第9話 クレイジーエンジニアと男の決断(6.4k)
40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから一年と六十二日目。【魔王城】に愉快な仲間たちが集まり、【買い出し】が役割の【魔王】としての新生活が始まった十七日後の午後。
俺は、林の中で息をひそめて恐怖に耐えていた。
キィィィィィィィィィィィィィィィン
上空から甲高い音が聞こえる。【戦闘機】のエンジン音だ。こちらに向かってくる。
林の中の大木を背に、じっと耐える。
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン
来る! 来る!! 来る!!!
バババババババババン ドガガガガガガガーン
着弾の轟音。
僅かに遅れて響く機関砲の発射音。
周囲が土煙に包まれ、飛び散った土や草や木の破片が俺の身体に当たる。
顔をガードしてじっと耐える。
【機銃掃射】だ。
一斉射して飛び去る。
上空を旋回している音がする。また次が来る。
着弾で巻き上げられた土煙が僅かな風に飛ばされて、視界が晴れる。周囲の木々が薙ぎ払われて、地面が穴だらけだ。
ここに留まると上空から丸見えなので、買い物袋を手に、他の木の陰に隠れる。
あのファンタスティック世界でまた死んで、今度は戦争映画の世界に転生した、というわけではない。俺は生きている。全く生きた心地がしないが、俺はあの世界で生きている。
現在地は、ジェット嬢と出会った後に歩き回った魔王城近くのあの林。
では、なぜ林の中で【機銃掃射】を受けているかというと。
女を怒らせたのだ。
女を怒らせる方法は沢山ある。怒らせない方が難しいほどだ。
まず、背負って持ち上げた時に【重い】とか言ってはいけない。逆上して脚を切り落とされる。
そして、大柄さんかなと思っても、決して【でかい】とは言ってはいけない。辺鄙な場所に捨てられるだけでなく、三週間にわたり都市全体を恐怖に陥れた上に、ただの山が【大噴火】して全天に謎の光線が広がる【滅殺破壊大災害】を起こされる。
さらに、抱きとめた時に【軽い】というのも言ってはいけない。首筋を齧られて流血沙汰になる。これは可愛いほうか。痛いけど。
さらに危険な怒らせ方もある。
【同棲相手に冗談でプロポーズ】
これは俺の前世世界でも【刃物】が出る場合があるほどアカンとされていたやつだ。
相手が【真・金色の滅殺破壊魔神】でなくても、命の危険を感じるぐらい怒らせる可能性が高い。下手をすると、生命的にも社会的に抹殺される危険性もある。
今まさに、この世界から抹殺されそうになっている俺が言うんだから、間違いない。
『自分の発言に責任が取れない男はどこかなー』
よく通る声が聞こえる。
コレは、【滅殺破壊大災害】の時にジェット嬢が【覚醒】した謎スキルの一つ。【よく通る声】と勝手に呼んでいる。
聞こえる範囲や相手は不明だが、キャスリンの【一方通信】に近いものらしい。離れていても本当に良く聞こえる。
『一カ月前に、 【魔王妃】として世界征服でもしてみるか とワタクシに言った男がいましたー』
キィィィィィィィィィィィィィィィン
また来る!
