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第5話 クレイジーエンジニアと真・金色の滅殺破壊魔神(8.7k)

 40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから一年と三十日目。ウラジィさんの助けで首都から抜け出し、ジェット嬢に会うためにヨセフタウンに向かってから六日目の夕方。


 ようやく目的地であるヨセフタウンに到着。約一カ月ぶりに帰ってきた。でも、城壁都市の南端部から入ると街の様子がなにかおかしい。


 商店の軒が鉄板のようなもので拡張されていたり、軒下に水の入ったバケツや金属製のタンクが置かれていたり、街の各所に地下室の入口のようなものがあったり、街の中に見櫓みやぐらのようなものが何か所かある。

 そして、町を歩く人達も大半の人が防災頭巾のようなものを被るか持ち歩いている。


 防災週間とかかな。近くのサロンフランクフルトに一年近く住んでいたけどそんな習慣聞いたこと無いぞ。


 まぁ、これはそれほど気にすることもないかな。それよりもう夕方だ。とりあえず何か食べようかと思って、ジェット嬢と一緒に入ったことのある店を目指して歩きだしたら、街の人にいきなり注目された。


「「「あっ!!」」」


 そしてわらわらと街の人が集まって来た。俺でかいけど、目立つけど、第一王子に似てるけど、今更だぞ。そんなに珍しいか?


「「「「「今すぐ! サロンフランクフルトへ!」」」」」


 なぜか、集まった人たちに必死な雰囲気で行先を指示される。


「いや、ちょっと腹ごしらえしてから……」


 近くの喫茶店から店主らしき人が出てきて、サッと軽食とコーヒーを渡される。

「これあげるから、今すぐ!」

「チョット一休みしてから……」

「「「「「「今すぐ!!!」」」」」」


 どんどん人集まってきて、鬼気迫る勢いで促される。さらに人が集まる。


 ドドドドドドドドドドド


 街の人に追い立てられるように、実際追いかけられながら街を走る。ビッグマッチョの俺が街の人大勢に追いかけられながら、コーヒーを飲みながら街の大通りを走る。


 ドドドドドドドドドドドドドドド


 カーン カーン カーン カーン カーン


 町内のあちこちの見櫓みやぐらで鐘が鳴りだした。街が騒然となる。

 何このテンション。歓迎? 一カ月ぶりの里帰りの歓迎? どちらかというとイジメに近いんじゃないかな。追いかけてくる人数がどんどん増えてくる。なんかこわい。


 ドドドドドドドドドドドドド


 カーン カーン カーン


 町中の人に追い立てられて街を南北に縦断。北側出口からスゴイ勢いで街を追い出された後、サロンフランクフルトに向かって走る。

 数人追ってきたようだけど、ビッグマッチョダッシュで振り切ってしまった。なんか急いで欲しそうだったので、待つこともないかなと。


 夕焼けも消えて周りはだんだん暗くなる。走りながらふと空を見ると変なオーロラが真上に見えた。やはり発生源はここだったか。そうなると、ジェット嬢の居場所は予想が付く。食堂棟だ。


 サロンフランクフルトの敷地に到着すると、トラクターに乗ったオリバーが居た。

 オリバーは俺を見るなりトラクター上から信号弾を発射。空に赤い炎が飛ぶ。

 同時に、軍事施設からサイレンが鳴り響き、敷地内の各建屋から人が出てきて、【軍人】達の指示に従い順序良く軍事施設の中に移動していく。


 ここでも謎のイジメテンションか。いいけどさ。


 オリバーがトラクターの向きを食堂棟に向けて俺に呼びかける。


「走りながら話そう。行先は決まってるんだろ」

 西方農園のオーナーでもあり、サロンフランクフルトの頼もしい兄貴分であるオリバー。一年近くここに居て直接話したことはあんまりなかったが、何かと頼れる男であることは知っている。


