第6話 クレイジーエンジニアと転勤(11.3k)
40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから一年と三十一日目。サロンフランクフルトの裏山で過去最大級の【滅殺破壊大災害】を発生させ、【摂食障害】の後遺症でジェット嬢が何かに【覚醒】して何かを【解放】した翌朝。
俺達はサロンフランクフルト及び、ヨセフタウンの面々に見送られ、必要最小限の荷物を持って【カッコ悪い飛び方】で離陸。
一年以上お世話になった住処兼職場から旅立った。
【転勤】だ。
ジェット嬢にとっては【門出】らしい。
行先は飛びながら考えるということで、低高度飛行でとりあえず西方向に進む。
俺が上の飛行姿勢なので俺には下は見えない。だが、横を向くとヴァルハラ平野には麦畑が広がっており、北側に向かって開拓が進んでいるのが分かる。
比較的ゆっくりと飛びながらジェット嬢が声をかけてくる。
「多少やりすぎた感はあるけど、まさか追い出されるなんてね」
アレが多少か。だが、そこは突っ込むまい。全部俺が原因だ。
「とりあえず【魔王城】へ行こう。そこで荷物降ろしてから買い出しに行こう。村も近くにできたし、あの城は案外住みやすい。【魔王】呼ばわりされた俺が相方を連れ込んで住んでも問題ないだろう」
「【魔王城】が住みやすいって意外ね。でも、住む場所は確保できるとして、これからどうしようかしら」
別に何かをする必要も無いと思うが、俺もつい何か面白いことは無いかと探してしまう。
そして、つい思いついたことを口走る。
「【魔王妃】として世界征服でもしてみるか?」
ジェット嬢が飛行速度を下げてその場で旋回飛行を始めた。
【カッコ悪い飛び方】はホバリングも可能ではあるが不安定らしいので、止まりたいときはやや小さめの半径で旋回することが多い。
「…………」
ジェット嬢は何か考えているようだ。
しばらく旋回飛行を続けたのち、針路を南に変更して加速。
「それは面白そうね。だとしたら今の行先は首都ね」
「首都? 俺はあんまり行きたくないが、何をするつもりだ」
「【お礼参り】よ」
これは多分、参拝の意味では言ってない。
別の意味だ。ジェット嬢よ。そんな言葉どこで覚えたんだ。
…………
【中央道】を目印に飛行し南下。首都近傍上空に到着。徒歩の旅だと数日かかる距離もジェット嬢と飛ぶとあっという間だ。
高度約300m、首都の城壁都市の外周沿いに旋回飛行。
ちょっと高台にある王城区画を中心とした城下町。中心部の王城区画にある塔が国のシンボルとしてそびえたつ、ファンタスティック世界風の城下町。
空から見ると街の配置がよくわかる。王城区画を中心に内側が高級住宅街、外側に向けて庶民らしさが増していくような綺麗な街。そして、その外側には飛行場。
この首都に飛んできた時は毎回この飛行場に降りていたが、今回は飛行場に降りるわけにはいかない。ヨセフタウンに向かうときに王に無断で首都から脱出したので【お尋ね者】状態になっている可能性が高い。
「ジェット嬢よ、首都に来たはいいがどこに降りるつもりだ。俺は【お尋ね者】状態かもしれんぞ」
「それは私も同じよ。いっそこのまま王宮に直行して、王の執務室に窓から突撃とかどうかしら」
無茶苦茶言ってらぁ。冗談じゃない。
「ちょっと待て。早まるな。俺が降りる場所を探す。市街地区画上空で高度を落として旋回頼む」
「了解」
水平飛行だと背負われている俺は下が見えない。ジェット嬢の足技を使えば傾斜姿勢で直進して飛ぶことも可能だが、重い俺を背負った状態でそれをするのは腰に負担がかかるという。
そういうわけで、俺が下を見たいときは加速して旋回するのが常套手段だ。
高度約200m程度。旋回しながら下を見て、目立たず着陸可能な場所を探す。とりあえずは頑丈そうな建屋の屋上が目当てだ。
