21-3 さらば勝利終戦号。陸の王者よ永遠に(2.6k)
【ジェット☆ブースター】と【八咫烏】の最初で最後の輸送任務を行った八日後の午後。
俺は【勝利終戦号】の現地修理の手伝いのためヴァルハラ平野の北側まで来ていた。
【逮捕】以来、俺達はあの腹黒男の指揮監視下に置かれており、開戦準備に関する情報から遮断されている。
まぁ、実質スパイ容疑だから仕方ない。
だから、今日の任務も詳細は知らない。
重機の代わりとして荷役作業の手伝いをするように指示を受けてきた。
【勝利終戦号】と、荷物に含まれる【赤い木箱】には絶対触れるなという注意付きで。
今回はあの【勝利終戦号】に近づくため、ジェット嬢は食堂棟にて腹黒男の監視下で留守番だ。
ウィリアム以下【勝利終戦号】設計チームが、トレーラ四台で運んできた部品と機材を使用して損傷した【勝利終戦号】の整備と修理を行う。
その様子を俺は離れた場所から見ている。
脱走から四カ月。弾痕と錆だらけになり、電動機の寿命により擱座していた【勝利終戦号】。
その大きな車体を開発リーダーのウィリアム指揮下で三十五名の開発チームメンバーが修理していく。
装甲板の交換だけではなさそうだ。
車体後部の点検扉を開放して、内部に搭載している魔力電池や電動機もまるごと交換している。
修理というより強化改造を行っているようにも見える。
一通り作業を終えたら、設計チーム三十六名はトレーラから一辺が1.5mぐらいの大きな【赤い木箱】を運んできて【勝利終戦号】の後ろに置いた。
そして、点検扉、搭乗口を全部閉じて【勝利終戦号】の横に二列に並んで様子を見ている。
何をしているんだ。
ガコン
【勝利終戦号】の点検扉と搭乗口が勝手に開いた。
どういう原理か未だに分からないが、無人で走り回る【勝利終戦号】だから無人で扉の開閉ができても不思議ではない。
だが、それを見て設計チームは明らかに驚愕していた。
その後、彼等は【赤い木箱】を開梱し、その中に入っていた部品を次々と【勝利終戦号】の中に運び込んでいった。
追加部品だろうか。
空が夕焼け色に染まる頃に作業は終了。
作業場所を片づけて持ち帰る荷物をトレーラに載せた後、設計チームは整備の終わった【勝利終戦号】の前に三列で整列した。
その様子を俺は離れた場所から見守る。
開発リーダのウィリアムが【勝利終戦号】の前に出て語りかける。
「我々が創り出した最強の【戦車】、【勝利終戦号】よ。先ずは、人知れず我々の世界を守ってくれたことを感謝する」
そうだ。あの日【勝利終戦号】がここに居なかったら、強襲してきたエスタンシア帝国軍をジェット嬢がデタラメ魔法攻撃力で迎撃するしかなかった。
それを一度でもしてしまったらこの世界は悲劇的な歴史を歩むところだった。
「世界を救った功績より貴様は国王から爵位を与えられた。【侯爵】だ」
「本来なら、王宮の式典で授与されるべきものだが、貴様はここから離れるつもりは無いのだろう。我々が代理で受け取り、授与された階級章は貴様の操縦席に固定した。こんな形になってしまって済まないが、貴様は貴族の一員だ」
「名前も頂いた。【勝利終戦号・オールランド・デストロイ】だ」
すごい強そうな名前だな。
実際、ジェット嬢に勝つぐらい強いけど。
「今日の最終整備で貴様に搭載した部品は、今の我々が作れる最高の物だ。電動機、魔力電池、変速機、潤滑油、緩衝装置。これらの技術は、いずれは、ユグドラシル王国、エスタンシア帝国両国の発展に寄与し、多くの人々の幸せな暮らしを支えるものだ」
「だが、今この技術をエスタンシア帝国に渡すわけにはいかない。貴様を鹵獲されるわけにはいかないのだ」
「そして、貴様の力で戦争に勝つことは許されない。間もなく始まる戦争は人間同士の戦いだ。人間の力で人間同士で殺し合い、決着を付けなくてはならない」
「我々を救った最強の【戦車】、【勝利終戦号】よ。貴様に最初で最後の命令を与える」
「開戦劈頭、侵攻地点にて、敵の目の前で自爆しろ」
どういうことだ。
博物館に展示するんじゃなかったのか。
「甚だ不本意である! できることなら、貴様で国内全領地旅行した後で首都の博物館に永久動態展示したかった」
「しかし、貴様は強すぎる。そして、既に貴様の存在は敵に知られてしまっている。単騎で戦況を覆しかねない人間以外の存在。そんな貴様を残した状態での終戦はあり得ない」
そうか。ジェット嬢だけでなく【勝利終戦号】もある意味デタラメ要素。
今回の戦いで前面に出してはいけない存在だったんだ。
「だから、この戦争の終戦のため、敵の目の前で、自爆しろ」
「貴様は、自爆装置の搭載を拒否しなかった。覚悟をしていたということだろう」
【赤い木箱】の中身は自爆装置だったのか。
確かに俺が触ったら危険だ。
「貴様に搭載した自爆装置には、今この世界で作れる最強の爆薬を使用している。兵器の開発を拒否したアル博士が、唯一貴様の最期のためだけに使用を許した最高の技術だ」
「戦うな。殺すな。本来の力を発揮することなく、終戦のために、我々のために、国と世界の未来のために、死んでくれ」
ウィリアムの後ろに並ぶ設計チームの三十五名は【勝利終戦号】を真っすぐ見つめている。
その最後の雄姿を目に焼き付けようとしているようだ。
「任務完遂の暁には、貴様は殉職者として二階級特進となる」
「【侯爵】の二階級上は、【大公】つまり【王】だ」
「貴様は、名実ともに【陸の王者】としてユグドラシル王国の歴史に名前を残すことになる」
ゴトッ
【勝利終戦号】が少し動いた。命令を受け取ったということだろうか。
「時間だ。【勝利終戦号】よ。最後の別れだ。貴様を開発出来たことを、設計チーム一同誇りに思う」
「行け【勝利終戦号】よ! そして、真の【陸の王者】となれ!」
「戦車前へ!」
【勝利終戦号】は超信地旋回で向きを変えた後、夕日を背に受けながら侵攻予測地点に向かって走って行った。
その姿を設計チーム三十六名が最敬礼で見送った。
走り去る【勝利終戦号】の後ろ姿に何かオーラが見える。
あのオーラは俺の前世世界でも見た覚えがない。
【悔恨】【懺悔】そして【贖罪】
そんな心情を含んでいそうな、とてつもなく重いオーラだ。
【勝利終戦号】よ。お前は何一つ間違ったことはしていない。
そんな重いオーラを出す必要は無いはずだ。
不本意な最期だとは思う。だが、その最期を誇ってくれ。
この世界を守った、真の【陸の王者】として。