 そのオリバーのトラクターを追いかけながら返す。

「ジェット嬢は食堂の医務室か?」

「そうだ。なかなかひどいことをしてくれたようだな。アイツはアンタを待ってる。落とし前はつけてくれよ」

「そのつもりで来た」

「世界の命運がかかってるぞ」

「そこまでか!?」

「見ればわかる。行ってこい」


 走って食堂棟に到着。さっきのサイレンで食堂棟からも人が出ていくのが見えたから、建屋内はおそらく無人。残っているのはジェット嬢のみか。


 医務室の扉を開けて中に入ると、ベッドの上にジェット嬢が仰向けで転がっていた。


 今回は腹ばいではなく仰向けだ。

 ガウン型の患者着を着ており、目は閉じている。

 八分丈の患者着の下に隠れているが、当然脚は無い。

 起きているのか寝ているのか分からないが間違いなく生きている。


 そのジェット嬢からフロギストンの波動が出ているように感じる。一触即発の危うさを感じる危険な波動だ。その波動でオーロラっぽいものを作っていたのか。


 オリバーが医務室に入ってきた。


「ボロボロになったドレスを着たイヨが裏山のため池に墜落したのが三週間前。それからずっと飲まず食わずでその状態だ」

「三週間絶飲食だと! 普通の人間なら全身ミイラみたいになって餓死してるところだぞ。ジェット嬢は見た目変わってないけど、どうなってるんだ」

「どうなっているかは知らんし、今更だ。全部アンタのせいだろ。さっさと助けてやってくれ」


 オリバーの言う通りだ。これは俺のせいだ。


 俺は、ジェット嬢が体格の事を気にしているのに薄々気付いていた。

 初対面のプランテを吹っ飛ばした後の会話。

 【滅殺破壊大惨事】をやらかした時に語っていた【心の逆鱗】。

 回復魔法の波動生成の条件に触れた時の態度。


 ジェット嬢は、自分が女性にしては大柄であるということをすごく気にしていたのだ。それを誰にも指摘されたくなかったのだ。

 しかし、俺はあのとき【でかい】と言ってしまった。しかも、復元された顔で、死んだ婚約者の顔で言ってしまった。

 その結果、ジェット嬢は絶飲食状態になってしまった。


【摂食障害】


 俺の前世世界でも、体格や体重にコンプレックスのある若い女性が、些細なことをきっかけにこのような状態に陥る事があった。


 俺の前世世界では正確な【体重計】が普及していた。

 体重の増減は確実に数字で把握できた。

 結果が数字で見えると、人はのめり込みやすい。

 それ故に、体重を減らすことに執着し始めると、食べた分だけ体重計の測定値が普通に増える【摂食】を拒否するような状態になってしまう。


 一度この状態に陥ると前世世界の医療技術でも治療は非常に困難だった。

 摂食拒否による極端な低栄養状態は脳の機能をも破壊し、健全な精神や正常な判断力を奪っていく。

 機能低下した脳と病んだ心は、さらに減量への執着を生む悪循環。

 生命維持が困難になっても食べることができなくなる恐ろしい病気。


 仮に治療に成功したとしても、予後よごは悪い。

 何らかの理由で再発することも多く、また、精神面で克服したとしても成長期に極端な低栄養状態に晒された身体は、脳機能を含めて重篤な後遺症を残す。


 前世の俺の妻も軽度ながらその後遺症を持っており、出産を期に病弱になってしまった。

 だから【摂食障害】の恐ろしさを俺は知っていた。

 それを誘発しかねない【失言】の危険性も俺は知っていた。

 しかし、俺はやらかしてしまった。


 【摂食障害】に特効薬は無い。俺も有効な治療法は持っていない。


 だが、ジェット嬢は今夜復活する。そんな予感がした。


「オリバーよ。【眠り姫】に【王子様の口づけ】は有効と思うか?」

「創作物なら定番ではあるが、今ここで実践したら世界が終わるやつだな」

 同感だな。今のジェット嬢に必要なのは、そんなベタな展開じゃない。


 ベッドで転がるジェット嬢を持ち上げる。魔力推進脚のノズルを何処かにぶつけないように気を付けながら、片手でぶら下げる。予感が確信に変わる。

 ジェット嬢をぶら下げて医務室を出ながらオリバーに確認する。


「ちょっと走るが、立ち会うか?」

「立ち合おう。追いかけるが、待たなくていい。全力で行ってくれ」

「ありがたい」


 俺は走った。

 ジェット嬢を片手でぶら下げたまま、食堂棟から裏山に向かって走った。

 後ろからオリバーがトラクターで追いかけてくる。


 改良型か。俺が知っているあのトラクターよりも速い。

 だけど、ジェット嬢をぶら下げて走る俺の方が速い。

 走りながら、ぶら下げているジェット嬢に語り掛ける。


「俺は言ったはずだ。人は自分を【呪う】ことしかできないと」


 走って裏山のふもとに到着。そこから山道を駆け上る。

 オリバーもトラクターを降りて後ろからついてくる。

 走る俺についてくるとは、意外と足が速いな。


「何かをきっかけにオマエは自分で自分に【呪い】をかけた。無意味な【呪い】だ。特に、俺と居る時にはな」


 裏山の中腹、ため池のほとりに到着。

 俺はジェット嬢を片手でぶら下げているが、ぶら下げるために持っているのは、例の背面背負い用のおんぶ紐的ハーネスだ。服の上からハーネスの背中の部分を掴んでいる。


 俺達がいつも使ってるこのハーネス。俺の方は背負子しょいこのようなものなので構造は簡単だ。それに対して、ジェット嬢側の構造は複雑だ。着脱方法はジェット嬢しか知らない。そして、皮を使っているので、水没したらダメになる。