そういう目線で上空から屋上を物色していくと、市街地の飲食店街と思われる場所にいい場所発見。おそらくすごくいい場所だ。
屋上に描かれた丸印の中に「H」のマーク。前世世界でヘリポートのマークとして使われていた目印だ。
そして、その建屋の脇にはウラジィさんが持っていたあの旗が飾られている。
「ジェット嬢よ。あの旗のある建屋の屋上に着陸だ。【副魔王】様と合流だ」
「了解」
…………
「「いらっしゃいませ。【バー・ワリャーグ】へようこそ」」
石造りの三階建ての建屋の屋上に着陸して一階まで降りたら、階段室から出たところでウェイトレス二名からの気持ちのいい挨拶。そこはカフェバーだった。昼は喫茶店、夜はバーになるような感じの店だな。
そして、カウンター席の内側に【副魔王】のウラジィさんが居た。白シャツに黒ベスト、黒い蝶ネクタイ。それはバーテンダーのつもりか。良く似合っている。
そんなウラジィさんが、俺達を見て一言挨拶。
「イラサイ」
【マスター・ウラジィ】だ。なんか、街の名物になりそうだ。
「よく来たな若造。まぁ、座れ。開店前だが特別だ」
着席を促されたが、ジェット嬢を背負う俺はこのままじゃ座れない。ウラジィさんの対面のカウンター席に固定式のカウンターチェアがあったので、そこにジェット嬢を降ろして座らせた。
ジェット嬢は俺の背中から降りるのを渋ったが、カウンターチェアの座面に座布団を四枚敷いてやったらしぶしぶ椅子に降りた。
俺は店内から背もたれの無いハイチェアを持ってきて、ジェット嬢の隣に座る。ビッグマッチョ故に、座れる椅子が限られる。背もたれがあると座りにくい。ひじ掛けがあると座れない。
「お久しぶりです。ウラジィさん」
「おお、その隣に居るベッピンさんが例の女か。いいのを捕まえるじゃないか。このダメ色男」
言い方が酷いけど、ダメ男は事実なので反論できない。
「この方が【副魔王】様なの? ココで何してるの?」
「すまんな嬢ちゃん。放置してしまった。儂が【副魔王】のウラジィだ。【副魔王】がなんなのかは知らんが、このダメ男送り出した後に王宮に行って一仕事したら、この店もらった」
「あ、初めまして。イヨ・ジェット・ターシです。なんとなく経緯はわかりました」
「何がわかったんだ?」
ジェット嬢が何かに納得したようだが、俺はよく分からないので聞いてみる。
「アンタ、人の顔覚えるのとか苦手?」
「そうでもないぞ。得意ではないが、顔見知りならそれなりに覚える。あのウェイトレスがヘンリー邸に居た二人っていうのも気付いてはいるんだぞ」
あの二人は、投獄と投獄よりしんどい謁見の翌日、首都のヘンリー邸でジェット嬢とガールズトークをしていた【ザ・メイド】とメイだ。化粧が若干違うけどそのぐらいは分かる。
首都在住なら、ここでバイトしていても別におかしくは無いので気にならないだけだ。
「……」
カウンターチェアに座るジェット嬢が俺を見上げる。
もしかして、牢獄前で脚付きドレス姿のジェット嬢に【誰?】とか言ってしまった件を問い詰められるのだろうか。
あの二人に気づいていた俺が、脚付きのジェット嬢に気づかなかったのが不自然と感じたのか。だけど、実はあの時気付いてましたと今更言っても、それはそれで怒られそうな気はする。
「ウラジィさん。お腹がすいたから、ちょっと歯ごたえのあるものが食べたいわ」
「つまみの干し肉あるよ。ホレ。これちょっと固いけどな」
ジェット嬢の注文に、すぐに皿に盛った干し肉を出すマスターウラジィ。話題がそれたようで助かった。
ジェット嬢はメイド服の中からラッシングベルトを出して、自分の腰のあたりをカウンターチェアに縛って固定した。シートベルトか。確かに椅子から落ちると大変だからな。その服本当に便利だな。他に何が入ってるんだ?
