで、北部平野全域あんな感じになっちゃったら、いくら商売上手でも一企業で賠償なんてそもそも無理だしー。国が救済しようにも、それでその国全体が食糧危機なんだから手に負えないしー。今更【豊作2号】の使用を止めたって、本当に再度耕作が可能になるのか、そしてそれがいつになるのかも分からないしー。そんな状況で商売上手として正直に謝る選択肢は無いよなー」
「えぇ、そうなんですよ。まさにそれなんですよ。商売上手ですからね。やっぱりそうなっちゃうんですよ。理解していただけてありがたいです」
「オカシイでしょ! オカシイでしょー!」 バンバンバンバン
ジェット嬢が顔を真っ赤にして両手でテーブルを叩いて怒っている。
まぁ怒りたくなる気持ちも分からなくは無いが、コレもやっぱり簡単な問題じゃない。
「農家の人達は【豊作2号】がちゃんと効くと信じて使い続けたのに、それが作物を枯らせて不作の原因になってたなんて酷いでしょ! しかも、製造元がそれを知っていたのにその事実を【隠蔽】していたなんて酷すぎるでしょ! 裏切りよ! 最悪の裏切りよ! やってることがオカシイでしょーが!」
ジェット嬢がここまで怒るのも珍しい。
【隠蔽】に嫌な思い出でもあるんだろうか。
「えー、じゃぁ商売上手として聞きますが、どうするべきと思いますか」
「すぐに事実を知らせて、販売と使用を止めて、可能な範囲で損害を賠償すべきでしょうが!」
「えぇ、でもそうなると、製造元のジョンケミカルはどうなりますか?」
「潰れても仕方ないでしょ! そんだけ酷い被害を出したんだから!」
「えーと、だとすると、そこで働く社員の方々はどうなります? 職を失って路頭に迷った挙句、肩身の狭い余生ですか? あの会社は商売上手で規模が大きいから社員たくさん居ますよ。それに、【豊作2号】に関連していない社員のほうが多いんですよ」
「そ、それは……」
「えーとですね。社員の方にも奥さんやお子さんが居るんですよ。生活があるんですよ。そこで育つ子供にはその後の長い人生があるんですよ」
「だからって、国全体を食糧危機にするよりマシでしょうが……」
「えー、植物毒性が発覚した時点で既に食糧危機は始まっていました。被害額も賠償可能な規模を超えていました。使用を止めたところで、再度耕作が可能になる見通しは立っていませんでした。その状況下で社員と家族を路頭に迷わせるのを商売上手と言えますかね」
「いや、そうかもしれないけど……。でも【隠蔽】なんて悪質なことをしていたら、あとで大変なことになるわよ」
「えーと、悪質な【隠蔽】といえば、去年【ヴァルハラ開拓団】が【魔物】により壊滅させられた事件の原因についてもちょっと【極秘情報】を掴んでいるんですが」
「えっ」
「えー、あの事件、ユグドラシル王国側の何らかの不手際が起因しているそうですね。あの事件がエスタンシア帝国の食糧危機深刻化の原因でもあり、戦争に至った主要因でもあるんですが」
「それは、その……」
「えー、この事実は【隠蔽】されていますが、【隠蔽】が悪質というなら、ここはエスタンシア帝国国民に広く知らしめて、全国民を上げてユグドラシル王国に謝罪と賠償を要求したほうがいいという話になるんでしょうか」
「あの、そこは、それ、食料は送ってるし……」
「えーと、この事件では莫大な被害と相当多数の死傷者が出ています。しかも、戦争にまで発展してしまいました。確かに元の原因は食糧危機ですが、あとから食料送ったらマッチポンプはチャラになるのでしょうか。情報公開したうえでユグドラシル王国側が堂々とそんな主張をしようものなら、商売上手の私が考えてもヴァルハラ平野が再び血で染まるような未来しか見えませんが」
「ごめんなさいトーマスさん。私が間違ってました。マッチポンプがチャラにならないのは痛いぐらいわかっています。ごめんなさい」
ジェット嬢が完全に論破されて青ざめている。
商売上手は伊達じゃないなトーマス。
