3-3 領主のヘンリー卿は電気研究者兼家庭内下着ドロ(2.9k)
ロケット脚サイボーグの設計構想をまとめたマッドサイエンティストゴダードを見送った後、食堂奥の展示室にて、俺は心のときめきを思い出すようなステキなブツに出会い、話は少し戻る。
長い鉄心に絶縁体を巻いて、その上に裸銅線を巻いた初歩的な【電磁石】。
「勝手に触ったらさすがに怒られるわよ」
わかってる、だから触るのは我慢して多方向から眺めてる。
「そうは言っても、コレは、ツッコミどころが多すぎてなぁ。これ作ったのヘンリー卿だっけ。ここの家主でもあるんだよな。そのうち来てくれないかな」
小一時間ほどツッコミどころ満載の【電磁石】を眺めていたら、本当に来た。
やや太めの体格の銀髪の紳士。前世の俺の享年より少し若そうだ。
展示室に入ってくると、ジェット嬢を見つけて嬉しそうに話しかける。
「久しぶり。よく帰ったね。ドクターからイヨが帰ってきたと聞いて来てしまったよ」
「お久しぶりですヘンリー卿。お変わりありませんね」
「おや、こちらの方は?」
ヘンリー卿が俺を見て訪ねる。
この場での俺の立ち位置が分からん。
ジェット嬢がどう紹介するのか気になるが、下僕とか言われても困る。
ヘンリー卿は領主様だから偉い人なんだろうけど、実質異世界人の俺が敬語を使うのもなんか違う気がする。
もういいや。タメ口で適当に名乗ろう。
デタラメ上等。
「俺は、オッサン。ここより違う世界にある神聖大四国帝国から来たクレイジーエンジニアだ。諸事情によりジェット嬢を背負って旅をしてきた」
「ジェット嬢っていうのは、私のことよ。この人私をそう呼ぶの」
呼び方についてジェット嬢がフォロー。それで呼ばれる事は無かったんだ。
「あぁ、初めまして。ヨセフタウンの領主をしているヨセフ・ハン・ヘンリーです。よろしくお願いします」
ヘンリー卿は俺のいきなりのタメ口にちょっと引きながらも、俺に向かって常識的な挨拶と自己紹介をした。
でも、俺が話したいのはそこじゃない。早速だが、俺的な本題に入る。
「この【電磁石】、絶縁体の使い方が間違ってるぞ」
「どこが間違ってると」
ヘンリー卿が食いついた。
「絶縁体の使い方だ。なぜ鉄心に巻く」
「鉄心と銅線の間に電気が通らないものを挟まないと、銅線から鉄心に電気が逃げて磁力が発生しないんだ。だから、試行錯誤の末に鉄心に電気を通さないものを巻くことで今の形に行き着いたのだよ」
「ヘンリー卿、電気が通らないものというのを絶縁体と呼ぶんだ。そして、そこまでわかっているなら何故銅線に絶縁体を巻かない」
「銅線の間は距離を取れば電気を逃げないように作れるから必要ないのだよ」
「その発想が根本的に間違ってる。銅線間の距離を取らないといけないから、こんなに長い鉄心でも銅線がまばらに一重にしか巻けないんだ。これじゃぁでかいばかりで強い磁力が出ない。強い磁力を作りたいなら短い鉄心に銅線を密集して幾重にも巻くんだ。銅線に絶縁体を巻けば簡単にできるだろう」
「そうか! その発想は無かった。鉄心を大型化しても磁力が頭打ちになるのが悩みだったが、銅線を絶縁して幾重にも巻けば簡単に解決できる!」
「さすがにここまで作り上げただけのことがあって理解が速いな。ちなみにこの鉄心に巻いてある絶縁体は何なんだ。絶縁体として使うには不必要な柄が入っているように見えるが」
「妻のペチコートかっぱらってバラして作った絹の帯だ」
「ヘンリー卿、アンタ何やってんだ」
「無茶苦茶怒られた」
「奥さん大事にしろよ……」
ヨセフタウン領主兼電気研究者ヘンリー卿、改め、家庭内下着ドロヘンリー卿。