黙々と干し肉を食べるジェット嬢。
つい、その口元に目が行ってしまう。裏山の中で首筋を齧られた時、俺は出血していた。だが、人間の歯で首筋を齧ってもそう簡単に出血なんてしない。
今それほど重要なことではないが、気になると言えば気になる。
「何? 人の口元ジロジロ見て。食べてる時はあんまり見ないで欲しいんだけど」
気付かれた。女性は目線に敏感だ。
「それとも、私の【歯並び】が気になる?」
しかも、気になっている部分まで感づかれている。
「私もちょっと違和感あるのよ。見てもらえるかしら」
そうなのか、それは丁度いい。ジェット嬢が口を開けようとするので、ちょっと近づく。
「曇るから、眼鏡は外した方がいいわよ」
そうだな。そう言われて、眼鏡をはずして、胸ポケットに入れジェット嬢の方を見た次の瞬間、見えたのは拳。
バキッ ドガッ グシャッ
マスターウラジィが腹をかかえて爆笑している。
「気付け! 眼鏡の時点で気付け! 若造」
「うん。このぐらいね。鼻と顎のあたりがちょっと修正不足だったのよ」
「…………」
鼻血を出しながらうなだれる俺。殴られる理由は自覚してる。いいんだ。もう、いいんだ。それにしても痛い。
「嬢ちゃん。まだ昼間だが酒でもどうだ?」
一通り笑い終わったマスターウラジィが禁断の【昼間の酒盛り】に誘う。
「いいわね。ちょっと飲んでみたいわ」
「それなら嬢ちゃん。儂が一杯奢るよ」
そう言ってマスターウラジィが、金属製の中ジョッキを出した。ビールかな?
「ジェット嬢、お酒飲めるのか?」
「飲めるかどうかは分からないけど、飲める年齢にはなったわ。多分」
いままで未成年だったのか。あと、多分って何だ。いや、そこは聞くまい。【でかい】とはもう言えないが、体格的には成人なんだから、実年齢多少誤差あっても問題ないだろう。
だが、俺は40代のオッサン。酒の失敗も数知れず経験した立場として言っておくことがある。
「自分の限界を知らない間は、度の低いものを少しづつ飲むんだぞ。口当たりがよくても一気に飲むな。そういう飲み方すると危険な種類の酒もあるんだ」
「分かったわ」
そう言って、ジェット嬢はウラジィさんが出した中ジョッキの中身を一気に飲み干した。
「分かってねぇ! 全然分かってねぇ! ウラジィさん! 今のグラスの中身は何だ!?」
「カルーアミルクよ」
「それ、一気に飲んだら危険なやつそのものじゃねぇか! しかもジョッキで出すような種類じゃねぇ!」
「何を言う。女は酔わせてなんぼだろ」
「それがバーテンダーの言う事か! 世界が終わっても知らんぞ!」
結局、ジェット嬢はその一杯で潰れて昏倒。ウェイトレス二人に両脇から抱えられて、二階に運ばれた。二階は宿屋になっているそうなのでそこの客室に寝かせると。
「まぁ、ちょっと嬢ちゃん抜きで話がしたかったのもある」
「ウラジィさん。手段は選ぼうぜ」
中ジョッキでカルーアミルクを一気。体質によっては急性アルコール中毒で搬送されてもおかしくない危険な飲み方だ。
「すまんな。だがミルク多めで度数は調整した。薬とかは混ぜてない普通の酒だ。まさか自らイッキをするとは思わんかったし、あそこまで綺麗につぶれるとは思わんかった」
「そうなのか。配慮はしてくれてたんだな」
「若造を送り出した後な。儂王宮突撃して、いろいろあったが、国王直下に作ったユグドラシル国家保安委員会の職員として雇ってもらった」
「それは良かったな。こっちの世界での生活が安定する。あと、その職業すごくウラジィさんらしくていいと思う」
「ああ、しっくりくる。前世での若い頃思い出すよ。その仕事場としてこの店もらった。ウェイトレスのあの二人は王宮から派遣されている職員だ。若いけど、なかなか頼もしい」
あの二人、王宮職員だったのか。まぁ、首都在住だからそういう人もいるか。