【不都合な真実】の【隠蔽】
これは、被害者にとってはたまったもんじゃないが、ある程度の必然性を持って発生してしまう。
【公害】や【薬害】のような社会的災害は、時に国家レベルでも賠償が困難なぐらいの甚大な被害を発生させる。
会社が賠償すればほぼ潰れる。国が賠償を代行するしかないが、その場合の賠償金の原資は国民の税金であり、大多数の国民がそれを負担することになる。
それで現実的に負担可能な範囲ならまだいい。
だが、その限度を超えてしまうと【被害者の余生】と【その他大多数の国民の生活】を天秤にかけて、非情な政治的判断を下す必要に迫られる。
【公害】の裁判でありがちな【裁判を長引かせて大半の被害者の寿命が尽きるのを待つ】という判断だ。
考え方はいろいろあるが、政治的判断はそういうものと俺は思っている。
【100人が生きるために1人を殺す】か、【101人全員死ぬ】か、そのどちらかしか選べないときに必要なのが【政治的判断】で、それをするのが【政治家】だ。
【政治家】は結局それしかできない。
【101人全員生きる】という理想的な選択肢を用意できるのは【技術者】だけだ。
今回も【豊作2号】分解生成物の植物毒性を無効化する技術を必要なタイミングで提供できれば誰も泣かずに済んだ。
【技術者】というのはそういう仕事をして、その役割を果たすものだ。
実現可能性がある技術的解決策を考えようとしたところで、ちょっと気になったことが出たので聞いてみることにした。
「トーマスよ。北部平野で【豊作2号】の植物毒性に打ち勝って育っていた麦畑があったんだが、あれは一体何なんだ」
「えーとですね。あれは、【品種改良】で生み出された植物毒性に耐性のある小麦です。元になった品種の発見は偶然でしたが、栽培に成功した時に【北の希望】と命名され、エスタンシア帝国の食糧危機改善の切り札と期待されたものでした」
「トーマスさんは本当に何でも知ってるのね。でも、こちらの調査結果によると、あの麦は毒性があって食べられないそうよ」
ジェット嬢が復活してきた。立ち直り早いな。
「えぇ……。栽培には成功しましたが、食用できないと分かり開発は放棄されました。あの麦の毒は危険なので、栽培したものは可能な限り焼却したそうですが、一部が耕作放棄地に自生してしまい手が付けられなくなっています」
「それをなんとかしないと、【豊作2号】の分解生成物の効果が切れてもあそこで食用の麦が栽培できないじゃない」
「えぇ、そうなんです。不作を解決するために開発した作物のせいで、北部平野は完全に耕作不適地になってしまいました……」
トーマスが遠い目をしている。
エスタンシア帝国の【技術者】はちゃんと仕事をして役割を果たそうとしたんだな。
でも、うまくいかなかったんだな。
試せば必ずうまくいくほど技術の世界は甘くない。
それは俺も良く分かっている。だけど、この結果は俺から見ても残酷だ。
でも、これで終わりじゃない。
戦争は実質終わった。食料危機も解決した。
この時の研究結果は次に活かせるはずだ。
そう思いたい。むしろそうするべきだ。
そのためにも、【技術者】達が次のチャレンジをできる環境は残しておきたい。賠償金で彼等の会社が無くなるのは避けたい。
トーマスの話しぶりからすると、【隠蔽】は確実に行われているようで、不作の原因についてはだれも問題提起をしていなさそうだ。
北部平野の農家の人達がそこを気にせずに喜んでヴァルハラ平野に移住するなら、あえて【不作】の原因について責任追及をする必要も無い。
事を穏便に済ませるためにも、【隠蔽】という大人の判断もやむなしと言えるだろう。
「トーマスよ。ちなみにその【北の希望】についての情報源はどこなんだ。やっぱり【極秘情報】なんだよな」
「えー、【極秘情報】ですよ。弟と息子が一時期【北の希望】の開発チームに所属していました」
「情報信頼度抜群だな。トーマスは若く見えるのに息子さんも居たのか。ちなみに、弟さんってヴァルハラ平野開拓団に所属していたあの弟さんか。怪我は治ったのか」
