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第10話 クレイジーエンジニアと新婚旅行(17.0k)

 40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから一年と六十二日目のあの日。俺は【地獄ヘル魔王決戦ファイナルステージ】で調子に乗りすぎてジェット嬢に黒焦げにされた。


 激しい空腹感を感じて目が覚めたら、見覚えがあるような無いような天井が視界に入る。なにか台の上に寝かされているようだ。

 服はガウン型の患者着か。つぎはぎだらけなところを見ると、規格外ビッグマッチョの俺用に即席で作ったようにも見える。


「目覚めましたか【魔王】様」

 部屋に居たグリーンが声をかけてきた。


 起き上がりながら応える。

「グリーンか。俺はどれぐらい寝ていたんだ? あと、ここは何処どこだ」

「今日は黒焦げにされた日から二日後です。ここは【魔王城】の医務室ですよ」

「そうか。内装がちょっと変わっていたからわからんかった」


 ということは、今日は転生から数えて一年と六十四日目ということか。


「身体は大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。腹は減っているが調子はいい。グリーンが【回復魔法】で治療してくれたのか?」

「いえ、治療は【魔王妃】様が行いました」


 ジェット嬢が【回復魔法】を使ったのか。

 今のジェット嬢が【回復魔法】を使うには俺を繋いで波動生成するしかないが、その方法で俺の治療もできるということか。


「黒焦げにされたと思ったが綺麗に治ってるな。普通なら治療に一カ月以上かかるし、傷跡も残りそうなものだが。【回復魔法】はすごいな」

「実際に焼かれた直後はひどい黒焦げでした。でも黒焦げ自体は夜明けには綺麗に治っていましたよ。ここまで強力な【回復魔法】が使えるのは【魔王妃】様だけです」


 ということは、俺が二日間寝ていた主な原因は黒焦げではなく【波動酔い】か。

 いつぞやと同じで激しく空腹だ。コーヒー飲みたい。何か食べたい。


「【魔王妃】様が退屈しているので着替えて早く行ってあげてください。入口広場に居ると思いますよ」

 いや、その前に確認しておくことがある。


「すまんが、鏡は無いか。ジェット嬢のところに行く前に顔を確認しておきたい」

 グリーンがキャスター付きの姿見を運んできてくれた。

 それで顔を確認したが、異常なし。ジェット嬢にボコボコにされたままの顔だ。


「あの時は申し訳ありませんでした」

 【魔王討伐一周年記念祝賀会】で俺の顔面を修復したのはグリーンだったな。

 あの後散々な目に遭ったが、まぁ、王の命令なら仕方ないか。


「気にするな。王の命令じゃぁ仕方ない。でも、治療後に激しい耳鳴りがしたぞ。何とかなるんだったら、今後のためにも改善してくれ」

「ありがとうございます」


 あの時の件があるからグリーンが俺の治療をすることは無いだろうが、他のメンバーが怪我をした時のためにパワーアップしてくれるとありがたい。

 それが出来る物かどうかは魔法が使えない俺には分からないが。

 