 今ジェット嬢が装着しているのは、水没したものではない予備の品。ため池に墜落した後、医務室で処置された際にハーネスは一度外されたはずだ。その後、ジェット嬢が自分で予備のハーネスを患者着の下に着用したとしか考えられない。


 俺の背中に乗る以外に用途の無いこのハーネスを、俺が近くに居ないことを知りながら自分で着用した。つまり、コイツは俺を待っていた。


 ため池のほとりで片手に持ったジェット嬢を軽く振り回す。

 ビッグマッチョだからこそできる技だ。


「ジェット嬢よ。【呪い】は自分で解くものだ」


 追いついてきたオリバーが少し離れて後ろに立つ。


「女性にしては大柄だろうが、俺から見れば小柄の範疇だ! その証拠を見せてやる!」


ブン スポーーーーーーン


 俺はジェット嬢をため池の上空に向かって全力で放り投げてやった。さすがマッチョ腕力。良く飛ぶ。前後方向に回転しながら飛んでいくジェット嬢に大声で呼びかける。


「さぁ! 水没が嫌なら目を覚ませ! 【呪い】から自分を解き放て! ジェット嬢!」


 ジェット嬢は放物線を描きながら、回転しながらため池上空を飛んでいく。脚が無くて全長が短いせいか、見ていておもしろいほどよく回る。

 でも、魔力推進脚の単独飛行なら、あの状態からの姿勢制御は問題ないだろう。


 さぁ、飛び上がってくれよ。


 そこで、オリバーが背後から一言。

「【眠り姫】を池に投げ込むか。【荒療治】のつもりかもしれんが、池に落ちたら引き上げが大変なやつだ」

「心配するな。ジェット嬢なら大丈夫だろ。見てろ」


 ドボーン


「………………」

「…………」


 俺が放り投げたジェット嬢は、ため池の真ん中付近に落ちた。

 そして、沈んだ。


「オイ」

「はい」

「見てたけど、見事に落ちたな。ドボンだな」

「ジェット嬢、寝てたのかな。あの状態から飛ぶぐらいはできると思ったんだが」

「そしてやっぱり沈んだか」

「なんで沈むんだ。人間は普通は浮くもんだが」

「あのハーネスのせいだ。アレはそこそこ重いんだ」

「投げ込む前に外すべきだったかな」

「服の下に着けてるアレを外すなら、メアリに頼まないと世界が終わるやつだぞ」

「そうだな。焦ったからって勢いで行動するもんじゃないな」


 俺とオリバーの間に気まずい空気が流れる。ジェット嬢は浮いてこない。

 ドボンした原因の一つに気付いたので、言ったところでしょうがないけどオリバーに伝える。


「もしかしたら、あの八分丈の患者着がマズかったかもしれん。推進噴流が着衣にかかると飛べないから、膝丈に切り詰めてから投げるべきだった」

「そうか。でも、それもメアリに頼まないと俺達じゃどうにもできんやつだな」

「それもそうだな。着たままのスカート部を寝ている間に勝手に裁断とか、【王子様】が【永い眠り】につくパターンだな」


 それとなく問題点を振り返ってみても、やっぱりジェット嬢は浮いてこない。水没してるんだから早く助けなければとは思いつつも、三週間絶飲食で死なないジェット嬢が溺死するとは思えないのが俺とオリバーの暗黙の共通認識。なのであんまり慌てる気にもなれない。


 それよりも、なんかこう【やっちゃった感】が激しいのでつい脱力してしまう。ファンタスティック世界だからって、ファンタスティックな方法がいつも通じるわけじゃないんだな。