「その初仕事として、飛行機でこっち来たエスタンシア帝国の首相と交渉したんだが、先方結構怒っていてな」
「いきなり大役だな。それで相手が怒ってた原因はつかめたのか?」
「ああ、結局、若造がいらんことをしたせいだ」
「どういうことだ?」
「今までの経緯、いろいろ聞いた。【八咫烏特攻作戦】の時にその姿でいらんことしただろ」
「あっ」
「【魔王討伐計画】の最終作戦におけるこちらの不手際のせいで先方は散々な目に遭っていたそうだ。だが、担当者である第一王子が戦死していたという情報を掴んで仕方ないと思った。そこで、若造が第一王子と見分けがつかないその姿で首相官邸に突撃して首相を罵倒だ。怒るだろ。生きてるなら何故計画通り遂行しなかったと」
「ああああ……。あの男首相だったのか……」
「国王にも話を聞いた。交渉に際してエスタンシア帝国側が強硬に前任者を出せと言ってきたから、【魔王討伐一周年記念祝賀会】に若造を呼び出して、【替え玉】で王族に呼び戻そうとしたと。全部若造のせいだ」
「あああああ……」
俺は頭をかかえた。今までの散々な展開は、元はと言えば、全部俺のせいだったのか。
あの時、調子に乗ってやらかしたいらんことが原因だったのか。
「エスタンシア帝国の食糧事情は深刻だ。相互に戦う理由は無いという認識は共有できたからな。食料問題の解決に協力する条件で明確な休戦協定は成立した。だが、こちらの不手際で起きた先方の被害は大きい。それに、【怒り】や【不信感】はなかなか消えん。講和と正式な国交回復はもう少し時間がかかりそうだ」
「あああああああ…………」
俺がいらんことさえしなければ、エスタンシア帝国は食料を欲していたから、その事情を優先して講和条約が成立していたのか。
「その不手際が何なのかまでは分からんかった。王から聞いたが、最終作戦について国内に情報が残ってない。先方からも聞き出せなかった」
それはちょっと残念だな。開戦理由につながる部分だから、気になっていたことではある。
「軍事が絡む国家間の約束事が担当者戦死ぐらいで消え失せるこの国も大概おかしい。儂が相手国なら、こんな国と付き合いたくない。【不信感】持たれて当然だ。そこはきっちり説教しておいた」
それは助かる。この国には、外交面での指導役は必要だからな。
「若造。いらんことするなとは言わん。後始末ぐらいはしてやる。だが、考えて行動しろ。起きた結果は酷いものでも全部伝えるからな」
「申し訳ありません」
「謝る相手は儂じゃない。あと、細かいことだが、先方は【戦車】のようなものを【最終兵器】を呼んでいた。呼び方の問題だが、こちらはああいうのを【戦車】と呼んでたので、そこは統一するように頼んでおいた。この世界に【戦車】の設計を持ち込んだのは若造か」
【勝利終戦号】のことだな。
「ユグドラシル王国側の【戦車】については、形だけ俺が持ち込んだ。中身はこちらの技術者のオリジナルだ」
「本当に、いらんことばかりしてたんだな。先方はあの【戦車】の設計資料を欲しがっていたからな、休戦協定の条件として設計資料の提供を入れた。引き渡し日程は別途調整だ」
あの戦いで散った【勝利終戦号】。
最初に越境攻撃が行われたときに【勝利終戦号】があの場所に居なかったら、この世界は危機的状況に陥っていた。だから【勝利終戦号】に関してはいらんことではない。
だが、こちらに来てからの俺の行動で、何が必要で、何が不要で、何が危険な行動だったのか。今の俺には判断する自信が無い。
その後、あのウェイトレス二人によるとジェット嬢はあのまま寝てしまったとのこと。仕方ないのでこの日は【バー・ワリャーグ】に宿泊することにした。
◇
俺達が【バー・ワリャーグ】に着陸した翌日午前中。俺達は飛行場を兼ねた屋上で、なぜか鍛冶屋の真似事をしていた。
