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エピローグ(2.3k)

 雪のちらつく夕方。

 エスタンシア帝国首都カランリア、その中央部にある首相官邸の執務室に男が一人立っていた。


 男の名はアレクサ。


 エスタンシア帝国の現首相だ。

 そして、男の片手には拳銃。


 開戦、そして緒戦敗北。

 突きつけられている現実を前に、男は友人の言葉を思い出していた。


【勝敗に関わらず、戦争を回避できなかった指導者は無能だ】


 男はつぶやく。


「俺は、無能だ」

「夢半ばで散ったお前に合わせる顔が無い」


 男は、自分の頭に銃を向ける。


「だが、もう、現世で償う方法も無い」

「冥土で教えてくれ。俺は、何を間違えたか。お前なら分かるだろ」


 男は、銃の引き金に指を懸ける。


「これで、俺は、史上最低の首相として歴史に名を残すことになる」


 突如部屋が揺れ、窓の音から轟音が響いた。


「何だ? 交通事故か?」


 男は拳銃を下ろし、窓に駆け寄り外を見る。


 窓からは首相官邸前広場が見える。

 その首相官邸前広場に大きなコンテナのようなものがあり、周辺に人だかりができていた。

 そのコンテナには、破損した翼が付いているようにも見える。


「何だあれは……」


 コンテナには大きな文字で【ユグドラシル王国】と書いてある。


「ユグドラシル王国から来たのか。俺を、殺しに来たのか?」


 そのコンテナの上に、人が立ち上がったのが見えた。

 首相官邸の建屋に向けて大きな白旗を振っている。


「戦闘意思は無いということか。では、コンテナの中身は爆弾や兵士ではないということか。では、中身は何だ?」


 男の視線はコンテナに釘付けになる。

 コンテナ近くにトラックが止まる。


 そして、コンテナ周辺に集まった男達が中から何かを取り出してトラックに載せている。

 取り出しているのは大きな袋。しかも、多数。


 男はその袋が何の袋かを知っている。

 玄麦等の穀物を入れる袋だ。


「ユグドラシル王国から、このカランリアに食料を輸送だと? まさか、あれは空を飛んできたのか?」


 男の脳裏に、友人の顔が浮かぶ。


「冥土でお前に会う前に、もう一仕事できそうだ」


 男は考えた。そして、現状を理解した。


 ユグドラシル王国側に継戦の意志がないなら、国内の強硬派を黙らせるだけでいい。


 予想外の緒戦敗北で、強硬派の大半がユグドラシル王国を支配下に置く発想を考え直している。強硬派の開戦理由も結局は食糧問題だ。


「ユグドラシル王国の協力で食料問題を一時的にでも解決できるなら、停戦ぐらいは無能な俺でもできる。死ぬ前に一つぐらいは償える」


 男は、眼前の光景に希望を見出した。その時、窓に影が降りた。


 男が窓から見上げると、そこに大男が浮いていた。

 宙に浮く大男は窓の中に居る男を見下ろして叫ぶ。


「この国の代表者に伝えろ。勝敗に関わらず、戦争を回避できなかった指導者は無能だと。双方の戦死者遺族に自らの無能を詫びて、自分の仕事と役割を果たせと」


 それだけ言い残して、大男は飛び去って行った。



 男は、その大男を知っていた。


 かつて、両国が協調して発展する夢を語り合い、夢半ばで先立った大切な友人。

 顔にはゴーグルとマスクをしていたが、見間違えるはずがない。あの規格外の巨体。

 そして、あの声。


「ユーリ・ジル・ユグドラシル! 生きていたのか!」


 先程まで希望と安堵の色が広がっていた男の心は、瞬時に怒りで塗りつぶされた。

 大男はもう居ない。だが、男は怒りに任せて叫ぶ。


「何故だ! 生きていたなら、何故【約束】を果たさなかった!」


「【約束】したはずだ! 魔王討伐作戦に協力した見返りとして、魔王討伐完了後にエスタンシア帝国側の魔物残党を一掃すると! そのための【最終兵器】を提供すると!」


「その【約束】、魔王討伐計画最終作戦【ハ号作戦】が実施されなかったことで、たくさん死んだんだぞ! お前を待っていた魔王討伐軍は壊滅したんだぞ。前線で指揮を執っていた兄も戦死したんだぞ」


 男は、憤怒の表情で叫び続けた。


「連絡不備で魔物の残るヴァルハラ平野に進出してしまったヴァルハラ平野開拓団も壊滅したんだぞ。食料危機深刻化で強硬派が台頭だ。でも、お前が戦死していたという情報を掴んで、仕方ないと思っていたんだぞ」


 男は、窓際で膝から崩れおちた。

 大切な友人を失ってからの、悪夢のような日々が脳裏に蘇った。


「俺は、国内各所で開戦回避のため、関係者を必死で説得したんだぞ。無断で越境攻撃した連中を投獄し、情報統制を徹底して、最後まで、開戦を回避しようと努力したんだぞ。複雑な利権構造が絡んで元より内政が混乱しているこの国で、胃に穴をあけながら……。戦争だけは回避しようと……」


「【最終兵器】は完成していたじゃないか……。あれを……、あれを、あの時貸してくれるだけでも良かったんだぞ……」


「強硬派を最後まで説得して【宣戦布告】に条件を付けたんだぞ。分かるだろ。俺達が欲しいのは領土じゃない。東部のあの大農園を数年間貸してくれれば、説得はできたんだぞ。誰も死なずに済んだんだぞ。お前なら、お前が居たなら、そのぐらいの回答はできたはずだ」


「何故だ。ユーリよ。負傷していたとしても、生きていたなら、やりようはいくらでもあったはずだ。何故見捨てた。何故何もしなかった。何故裏切った。何故だ……」


 男は再び怒りに燃える。

 心を怒りに塗りつぶされた男は、憤怒の表情でつぶやく。


「許さんぞ……。私を裏切り、兄を殺し、多数の国民を犠牲にし、国を危機に陥れた。その罪、貴様の国に償わせてやるぞ」


「それが、貴様の裏切りで犠牲になった多数の国民に対する、俺の償いだ……」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後の最後で自身がこの戦争の引き金になっていたことが明らかになるとは!! ですが、本人はまだ知らないわけですね。 ジェット嬢は約束のことを知っていたのでしょうか。 いろいろ気になります。 …
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