この御方とは仲良くなれそうな気がした。
その後、ヘンリー卿とは技術話で盛り上がった。
この国の主要穀物は小麦。小麦は粉にしないと食べられないので、どうしても製粉機械が必要になる。水車や風車による製粉機械は普及しているが、設置場所が限られる。
ヘンリー卿はどこでも使える動力式製粉機を作りたいと考えて長年試行錯誤をしていたそうだ。
電動機に近いものも作ってはいたが、うまくいっておらず行き詰っていたという。
そりゃそうだ。
絶縁体の使い方の時点で間違ってたんだから。
しかし、導体に絶縁体を巻くという方法で光が見えたらしい。
電源については、隣領のボルタ卿が電池を研究しているとか。今までもこの場所にそれぞれの試作品を持ち寄って組み合わせて実験をしていたとのこと。
楽しそうでいいな。
そういうことなら俺もできるだけ協力しようと、俺の前世の世界の電気理論や電気技術。その実用化の形態について覚えている限り話した。
俺は40代のオッサン。
前世では本職のクレイジーエンジニアだった。
広く浅く時に深く。仕事で趣味でいろんな技術を学んできた。
それをここで活用したっていいだろう。
紙とペンを持ってきてくれたので、たくさん図を描いた。
絶縁電線、ケーブル、コイルの巻き方、磁性体の種類などの要素的な部分や、電動機の種類。主に直流機の原理や構造の話をした。
俺はこの世界の字を読み書きできないので、俺が書いた図にヘンリー卿がいろいろメモ書きをする。
そんなことをしていたら、外は暗くなってきた。
ヘンリー卿は今日はここに泊まることにして、皆で夕食となった。
夕食後、俺とヘンリー卿だけ展示室に戻って、ランプの明かりの下で技術話の続きをした。
紙がなくなったが、ヘンリー卿がスミスに頼んだら、スミスは紙をたくさん持ってきてくれた。
電気の話にとどまらず、理論の話も盛り上がった。
どちらかというと、ヘンリー卿は理論のほうが好きなようで、すごく食いついた。
質量保存の法則。
エネルギー保存則。
この世界にはその法則をぶち壊す魔法なんてものがあるから、それが邪魔をして理論の研究は遅れていたようだ。だから、俺は未完成のフロギストン理論の概略を説明して、魔法に関連する部分はとことんスルーして研究することを提案した。そうすれば同じ理論に行きつけるはず。
ヘンリー卿はボルタ卿はじめ各地に居る研究仲間にも手紙を出してこの内容を伝えると言った。でもファラデー卿には手紙は出さないとか。仲悪いのか? 人間関係は大事だぞ。
そんなことをしていたら、展示室に朝日が差し込む。
技術話で徹夜。
クレイジーエンジニアらしくていいじゃないか。
◇
机の上には二人で徹夜いろいろ描いた紙の山、バラバラに分解された電磁石、ヘンリー卿が本棚から持ちだした書籍が散乱。
そんな机を徹夜明けでぐったりしたビッグマッチョと紳士が囲む。
しばらくして、展示室にジェット嬢が来た。
メイド服装備、車いす搭乗だ。
「……朝食よ」
俺達を見て、そう言って出て行った。
そうだよね。
言葉にならないよねこの状況。
朝食後しばらくすると、ヘンリー卿の奥さんが馬車で迎えに来た。
昨晩帰ってこなかったから心配になったらしい。
ヘンリー夫妻とスミス夫妻は食堂のテーブルでしばらくお茶していた。
ジェット嬢が町に行きたいというので、ヘンリー卿が帰るときに馬車で街まで乗せていってもらうことにした。
しかし、ジェット嬢を例のおんぶ紐的ハーネスで背負って馬車に乗ろうとしたときに問題が発生。
ビッグマッチョな俺は、ジェット嬢を背負った状態で馬車に乗ることはできなかった。
窮屈すぎたのだ。