 台から降りて軽くストレッチ。お気に入りのビッグマッチョボディは今日も快調。だけど空腹。

 先に食事を摂りたかったが、ジェット嬢に頼んだら何か作ってくれそうな気もしたので先に着替えてジェット嬢のところに行くことにした。


 派手にぶちかまして黒焦げにされて、それでどうやって会いに行けばいいのかという葛藤かっとうは無い。

 俺は人生経験豊富な40代のオッサン。こういう時は普通に会いに行けばいいということを知っている。

 俺もしかしてイケてる奴かもしれん。


 そこで、軽食や弁当でジェット嬢の手料理は何度か食べていたことを思い出した。

 そういう大事なことを忘れていたのも黒焦げにされた原因かな。

 俺やっぱりダメな奴だな。


…………


 いつもの作業着に着替えて医務室を出て、グリーンの助言に従い二日前に俺が焼かれた入口広場に出る。時間帯は昼間のようだ。

 一見そこにも姿が見えないので、滑走路の方を見ようと入口広場の東側に向かう。


「あっ! 目が覚めたのね。散歩行きたいの。散歩行きましょ! 散歩!」


 【魔王城】の陰から【散歩をおねだりする犬】状態のジェット嬢が車いすで俺の方に向かってきた。車いすの割には素早く近寄ってきて、俺の背後に回りこむジェット嬢。

 そして


「なんでアンタあのハーネス着けてないのよ!」


 ドカーン


 怒ったジェット嬢に下から推進噴流で打ち上げられてしまった。

 もはや着陸が特技となってしまった俺は【能動的質量移動による姿勢制御】で素早く脚が下向きの着陸姿勢へ。

 着地準備のために下を見たら、地面が無い。


「どぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 バサバサバサ バキバキバキバキ ズザァァァァ


 【魔王城】は東向きの急斜面に建っており、入口広場の東側は急斜面。

 つまり、がけ


 入口広場の東端付近で打ち上げられた俺はがけの向こうまで飛ばされて、崖下の林に転落。木をクッションとして痛い着地。

 常人だったら数本骨が折れてるような状況だが、さすがビッグマッチョだ。なんともないぜ。


 それよりも、そんな荒業あらわざを出したジェット嬢の腰のほうが心配だ。

 ビッグマッチョダッシュで落ちた林を抜けて、【魔王城】入口広場に向かう階段を昇り、俺を吹っ飛ばしたジェット嬢の元に戻る。

 するとそこには、可哀そうな姿になったジェット嬢が居た。


 車輪が歪んで座面が壊れた車いすに腰がめりこみ、バケツに尻がはまった幼児のような状態。


「失敗だったわ。【迫撃砲】みたいに上向きに撃てば反動で後ろに跳ばなくて済むと思ったけど、まさか車いすが潰れるなんて……」

 【二連装ジェット迫撃砲】は失敗したようだ。


「そんな荒っぽいことして、腰は大丈夫なのか? また腰痛になるぞ」

「このぐらいなら大丈夫よ。でもこのままじゃ散歩に行けないから、とりあえず部屋まで運んでもらえるかしら」


 大破した車いすからジェット嬢を救出し、縦抱き姿勢で持ち上げて【魔王城】居住区画にある俺達の居室に向かう。

 抱き上げた時に、大腿部が【太く】なって、全体的に【重く】なっていることに気づいたが、そこは口には出さない。

 それを口に出したら容赦なく殴られることは分かる。

 俺だってそのぐらいは進歩してる。


 縦抱き姿勢のジェット嬢が俺にしがみつく力が少し強くなった気がした。


 俺達の居室に行くと、そこには大きく拡張された【滅殺☆ジェット箱】があった。イエロー作とのこと。その上にあった俺用のハーネスを着用して、いつもの背中合わせスタイルとなる。

 食堂にてアンとメイに軽食を用意してもらい、それをバスケットに入れて西側の台地に散歩に行く。


「台地の草刈りがずいぶん進んだな」

「グリーンが頑張ってくれたのよ。雑草は刈るたびに生えてくるけど、それを片づけるのも楽しいみたい」

「なんか分かる気がする。草いじりとか土いじりとか、たまになら楽しいな」


 何となく【魔王城】裏側の井戸のところに来た。夫婦の井戸端会議だ。


「そういえば、イエローとブラックの姿が見えないが、出張中か?」

「首都に出張に行ってもらったわ。あと七日ぐらいで帰って来る予定よ」

「出張と言えば、ブルーはいつ頃戻るんだろう」

「それが、連絡が無いのよ。あの飛行機は早く使いたいのに」

「アレはもう、いいんじゃないか」

「いや、アレは必要よ」


 俺は前世世界では既婚で子持ちの40代オッサンだった。だが【結婚式】はしていない。妻が再婚だったので双方合意の上で省略したのだ。

 だから当事者目線での【結婚式】というものは実はよく分からなかった。


 だけど今なら分かる。【結婚式】は共に生きる二人の小さなイベントに過ぎない。何らかの収穫はあるのだろうが、夫婦の関係は何も変わらない。


 同じように、俺達の日常も変わらない。

 黒焦げにされた上に、崖から落とされたとしても。

 でも俺はあの【結婚式】で確かな収穫を得た。

 ジェット嬢が一緒なら、俺は黒焦げにされても死なないことが分かった。



 俺が【結婚式】による黒焦げから復活した翌日午前中。アンとメイは調理場で昼食準備、【辛辣しんらつ長】は地下一階の執務室で事務処理、レッドは滑走路の掃除、グリーンは台地の草刈り、ブルー、イエロー、ブラックは外出中。

 そんな通常進行の【魔王城】で、ジェット嬢とエントランスにある座敷のちゃぶ台でくつろいでいたら、珍しく来客。


 空きっぱなしの入口ドアから入ってきたのはキャスリンだった。いつものデタラメコーディネイトでフラッと現れた。

 今日はちょっと大きめのかばんも持っている。


「ごめんくださーい」

「「いらっしゃいませー」」


 やっぱり飲食店風に応える俺とジェット嬢。


 俺とジェット嬢とキャスリンが座敷の上でちゃぶ台を囲むと、アンが三人分のコーヒーを淹れてくれた。それを頂いて一服したのち、キャスリンはちゃぶ台上に地図を広げて話を切り出した。

「ちょっと二人に【魔王城】周辺の道路整備について相談に来ましたの」


 俺は未だにこの世界の文字を読み書きできない。だが、図は読める。

 キャスリンが広げた地図は【魔王城】周辺の地図じゃない。

 ユグドラシル王国全土の道路地図だ。


「国土西側の幹線道路となる【山陽道】の経路についてですが、【魔王城】を終点とする案と、南側で迂回してリバーサイドシティ側につなげる案がありますが、どちらがよいでしょうか」


 いや、それ国全体の道路インフラ設計の話だよな。

 俺達に聞く話じゃないよな。


「【魔王城】周辺はあんまりにぎやかにしたくないから、南側の街のあたりで東に曲げてヨセフタウンの方につなげて欲しいわ」

「わかりましたわ。ヨセフタウンにつなげるなら【中央道】と【東海道】と一点で合流させた方がよさそうですわね」

「そうね。そのへんはお任せするわ」


 ジェット嬢よ。当たり前のように国内交通インフラ設計の指示を出しているが、いつの間にそういう立ち位置になったんだ?

