魔性の魅力と宿命の鎖
再びエルマーに乗って走り出したショーマ。
しかし近くの「セリアンの森」で、再び人影を発見した。
〈またスパイなのか?〉
近づいていくと、その人物が剣を手にしているのがわかる。
カーキ色のズボンにピンク色のシャツ。
長い髪を後ろでまとめている。
どうやら女性のようだ。
彼女は、木々の中で剣を鋭く振っている。
その太刀筋はニコラ少将と互角の腕前。
高い戦闘力を持っているように見える。
ショーマは気配を消しながら、彼女の背後から忍び寄っていく。
あと一歩寄れば射程範囲のところでまで接近する。
ショーマはそこで刀を抜き、女に声をかけた。
「ここで、何をしている」
彼女は驚いてこちらに振りむきざま、刀を向ける。
その身のこなしは素早く、構えにすきがない。
そしてその顔…。
その顔を見て、ショーマは驚く。
〈西織靖恵さん!?〉
まさに彼女そのものの女の子がそこにいた。
栗毛色でサラサラの長い髪。
大きな瞳。
ほおにはあの、愛らしいエクボ。
動揺を隠せず、ショーマは震えた声で尋ねる。
「君は西織さんなのか?」
彼女が口を開いて、こう言う。
「ニシオリ? 誰のこと? 私はラクロワ・コレットよ」
「ラクロワ・コレット?」
どうやら別人らしい。混乱するショーマ。
しかしショーマは思い出した。
前の世界で見た夢。
西織さんと同じ顔の女の子・コレットがショーマに救いを求めてきた。
〈あのコレットなのか?〉
「あなたは誰なの?」
コレットの鋭い声が響き、ショーマは我に帰った。
そして彼女の質問に答える。
「俺はエルヴィン・ド・ショーマ。ジョゼフ国軍の所属だよ」
「エルヴィンって、あなたあのエルヴィン家の人なの?」
「そんなに有名?」
ショーマは驚きつつ、質問を質問で返してしまった。
コレットが言う。
「私はジョセフ国の商人”ラクロワ家”の娘だから、有名な家柄はほとんどわかっているわ」
「それは偉いなぁ」
「あなたは”ラクロワ家”のこと、聞いたことない? この国では一番有名な商家だけど」
ショーマは頭を掻きつつ
「勉強不足で、あまり社会のこと知らないんだ」
「まあいいわ。エルヴィン家は当主が亡くなり混乱しているようだけど、今は誰が当主にあたるの?」
「今は祖父のリベリー中将が仕切っている」
「祖父ってことは、あなたはエルヴィン家の息子なの?」
「うん、長男」
「ということは、いずれあなたがエルヴィン家を継ぐことになるのね」
「そうなるのかなぁ」
「あなた、そうとうなボンヤリさんね」
コレットが少し笑顔を見せる。そしてこう続ける。
「今日はこんな暗い中で残念だわ。将来の名門家の当主の顔を見ておきたかったけど…」
「それなら…」
ショーマにまた、無意識の力が加わる。
「ローヒート」
手のひらを上に向けて呪文を唱えると、柔らかな火が明かりをともした。
そしてショーマはサングラスを外す。
「ありがとう、ショーマ。おかげで顔が見えたわ」
「たいした顔じゃなくて申し訳ないけど…」
「いえ、そうじゃないの。何だかどこかで見たような気がするんだけど…気のせいかな?」
「もしかしたら、どこかで会っているかもしれないね」
「フフッ」
またコレットが笑った。そして言う。
「ショーマは魔法も使えるのね」
「まだ低レベルだけどね」
「だとしても、うらやましいわ」
「ところでコレットは、ここで何をしていたの? 夜に一人で剣を振り回すなんて」
「剣技の練習よ。家の者から武術を禁止されているから、夜に人気のないところで練習するしかないの」
「なぜ禁止なんて?」
「ラクロワ家は私を政略結婚の材料に使おうとしているの」
「ええっ!?」
「だから私を、男にとって都合のいい花嫁候補に仕立てようとしてるのよ。従順で優しく、気品も作法も備えた、綺麗な女性」
確かに西織さんと瓜二つの彼女の容貌は一級品だ。
西織さんは学園でも有名なマドンナで男たちの人気を一身に集めていた。
〈目を見ただけで吸い込まれ彼女の虜になってしまう〉
そんな伝説まで生まれていたほどだ。
この世界でもその魅力で男たちを骨抜きにしているに違いない。
ショーマが聞く。
「結婚の申し込み、いっぱい受けてるの?」
「ええ。数えきれないくらい」
「そうか…」
「誰も私のことわかっていないのに…」
「大変なんだね」
「両親は、私の利用価値をさらに高めようと、習い事を続けさているの」
「どんなこと?」
「外交作法・華道・料理・家事…。でも面白くないし、興味も持てなかった」
「辛いね…」
「そんな中、私が興味を持てたのが武術だった。特に剣術はハマってて、身元を隠してこっそり大会に出場て、優勝もしてるの」
「確かに剣の筋を見て、只物ではないと思ったよ」
「ええ、フォンテーヌ中佐に時々、こっそり指導してもらっているの」
ショーマはニコラ少将から、その名前を聞いたことがあった。
フォンテーヌ中佐と言えば、ジョセフ国で指折りの剣の達人。