あのウェイトレス二人が、厚さ1.2mmで300mm四方ぐらいの鉄板相手に火魔法の練習をしている。少し離れた場所でそれを見ながら、背中に居るジェット嬢に問う。
「ジェット嬢よ。魔法で金属加工ができるのはすごいと思うんだが、あの二人はウェイトレスじゃないのか? 何を目指してるんだ?」
「鉄を切断するための火魔法の練習がしたいって頼まれたのよ。職人目指していなくても、鉄板の切断とかできると調理器具の修理とかで日常的にいろいろ便利でしょ」
「確かにな。それでジェット嬢が講師をしていると。そういえば、魔法を指導したこともあるって言ってたな」
「そう。今ならアンタのフロギストン理論のおかげで属性増やすこともできるから、教えがいもあるのよ」
あの二人を見ていると、鉄板を赤熱するまで加熱できてはいるが、なかなか切断まではできないようだ。
「ちなみにあの二人、元の得意属性は何なんだ?」
「アンは火と水。メイは火と風ね」
メイは分かるけど、アンとな。【ザ・メイド】の方は、王宮でジェット嬢の隣に居たアンだったのか。そう言われるとそう見える。
それはそれとして、鉄の切断だったら俺の前世の知識が役立つかもしれん。
「単純に鉄を切断したいなら、風魔法を組み合わせると手っ取り早いと思うぞ」
「どういうこと? 詳しく教えて」
前世世界で普通に使われていた鉄のガス切断の原理について教えた。
切断対象の鉄を予めガスの炎で加熱し、そこに酸素ガスを吹き付ける。そうすることで、鉄自体を部分的に燃やす。鉄よりも酸化鉄のほうが融点が低いので、鉄が燃えたところからガスにより燃えカスが吹き飛ばされる形になり、切断が可能になる。
鉄だからこそできる切断方法だ。
「コレすごいわー。さすがフロギストン理論の提唱者ね」
アンの火魔法とメイの風魔法で鉄板の切断に成功。アンから感謝される俺。だが、切断した鉄板を見てちょっと気になる。
「切断はできたけど、切断面がボロボロだな。ガス切断は綺麗に切るには作業者に高い技量が必要だから、魔法を使うにしても実用的な加工をするならそれなりに練習が必要かもしれん」
前世世界でもガス切断を綺麗にするのは職人技だった。習得に五年かかるとか言われるぐらいだ。
でも、切る事自体は簡単だから、加工ではなく解体とか破壊が目的なら機材があれば簡単にできる。俺も前世で開発職サラリーマンをしていたとき、会社の研修でちょっとだけやったことがある。
「今は切れればいいのよ。二人とも、もうちょっと早く切れるように練習してみましょう」
「「らじゃー!」」
「切断面ボロボロだけどいいのか? 加工速度よりも仕上がりのほうが重要なようにも思うが」
「うーん。魔法での加工の場合、速さから練習したほうが上達が早いのよ」
「そうなのか」
まぁ、魔法がらみだったら俺の前世世界の常識は通用しないか。
練習は続き、二人の鉄板切断速度は上達した。二人で息を合わせてスパッと切れるようになった。でも、最後まで切断面はボロボロだった。もっと大きい板で練習したいということで、二人は街の鍛冶屋に出かけて行った。
営業開始時間になったら帰ってきて、午後から【バー・ワリャーグ】は営業開始。
俺達も店番手伝いたかったけど、【お尋ね者】状態の俺達にそれができるわけもなく。その日は二階と三階と屋上の掃除と、アン達が鍛冶屋で買ってきてくれた材料で二階の簡易的なバリアフリー工事の施工をして過ごした。
◇◇
営業時間外での掃除や片付けを手伝ったりしながら、【バー・ワリャーグ】に泊まる俺達。ジェット嬢はウラジィさんと仲良くなったようで、営業開始前の時間はカウンター席に座ってウラジィさんといろいろ話すのを楽しんでいるようだった。
ジェット嬢を席まで運ぶのは当然俺の仕事だ。
そして、何を目指しているのか分からないウェイトレス二人が魔法による鉄板切断の特訓をした二日後の朝。嗅いだことのある微かな異臭を感じつつ、二階窓から街を見下ろすと、街はちょっとしたお祭り状態だった。
