21-1 出入国管理法違反で逮捕(2.8k)
40代の開発職サラリーマンだった俺が、剣と魔法の世界といえるこの異世界に転生してから二百十四日目。サロンフランクフルトで開戦準備が始まってから三十日目、俺達がエスタンシア帝国に不法入国してから五日後の夜。
哨戒任務中のユグドラシル王国国境警備隊が、ヴァルハラ川河口沖合上空より越境入国する謎の飛行体を発見。
目視で航跡を追跡し、着陸場所にて飛行体となっていた二人を【逮捕】。
【逮捕】されたのは俺達。
【出入国管理法違反】だ。
休日を利用してトーマスメタル社に【注文書】を届けに行って、帰ってきたところを見つかってしまった。
夜間飛行なら見つからないだろうと思い込んでいたが、ジェット嬢の推進噴流が薄い金色に発光するのをすっかり忘れていた。
俺達の飛行は夜間だと逆に目立つのだ。
「貴方たちねぇ。今開戦準備中ですよ。そのタイミングに無断で敵国にピクニックとか、何考えてるんですか?」
時間は夜。サロンフランクフルトの食堂のテーブル席にて取り調べを受ける俺達。
取り調べを担当するのはユグドラシル王国国境警備隊のレイマン副隊長。
黒目黒髪黒服そして【見た目以上に腹黒い】と言われるあの男だ。
「申し訳ありません」
平謝りする俺達。
ジェット嬢は車いす搭乗。
夜間なので外から目立たないようにと、食堂の中でも一番目立たないテーブル席に案内したのはウェイトレス係のジェット嬢。
そこで対面で座る腹黒男から厳しい取り調べを受ける。
「作戦原案提供した貴方なら分かりますよね。この作戦、敵に手の内バレたらこっちが惨敗するってことぐらい。分かりますよね」
この男、黒目黒髪と風貌が日本人に近い。
もっと言うなら、前世の俺の最後の上司にちょっと似ている。
だから余計に申し訳ない気分になる。
「申し訳ない。だがこちらの情報については何も流していない。大丈夫だ」
「ソレで通ると思いますか? 火力で圧倒的に不利なところを奇策で迎撃しようと周到に準備してるんです。情報が抜けたらこちら沢山死ぬんですよ」
仰る通り。
このタイミングでの越境はスパイ行為と思われても仕方ない。
作戦の成否と多くの兵士の命が掛かっているのだ。
取り調べが厳しいのは当然だ。
「人間同士の戦争。殺し合う相手は我々と同じ人間。我々には確かにその歴史は無かった。だけど、考えれば【情報管理】が大事なことぐらいは分かるんです。だから困るんですよ。勝手にこんなことされたら」
「申し訳ありません」
ひたすら謝る俺達。
「【情報管理】の重要性が理解できたなら、あちらで得た情報洗いざらい提供してもらいましょうか」
「説教しながらも利用はするのね」
「当然です。情報提供を拒否するなら牢獄ですよ」
さすが、【見た目以上に腹黒い】と有名なだけあって清々しいほどに黒い。
でも、断る理由は無い。
俺達は、今まで得たエスタンシア帝国の内情を報告した。
食料事情がひっ迫していることとその原因。
そして、今回得た情報として敵側が【戦車】のようなものの開発に成功したらしい事。
「やはり【戦車】は来ますか」
「トーマスが軍需工場で見た部品から描いた完成予想図がコレだ。砲塔が旋回できないので前にしか撃てない。どちらかというと俺の前世世界の【突撃砲】に近い」
俺の前世世界では、旋回砲塔の無い【戦車】を【突撃砲】と分類することがあった。
前にしか撃つことができないので使いどころが難しいが、構造が単純になるので数を揃えやすくなる利点がある。
「我々は【戦車】と【突撃砲】を区別する必要は無いので、コレも【戦車】に分類します。前向きの大砲と前方広範囲に射撃可能な機関銃ですか。予測はしていたとはいえなかなか恐ろしい物が来ますね」
「確かに恐ろしいが、予想通り上面の装甲は薄い。【成形炸薬弾】で対応が可能なはずだ」
「まぁ、対応や作戦は我々【軍人】の仕事です。なんとかしますよ。それにしても、コレは【魔物】と戦ってる時に欲しかったですね」
「【戦車】は【魔物】相手に有効か?」
「魔物相手になら【最終兵器】になり得たでしょう。まぁ今更ですがね」
「それは今はどうでもいいでしょ。それよりも私からも聞きたいことがあるけど良いかしら」
「開戦準備に関すること以外なら何でもどうぞ」
「私たちの夜間飛行が目立つにしても、着陸場所で待ち構えていたのは手際が良すぎると思うわ。事前に何か情報を掴んでいたの?」
「いいでしょう。【情報管理】の大切さを学んでもらうついでにお教えしましょう」
俺達の不法入国を知っている人間は限られる。
漏れることは無いと思っていたが。
「あの飛行機屋の社長が【密輸】がしたいので【八咫烏】を使わせてくれって堂々と私に頼みに来たんですよ」
「ウェーバぁぁぁぁぁ!」
俺は【情報管理】の重要性を思い知った。
あの野郎……。
「事情を聞いたら、今日の午後に御二方があちらに飛ぶ予定というのも快く教えてくれました。【注文書】を届けるためと【八咫烏】用の滑走路の整地を依頼するためとね」
「材料欲しさに私たちを売るなんて! 【クレイジーエンジニア】っていうのはどうしようもないわね。説教してやるわ!」
「まぁ、説教は無駄でしょう。彼等【売った自覚】全然無さそうでした。【八咫烏】の予定を調整するって言ったら大喜びしていましたよ」
「どうしようもないわ! 本当にどうしようもないわ!!」
そうだよね。【クレイジーエンジニア】だもんね。
そういうことするよね。
無駄かもしれんが、説教してやる。
…………
俺達は腹黒男に散々説教された後【釈放】された。
その足で【ウィルバーウイング】の片付けも兼ねてあの飛行機屋こと【西方航空機株式会社】の格納庫に向かった。
深夜だというのに格納庫内の設計室に明かりがついている。
格納庫入場時には入口で一時停止して左右指差し確認。
白線を踏まないように背筋を伸ばして通路を歩き【ウィルバーウイング】をパレットラックの所定の位置にピッタリ収納。
その後、格納庫内の白線を踏まないように気を付けながら設計室に向かう。
交差路では一時停止と左右指差確認を忘れない。
安全基本動作を順守して設計室に入ったらウェーバ社長とキャスリンが居た。
俺達が入るのを見るなりウェーバ社長が声をかけてきた。
「あ! 丁度良かった。注文した新材料を前提に新型航空機の構想を検討していたんです。ちょっと見ていってください」
そう言って黒板を指している。
その黒板に描かれていたのは【深竜】によく似た四発の超大型航空機。
「新型輸送機【連竜】です」
「愛称は【リタ】ですわ」
ウェーバ社長と一緒に見ていたキャスリンも誇らしげに一言。
新材料入手を当てにして新型航空機の構想ですか。
そして、まだ構想段階だけど愛称まで付けてしまいますか。
だが、この状況下で言っておくべきことがある。
「やっぱりいきなり四発機は無謀だと思うんだ。まず双発機から始めないか?」
「どいつもこいつも完全にどうしようもないわ。好きにしなさいよ。もう……」
俺の背中でジェット嬢が力なくつぶやく。
なんか、ごめん。
●オマケ解説●
【連竜】のモデルは、日本海軍の陸上攻撃機連山。
4発の大型航空機だけど、開発は中止になった。