顔面を守る姿勢で小さくなって耐える。
小さくなっても、俺でかいけど。
バババババババババン ドガガガガガガガーン
土煙に包まれる。
『そして、さきほど、その男は 妻じゃねぇだろ とワタクシに言いましたー』
そう。この【機銃掃射】は完全な俺の自業自得なのだ。
深く考えずに口にした【魔王妃】なんていう謎用語。
よく考えてみれば分かる話だ。【魔王】呼ばわりされた俺が、【魔王】と【王妃】を掛け合わせた用語で【世界征服】などという、ある意味一生モノの野望に誘うわけだから、実質プロポーズと取れなくもない。
しかも、あのときジェット嬢は、長年住み慣れたサロンフランクフルトから【門出】したところだった。
一年近く行動を共にしたうえに、【門出】したタイミングでプロポーズ的なことをして、【魔王城】で【同棲】生活をして、一緒に買い物行った帰りに【妻じゃねぇだろ】。
うん。完全アウトだ。
コレ、林に落とされて【機銃掃射】されても文句言えない。
俺、ダメな奴だ。
それでも、ちょっとだけ言い訳したい。
「いや、でも、ジェット嬢返事してないよな」
『それは今許される発言かな?』
即答のツッコミに俺の恐怖ゲージはいきなりMAXに達し、思わず叫ぶ。
「聞こえてるのかー!!!」
バババババババババン ドガガガガガガガーン
エンジン音の前触れなくいきなり一斉射。ひっくり返る俺。
『慈悲深く温厚なワタクシは、人生の選択に強制はしませーん』
いや、悪いの俺だけど、慈悲深いというならこう、命の危険を感じない方法で俺のダメさをご指摘いただけないでしょうか。
『発言に責任を取るなら、魔王城の入口広場まで歩いて来てくださーい』
まぁ、ここからなら、歩いて一時間ぐらいかな。何度も上空飛んでるから迷わず行ける。でも、発言に責任を取るってことはそういうことだしなぁ。
『一人で人生の自由を謳歌したいなら、止めませーん。街まで歩いてあとはお好きにどうぞー』
ちゃんと選択肢をくれるんだ。でもそれもなぁ。できなくはないけど、なんかこう男の選択として間違っているような気がする。
『ただし、その場合、首都とカランリアが一つの溶岩の海に仲良く沈むことになりまーす』
何か物騒な一言を残して、上空から気配が消えた。
「…………」
ユグドラシル王国の首都と、エスタンシア帝国首都のカランリア間の距離は直線距離で600km程度。位置関係からすると、両都市を含む直径600kmの溶岩の海は両国の領土の七割程度を飲み込むことになる。
また、それができるほどの【滅殺破壊魔法】により発生する溶岩の雨を考えると、溶岩の海の外側も壊滅的な被害を受けることは想像に難くない。
つまりこの世界の滅亡。
そして、本当にできそうで怖い。
それ選択肢になってない! 答え一択じゃねぇか!
世界の命運が俺の選択にかかってしまった。
俺は、一択の選択を前にしばし考える。
選択の余地が一択の選択だとしても、それをしっかりと自分の意思で【選ぶ】のはとても大切なことだ。特に、その選択に他人を巻き込む場合は。
何も考えずに【仕方ないから来ました】なんて姿勢で今から【魔王城】に行ったら、この【地球】を真っ二つにされるかもしれん。
どっちが【魔王】だよ。本当に。
【結婚】
既婚者の肩書とは死別しているので、再婚にはならない。
しかし、俺は40代のオッサン。どちらかというとジェット嬢は【娘】に近い。まぁ、前世の俺は結婚が遅かったから息子は小さかったけど、結婚が早ければ40代であのぐらいの【娘】が居てもおかしくない。
だから、ジェット嬢を【女】として見れるか、【女】して愛せるかというと正直答えは出ない。
でも、【条件】は理想的なぐらい満たしている。
【結婚の条件】は、年齢とか、お互いの恋愛感情とか、家同士の都合とか、そういう物じゃない。もっとシンプルなものだ。
【お互い必要とし合えること】
前世世界ではこれを理解してない若造が、結婚と恋愛を結び付けて勘違いし、結局別れるようなことが多かった。