「だいたい、なんで【眠り姫】を問答無用で池に放り込むんだ。まぁ、アイツが簡単に溺死しないことは前回の引き上げの時に分かってたし、俺も一瞬アリかなとは思ったが」

「やっぱり【眠り姫】には【王子様の口づけ】かなぁ」

「それを試すんだったら他所よそでやってくれ。また麦畑を焼き払われたら困る」


 ファンタスティックな方法を否定しつつも、常識的に説教されると余計ファンタスティックな方法を考えてしまう。

 まぁ現実的に考えれば普通に【失言】についてまずは謝罪するところだな。引き上げて食堂棟に運んでメアリに処置してもらおう。怒られるかな。尻叩かれるかな。


「やれやれ、また引き上げか……。小屋からボートと網を取って来る。アンタはボート乗れないから、ほとりからロープでボート引くのを手伝ってくれ」

「すまんな」

「まぁ、次の参考になるかどうかわからんが、あのハーネスの話が出たからアイツの事をついでに教えておいてやる」

「なんだ。ジェット嬢の趣向に関する情報か。好物なら知りたいが」

「あのハーネス着けると分からなくなるが、アイツはそれなりに【ある】ぞ」

「ほほぅ」


 【何が】は聞かない。男同士の密談というやつだ。そんな話をしている場合じゃないのは分かってはいるが、脱力ついでだ。聞けるときに聞いておこう。


「定量的には、メアリとキャスリン様の間ぐらいのやつだ」

「それじゃ両極端すぎてわからんだろ。定量的の用語の使い方が不適切だ」

「定量はしている。【貧】側メアリ基準0.00、【巨】側キャスリン様基準14.00で数値化すると、五年前時点でアイツは」


『ふぁいとー・めっさーつ!』


 どこからともなく、よく通る声で禁断の掛け声が響く。

 俺とオリバーの恐怖ゲージはいきなりMAXに達し、思わず叫ぶ。

「「どぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」」


 ドバーン ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 ため池の水面が金色に輝くと同時に水しぶきが上がる。

 そして激しく地面が揺れる。


 どこだ、どこからナニが来る?

 オリバーも周辺を警戒している。


「オリバーよ。【荒療治】は成功だな」

「まだだ。まだ終わらんよ。【荒療治】は全員生還するまでが【荒療治】だ」


 ゴゴゴゴゴゴゴ バン ガン ババババン ドン ドガガガガガガン


 地響きは続き、裏山の反対側の斜面から爆発音が連続で聞こえる。裏山の岩盤を掘って構築した弾薬庫の方からだ。弾薬の誘爆か?


 ため池水面の金色の輝きが収まり、同時に裏山山頂の地面が赤く輝く。

 山頂部の木や草が燃え上がる。


 【滅殺破壊魔法】が来る!