 なんか【都市開発シミュレーションゲーム】みたいだぞ。


 キャスリンはジェット嬢の指示に従って地図に道路を示す線を追記していったが、その描き方が気になった。

 直線部分も波打つような経路にして、西から東へ向かう部分は東西方向に走らないようにジグザグに引いている。

 俺の前世世界の道路設計のノウハウが入っているようにも見えたので、ちょっと聞いてみることにした。


「首都には道路設計の専門家が居るのか?」

「研究している部署もありますし、ウラジィさんにもアドバイザーとして協力頂いています」

「じゃぁ、道路インフラだけでなく、交通ルールとか法整備とかも進んでるのか?」

「はい。制限速度や交通標識や免許制度等もウラジィさんの知見を元に整備中ですの。件数は少ないですが、【交通事故】も発生しているので急務ですわ」

 ウラジィさんもこの世界のために色々がんばってるんだな。


「ただ、ウラジィさんについては少々困ったことがありまして」

「どうした。歳だから体調が悪いとかか」

「【コメディアンを王にしてはいけない】と各方面で力説するんですの。旦那はコメディアンではないので、王位継承権について何か言いたいわけではなさそうなのですが、ちょっと意味が分からなくて困っていますわ」


 イェーガ王子とキャスリンならコメディアン夫婦としてもやっていけそうな気はするが、ウラジィさんの言いたいところは多分そこじゃない。


「それはウラジィさんの前世での【私怨しえん】だから、あんまり気にしなくていいぞ」


 道路インフラの話は一段落。

 キャスリンが地図をかばんに片づけて、三人でちょっと冷めたコーヒーを飲む。

 アンがビスケットとコーヒーのおかわりを持ってきてくれた。

 まるでメイドみたいだ。いや、メイドだったな。

 いや、そもそもメイドって何なのか俺よく知らないけど。


 キャスリンが持ってきた大きなかばんを見て、ふと思ったので聞いてみる。


「そのかばんは【試作2号機】に載るのか?」

「載りませんわ。だから今日は【軍用1号機】で連れてきてもらいましたの」

「珍しいわね。キャスリンが自分で操縦しないなんて」


「諸事情によりまた【免停】になってしまいましたの……」

 キャスリンが寂しそうに応えた。

 何をしたんだ一体。


「ところで、あの飛行機はいつ頃到着予定かしら。艤装ぎそうの割には時間がかかっているように思うわ。早めに使いたいんだけど」


「…………」

 気まずそうに黙るキャスリン。


「あの日、【あの悲鳴】がここまで聞こえたんだけど。まさか、壊してないわよね」

 追及するジェット嬢。


 サングラスの上からでも分かる。

 キャスリンの目が泳いでる。

 そして見覚えのあるオーラが出てきた。


 あのオーラは俺の前世世界で見た覚えがある。

 【真冬の夜に会社から帰宅する時に自動車のフロントガラスが凍結してたけど横着してそのまま走り出したら、右折で大通りに出ようとした時に正面にあるラーメン屋の照明が氷に反射して前が見えなくなったことでハンドル操作を誤り中央分離帯に乗り上げる形で衝突、修理工場にレッカーで運んでもらったらエンジンルームが下からえぐられてると全損判定もらって、途方にくれながらやむなく徒歩で帰宅したら旦那が先に帰っていて車どうしたのと聞かれた時】のオーラだ。


「正直に言ったほうがいいと思うぞ」

「申し訳ありません。修理中ですわ」

「修理内容を教えて頂戴」

主翼翼桁しゅよくよくけた全交換ですわ」

「大修理ね。それで、工期の予定は?」

「あと十日ぐらいと聞いてますわ……」

「……到着したらエスタンシア帝国側も飛びたいから、あっち側の入国許可と上空飛行許可も取っておいて頂戴」

「準備しておきますわ」


 次期王妃であるキャスリンをパシリにするジェット嬢。

 【滅殺案件】によるとジェット嬢もかつては次期王妃だったそうだが、今のこの二人の関係性がよく分からん。

 そして、休戦中とはいえ敵国であるエスタンシア帝国。その上空飛行許可なんてそう簡単に取れるとは思えんが、そんなにあっさり引き受けてどうするつもりだキャスリン。


 他にもいろいろ情報交換をした後で、キャスリンは席を立った。【山陽道】の建設予定地を視察しながら陸路で首都まで帰るという。そのついでに帰省もするとか。

 街の外の一人旅は危ないので、最寄りの街まで【辛辣しんらつ長】に護衛役として同行してもらうことにした。

 そして、【辛辣しんらつ長】には街に行くついでに新しい車いすの手配も頼んだ。


…………


 【辛辣しんらつ長】とキャスリンを見送った後の昼食時。ゴエイジャーのレッドとグリーンがしょんぼりしていた。


「「ゴエイジャーなのに護衛役に呼ばれなかった……」」

 そういえば、そうだな。


◇◇◇


 【魔王城】入居時から俺とジェット嬢は居室を共有している。だが、入居初日の雑魚寝を除いては一緒に寝ているというわけではない。


 ジェット嬢の今の寝室は、居室内にある大きく拡張された【滅殺☆ジェット箱】だ。

 イエロー作の高さ1000mm程度の木箱を複数連結したような構造物で、その中にクローゼット、私物の収納庫、寝室があるという。俺は見たことが無かったが、去年住んでいたサロンフランクフルト食堂棟の四号室にも似たような構造物を作っていたとか。

 両脚大腿切断で脚が無い今のジェット嬢は、立つことも歩くこともできない。それゆえに天井の高い普通の部屋では生活がしにくい。それを何とかするために試行錯誤の末に行きついたのがこの構造らしい。