また、結婚後の生活もこの条件を満たし続けていないと成立しない。条件を満たさなくなると、破局する。定年退職を機に熟年離婚するのも結局そこが原因だ。
俺とジェット嬢は、この【条件】を満たしている。
俺はジェット嬢が必要だ。
俺は自分の身を守る手段が無い。ビッグマッチョではあるが戦闘センスは皆無。逃げることは得意だけど、逃げ切れなかったら戦えない。
剣を持った兵士複数名に追いつめられたら詰んでしまう。銃とか出てきたらなおさら絶望的だ。
命を狙われる理由があるかどうかは未知数だ。だが、何処へ行ってもやたら目立つこのビッグマッチョボディの元の持ち主は、この国の第一王子。
人物像は分からないが、【魔王討伐計画】の最高責任者で、エスタンシア帝国との外交も取り仕切っていた人物だ。
【死亡】が正式に発表されたので街中で人違いされることは無くなったが、何処に【敵】が居るか分からない。
転生してから一年以上それを意識せずに無事で居られたのは、ジェット嬢の影響力によるものだ。俺はジェット嬢を背負う以外に身を守る手段が無いのだ。
ジェット嬢も俺を必要としている。
単独で離陸したジェット嬢を安全に着陸させることができるのは俺だけだ。
そして、両脚の無いジェット嬢は俺が居ないと地上を移動することができない。
車いすはあるが、ソリッドタイヤの車いすでは行動範囲は限られる。
ジェット嬢一人では生活がすごく不便だ。
俺が数日居なかっただけでも、動いている俺を見つけるなり散歩をおねだりするぐらいに退屈してしまう。
また、移動手段として以外にも俺の背中に執着があるようにも思う。
ジェット嬢は俺を【人間】じゃなくて、移動手段とか降着装置とか道具とかそんな風に見ている感は確かにある。
しかし、今の俺にとってそれは小さなことだ、必要とされるなら、どんな扱いだってかまわない。
そもそも、俺の前世世界では【既婚男性】は人間扱いなんてされてなかった。
働いて稼いだお金を家族に捧げたうえで、疲れて仕事から帰っても休むことは許されず妻の指揮下で家事育児に忙殺される。
趣味を持つことも許されず、家事育児に従事する時以外は家庭内に居場所すらない。だが、そんな生き方こそが男の美徳だと。
前世で若かった頃に、当時40代ぐらいだった会社の先輩方からそんな悲痛な叫びをたくさん聞いた。
そして、俺が実際に結婚して40代のオッサンになった時に思った。
先輩方それちょっと言いすぎ。
まぁ、それはいい。
多少扱いが雑だったとしても、俺はジェット嬢を背負うことで、この異世界で一番安全な居場所が得られる。
そして、前世世界の既婚男性よりも自由度の高い形で楽しくここで生きることができる。
選択は決まった。さて、行くか。
買い物袋を持って、林を進む。飛んだらすぐだけど、歩くとけっこう遠い。
前世で40代オッサンだった俺がこんな葛藤や決断と無縁だったのは、前世で全くモテなかったからだ。
前世の妻とはお見合い結婚だった。
結婚前に他の女性と交際なんてしたことはなかった。
まぁ、技術者の人生なんてそんなもんだ。
そんな俺が【逃げたら世界を滅ぼす】とか脅しが出るぐらいに求められているんだから、【男冥利に尽きるぜ】と叫びながら全速力で【魔王城】に迎えに行って抱きしめてやれよという話かもしれん。
まぁ、俺ももう少し若ければそれができたのかもしれん。
でも俺はやっぱり40代のオッサン。一度死んでもそこはリセットされてない。【結婚】っていうのは、愛とか情熱じゃないんだ、覚悟とか責任とか見通しなんだよ。
だから、歩いて行く。走れば速いんだけど、歩いて行く。
歳を取ると人間いろいろめんどうくさくなるものだ。
…………
林の中の道を歩くこと五十分ぐらい。山のふもと、【魔王城】の入口広場に至る階段の下まで到着。登るためにはスロープもあるが、徒歩ならこの急な階段を昇ったほうが近道だ。
途中まで昇ったところで、上にある【魔王城】の方から強い熱風が流れてくるのを感じて、慌てて走る。火事とかじゃないよな。
