3-1 ジェット嬢の故郷とスミスとメアリ(3.1k)
40代の開発職サラリーマンだった俺が異世界転生してから六日目。魔王討伐隊の前線基地跡地からロケットボートで飛び立ったその日の夕方。俺達は目的地だったユグドラシル王国東側の地方都市ヨセフタウンに到着していた。
到着した場所は、サロンフランクフルトという多目的施設。
俺達が今居るのは、展示室と呼ばれる部屋。
そこで、俺は俺好みのブツと対峙していた。
「これは、【電磁石】じゃないのか。この世界にもあったんだ」
「ヘンリー卿が趣味で作った何かよ。私にもこれが何なのかわからないから、詳細知りたいなら直接本人に聞いてみて」
メイド服を着て車いすに乗った状態で俺の隣に居るジェット嬢が言う。
「ぜひ会ってみたいな。このブツについて徹夜で語り合いたい気分だ」
サロンフランクフルトはヨセフタウン市街地の北東2kmぐらいにある多目的施設。敷地は1km四方程度で中にはいろいろなものがある。
北側には裏山と呼ばれる小さな山がある。この山の中腹には丸いため池があり、近くの農地に農業用水を供給しているそうだ。
東側には東丘と呼ばれる丘があり、その丘のさらに東側には東池と呼ばれる丸い池が二つある。こちらは雑用水の水源として使用されているらしい。
敷地の南の端には、俺達が今いる食堂棟と、管理人であるスミスとメアリが住んでいる居住棟がある。かつては他にも建物があったそうだが、不要になった際に撤去したとのこと。
そのため敷地内に今ある建物はこの食堂棟と居住棟のみで、今のこの施設の主目的はヨセフタウンの領主であるヘンリー卿が趣味で使う別荘だそうだ。
この食堂棟もなかなか面白い作りで、一階には、カウンター席付きの大きな食堂。
入口から入ったらすぐにこのカウンター席があり、カウンター席沿いに左に進むと大きな食堂に出るような間取りになっている。
前世世界でのラーメン屋に大きな食堂を合体したようなイメージだ。
その食堂の奥には、俺達が今いる展示室がある。
この部屋は、領主でもありこの施設の家主でもあるヘンリー卿が趣味で作ったものを飾るための部屋とのこと。
中央に長机、奥には本棚がある。でも、俺に読める文字で書かれた本は無かった。
食堂棟入口入って右に、食堂の反対側に行くと、突き当りに大きい医務室。
その突き当りをさらに左に曲がると、二階に通じる階段がある。二階は宿泊施設となっており、二十部屋あるそうだ。
ちなみにこの世界では部屋番号に四という数字を避ける習慣が無いそうで、四号室もちゃんとあるとか。
今回の空の旅の最終目的地はここだったそうだ。
ジェット嬢は魔王討伐隊に入隊する前はここで住み込みでウェイトレスをしていたとのこと。
つまりここが、ジェット嬢の実家なのだ。
今日の早朝の話になる。
俺はヨセフタウン郊外上空高度8000mよりこの施設の三つの池を確認。三つの丸い池が目印というのは打ち上げ前に聞いていたので、無事目標を発見できたことに安堵した。
すると、ジェット嬢が魔力で運転していた魔力ロケットエンジンが突然停止。推力を失ったボートは安定を失い転覆。俺達は上空8000mの寒空に投げ出された。
誰かが言った。
自由落下は自由ではない。
それは本当であることを体感した。本当になんにもできねぇ。
展開前のパラシュートを抱えて、高空の超低温に耐えながら真っ逆さまに自由落下。
そこで俺は気づいた。
ジェット嬢はケロッとしてはいたが、両足切断の重症者だ。
傷口がどうなっているかわからないが、ローブの下側が赤く染まるほどの血痕を見る限り、出血量も少なくは無い。
失血した状態で高空の低圧に晒したことにより、意識を失ってしまったようだ。
ファンタスティックな空の旅に夢中になり、怪我をした女性への配慮が足りなかったのが転覆事故の原因か。などと真っ逆さまで落ちながら反省していたら、急に空気が暖かくなり、落下姿勢が俺をボート代わりにするような形で安定した。