 この構造を見て、前世で妻が飼っていたハムスターを思い出した。

 ハムスターは本来は土の中に作った巣で生活する動物らしく、飼育する場合でもそれを模擬した【巣箱】を用意してやった方が健康で長生きするらしい。

 捕まえて手の中で撫でまわしたい衝動は我慢し、巣の中で動き回る気配とたまに巣から出てきて動き回る姿を距離を置いて堪能するのが、ハムスターの正しい飼い方とのことだ。


 そして、そのジェット嬢の【巣箱】の上が俺のベッドになっている。

 普通のダブルベッドよりも広く、俺が乗ってもはみ出さない。木箱に俺が乗っても大丈夫か不安はあったが、ジェット嬢によると内側は鉄骨構造になっており、俺が上で立っても大丈夫とのことだ。


 ジェット嬢の出入口は箱の上側、俺の枕元にある。

 夜はその【巣箱】の中に降りるジェット嬢を見送り、朝は俺が先に起きて、ジェット嬢がそこから出てくるのを待つような毎日だ。


 この【巣箱】の正面側には引き出しのような構造があり、着替えや洗濯物や廃棄物の出し入れ口になっているそうだ。そして、そこの扱いはアンとメイの仕事だ。

 箱の側面にある梯子はしごのところに車いすを横付けしておけば、ジェット嬢は一人で【巣箱】から出て車いすに移ることもできるようになっている。俺が動けない時でも必要最小限の生活ができるようによく考えられた設計だ。


 車いすは【二連装ジェット迫撃砲】で壊してしまったが、護衛任務で街まで行った【辛辣しんらつ長】が同じものを買ってきてくれた。


 キャスリンが遊びに来てから三日後の朝。

 起きてから軽くストレッチをした後で着替えて例のハーネスを装着。

 東向きの窓から外を眺めながら、ジェット嬢が【巣箱】から出てくるのを待っている。

 【巣箱】の中でジェット嬢が動いている気配がする。


 両脚の無い身体でどうやって動いて、どうやって寝て、どうやって着替えをしているのか。

 興味は尽きないが【覗き行為】は厳禁だ。

 黒焦げ以上にひどい目に遭わされる。


 【巣箱】の上の蓋が開く。今日も背中合わせの日常が始まる。

 今日は城より北側にあるヴァルハラ川に行く予定だ。

 ジェット嬢は魚を食べたいそうなので、そこに魚が居るかどうかを見ておきたい。

 魚が居たとして、それを食べて大丈夫かどうかは調べないといけないが。

 エスタンシア帝国に魚食文化があったらいいなぁ。


◇◇◇


 キャスリンが遊びに来て、国土全体の交通インフラで【都市開発シミュレーションゲーム】を楽しんだ六日後の午後。イエローとブラックが出張から帰ってきた。


「「首都出張から帰ってまいりました!」」

 シャキーン


 エントランスにある座敷のちゃぶ台でくつろぐ俺とジェット嬢に、イエローとブラックの二人がシャキーンと帰還の挨拶。


「お疲れ様。目的の物は回収できたかしら」

「「大漁であります!」」

「じゃぁ、イエローは書籍をイエローの仕事部屋に。ブラックは人数集めて金貨をエントランスの右端の方にお願い」

「「イエッサー!」」


 楽しそうに作業を始める二人を見送る。ブラックはレッドとグリーンを呼びに行ったようだ。

 居住区画から【辛辣しんらつ長】も出てきた。

 イエローは入口広場に止めたトラクターのトレーラーから箱をせっせと居住区画に運んでいる。


「ジェット嬢よ。首都から何を運んできたんだ?」

「王宮の【金庫】と【禁書庫】の中身を根こそぎ頂いたの」

「……どういう名目なんだ?」

「【慰謝料いしゃりょう】とオマケよ」

 ちょっと前にキャスリンが言ってた【資金難】はジェット嬢が原因だったか。


 ガラガラガラ 「金貨イエーイ!」

 ガラガラガラガラ 「金貨イヤッホォォォウ!」

 ガラガラガラガラガラ 「金貨ワッショーイ!」


 レッドとブラックとグリーンは三人ともすごく楽しそうだ。三人が台車で往復するたびに、エントランスの右端に金貨の入った箱が積み上げられていく。

 本来なら、金貨は【金庫】とかに入れるべきなんだろうが、この【魔王城】に泥棒が入るとは思えないし、エレベータの無い【魔王城】であれだけの重量物を地下に運ぶのも難しいので気にしないことにした。


 この世界の【魔王城】は【王宮】よりも金持ちだ。


 金貨を運ぶ三人とは別に、イエローがせっせと箱を居住区画の方に運んでいる。

「イエローが一人で頑張っているが、あの荷物が【禁書庫】の中身か?」

「そうよ。中身は未確認だけど、内容が危険な書籍だから見る人を増やさないためにイエローに頑張ってもらってるわ」

「俺が手伝ってくるよ。俺が見る分には問題無いだろう」

「そうね。お願いするわ。でも早めに戻ってきてね」

 俺は未だにこの世界の文字が読み書きできない。

 だから逆に【禁書庫】の中身を見ても害はないのだ。


「イエローよ。俺も手伝うぞ」

「ありがとうございます【魔王】様。では、入口広場のトレーラから、居住区画の階段までお願いします」


 【魔王城】の【禁書庫】は地下一階に作ったそうだが、地下一階の階段と廊下は狭いのでビッグマッチョの俺が降りると逆に邪魔になる。

 だから俺は地上階で荷物運びをがんばる。本が入った箱は重いけど、ビッグマッチョの今の俺なら沢山運べる。


…………


 数時間がかりで一通りの荷下ろしが終わった。

 力仕事を終えたレッド、イエロー、ブラック、グリーンは【魔王城】エントランスのテーブルにてコーヒーを飲みながら休憩中。

 俺とジェット嬢と【辛辣しんらつ長】はエントランスの座敷のちゃぶ台で金貨の扱いについて相談。


 【辛辣しんらつ長】がブラックが持ち帰った書類を見ながら渋い顔で話を切り出す。

「【魔王妃】様。【慰謝料いしゃりょう】の支払いは仕方ないのですが、王宮の主計課からの資料によると今回の金貨搬出により運転資金がほぼ枯渇状態とのことです」

「当面しのげるぐらいは【借金】として残したはずだけど、何か大きな出費があったのかしら。運転資金が枯渇するのはさすがにマズいわ」

「王城再建のための資材購入の支払いに充てたようです。王宮は既に債権も発行できず、各商社からも金貨現物前払いでしか取引してもらえない状態になっているとのことで、それで金貨が枯渇したようです」