「えぇ、私若く見られること多いですが、貴方達ぐらいの子供がいる程度の年齢ですよ。弟は重症でしたが快復して【第二次ヴァルハラ開拓計画】に志願してまた南の方に行きました」
そうか。俺は中身は40代のオッサンだけど、身体は若者だからジェット嬢に近い年齢に見えるのか。
今の俺は端から見ると言動がオッサン臭い若者なのか。
まぁいいか。
結局結構長居してしまったが、いろんな情報を得て俺達は帰路に付いた。
…………
【双発葉巻号】機内にて。貨物室側から操縦室を見ると、ブルーが操縦。イエローは副操縦士席に座っている。イエローも免許取るのかな。
「理屈は分かるけど、やっぱり納得いかないわ。【隠蔽】なんてことをしていたら、後で困ったことになるわよ」
機内貨物室で専用の椅子に座る俺の背中でジェット嬢がつぶやく。
「あちらの国の話だから俺達が納得する必要は無いだろう。道徳的には良くないが仕方ないこともあるさ。帰ったらこの件を知るメンバーに事情を伝えて、【情報管理】を徹底させよう」
「何故だか分からないけど、そんなことをして無事で済む気がしないわ」
知りたかった情報は得られた。
そして、今回は【不都合な真実】の【隠蔽】という大人の判断もやむなしと悟った。
北部平野の状況は気がかりではあるが、無用な争いの回避とあちらの国の【技術者】の次回作のためにも、今後はこの件については目立った行動は控えたほうがいいだろう。
エスタンシア帝国側のヴァルハラ平野が麦畑になれば、あとは時間が解決する話だ。
無用な争いを避けるためなら【隠蔽】もやむなし。
【魔王】として思った。
◇◇◇
トーマスメタル社の小屋でジェット嬢が商売上手のトーマスにコテンパンに論破された日から三日後の午後。
俺とジェット嬢がいつものちゃぶ台にて、報告書の添付資料に含まれていたエスタンシア帝国北部平野の【航空写真】を眺めていると、入口から職員二人がすごい勢いで帰還。
「「ブルーとイエロー、至急の伝言を受け取り帰還しました!」」
シャキーン
俺とジェット嬢の居る座敷の前でシャキーンと帰還の挨拶をするのは、二日前からサロンフランクフルトに出張に行っていたブルーとイエロー。
トーマスメタル社上空で空中待機中に【双発葉巻号】機内でブルーがイエローに飛行機の操縦を教えていたそうだ。
そこで一通りの訓練をしたので、イエローの【航空機免許】取得のために二人でサロンフランクフルトに行っていたのだ。
「至急の伝言って何かしら」
「「エスタンシア帝国の開拓団がヴァルハラ平野に新規開拓した麦畑で【豊作2号】を使用予定とのことです!」」
「「な・なんだってー!」」
【隠蔽】なんてしたら、結局ろくなことにならない。
【魔王】として反省した。
●次号予告(笑)●
殺虫剤として優れた性能を持つ【豊作2号】。耕作の手間を削減し、収量を増大できるその効果より、エスタンシア帝国北部平野の農家に大歓迎された傑作であった。
この薬剤の販売により、製造元のジョンケミカル社は急成長。工場設備や研究開発への投資を充実させ、技術の進歩に貢献。食料生産量の増大とあわせてエスタンシア帝国の発展を支えた。
耕作不適地となった北部平野からヴァルハラ平野に移住した農民達は、当然のように【豊作2号】ありきでの作付けを計画する。
それが、肥沃な大地を数年がかりで耕作不適地に変えてしまう危険な薬剤であることも知らずに。
止めなくてはいけない。
だが、止める理由を説明できない。
休戦中とはいえ、敵国側の隠蔽された不都合な真実。
開戦理由には自国側にも隠蔽された落ち度がある。
下手をすると、無用な争いを生む。
立ち回りが難しい状況下で、知恵者の【あの御方】が久々に帰って来る。
「武器ならそこにあるだろう。今回はアレが一番有効だ」
次号:クレイジーエンジニアと商売上手
(ゴエイジャーの活躍が入るかも)