俺はちょっと行ってみたかったが、【お尋ね者】状態なので迂闊に外には出られない。早めに出勤したメイから手紙を受け取ったジェット嬢が、外の状況の説明をしてくれた。
「王城区画の排水処理設備が故障したみたい。それでお祭りになったようね」
「……すまん。わからん。この国では排水処理設備が故障したらお祭りをする決まりがあるのか?」
「排水処理設備が故障すると、排水が出せないからそこに大人数常駐できないでしょ」
「そうだな、それで、去年サロンフランクフルトで大変なことになったな」
「普段大人数が暮らしている王城区画がそんな状態になったから、王宮は臨時休業にして、居住者は城下町の宿屋に一時的に避難したそうよ」
「そうか。排水が出せないんじゃそこでは生活も仕事もできないからな。そうするしかないよな」
「でもそうすると、調理場も稼働できないから、今日の食事用として仕入れた食材が余るし、異臭も出てるから、貯蔵してある食材も傷むでしょ。そこで、それを城下町の飲食店に放出したみたい」
「まぁ、王宮で食べる人いなくなった分、城下町でその人たちが食べるんだからそれに合わせて食材放出するのは理にかなってるのかな」
こっちの世界では冷蔵庫とか冷凍庫とかの食材保存技術が無いから、腐らせないようにこういう機敏な工夫も必要になるということか。
「休みになった王宮職員が街に出歩いて人通りが多くなるから、城下町の飲食店がその食材を使って【王宮食フードフェスティバル】を始めたというわけよ」
「ああ、それでお祭りか。やっとわかったよ」
「【バー・ワリャーグ】も、普段の営業は午後からだけど、王宮の料理人を数名受け入れて午前中から営業するそうよ。私もウェイトレスとして出勤したいけど、今はねぇ」
「そうだな。車いすもないし、俺達【お尋ね者】状態だから、今日も欠勤するしかないな」
「そうね。あと、町全体がこの騒ぎだと私達も迂闊に出歩けないから、昼になったら【魔王城】に出発しましょう。首都の用事は【副魔王】様に会えただけでも十分よ」
「それもそうだな。ウラジィさんにも会えたし、そろそろ首都から離れるか」
…………
昼食時間になったので、【魔王城】に向けて飛び立つためジェット嬢を背負って【バー・ワリャーグ】の屋上飛行場に来た。ウラジィさんも見送りに来てくれた。
相変わらず城下町はお祭り騒ぎだ。美味しそうな食べ物の臭いが屋上まで漂ってくる。街を見下ろすといつの間にか屋台まで出ていた。
ジェット嬢と一緒にちょっと行ってみたいけど、今は我慢だ。
城下町なだけに屋上からは城が良く見える。綺麗な城と国のシンボルの塔。しばらくここには来ないだろうから、出発前によく見ておこうと塔を眺めていると、ジェット嬢が屋上飛行場の端に何かを見つけたようで、指示を出す。
「あそこに落ちてる金属パイプ一本取って」
「了解だ」
バリアフリー工事で使った材料の余りのφ40長さ1m程度の金属パイプが数本転がっていたので、汚れや錆が少ないものを選んで背中に張り付くジェット嬢に渡す。
「コレでいけるかなー」
ジェット嬢がよくわからないことをつぶやきながら、俺の背中から金属パイプを城に向ける。
次の瞬間。
ガァン ドーン
金属パイプ先端から王城区画目掛けてスーパーデンジャラスビーム兵器【魔導砲】が炸裂。光弾のようなものが飛んで塔の屋根に命中し、一部崩れた。
なんてことを!!
お祭り騒ぎの街中から驚愕の声と悲鳴が聞こえる。そりゃそうだ。国のシンボルの塔がいきなり目の前で攻撃を受けて一部崩壊したんだから、騒ぎにもなる。
そんなことを気にしているのかどうなのか、ジェット嬢が物騒なことを言い出す。
「コレいいわね。一本もらっていいかしら」
「かまわんよ」
ウラジィさん! そんな危険物譲るな! 渡したの俺だけど!