 王宮が【信用不安】状態かよ。

 衆目の面前で王城を【墓標ぼひょう】にされたのが効いているのかな。

 だとしたらこれもジェット嬢の仕業だよな。

 そうなると、俺としては気になることがあるので聞いておこう。


「王宮の運転資金が枯渇するとなると、そこで働いてる職員の給料はどうなるんだ?」

「資金が工面できるまでは給料の支払いを遅らせるしかないかと」

「それは相当マズイぞ【辛辣しんらつ長】。支払いの優先順位を間違えてる」


 資金繰りが悪化して経営が傾いた会社ではいろんなトラブルが起きるが、【給料未払い】はそのトラブル中でも末期症状だ。

 コレが出ると倒産寸前という一番やっちゃいけないパターンだ。


「申し訳ありません【魔王】様。私が【魔王城】に来てしまったので、そういう交渉ができる人間が王宮に残っておらず……」


 シュバッ


 ジェット嬢が渋い顔で両腕を振り上げて存在アピール。

 いや、座ってるんだから普通に話しかければいいんだぞ。


「アンタ達学習してないの!? 前任者が居なくなっても業務が回るように普段から備えをしておきなさいよ! それでさんざん痛い目に遭ったところでしょうが!」

 ジェット嬢が怒った。


 まぁ、前任者不在で痛い目に遭った件は多分【滅殺案件】がらみなので、俺はあえて知らんぷり。

 ジェット嬢は他にも言いたいことがあったらしく、【給料未払い】が職員の生活にとってどれほど迷惑かとか、王宮職員の労働環境とか、安全管理とか、給与体系とか、査定制度とか、教育体制とか、上層部の現場感覚の欠如とか、そういう内容での【辛辣しんらつ長】に対する辛辣しんらつな説教は小一時間ほど続いた。


 内容がえらく具体的だけど、王宮で一体何をしていたんだジェット嬢よ。【第一王子の婚約者】じゃなかったのか?


 そして、王宮職員の労働環境は意外と【ブラック企業】だったんだな。

 王宮内部事情に通じたジェット嬢による【辛辣しんらつ】な説教をされてうなだれる【元・宰相】の【辛辣しんらつ長】。

 そして、テーブル席の方では、ゴエイジャー四人と一升瓶を持ったアンとメイがこっちを見てガッツポーズをしている。


 ずっと言いたかったんだな。

 言いたかった事をジェット嬢が言ってくれて気が晴れたんだな。


 ジェット嬢に説教されて【辛辣しんらつ長】はしょんぼりしてしまったが、問題は何も解決していない。


 俺は前世では40代サラリーマン、つまり【給与所得者】だった。だからこそこの世界の【給与所得者】の方々の生活の安定を守りたい。王宮職員が【給与未払い】の仕打ちを受けるのは阻止せねばなるまい。【魔王】として。


「ジェット嬢よ。経緯はどうあれ【給与未払い】は阻止しないとマズイだろう」

「実際マズイわね。職員の生活も人それぞれだけど、あんまり余裕の無い人もいるから、短期間でも【給料未払い】は生活への影響が大きいわ」

「当面しのげたとしても、王宮の資金難は続くんだろう。雇い主がそんな状態だと職員も不安だな。そこは何とかしてやらないとな」


 俺は、久々に前世世界の知識を活用することにした。


 ポク・ポク・ポク チーン


「【派遣社員】だ!」

「「【派遣社員】?」」


 俺の前世世界では、人材派遣会社に雇用された状態で、派遣先の別会社で仕事するスタイルの働き方が存在した。

 派遣先が人材派遣会社に派遣費用を支払い、人材派遣会社が派遣社員に給料を支払うシステムだ。俺の前世世界では【搾取構造】なんて呼ばれることもあったけど、今回の場合は逆に使える。


「王宮職員を全員【魔王城】で雇って、そこから王宮に派遣して仕事をしてもらう形だ。彼等の給料を【魔王城】から支払うなら彼等も安心するだろう」

「王宮の人件費を【魔王城】で肩代わりするの? 職員は喜ぶかもしれないけど、それはなんか違う気がするわ」

「肩代わりじゃないぞ。王宮には【人材派遣費用】として人件費にこちらの手間賃を上乗せした分をきっちり請求する。だが、こちらは支払いが滞ったとしても王宮の【借金】が増えるだけで職員の給料には影響が出ないから問題は少ない」

「なるほど。職員の生活を守りつつ、王宮の【借金】を自動的に増やせるわけね。これはいいわね」


 ジェット嬢も賛同してくれるようだ。

 せっかくだからついでに、親切誠実だけでは生きていけない前世世界で歳を重ねた40代オッサンの年季の入った腹黒さも発揮してみよう。【魔王】として。


「さらに言うなれば、【派遣社員】は基本的にこちらが雇用主になる。派遣先との契約条件にもよるが、派遣先での仕事内容はこちらから指示することもできるし、場合によっては【派遣社員】の引き上げもできる。つまり、王宮内の【人事権】を掌握できるということだ」