階段を昇り切って、【魔王城】入口広場に到着したら、そこには【地獄の魔王決戦】が広がっていた。
とりあえず、吹き付ける熱風で買ってきた食材が傷まないように、階段の脇、熱風が当たらない場所に買い物袋を隠し、その光景をよく観察する。
【魔王城】入口広場の中央部ぐらいに、【魔王城】を背にしてジェット嬢が周囲に推進噴流をばらまきながらホバリングで浮いている。高度は、頭の高さが元の背丈になるぐらいの超低高度。立っているようにも見える。
その後ろから、推進噴流防御用の遮蔽物に隠れた【魔王城】職員達、【辛辣長】とゴエイジャーのブルー以外の四人とアンとメイがこちらを見ている。
【魔王城整備慰労会】の準備はどうしたんだ。
入口広場の入口、俺の立ち位置と、ジェット嬢の間の両脇には高さおよそ4mの真っ赤に輝くプラズマ火炎のカーテンが対になって立っている。幅5m程度の【地獄の業火壁】の回廊だ。
そして、ジェット嬢の背後上空およそ15mには、夕日に照らされた【魔王城】を背景に、赤、黄色、青白のカラフルに輝くプラズマ火炎の平面が複数、何かの模様のような形で浮いている。
俺は理解した。
その【地獄の業火壁】の回廊はバージンロードのつもりなんだな。
そして背後上空のプラズマ火炎で作ったカラフルな模様は、チャペルによくあるステンドグラスのつもりなんだな。
【プロポーズ】と【結婚式】をごっちゃにして、得意な魔法を駆使して自分好みの舞台を用意したら、【地獄の魔王決戦】になっちゃったんだな。
本物の【魔王城】を背景にしたその飾りつけは、【地獄の魔王決戦】を良く再現している。少なくとも【結婚式場】には見えない。でも、ジェット嬢にとってはコレが【結婚式場】のイメージなんだな。
その【地獄の魔王決戦】の真ん中で、推進噴流をばらまきながら腕を組んで満足そうな表情を浮かべてホバリングしているジェット嬢。それが【新婦】のイメージなんだな。
【よく来たな勇者よ】と言わんばかりの風格。【魔王】呼ばわりされた俺よりよっぽど【魔王】だよ。
いいだろう。上等だ。
男にとって【妻】というのは【魔王】よりも恐ろしいものなんだ。
俺は、【地獄の魔王決戦】が広がる入口広場に昇り、【地獄の業火壁】の回廊を進む。
回廊両脇のプラズマ火炎の輻射熱が両側から俺を炙る。同時に、プラズマ火炎の熱を巻き込んだ灼熱の推進噴流が俺の両脚を焼いていく。まるで巨大なヒートガンだ。
足下が焼けるように痛い。一歩一歩進むたびに、プラズマ火炎で炙られた石畳の熱で靴底が焦げるような感触。
近づくたびに吹き付ける灼熱の推進噴流の流速が激しくなる。身を焼かれながらその流れに逆らい俺は進む。
俺を待つジェット嬢の元へと。
身を焦がす灼熱の業火に挟まれ、焼き付ける激しい逆風に逆らい、衆目の下で【妻】を求める。
確かに【結婚】というものを良く表現している。
コレは俺達風の【結婚式】だ。
足元に激しく吹き付ける推進噴流の流速。
距離を詰めるほど激しさは増す。
この世界で、この俺だけしか近づけない距離。
ジェット嬢の元にたどり着く。
俺は前世では既婚で子持ちの40代オッサンだった。
【プロポーズ】というやつも経験済みだ。
素敵な舞台を用意してくれたお礼に、とっておきのやつをぶちかましてやる。
期待する目線で俺を見上げるジェット嬢に、俺はやってやった。
そして、俺は黒焦げにされた。
●次号予告(笑)●
男の前世世界では、【制空権】は戦争の勝敗を決める重要な要素であった。
しかし、戦場に飛行機を投入しなかったこの世界では、どちらの国もあまりそれに関心が無かった。
休戦状態の敵国に領空の飛行許可を求めたら、【飛ぶならついでに航空写真撮ってきて】と新開発の【写真機】を渡された。
何はともあれ、エスタンシア帝国上空の飛行許可を得た。そして、あの飛行機も大修理を終えて到着。ちょっとお出かけ【魔王】と【魔王妃】の新婚旅行?
「Bパーツ、投下用意!」
「俺はロボット部品じゃねぇ!」
次号:クレイジーエンジニアと新婚旅行
(幕間とか、ほかにもいろいろ入るかも。)




