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21-5 対等の国家関係を次世代に残すための戦い(2.5k)

 サロンフランクフルトで開戦準備が始まってから五十五日目。エスタンシア帝国からの初回の【密輸】を行ってから十一日後、開戦期日を明日に控えた夜。


 俺とジェット嬢はいつもの背中合わせスタイルで、軽食入りバスケットを持ってサロンフランクフルトの北側広場を散歩していた。


 北側広場と言っても、もう広場ではない。


 敷地の大半は軍事施設になっており、柵で囲われて民間人は入れなくなっている。

 開戦準備や訓練が進むにつれて【情報管理】も強化され、俺達にも軍事施設内の状況がどうなっているのか分からなくなっていた。


 これは、俺達に【秘密保持】という余計な仕事をさせないための軍の配慮とも取れるので、それについて文句は言えない。


 そもそも俺達は【軍人】ではない。

 手伝えることは手伝うが、戦争に関しては彼等を信じて任せるしかないのだ。

 そして、そうすべきと最初に言ったのはこの俺だ。


 俺の背中で軽食をつまみながらジェット嬢がつぶやく。


「トロッコ鉄道で怪我人の搬送訓練をしたそうよ」


 反斜面陣地とこの場所を繋ぐトロッコ鉄道のレールも完成し運行を開始していた。

 当然、俺は陣地や鉄道の全体像を知らない。


「そうか。訓練うまくいってたらいいな」

「工兵隊長が試運転中にトロッコに撥ねられて大怪我したから、そのまま搬送訓練に移行したみたい。【回復魔法】で応急処置だけしてヨセフタウンの病院に送ったそうよ」

「そうか……。それは、訓練なのか?」


 開戦準備段階でも怪我人は出る。訓練中の怪我や、準備中の事故。

 幸い犠牲者は出ていないようだが、そういうのも見越して人員編成するのはとても大事なことだ。


 詳細は把握していないが、前線要員よりも兵站要員の方が編制規模が大きく、また、各防衛場所においても死傷者による消耗を前提とした人員配分がされているとか。


 俺は前世世界での開発職の仕事を思い出した。

 俺の前世の職場では、メンバー全員にギリギリのスケジュールで開発テーマを振るのが慣例だった。そして、その状態で何かクレームとかイレギュラーが発生して人員を取られたり、誰かが体調不良で休んだりすると総崩れになったりするのも慣例だった。


 開発はチームでするものだ。

 二人のチームなら二人が揃って開発業務に当たれる時しか開発は進まない。

 それぞれが別の仕事を半分抱えだすと半分×半分で開発の進捗は四分の一のペースになる。

 チーム人数が増えればさらに悲惨なことになる。


 そんなことを繰り返しながらも、予備人員とか、余裕を持ったテーマ割り振りとかそういう発想は出なかった。

 まぁ、開発業務なら別に失敗しても犠牲者とか出ないし【クレイジーエンジニア】としてその瀬戸際感を皆で楽しんでいたところもあったから良かったんだけど。


 戦争においてはその発想は禁物だ。

 死傷者は出るし前線よりも兵站へいたんのほうが重要だ。

 兵員が二千五百名居るからって、その人数を陣地に割り振るアホに指揮官をさせてはいけない。


 その点でこの世界の【軍人】は優秀だ。

 人間相手の戦争の経験は無かったが、長年【魔物】と戦い続けた経験が活きているんだろう。


「【西方航空機株式会社】の【クレイジーエンジニア】は今日も大騒ぎだったわね」

「そうだな。【密輸】で仕入れた書籍や材料に夢中だったな」


 最終的に【密輸】任務は計三回行い、軽金属材料だけでなく、技術書籍、工具、潤滑油などの油脂類や、ゴムや樹脂材料などいろいろなものを購入した。


 【密輸】作戦自体は秘密であると腹黒男に釘を刺されてはいるが、【密輸】で得た技術情報については秘密にする必要は無いとのことで、連日それらに触れた【クレイジーエンジニア】達が大騒ぎする事態になっている。


 また、トーマスメタル社で降ろした穀物の袋も産地の刻印が入ったままだ。トーマスは梱包そのままでユグドラシル王国産であることを隠さずにエスタンシア帝国内の闇市場に流すらしい。


 腹黒男は語らないが、この【密輸】作戦には、両国の国交がお互いに有益であることを双方の国民に伝える意図もあったのかもしれない。

 あの腹黒男は、開戦後、終戦後のシナリオについてもトーマスと打ち合わせをしていた。詳細はやっぱり秘密だが、トーマスにまた何かをさせるつもりらしい。穀物と引き換えに。


「明日から、臨戦態勢ね。準備は予定通りとのことだけど、ちょっと忙しくなるわね」


 ジェット嬢は軍務にも従事しているキャスリンからたびたび話を聞いているので、機密情報以外の部分は良く把握している。


「そうだな」


 開戦後は俺達にも仕事がある。

 エスタンシア帝国がジェット嬢並みのデタラメ魔法攻撃力を持ち出してきた場合、【ジェット☆ブースター】を使って俺達が迎撃を行う。


 事実上の特攻任務だ。


 それが必要になる可能性は非常に低いが、備えとして俺達はいつでも出撃できるように【機動推進機試験所】にて待機する予定だ。


「今日、前線基地の宿舎に国王も到着したそうよ」

「そうか」


 反斜面陣地が突破され防衛線が崩壊した場合、エスタンシア帝国軍の火力に対抗する手段は無い。

 市街地での戦闘と民間人への被害の発生を避けるため、この前線基地まで敵が到達した場合は国王自ら【捕虜】となり休戦交渉を行う手筈だ。


 つまり【降伏】。


 そうなってしまった場合、ユグドラシル王国はエスタンシア帝国の属国又は植民地のような立ち位置になってしまう。

 これが国の未来にとって望ましくないことは明白であり、いろいろと議論はあったそうだ。

 しかし、勝算の無い徹底抗戦で多数の死傷者を出すよりは良いという国王の決断によりこの手順が決まったとか。


 逆に、圧倒的な火力差を覆してこの戦いを引き分けで持ちこたえることができれば、エスタンシア帝国とユグドラシル王国の間で対等の国家関係を築く道筋が立つ。


 国家間の力関係は軍事力の強弱により決まる。

 これは俺の前世世界でも同じだった。【法による支配】という建前を前面に押し出してはいたが本質的なところは変わらない。


 その【法】を決める発言権も、軍事力次第だったのだ。


 この世界でもそれは変わらない。

 この戦争はそういう戦いだ。


 エスタンシア帝国との開戦期日は明日。


 日付変更以降、いつエスタンシア帝国が攻めてくるか分からない。

 この散歩もしばらくお預けだ。

●次号予告(笑)●


 【勝利終戦号】が天に放った【魔導砲】の【ラストシューティング】。

 それを合図に、【戦争】が始まる。


 生か死か、それは終わってみなければ分からない。

 例え帰れなかったとしても、残った者達がこの戦いの意味を語り継いでくれると信じて、兵士達は死地へと赴く。

 同じ想いで越境してきた敵兵を殺すために。

 二つの国家の関係を決めるための戦い。その行方は。


次号:クレイジーエンジニアと運命の開戦

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