「イイわ。スバラシイわ。資金だけでなく人材も掌握してしまえば征服したも同然ね。早速準備しましょう。職員の方々の生活を守るため。あ、でも、雇用主は【魔王城】じゃなくて、専用の別会社を作りたいわね」

「会社を作るということは、久しぶりにフォードに頑張ってもらうか」

「そうね。ここはフォードとレッドに頼んで【人材派遣会社】を作りましょう。レッドにはしばらく首都の【バー・ワリャーグ】勤務をお願いするわ」


 そういえばレッドは【ユグドラシル王国戦略陸軍】の統括と部隊編成を担当していたな。人材の扱いは得意のはず。

 そして、首都に家族が住んでいると聞いたから首都勤務は喜ぶかもしれん。


 王宮職員が全員【派遣社員】になったら、王宮は完全にジェット嬢の支配下だ。こんな危険な入れ知恵してしまって国王陛下にはちょっと悪いかなとは思った。

 でも、支払いの優先順位をちゃんと管理しなかった国王陛下がイケナーイのだよ。


 この世界の【魔王】は【給与所得者】の味方だ。


◇◇◇◇◇


 イエローとブラックが出張から帰ってきて、【人材派遣会社】の構想をしてから五日後の昼過ぎ。滑走路に待望の大型機が着陸した。陸上突撃機【双発葉巻号】の到着だ。


「臨死ブルー、【双発葉巻号】の【機長】に就任して帰って参りました!」

シャキーン


 【魔王城】エントランスの座敷でくつろぐ俺達にシャキーンと挨拶をする臨死ブルー。約二十日ぶりの帰還だ。なんか顔つきもりりしくなっており、【機長】という感じになってる。


「久しぶりだなブルー。あの大型機を一人で操縦できるのか」

「航法含めて操縦は一人で可能であります。副操縦士が居なくても飛べます。副操縦士が居ない方が安全に飛べる場合もあります」


 よくわからないことを断言するブルーの後ろで、キャスリンが視線を逸らしている。

 なにかやらかしたんだな。深く追及はしないでおこう。


「早速だけど行きたい場所があるの。ざっくり地図書いたから、経路確認しておいて」

「了解です」


 ジェット嬢が渡した地図を持って、ブルーはエントランスのテーブル席の方に行った。航路と航法の確認かな。


 俺とジェット嬢とキャスリンでちゃぶ台を囲む。メイがコーヒーとビスケットを持ってきてくれた。

「エスタンシア帝国から上空飛行許可を取ってきましたわ。市街地上空以外なら好きに飛んでいいそうですの」

「許可取れたのか。休戦中の敵国に領空の飛行許可を出すなんて俺の前世世界では考えられなかったぞ」

「飛行機を戦争に導入しなかった成果ですわ。条件付きですが許可自体は簡単に取れましたの」

「どんな条件を付けられたんだ」

「【写真機】を貸し出すから北部平野の【航空写真】を撮ってきてほしいと」

「休戦中の敵国にそれを頼むのか。対空警戒全くナシだな。それはそうと、こっちの世界にも【写真機】あったんだな。今回借りてきた【写真機】はどんなものだ」

「光を感じる薬品を使って紙の上に像を作る物だそうです。【撮影】のあとに【現像げんぞう】という処理が必要で手間がかかりますが、絵よりも綺麗に映りますわ。今回借りてきたものは【双発葉巻号】の機首の窓部に搭載していますの」


 俺の前世世界のあの機では爆撃照準器があったところか。

 たしかに写真機を置くのにちょうどいい場所だ。だが、【双発葉巻号】のその区画にはビッグマッチョの俺は入れない。


「そこに置いてあると俺が触れないが、撮影はどうするんだ。ブルーが操縦しながら撮影というのも難しいだろう」

「撮影個所の指示を受けていますし、取り扱いの難しい機械なので私が撮影しますわ」

 それは助かる。


 そして、この世界にも写真機があるなら、俺の楽しみも広がる。

「その写真機だけど、手持ちで撮影できるようなものは無いか?」

「【写真機】は大きい装置なので手持ちができるとは思えませんわ。【魔王】様の前世世界ではそんな小さな【写真機】があったのでしょうか」

「あったぞ。俺が前世世界で死んだ頃には、別の技術に世代交代されて廃れていたけど、片手で撮影出来て、最大三十六枚ぐらい撮れたりした。フィルムがネガフィルムで、焼き増しして写真を増やせたりした」


 懐かしいアイテムが出てきたので、俺は前世世界の【写真機】を思い出してしまった。

 この世界の【写真機】は、おそらくは俺の前世世界で【銀塩写真ぎんえんしゃしん】と呼ばれていたものの原型だ。

 デジタルカメラは撮影後すぐに映像が確認できるが、この【銀塩写真ぎんえんしゃしん】はフィルム枚数全部撮影した後で、フィルムカートリッジをカメラから取り出して、写真屋さんに【現像げんぞう】を依頼して、それを受け取ってからしか写真を見ることができないという不便なものだった。