 ドゴォォォォォォン


 裏山山頂が轟音と共に噴火。


 あんまりな光景に、俺は逆に冷静になる。

「オリバーよ。この山は火山だったのか?」

「違うな。火山の中に弾薬庫は作れんだろ」

 大噴火を見上げるオリバーも、ある意味冷めたようだ。


 裏山の山頂に突如できた火口より無数の溶岩の塊が噴き出し空に広がる。あれらが落ちてきたら、サロンフランクフルトだけでなくヨセフタウンにも甚大な被害が出る。

 しかし、俺達に止める手段は無い。それどころか、俺達の命も危ない。


 オリバーは近くにあった地下室の入口から中に入ろうとした。


「オリバーよ。そんなところじゃもたないぞ」

「俺は農夫だ。そして、土魔法使いだ。生き埋めのほうが生存率が高い」

「そうか。土魔法っていうのはよくわからないが、死ぬなよ」

「死ぬかどうかはアンタ次第だ。あと、土魔法は案外奥が深い。いつかフロギストン理論と土魔法について語り合おう。生還できたらな」

 そう言い残して、オリバーは地下室に飛び込んだ。


 ドバァァァァン


 今度は何だと思ってため池を見ると、ため池中心部の水面から空に向かって何かが飛び出したのが見えた。


 それは、黒目黒髪短髪の女性だった。膝丈ひざたけに切り詰めた患者着の下に脚は無く、その代わりに薄く金色に輝く推進噴流を出している。

 それは、無数の溶岩の塊が舞う空を見上げると、金色の光を放ちながら脚の無い身体で胸を張り、両腕をいっぱいに広げて叫ぶ。


『ファンタスティィィーック!』


 よく通る声が響く。

 同時に、黄色く輝く光線を全周囲に数百線同時に放つ。空が真昼のように明るく輝き、全天から轟音が響く。


 【しん金色こんじきの滅殺破壊魔神】降臨。


 全周囲に放たれた光線が、噴火により噴き上げられた溶岩を全て粉砕。

 夜空を照らした光は消え、静寂が戻る。

 砂や小石が降り注ぐ微かな音だけが周辺に響く。


 俺は言葉を失った。

 絶句だ。


 【滅殺破壊魔法】による裏山大噴火もあんまりだが、全天に放った【弾幕系シューティング】風の数百線の光線もあんまりだ。でも脱力している暇は無い。


 ジェット嬢が自力で池から出てきた。

 ここからが【荒療治】の本番だ。

 俺の出番だ。


 山頂の火口から赤い光を放つ裏山を背景に、ため池の上空に浮くジェット嬢が俺を見下ろしている。オリバーは既に居ない。確実に俺を見ている。


 しばらくため池の上空から俺を見ていたジェット嬢は、そのままの姿勢でゆっくりと降下。頭の高さが元の自分の背丈になるぐらいの超低高度まで降下すると、ため池の水面を推進噴流でき上げながらゆっくりと俺の方に近づいてきた。歩いてきているようにも見える。


 俺は足場を確認して待ち構える。ジェット嬢の魔力推進脚から出る推進噴流は、近くに居る人間を吹き飛ばす威力がある。至近距離でそれに耐えて立つことができるのは俺だけだった。


 つまり、単独で離陸したジェット嬢を安全に着陸させるのは俺しかいない。【荒療治】をやり遂げるには、今まで試したことが無かったそれを今成功させないといけない。


 どこか吹っ切れた表情でジェット嬢はさらに俺に近づく、激しい推進噴流の流速が俺の足元を揺さぶる。だが、俺は耐えられる。俺にしか耐えられない。


 両腕を横に軽く広げながら近づいてくる。


 そうか。その飛び方では、ジェット嬢は腕を前に出すことはできないんだ。


 手が届く距離になり、俺は、ジェット嬢の両脇の下に腕を差し入れて、抱きとめる。

 ジェット嬢は推進噴流を止めて、正面から俺にしがみついてきた。

 ジェット嬢の体重が俺にかかる。


 俺も腰に手を回し抱きとめる。

 着陸成功だ。


「軽くなったな」


 ガリッ


 いきなり首筋をかじられた。痛い。


 ジェット嬢が俺にしがみついていた腕をほどいて、上半身を離す。

 俺は脚の無いジェット嬢が落ちないように、腰を支える。


 口元から赤い血を滴らせたジェット嬢が俺の顔を見ながら言う。

「アンタの失言癖は、もはや呪いね」


「解呪に協力してくれるか?」


「呪いは自分で解くものなんでしょ?」


「長い道のりになりそうだ」


「見届けてあげるわ」

 清々しい笑顔でジェット嬢は笑った。


 日没後、山頂で溶岩が輝く山の中で、女と抱き合いながらこのやり取り。

 若者なら、これがファンタスティッククライマックスラブシーンなどと思ったりもするんだろうが、俺は人生経験豊富な40代のオッサン。

 既婚者の肩書とは死別したのでこの状況も悪くはないと思っているが、気になることは別にある。


 知っているか。ジェット嬢。

 人間の首筋の筋肉は厚いんだ。特に俺のはな。

 少々かじったぐらいで出血なんてしない。人間の歯ならな。

 そして、さっき全天に放った光線。アレは【魔導砲】だろ。

 そんな技いつ覚えたんだ。去年はできなかったよな。


 俺は目を覚ませと言った。

 解き放てとも言った。

 

 ジェット嬢よ。オマエは一体何に【覚醒】して、何を【解放】したのだ。


 だけど、今はそんな疑問も心に仕舞う。

 女性にいきなり【歯並び】を見せろというのはかなり悪質な失礼だ。

 気になったからと言って今ジェット嬢にそれをしたら、もう一回【大災害】をされるに違いない。


 今宵はジェット嬢の【着陸】、そして【覚醒】と【解放】を共に喜ぼう。


 ジェット嬢を抱いて溶岩の輝く裏山から下山し、軍事施設地下の防空壕から出てきたサロンフランクフルトの皆に歓迎されながら食堂棟に帰った。


 翌日、俺達はヨセフタウンを追い出されることになる。

●次号予告(笑)●


 裏山の大噴火と、その直後に空を焼いた無数の謎の光線。ユグドラシル王国北東部広範囲から確認されたそれは【滅殺破壊大災害】と呼ばれることになる。


 それだけのことをやらかして、そこに住み続けるのは無理というもの。

 ヨセフタウン住人一同、だれも怒ってはいない。

 ただ、本当にもう勘弁してほしいと、それだけを願っていた。


 男と女は共に旅立つ。男は【転勤】、女は【門出】それぞれの理由で。


次号:クレイジーエンジニアと転勤

(幕間入るかも)

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