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3-4 魔王的育児論 ワンオペ育児は無休憩ドライブに匹敵する激務(2.9k)

 【魔王】の俺と【副魔王】のウラジィさんが首都を目指す珍道中を始めてから4日後の昼。


 宿場町で出会ったトラクターの運転手が育児に対して無理解な発言をしたので、前世育児経験アリのオッサンとして説教中。

 

「走るトラクターのハンドルの手を放してから脱輪するまでの時間、走りながらよそ見して事故が起きるまでの時間。そんなに長くないだろ。車が動いている間は気を抜くことができん」


「そうだ! 分かっているじゃないか王子様!」

「そうなんだよ。動いてる間は気が抜けないから止まって休憩は必須なんだよ!」


 動いている間は気が抜けない。

 つまり、そういう事なんだよ。


「寝返りを覚えた0歳児がよくない場所でうつ伏せになってしまい窒息するまで」

「!」


「立ち歩きを覚えた1歳児がバランス崩して転倒し後頭部を床で強打するまで」

「!!」


「よじ登りを覚えた2歳児が机の上に仁王立ちして頭から床に落ちるまで」

「!!!」


「一人歩きが上達した3歳児が家の外にフラッと出てしまい危険な目に遭うまで」

「!!!!」


「それぞれそんなに長くないことは分かるだろ。運転と同じだ」

「確かに……」


「そして、トラクターは運転にだけ集中すればばいいが、育児は子供を守りながら料理掃除洗濯もしないといけない」

「!!!!!」


「運転手は疲れたら自分の意思でトラクターを停めて休憩をすることができる。だが、子供は親の意志で止めることはできん」

「!!!!!!」


 本当にコレがつらいんだ。

 子供は親の疲労などお構いなしに常に動き続ける。

 ワンオペで育児している場合はどんなに疲れても休めない。


 調理中も食事中も洗濯中も掃除中もトイレの時も常に子供の動きと気配に注意が必要で、そして子供が複数人居る場合は、全員が寝るまで育児は休憩ができない。


 交代要員の居ないワンオペだと、これが、すごく、つらい。


「さらに、個人差大きいけど0歳児は寝かしつけが難しい。夜に寝ない場合もある。1歳児も子供によっては夜泣きしたり、夜中に起きだしたりする。子供が起きてると親は寝れん。どんなに疲れていても、寝たくても、育児は夜も休めないんだ!」

「!!!!!!!」


 コレもつらいんだな。

 2歳、3歳になるとトイレに行きたいと親を起こす子供も居るし、布団で漏らすこともある。

 漏らしたうえで、大興奮して夜中に大騒ぎを始めたりする子供だって居る。


 そのまま徹夜になったうえで、翌日隣から苦情が来たりとか。

 本当に、育児は夜も休めないんだよ。


「極めつけは、運転手なら休日はあるが、育児に休日は無い。休めない寝れない日が年単位でずっと続くんだ!」

「!!!!!!!!」


「ワンオペ育児は楽じゃないんだ! 運転手よりも大変なんだ! サラリーマンより大変なんだよ! 仕事終わって家帰ったら片付いた部屋で酒飲んで休みたい気持ちはよくわかる。だけど、そこは我慢して、家に帰ったら何よりも先に育児で疲れてる奥さんをねぎらうべきなんだ! 家庭の憂いなく一日仕事ができたことを奥さんに感謝すべきなんだ! できるかぎり休ませてあげるべきなんだ! 子供の世話が代わりに出来なくても、掃除や片付けぐらいは何も言われなくても当たり前のように男がするべきなんだー!」