しかもニコラ少将に並ぶ、ジョゼフ国軍トップクラスの騎馬戦術家である。
「そんな強い人から教えてもらっていたのか」
「ええ。中佐も『女性がこんなに強くなるのか』と面白がって目をかけてくれてるの」
「道理で剣筋がいいわけだ」
「フフッ。今は時々、中佐のお宅で、奥さんと息子さんと一緒に食事をご馳走になっているわ」
「ステキな師弟関係だね」
「ええ、とても感謝してる」
しかしコレットは、大きなため息をつく。
「でも花嫁候補にとって、それは邪魔でしかない。ラクロワ家の姿勢は絶対に変わらないの。私を王家に嫁がせて、商売の基盤を万全にしようとすることしか考えていない」
コレットが続ける。
「最近も王族と何度か、見合いをさせられたわ」
「どうだった?」
「お相手はご立派な人たちばかりよ。ハンサムな人もいたわ。でも今の私にとっては男の人は面倒なだけ。だいたい私、男の人とお付き合いしたこともない」
「えっ、そんなにきれいなのに?」
「いくらちょっかいをかけられても、私の方が好きになれないの」
「理想が高いんだね」
「いえ、恋愛をする準備ができていないんだと思う」
「そう…」
「なのに、強引に迫ってくる人もいた…」
「えっ!?」
「断っているのに、何度も連絡を取ろうとして付きまとってくる人もいたわ」
ショーマは絶句するしかない。
コレットは相当、男に不信感を持っているのだろう。
彼女が言う。
「私は結婚なんてしたくない。本当は冒険者になりたい」
「冒険者?」
「ええ、おとぎ話に出てくる、戦いに強くて魔法もできて、怪物を退治して報酬を稼ぐ冒険者。そんなのにずっと憧れていた」
ショーマは思わず、吹き出した。
「今、コレットが求められていることとは真逆だね」
ショーマは笑いが止まらない。
コレットもつられて笑い出す。
彼女は大きな目を輝かせて、こう続ける。
「でも、いつかは白馬に乗った王子様が、私を救いにきてくれるかもって、ひそかに夢見ているのよ」
「そうなるといいね」
ショーマも言う。
コレットも潤んだ目で言う。
「ええ。ジョゼフ王国の国家も恋の歌だもの」
そして美しい声で歌い始めた。
《永遠といわれる時がもしもあるなら
それはあなたの命であってほしい
どんな宝石よりもステキに輝いて
空の星より長く光り続ける》
その歌声にショーマも酔いしれる。
「もうそろそろ、私、帰らなくちゃ」
コレットが言う。
「剣技の練習、邪魔して悪かったね」
ショーマが言うとコレットは、
「そうだ。最後にお願いがある」
「何かな?」
「あなた軍人なんでしょ? 最後に少しだけ、剣のお手合わせをお願いしたいの」
互いに木刀を持ち、構える。
コレットの構えは見事だった。
ショーマは聞く。
「これはフォンテーヌ中佐に教わったの?」
「ええ。その通りよ」
なるほど、隙がない構えだ。
通常の立ち合いならば仕掛けどころが来るまで待つ。
しかし今はあまり時間がない。
ショーマは体重移動と剣先でフェイントをかけた。
するとコレットの重心が、わずかにズレる。
頭部に完全に隙ができた。
しかしレディーにまともに打ち込むことはできない。
かなりゆっくりと振り下ろし、コレットが防御できる時間を与えた。
これに火がついたコレットは、捨て身で攻撃をかけてきた。
ニコラ少将に並びそうなスピードと威力だ。
手先、頭部と仕掛けて逆を取り、胸部へ剣先を振り仕留めにかかる。
技術は見事だ。
しかし身体能力が群を抜くショーマはこれに対応できてしまう。
〈なぜ決まらないのか?〉
と驚き顔のコレット。
彼女はこの攻防に、すっかり息があがっている。
「もうここまでにしようか」
ショーマが提案して、コレットもうなずいた。
先ほどとはうって変わって、すっかり落ち込んだ顔のコレット。
「今日はたまたま俺の調子が良くて互角になったけど、コレットは相当に強いよ」
「本当?」
疑わし気な顔のコレット。
「ああ。俺の師匠は達人と呼ばれるニコラ少将だけど、同じくらいの腕前だったよ」
それを聞いて笑顔が弾けるコレット。
自信を取り戻せたようだ。
コレットが言う。
「お願い。今日だけじゃなくて、またお手合わせしてほしいの」
「わかった。いいよ」
「じゃあ、次回はいつ?」
「俺は毎日のように夜、馬のエルマーに乗って走っているから、このセリアンの森も必ず通るよ。で、コレットを見かけたら、必ず声をかける」
「絶対、約束よ」
帰りはコレットをエルマーに乗せ、二人乗りでラクロワ家邸宅の近くまで送った。
前に乗るコレットから漂う、甘い花のような髪の香り、それは西織靖恵と同じだった。
〈やはり同一人物としか思えない…〉
と思うが、性格も名前も境遇もまるで違う。
コレットは満面の笑顔でショーマを見送った。
「必ず来てね! 来なかったら承知しないから!!」
しばらく走って振り向いたら、小さくなったコレットはまだ手を振り続けていた。