 その不便さ故に、デジタルカメラ技術の進歩によりあっという間に市場から駆逐されてしまったが、趣味として楽しむならあれはあれで良いものだった。

 前世で俺は白黒写真ではあるが、写真フィルムの【現像げんぞう】にも挑戦したことがあった。

 真っ暗な暗室の中で、複数の薬品を使って温度と時間を確認しながら手順通りに処理をして、フィルムに像が浮かんできた時は嬉しかったものだ。


 でも、すごい手間がかかるから挑戦したのは数回だった。機材もいろいろ必要だし廃液処理とかも必要だから、趣味でするにはハードルが高い物だった。


「その【写真機】っていうのは面白そうね。なにか資料とか無いかしら」

「詳細な資料は受け取っていませんが、頼んでおきますわ」

「お願いするわ。あと、【写真機】本体と【現像げんぞう】に必要な機材も一式欲しいわ。イエローなら扱えると思うし」

「【現像げんぞう】の処理もこちらでするとなると、ちょっと大掛かりになるかもしれませんが、それも確認してきますわ」


 【魔王城】に【暗室】を作って写真を現像できるようにするか。

 俺も一応経験あるし、案外ジェット嬢が得意かもしれん。暗くても見えるとか言ってたし。


 なにかと楽しみな【写真機】の話が一段落して、三人でちゃぶ台でコーヒーを飲みながらビスケットをつまむ。


 コーヒーを飲み終えたキャスリンが話を切り出す。

「ついでの連絡ですが、旦那が王に即位しましたの」

「それついでかよ! 大事おおごとじゃないか」

 扱いの軽さに思わず突っ込む俺。


「あらそう。式典とかはするのかしら」

「今朝終わりましたわ。更地になった王城跡地で再建の【竣工式】のついでにささっと」

「この国で王の交代ってそんなに軽いものなのか? よくわからないけど、国中から来賓を招いて盛大な式典とか、街中パレードとか、一日中お祭りとかそんなイメージあるけど」


「慣例的には、おっしゃる通り盛大な式典を行うものなのですが、今は式典をしようにも王城は更地ですし、財政難がひどくて来賓を呼ぼうにも宿泊場所が確保できず。また、先日あのようなことがあったばかりなので、各地領主も首都に来たがらないですし……」

 しょんぼりとして応えるキャスリンが見覚えのあるオーラを出している。


 あのオーラは俺の前世世界で見た覚えがある。

 【楽しみにしていた修学旅行に来たけど周りが見えないぐらいのすごい大雨で、集団からはぐれないようにと前を歩く友人の傘だけを見て一日歩き回り、やっとの思いで宿に到着し、ずぶ濡れの靴に宿でもらった古新聞を突っ込んで明日に備えた後、今日の感想文何を書けばいいんだろうと部屋で鞄を空けたら中まで水浸しで、しおりも感想文の用紙もドロドロになっていて途方に暮れた時】のオーラだ。


「まぁ。それは大変ねぇ」

 他人事のように言ってるけど、全部ジェット嬢の仕業だよな。

「旦那の支持率が高いのだけが救いですわ」

 がんばれキャスリン。負けるなキャスリン。そのうちいいことあるさ。


「近々、旦那を連れて改めて即位の挨拶に伺いたいのですがよろしいでしょうか」

 えっ。国王がこっちに挨拶に来るの? それでいいの?


「いいわよ。でもちょっと準備に時間欲しいわ。【魔王城】の玉座を私が安定して座れるように改造したいの」

 たしかにあの玉座はジェット嬢が安定して座るには座面が大きすぎるけど、って、謁見の間で玉座に座って国王を迎えるの? それでいいの?


「ありがとうございます。旦那の日程は【魔王】様の都合に合わせますわ」

 国王がこっちに合わせて予定立てるの? それでいいの?


 この世界では【国王】より【魔王】のほうが上らしい。


 【魔王】って一体何なんだ。

 まぁ、俺の事らしいけど。


…………

 

 キャスリンと座敷でしばし雑談したのち、弁当等の遠足セットを準備してから陸上突撃機【双発葉巻号】にて出発。搭乗は【機長】のブルー、撮影係のキャスリン、そして俺とジェット嬢。


 飛行することおよそ二時間。

 現在、エスタンシア帝国北部平野上空約2000m。

 【航空写真】撮影のため高揚力装置を使って低速飛行中。


 貨物室にて俺用の椅子に座ってラクチンな空の旅を楽しむ俺。

 やっぱり機内に居たほうが楽だし、巡航速度も速いので時間も短縮できる。

 確かに遠出する時には便利だ。


「依頼された【航空写真】の撮影は終わりましたわ」

 操縦室区画が出てきたキャスリンが報告。

 では俺もそろそろ降りるか。その前に、ジェット嬢を【着艦】させないとな。


 ジェット嬢は今俺の背中に居ない。

 この【双発葉巻号】の脇を単独飛行で飛んでいる。


 【航空写真】撮影スポットに到着したら我慢ができなくなったらしく、一人で飛びたいと言い出した。

 【双発葉巻号】には、備品としてジェット嬢単独飛行用の投下機材【ジェット☆シューター】が装備されているので、それの試験も兼ねてジェット嬢は単独飛行で投下口から機外に【発艦】。

 【ジェット☆シューター】とは、長さ3m程度の滑り台のような装置で、機内貨物室からジェット嬢が機外に安全に滑り降りるためのものだ。


 ちなみに、ジェット嬢は単独飛行だと両腕が自由に使えない。飛行中に何かを掴もうとして腕を動かすと空気抵抗と重心位置が変わることで姿勢が崩れてしまい、掴もうとしたものに衝突する危険がある。