 俺は食堂で前世の経験からの魂の叫びを上げた。


 食堂内で歓声が上がる。


「王子様! ステキ!!」

「スバラシイ!」

「ビッグ王子様! 分かってる!」


 食堂の調理場で働く【お姉さん】達からも熱い声援が届く。

 俺の前世の魂の叫びはこのファンタスティック世界でも通じたようだ。


 育児は楽じゃない。本当に楽じゃないんだ。本当に子供は目を離せない。

 スマホでメールを読んでいる隙にトイレにおむつ流そうとしてリビングに茶色い洪水が押し寄せるとか、僅かな隙でもいろんな暴挙をしてくれる。

 集中力を切らすことができない。


 ワンオペ育児というのは

【信号待ち以外で5秒以上停車したら爆発する自動車を16時間連続で人通りの多い街中で運転した後パーキングブレーキなしで坂道の路上駐車で車中泊8時間】

 を繰り返すのに匹敵する激務だ。


 コレを年単位で休みなしで続けたら、正気を保つことは難しい。

 発狂するか事故するかどちらかだ。


 だから、育児にワンオペは禁物だ。

 妻が発狂するかどうかは【お父さん係】の【お父さん力】にかかってくる。


 サラリーマンなら家に帰ったら休みたい。

 それはわかる。よーくわかる。

 でも、世の中の【お父さん係】はよーく考えてほしい。


 【信号待ち以外で5秒以上停車したら爆発する自動車を16時間連続運転】して疲れ切った【お母さん係】が運転する自動車の助手席に帰宅して、【空調利いた車内でシートに座ってハンドルとペダル操作し続けることのなにがしんどいの】と言いながら、缶チューハイ等を飲みだしたりしたらどう思われるかを。


 これが世にいう【産後クライシス】だ。


 育児は見た目ほど楽じゃない。

 短時間なら楽しいし、楽に思えるかもしれない。


 でも大変なのはそこじゃない。

 休みなく続けないといけないところなんだ。

 瞬時でも集中力を切らすことができないのが大変なんだ。


 交代要員が必要なんだよ。


 幼児の世話はすぐだれでもできるほど簡単じゃない。

 【運転免許】に相当する技量を持たない【お父さん係】だって居るかもしれない。

 すぐに交代要員にはなれないかもしれない。

 手伝おうとして邪魔者扱いされることもあるかもしれない。

 だけど、休めない【お母さん係】は肉体的にも精神的にもすごく大変なんだ。


 だからこそ、歩み寄る姿勢を見せながら、そして、日常の苦労を認めて、感謝の心を伝えてほしい。


 子供が大きくなったら【お父さん係】の出番は増える。

 その時に、仲の良い両親で居られるように。

 仕事も大変かもしれないけど仕事をがんばる【お父さん係】には家庭も大事にして欲しい。


 そう思う。



 テーブル席の運転手が涙声で話しかけてきた。


「王子様。俺、心を入れ替えて、家族を大事にするよ。帰ったら妻に感謝して掃除と片付けするよ」

「ああ、そうしてやってくれ。本当にしんどいのは長くて数年だ。その後は親子で楽しい時間をたくさん過ごせるんだ。それを楽しみに、仕事と家庭の両立は大変かもしれないけど男の底力でがんばってくれ」


「ありがとう王子様」


 俺、王子じゃないけどな。


「王子様! 今の話を記事にして新聞に掲載したいんですけど良いでしょうか!」


 今度は、新聞記者風の若い女性が話しかけてきた。


「かまわんよ。でも俺は王子じゃないぞ」

「ありがとうございます。私は【西方良書出版株式会社】の【社会部記者】エレノアと申します。またお会いすることもあるかもしれませんが、よろしくお願いします」


 なんで王子なんだろう。

 俺でかいけど、王子には見えないと思うぞ。


「おい若造」


 背後のカウンター席からウラジィさんの恨みがましい声。


「分かってると思うが、わし達はこの世界では【異物】なんだぞ。前世で苦労してたことは分かったが、あんまり目立つマネするな」

「はい。ごめんなさい」


 俺達は、食堂に集まった多くの人達に見送られ、その宿場町を後にした。

 エレノアさんに尾行されながら。

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