2-1 副魔王に名前を押し付けた俺(2.0k)
40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してからちょうど一年のこの日。
王宮で行われた【魔王討伐一周年記念パーティ】を途中退場して【魔王城】に来たところで、取り返しのつかない【失言】をしてしまい相方のジェット嬢に捨てられた。
さっきまで居た【ガーゴイル】的な変な奴は既にいない。
時刻は既に夕方。
相方のジェット嬢に捨てられた今、俺は飛べない。
首都にもヨセフタウンにも帰れない。
今俺が居る【魔王城】は山林の崖っぷちにある。
【魔物】が居ないといっても、明かりもなしで手ぶらで日没後の山歩きはできない。
今取れる針路は一択。
あの【ガーゴイル】的な変な奴の案内に従い、【謁見の間】に行って【副魔王】とやらに会うしかない。
【魔王城】のエントランス。
体育館のような広い空間で、正面に赤い絨毯が敷かれた幅広の階段。側面の壁には額縁に入っている絵が多数飾ってある。
ジェット嬢が欲しいと言っていた絵もその中にあるのかもしれないが、今はそれはいい。
幅広の階段を昇っていく。
階段高さは3mぐらいか。
ビッグマッチョで身長が2mを越えている今の俺は、途中まで登ると二階の【謁見の間】の奥まで見える。こちらも小学校の体育館ぐらいの広さ。
間取りはシンプル。
前世世界のロールプレイングゲームに出てきた【魔王城】の【謁見の間】そのもの。
今昇っている幅広の階段から続く赤い絨毯の先には一段高くなった壇があり、その上には玉座。その奥の壁には、白、青、赤の模様が書かれた変な旗が飾ってある。
そして、玉座の上に人が座っている。あれが【副魔王】か。
【魔王】との決戦に向かう勇者のような気分で、その玉座に近づいていく。武器ナシの手ぶらで、服装はビッグマッチョな俺専用に仕立てたスーツ。ネクタイは緩めた。
この装備で絶対戦える気がしない。俺はジェット嬢が居なかったら戦闘力ゼロだ。
そもそも、俺が【魔王】って呼ばれたんだけど。
ツッコミどころが多すぎて【選択と集中】ができないが、玉座まで10m程度まで近づいたところで玉座に座っているのが高齢の男性であることが分かり、その顔立ちを見て俺の非力なツッコミエンジンはエマージェンシーモードに突入した。
俺は前世世界で、この顔に見覚えがある。
住んでいた国が違うし、当然面識も無い。
だが、俺が死んだ頃の前世世界ではこの顔は世界中で有名だった。
白い肌と青い目、人懐こそうな顔立ち。
禿げあがった広いデコ。
茶色がかった白髪。
【魔法】も【魔物】も無いあの前世世界で、ガチで【魔王】と呼ばれていた【あの御方】だ。
5m程度まで距離を詰める。
その御方が話しかけてきた。
「よく来たな【魔王】。我が名は」
その御方がそこまで言いかけたところで、俺のエマージェンシーモードのツッコミエンジンが危機を告げる。
【この御方に名乗らせてはいけない】
ここは先手を打て!
「あんたウラジィさん! ウラジィさんね!! お久しぶりです?」
「…………」
あの御方が発言を遮られて不機嫌そうに俺を見る。
もう一押しだ!
「同郷です! 転生者です! 俺日本人! 去年のこの日にここ来る前まで、日本で技術者してた! あんたのことニュースでよく見た! 空気読んで! 前世で面識ないけど、ここはウラジィさんで、ウラジィさんでお願い!」
ガンガン押す。
ここは引けないところだ!
「……。我が名はウラジィ。【副魔王】だ」
やった。押し切った。
【副魔王】ことウラジィさんは玉座から立ち上がり、声をかけてきた。
「若造。まずは飯だ。ついて来い」
あれ? なんか思ってた展開と違う。
ウラジィさんは玉座の置いてある段差から降りて、俺の前を通り過ぎて階段に向かう。
俺も空腹だったので素直に従う。
ウラジィさんに続いて、さっき上った幅広の階段を下りる。
ウラジィさんは迫力があるわりには小柄だ。俺がビッグマッチョなせいもあるが、この世界の普通の男と比較しても若干小さい。168cmぐらいか。
下りた先を右へ回り幅広の階段の下側に回り込むと、そこに普通のドアがあった。
「こっちだ。足元気を付けろ」
ウラジィさんに続いてそのドアの中に入る。
ドアの奥は廊下になっており、ウラジィさんが用意したランプの明かりを頼りに廊下を進む。
廊下の床の隅の方には金属パイプやら金具やらが置いてあった。工事現場か?
廊下を進んでついていくと、十畳ぐらいの窓のある部屋に到着。
窓は東向きのようで、夕日は見えない。
部屋の一部が上げ底されてラーメン屋の座敷席のようになっており、そこにちゃぶ台があった。
ウラジィさんは靴を脱いでその座敷席に上ってちゃぶ台の前に座り、俺を呼ぶ。
「若造。まぁ座れ」
俺も座る。
ビッグマッチョなのでちょっと窮屈だけど、ちゃぶ台自体が若干高めに作ってあるのか、なんとか対面であぐらをかく形で座ることができた。
「まぁ、食え」
座敷の上に置いてあった缶から干し肉のような保存食を出してくれた。
ランプの明かりの下で二人で干し肉を齧った。




