20-5 国境越えの注文リスト(1.9k)
【ウィルバーウイング】でサロンフランクフルトに到着した時には既に深夜だった。
着陸後、ジェット嬢を先に帰すために食堂棟前に【ウィルバーウイング】を一旦下ろして食堂棟に帰還。
食堂のテーブルには俺達の分の軽食が置いてあったので、心の中でメアリに感謝しながら二人で頂き、ジェット嬢は俺の背中に張り付いて二階の四号室に帰宅。
俺は後片付けのため【ウィルバーウイング】をかついで【西方航空機株式会社】の格納庫に向かう。
格納庫内では白線を踏まないように注意が必要だ。
ふと見ると、格納庫内にある設計室の明かりがついていた。
せっかくだから、誰か居るならトーマスから貰った資料の解読を頼もうと、片付けが終わった後に設計室にお邪魔した。
そこには、ウェーバ社長、ウィルバー部長、リオ主任が居た。
設計室の中央には例のギロチン台。ウィルバー部長は自らギロチン台に乗って検図作業をしていた。
あんまりな光景に思わずツッコミ。
「ウィルバー、その習慣そろそろやめないか? 見ているほうが心臓に悪い」
「この方が検図に集中できるんですよ」
そのやり取りを見て、ウェーバ社長が声をかけてきた。
「そこはあんまり気にしないでください。【品質保証部】のメンバーは皆こうだし、慣れればどうってことは無いですよ」
やめてくれ。本当にやめてくれ。
こんな事する人間が社内に複数人居て、それが日常になっている職場とか、ブラック企業とかそんなレベルじゃない。
いや、今日はそれを言いに来たんじゃない。
「エスタンシア帝国に密入国して、そこで流通している金属材料の資料を貰ってきたんだ。俺は字が読めないからちょっと確認してもらえないか」
ウェーバ社長に資料を渡した。
「さらっとすごいこと言いますね。でも興味深いな」
製図台で作図していたリオ主任もこっちに来てウェーバ社長と資料を読みだした。
ページをめくるごとに二人の顔が赤くなり目が輝いてくる。
やばい。なんか変なスイッチ入ったぞコレは。
ウィルバー部長もただならぬオーラを感じたのか、検図作業を中断して資料を見に来た。
「キタァァァァァー!!!!!」
【クレイジーエンジニア】大噴火。
「リオ主任! 社員寮行って全員呼んで来い!」
「アイアイサー!」
ウェーバ社長の指示でリオ主任はものすごい勢いで設計室出入口まで行って一時停止。
格納庫に出る前に左右指差確認してから踏み出し、格納庫内では白線を踏まないように背筋を伸ばして歩いて、格納庫から出てから猛ダッシュで社員寮の方に向かった。
とっさの時でも安全基本行動が染みついている。
これが【品質保証部】の教育の成果か。
それを見届けたウィルバー部長は、ギロチン台を部屋の隅の収納時定位置に移動し、床に引いてある位置マークとピッタリ合わせてから四つの車輪に輪留めすると、黒板を持ってきて設計室の中央に置いた。
検図はいいのか? 後回しにするのか?
しばらくすると、格納庫外から地響きのような音。
格納庫外にものすごい勢いで男達が集まる。
格納庫前で一列に並んで、格納庫入口で一人一人左右指差確認してから入場。白線を踏まないよう背筋を伸ばして設計室まで歩いて入室。
そんな感じで、全員が順序良く整然と設計室に集まる。
設計室に入室した男達は、設計室端に置かれたテーブルの上で資料を貪るように読んだ後、各自の設計デスクに散らばり各々何か紙に書いている。
しばらくするとウィルバー部長が黒板の前で皆に向かって呼びかける。
「そろそろ、取りまとめますよぉ」
その呼びかけに応じて、設計者が一列に並んでウィルバー部長に紙を渡す。
ウィルバー部長はその内容を確認しながら黒板に何かを書いていく。
全員分集め終わったらウィルバー部長が黒板の内容を紙に書き写して、ウェーバ社長に渡す。
ウェーバ社長はそれを確認後、何かを書き足してから、俺のところに持ってきた。
「材料試験用と部品試作用として、取り急ぎこれだけ手配したいのですが、いつ頃入手できそうでしょうか」
注文リストかよ!!
入手できるできないの話飛び越えて、納期の話かよ!!
でも俺は人生経験豊富な40代オッサン。前世では開発職だった40代のオッサン。
こんな無茶ぶりする【クレイジーエンジニア】の扱いには慣れている。
「支払い条件は注文時現金前払い。引き渡しは先方の物流倉庫で軒下渡しだ。倉庫入荷の時期については照会して追って連絡する」
「納品フォォォォォォォォ!!!」
設計室に男たちの雄叫びが響く。
だが、引き渡し場所となる先方の物流倉庫は300km彼方。
しかも、国境線の向こう側だ。
お前ら、これだけの重量物をそこから持ち帰る方法ちゃんと考えとけよ。
エスタンシア帝国との開戦期日まで残り三十日。
俺はもう、吹っ切れていた。
●次号予告(笑)●
相手は勝つつもりで戦を準備している。
今、開戦を避けるなら無条件降伏しかない。
だが、何もせずに自国を相手国の植民地にしたのでは、この国に生まれる未来の国民に合わせる顔が無い。
川を挟んだ陸続きの二国。
お互いを無視しての未来はあり得ない。
対等な国家関係を構築するには、今は戦うしかない。
例え多くの血が流れても。
軍人、技術者、職人。
それぞれが戦いの先にある未来を信じて、自分にできる最善を尽くす。
そして、ヴァルハラ平野を守り続けた守護神に最初で最後の命令が下る。
大きく動く歴史の節目。
その陰で【クレイジーエンジニア】は自らの本分に徹することを決意し、禁断の【密輸】に手を染める。
次号:クレイジーエンジニアと開戦前夜




