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告白

ショーマは女が泣き止むまで、黙って待っていた。

 女は落ちつくと黒い仮面を外した。

「私はピション・レティシアです。もともとはマヨルカ国の住人でした」

 切れ長の瞳、長いまつ毛、白い肌、上品な花、赤い唇。

 聡明な美人だ。


 ショーマは女暗殺者が泣き止むまで、黙って待っていた。

 女は落ちつくと黒い仮面を外した。

「私はピション・レティシアです。もともとはマヨルカ国の住人でした」

 切れ長の瞳、長いまつ毛、白い肌、上品な花、赤い唇。

 聡明な美人だ。


 彼女はこう続ける。

「ボナパルト帝国はマヨルカ帝国を侵略しました。そのとき、私は帝国に暗殺者としての資質を見い出されました」

「暗殺者の資質?」

「ええ、闇を扱う魔法能力です。闇を作り出したり、闇の中でも行動できたり、敵を闇に陥れたり」

「それはすごいな」

「ボナパルト帝国は私の家族の安全と引き換えに、暗殺者として働くことを提案しました。私はそれを受け入れたのです。家族は占領下の『特別保護地帯』で暮らし、手紙もやりとりしていました」

 ショーマはうなずきながらレティシアの話を聞く。

 彼女が続ける。

「ですがその『特別保護地帯』にジョセフ王国が攻め込んで、住民を虐殺したのです」

 ショーマは言葉がなかった。

 レティシアが言う。

「だから私はジョセフ国への復讐を心に誓った」

 ショーマは頭を抱える。

 レティシアは、ゆっくりと続ける。

「そんなときに、私を拾ってくれたのが、ボナパルト王国のナタリー姫だった」

 ショーマはうなずく。

 レティシアが続ける。

「ひとりぼっちになって、泣いてばかりいた私を、王室の姫の部屋に一緒に住ませてくれた。毎日寄り添ってくれるうちに、私の涙も止まっていく。私はナタリー姫にすべてを捧げよう、と決めたの」

 レティシアはそこで、少し黙った。

 ショーマも深く触れてはいけない気がした。

 やがてレティシアが再び、口を開く。

「姫は明晰な頭脳と高い戦闘能力で、帝国内でディータ皇帝に次ぐナンバー2の地位についていた」

 ショーマがうなずく。

 レティシアが続ける。

「ナタリー姫の最大の強みは精神攻撃魔術なの」

「ディータ皇帝と同じか」

 ショーマが言うと、レティシアがうなずく。

「ナタリー姫の能力は父のディータ皇帝から受け継がれたものよ」

「それがどんな攻撃なのか、知ってるの?」

 ショーマがたずねると、レティシアはその恐るべき内容を語り始めた。

「その精神攻撃魔術をかけられると、かけられた者は、目に映るすべての人物が、自分が愛している人の姿に見えてしまう」

「それが敵兵であっても?」

「ええ。だから、かけられた者は、無抵抗で殺されてしまう」

 レティシアが言うには、これまでは戦闘で使われるのはもちろん、時には暗殺でも使われたそうだ。

「恐ろしい魔術だ」

「ええ、それだけじゃない。ディータ皇帝は別の精神魔術を自軍兵士たちにもかけていたわ」

 ボナパルト帝国軍の兵士には、命令に絶対服従の「洗脳」がなされていたという。

 それにより凶暴化、残虐化した兵士が、他国への冷酷な侵略を行っていた。

 レティシアが続ける。

「私も暗殺任務を請け負う中、ボナパルト帝国が他国の市民へのひどい残酷な虐殺を行っていることを知った。特に平和的な種族であるエルフ国への虐殺はひどくて……」

 レティシアは思い出すのも辛そうな表情を浮かべる。

「でも、ナタリー姫への忠誠は揺るがなかった」

 ショーマがうなずく。

 レティシアはか細い声で続ける。

「この人だけは、きっと違うんだと」

 ショーマは再び」、うなずく。

 レティシアが言う。

「今回のあなたの暗殺指令も、ナタリー姫から《ディーター皇帝勅命》の指令として受けたの」

 ここでレティシアはショーマにまっすぐに向き合った。

「でも今日、ショーマに出会って、ジョセフ国のことがわからなくなった」

 ショーマもレティシアを見つめる。

「ジョセフ国は残忍な人の集まりと思っていたけど、ショーマは全然違う」

 ショーマが言う。

「いや、俺はろくでもない人間だよ」

「そんなことない!」

 レティシアはまた、大粒の涙を流した。

「私はあなたの暗殺に失敗して、すぐに自分の命を絶とうと思ったの」

 ショーマはまた黙り込んだ。

 レティシアが続ける。

「でもあなたは言った。自分の命より、私の人生の方が重いと。そんな人っているの?」

 また彼女は、ぼろぼろと泣き出している。

「そのとき私は『まだ生きていたい』って思った。ショーマの近くで、あなたの人生を見ていたい。ショーマとジョセフ国のことを、もっと知りたいと思ったの」

 ショーマは言葉を失っていた。

 しかし、なんとか、言葉を絞り出す。

「俺も……レティシアには幸せになってもらいたい」

 だがレティシアは今にも消え去りそうに弱っている。

 ショーマは思わず口走っていた。

「レティシア、行き先が決まるまで、ここで暮らしてみてはどうだろう?」

 彼女は潤んだ目を見開いて言う。

「本当にいいの?」

「うん」

「ありがとう」

 涙を袖でぬぐうレティシア。

 さっきまで暗殺者だったことが信じられないほど、無邪気な笑顔を浮かべている。


 レティシアをベッドに寝かせると、すぐに静かな寝息を立てて眠ってしまった。

 よほど疲れていたのだろう。


 ショーマはソファに横たわり、毛布にくるまって眠る。


 翌朝はアリーシャの悲鳴から始まった。

「ショーマ、何ですか? 女を連れ込んで!」

 ベッドでレティシアは、幸せそうな寝息を立てている。


 続いて派手に破壊された窓ガラスを見て、アリーシャが二度目の悲鳴を上げた。

「ショーマ、いったい何をしたんですか?」

「アリーシャ、これにはいろいろと事情が……」


 ショーマはアリーシャを落ち着かせて、こう話す。

「君だけには本当のことを話すから、落ち着いて聞いてくれ」

 殺し屋のレティシアが窓を破って入ってきて襲われたこと。

 だが彼女の気持ちが変わって、ここに住むことになったこと。

「意味がわからないですよ」

 アリーシャが言う。

 ショーマは彼女を説得する。

「君がわからないというぐらいだから、他の人にはもっと理解を得られない。だからなんとかごまかしたいんだ。レティシアは俺専属のメイドとして雇う。部屋は空き部屋になっている俺の隣の部屋。窓ガラスは俺のいたずらで壊れたことにして。レティシアの人件費は、俺がジョセフ国軍から大きめの役割をもらって、その収入でまかなうよ」

 アリーシャが聞く。

「レティシアとは寝てないんでょうね?」

「寝るって? 何だ??」

「体の関係を交わしてないか? ってことです」

 ショーマは真っ赤になって叫ぶ。

「当たり前だろ!」

 それを聞いてアリーシャは、

「まだまだお子様なんですね」

 と、ひまわりのような微笑みを浮かべて、こう言う。

「わかりました。なんとかしますよ」

「アリーシャ、あとひとつだけ」

「何でしょう?」

「今日は朝食、2人分たのむよ」

「わかりましたよ、仕方ないですね」

 メイドにアリーシャがいてくれて本当によかった。

 ショーマは心から思う。

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