 あと、魔力推進脚の推進噴流がスカートに当たると破れてしまうので、飛行姿勢に合わせて両手でスカートを持っていないといけないとか。


 魔力推進脚自体も低出力領域での推力制御が難しいため、自重が軽くなりすぎる単独飛行は見た目ほど自由ではないそうだ。逆に、重い俺を背負っていたほうが飛行自体は安定するらしい。


 だったら単独飛行時の【双発葉巻号】への【着艦】はどうするかというと、【ジェット☆タモネット】という、ジェット嬢がすっぽり入る大きなタモあみを使う。

 機体下を飛ぶジェット嬢を俺がその網を使って投下口からすくい上げる形だ。


 ジェット嬢は単独飛行だと着陸ができないので、ここで降りるには一旦【着艦】させて、俺が背中に背負った後で再度投下口から【発艦】する必要がある。

 飛んでいる飛行機から飛び降りるのは正直怖いが、ジェット嬢を背負った状態なら問題は無いだろう。


 ジェット嬢の【着艦】準備のため、貨物室の壁に固定してある【ジェット☆タモネット】を取ろうと、頭上に気を付けながら立ち上がる。


『着艦面倒だからそこから飛んで頂戴。空中でキャッチするわ』

 ジェット嬢のよく通る声で無茶ぶりが聞こえた。

 同時に背筋が凍る。マジか。


「Bパーツ、投下用意!」

「俺はロボット部品じゃねぇ!」

 操縦しながら楽しそうに号令をかけるブルーに決死のツッコミ。


 ウィィィィィィン

  ゴォォォォォォォォォ


 床下の投下扉が開き、貨物室内に風が吹き込む。


「訓練通りにすれば大丈夫ですわ」

 カチャリ

「訓練してないから! 訓練以前に、コレ想定もしてないから!」

 キャスリンが楽しそうに励ましながら、俺の転落防止用ワイヤーを外す。当たり前のように危険なことをされてツッコミ入れるもスルーされる俺。


「遠足セットを忘れずに装着してくださいな」

 危機感を感じつつも、差し出された前持ちリュックサックを装着する俺。

 背中にはジェット嬢を背負うので、荷物を多めに持つときは俺用の前持ちリュックサックを使う。

 ビッグマッチョの俺に合わせて作ってあるので、食料とかがたくさん入るお気に入りのアイテムだ。


 投下口の前に立ち下を見る。ジェット嬢が機体の遙か下を飛んでいるのが見える。


「この機を見た時に、なんとなくコレをさせられるんじゃないかと思ってはいた。だけど、まさか、最初からやらされるとは思ってなかった……」


「本日は【双発葉巻号】をご利用頂きましてありがとうございました。次の搭乗をお待ちしています。つべこべ言わずに【新婚旅行】行ってらっしゃいませー」


 バサッ


 背中に感じる衝撃と同時に、機内貨物室から投下口に吸い込まれる俺。飛行機から生身で落とされるというあんまりな扱いを受けて逆に冷静になってしまう。


 【空から落とされる系の魔王】爆誕。

 需要無い。コレ絶対に需要無い。


 頭を下にして自由落下する俺に向かって飛んでくるジェット嬢。


「餌に向かってくる肉食魚みたいダナー」


 どうせなんもできないしとなかばヤケクソで感想。

 そういえば、ジェット嬢は単独飛行だと両腕が自由に使えない。落下する俺をどうやってキャッチするつもりだろうか。

 一度は掴まないと、背中の金具の連結はできないようにも思うが。


 落下しつつも、背後にジェット嬢が近づいた気配。


 ガブッ



・魔王歴83年7月15日

 王城再建の【竣工式】と同時に、国王ワフリート・ソド・ユグドラシルの退位と第二王子イェーガ・ゾル・ユグドラシルの即位が発表された。

 王宮襲撃事件の引責という側面もあったが、イェーガ第二王子のインフラ設計と経済政策の実績を各地領主から認められた結果ともいえる。

 しかし、未曽有の国難の中での即位でもあった。国庫は借金漬けで、外交は不信感を持たれたまま。技術の進歩と急激な経済成長はその陰で多くのひずみを生みつつあった。そして何より、動き出した【魔王城】の存在……。

●次号予告(笑)●


 未曽有の国難の中即位したイェーガ王。インフラ設計や経済政策の手腕が評価されているが、彼の本来の特技は【イレギュラー対応能力】。

 事前に発生し得るトラブルを予測し備える能力。トラブル発生時の迅速な初動や機敏な軌道修正の指揮をする能力。自分が動けなくなった場合に備えて代役を務められる人間を適所に配置する能力。

 鍛え抜かれたそれらの能力が今までの成果を生み出してきた。

 その能力を鍛えたのは突発暴挙癖のある妻キャスリン。

 幼馴染でもあり付き合いは長かった。

 その分苦労も多かった。


 がんばれイェーガ。負けるなイェーガ。

 胃痛の主要因でもある突発暴挙癖持ちのキャスリン王妃が、国難の主要因への一次対応をがんばっているぞ。


 エスタンシア帝国北部平野上空2000mより投下された【魔王】。

 この世界では【新婚旅行】も命懸け。


 なにはともあれ、目的地に着陸成功。

 戦争の発端の一因となった、エスタンシア帝国北部穀倉地帯の不作。

 現場の状況と前世で得た知識より、男は原因を推測する。


次号:クレイジーエンジニアと公害の恐怖

(ゴエイジャーの活躍が入るかも)

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