ジェット嬢が意識を取り戻したのだ。
女性の体調への配慮って大事だね。
それを怠ると命に関わるよ。
ちょっと高いけど、目測高度1800m程度でパラシュート展開。
そこからの風魔法による軌道修正で目印にしていた三つの池の中央部ぐらいに落下。
さすがに着陸の衝撃は大きかったが、ジェット嬢の風魔法による最終減速と俺のマッチョ脚力の組み合わせで着陸成功。
俺達は空の旅から生還した。
着陸場所はサロンフランクフルトの敷地内。
すぐ近くにあった食堂棟の入口から普通に入ると、早朝にもかかわらず食堂棟ではメイド服を着た女性が朝食の仕込みを始めていた。
この人が、管理人の奥さんのメアリだ。
お邪魔しますと入店して、回れ右して背後を見せる。
挨拶の仕方すらデタラメだが、ここのことを知るのは背後に載っているジェット嬢だけだから仕方ない。
ちなみに、この時の俺達の恰好。
俺は最初に着ていた皮の服。
心臓のところに穴が開いてそのへんに血痕が付いてたアレ、の上に、ジェット嬢が作ったジャケット風おんぶ紐的ハーネス。
ジェット嬢は最初に会ったとき着ていた白いローブ。
上半分はおんぶ紐的ハーネスのベルトを繋げるためにところどころ穴が開いており、下半分は脚を切り離した時の出血なのか、血で赤黒く染まっていた。
メアリが管理人のスミスをすぐに呼んできてくれて、スミスはすぐに医者を呼びに町まで馬で走ってくれた。
この世界には電話とかそういうの無いらしい。
メアリが朝食を出してくれたのでそれを頂いていたら、馬車で医者が到着。
この医者はドクターゴダードと言って、外科治療を得意とするヨセフタウン一の名医だとか。
そうだよね。【魔物】出る世界だから、外科医って重要だよね。
ジェット嬢を医務室に搬送。
医務室での診察の結果、やっぱり切断跡の処置がよろしくなかったらしく、メアリを助手として医務室で緊急手術。ここの医務室には手術設備もあるそうな。
この施設、元はなんだったんだろう。
そしてメアリすごいな。
メアリは手術になることを予測してドクター到着前に機材の滅菌処理を済ませていたとか。
その準備のおかげで一時間半ほどで手術は終わり、メイド服を着て車いすに乗ったジェット嬢が医務室から出てきた。
清拭され、髪も整えられ、マトモな服装に着替えたジェット嬢はなかなかの美人さんであった、目つき鋭い悪役顔系の美人さんだ。
その後、メアリは昼食準備、ドクターは手術の後片けで忙しくなりちょっと時間ができた。
ジェット嬢はしばらく医務室で寝泊まりすることになったとのことなので、その時間で空の旅から持ち帰った荷物を医務室に運んだ。
その時初めて例のおんぶ紐的ハーネスの全体像を知った。
ジェット嬢側がどうなってるか知らなかったが、ジェット嬢側は服の下に着用する形だったようだ。よくできている。これをあんな短時間で作るあたり、実はモノづくり適性高いんじゃないかと思った。
この時点で俺は着替えておらず、心臓あたりに血痕がついている皮の服を着ていた。
さすがに見た目がアレなので、着替えがないのかとジェット嬢に聞いてみたが、規格外のビッグマッチョボディである俺が着られる服は仕立てないと無いとのこと。
持ち帰った荷物の中に俺用のインナーが一着だけあったのでインナーだけ着替えた。
心臓のあたりの穴と血痕は、ジェット嬢が紙を貼って隠した。
読めないけどなんか文字が書いてあるように見える。
アホとか書いてないよな。
そして、昼食。
スミス、メアリ、ドクターゴダード、ジェット嬢、俺。
ここでも俺はオッサンを名乗った。
世間話をしながらの楽しい食事だったが、俺の正体や、ジェット嬢が何してきたとかそういうことは話題にはならなかった。そういう話をしないというのはこの世界の暗黙の了解かな。