「単独飛行で離陸するわ。飛行場中央にお願い。ウラジィさんは遮蔽物に退避」
何か嫌な予感はするが、まぁ、止めても止まらないだろう。
「「アイアイサー」」
俺は飛行場中央の離陸地点に立ち、上半身を垂直にして脚を踏ん張る。ウラジィさんは、離着陸時退避用の遮蔽物に隠れた。
ジェット嬢が魔力推進脚を始動して足元に激しい流速。背中が軽くなる。
「じゃ、ちょっと王宮に【お礼参り】に行ってくる。すぐ戻るし、戻ったらすぐに出発するからここで待ってて」
パキン ゴォォォォォォォォォ
いつぞやのように背中の金具が切り離されて、ジェット嬢は垂直姿勢飛行で俺から3mほど離れた後、空高く飛びあがっていった。
いつぞやと違って、今回は帰還前提の単独離陸。
ちなみに、離陸を見送るときには重要な作法がある。垂直上昇時に下から見上げてはいけない。紳士の心得だ。順守しないと【魔導砲】の雨を浴びることになる。
金属パイプを持って飛び上がったジェット嬢は【バー・ワリャーグ】上空で何度か旋回したあと、王城区画に向かって飛んで行った。
それを見届けて、ウラジィさんが退避場所から出て俺の隣に並ぶ。
ジェット嬢の速度なら、ここから王城区画まではあっという間だ。もう城の上空をジェット嬢が飛び回っているのが見える。
その光景を見てどうしても話し相手が欲しくなったので、隣に居るウラジィさんに話しかける。
「ウラジィさん。ジェット嬢がなんか、王城区画内を【魔導砲】による航空攻撃で破壊しているように見えるんだが」
「オッカナイ嬢ちゃんだな」
屋上飛行場から街を見下ろすと、大騒ぎになってる。そりゃそうだ……。
「【魔導砲】で王城区画内の建屋がいくつか崩れたけど、アレの威力ってウラジィさんの知る兵器に当てはめると、どのぐらいかな」
「そうだな。遠目だが、儂の見立てだと、一発の威力は口径40mmの艦載対空機関砲ぐらいか。連射速度もそれに近いな。もっとも、手持ちで撃てるような代物じゃないが」
「そうか……・。航空兵器に例えるならガンシップ機みたいな感じかな。あ、今度は塔の外壁を連射で粉砕してる。石の外壁が豆腐みたいに砕かれてるな」
「豆腐というより、野菜の皮むきみたいだな。中身が丸見えにされてるよ」
「ジェット嬢、塔の陰に入って見えないけどまだ撃ってるのかな。あ、また建屋が崩壊した」
「嬢ちゃん激しいな。アレがこの世界の魔法というやつか? あんなことできる奴が沢山居るのか? 物騒な世界だな」
「まぁ、魔法の一種ではあるんだが、アレができるのは多分ジェット嬢一人だけだ。他の人の魔法はもうちょっと穏やかだ。興味があるならアンとメイに普通の魔法を見せてもらったらいいと思う」
「そうか。それにしても、とんでもない破壊力だな。怪我人出てないといいな」
「まぁ、そこは考えてるんじゃないかな」
ズシーン ズシーン
地面が揺れる。ジェット嬢が地面を撃ったのか。
首都中心部の王城区画内はもうめちゃくちゃだ。
城は原型を留めていない。外壁をはぎ取られて無残な形にされた塔だけが瓦礫の山の中央に【墓標】のように立っている。
そして、その周辺で散発的に土煙が上がり、そのたびに建屋が消えて、瓦礫の山が増えていく。
大騒ぎになっている街のあちこちから恐怖の悲鳴が聞こえる。
「ウラジィさん。また後始末頼む」
「……引き受けた。今回も骨が折れそうだ」
●次号予告(笑)●
首都で【お礼参り】を済ませた二人は【魔王城】へと飛ぶ。
かつて二人が出会った場所のすぐ近く。そこは、辺鄙な場所でありながら快適な住処であった。
【魔王城】を新居とした背中合わせの二人のスローライフ同棲生活。
即席でバリアフリー工事を行い、生活環境を改善。
食品は生協さんが配達してくれた保存食と、生鮮食品は近くの村まで飛んで買い物。
時間ができた時は、城の掃除。
でも、大きい城なので二人で住むには広すぎる。
二人暮らしもいいけれど、ちょっと寂しいので仲間がほしい。
そんなことを考えていたら、客人来る。
それにしても【魔王】ってなんなんだろうね。
次号予告:クレイジーエンジニアと新生活




