敵国スパイを駆逐せよ
今日はエルマーと出かけ続けて10日目。
エルマーの潜在能力もあいまって、ショーマの乗馬は飛躍的に上手くなっていた。
〈ジョゼフ国城まで足を伸ばしてみよう〉
国王をはじめ王族、宮廷貴族などが暮らすジョセフ国城。
レーヌ川沿いに建てられた巨大な建物だ。
周囲を川と堀が囲んでおり、これが敵からの攻撃を防ぐ役割を果たしている。
近くには小さな森がいくつかある。
その森の一つがナヴァールの森だ。
城に一番近く、木々は堀の近くまで近接している。
するとショーマは気が付いた。
〈森の中に誰かが潜んでいる〉
ショーマはエルマーから降り、手綱を近くの木につないだ。
そして足を忍ばせて、その人影の近くに近づく。
ショーマと同じように、闇にまぎれる暗い服装をしている。
その人物は城に最も近い木に登ろうとしていた。
城の堀を囲む壁へ飛び移ろうとしているらしい。
ショーマはそのとき、リベリー中将の話を思い出した。
「我々には時間がない。現にジョセフ国城の付近には敵国のスパイが出没している」
スパイだ、とショーマは思う。
〈ジョセフ国城に忍びこませるわけにはいかない〉
そう思った瞬間、ショーマの体は再び、自分でも制御できない力で動き始めた。
その人影へと走り、刀を抜く。
そして背後から刀の背で後頭部に強烈な打撃を与えた。
「ぐうっ!」
男の声だ。
ひざが崩れ、前のめりに倒れる。
気絶したらしい。
ショーマは急いで紐を取り出し、男の手足を縛り付ける。
〈尋問しなくては〉
男は顔も紺色の布で覆っており、目の部分だけを出している。
ショーマは男の頬をはたき、意識を取り戻させる。
はっとした表情で目を見開く男。
ショーマは質問する。
「ここで何をしていた?」
男は黙っている。
ショーマが畳みかける。
「ボナパルト王国のスパイだろう。白状しろ!」
しかし男は黙ったままだ。
「その男は何も言わぬぞ」
空の方から声がした。
はっとしてその方向に意識を向ける。
”理の番人”が宙に浮かぶように、そこにいた。
しかし目の前の怪しい男を逃がすわけにはいかない。
ショーマは男の顔を覆う布を剥がそうとする。
「やめておけ。ボナバルト帝国のスパイは爆弾で自決する」
”理の番人”が強い口調で言う。
ショーマの手が止まる。
”理の番人”が言う。
「今は時間を停めてある。お前さんをこの世界に引きずり込んだお詫びをするとしよう」
怪訝な顔をするショーマ。
”理の万人”が続ける。
「この男の記憶に刻まれた、ボナパルト帝国のディータ皇帝の姿を見せよう」
すると理の万人が浮かぶ場所に、過去の映像がスクリーンのように浮かび上がった。
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敵対する大軍勢同士が、向かい合って決戦の時を迎えている。
そこに現れた、ひときわ背の高い男。
金髪をなびかせ、眼光の鋭い青い目。そして白い肌。
明らかにこれがディータ皇帝だ。
彼は敵の軍勢に向かい手の平を突き出し何か呪文を唱える。
すると敵兵たちの動きがおかしくなる。
握っていた刀を落としたり、膝をついてへたりこんだりしている。
〈これがディータ皇帝の他国侵略の必殺技だ〉
ショーマは察知した。
〈精神を攻撃し、破壊する魔術。それもかなり強力なものに違いない〉
続いて皇帝はボナパルト帝国軍に命令を下す。
「皆殺しにせよ!」
待ち構えていた兵士たちが、一斉に敵の殺戮にかかる。
その後、帝国軍は皇帝の指示で、敵国の焼き討ちにかかる。
市民たちの街が真っ赤に燃え上がっていく。
焼き討ちを命じているのはディータ皇帝だ。
「めぼしい女は捕らえて大奥に送れ。子供は奴隷要員。その他は皆殺しだ」
叫びながら逃げ惑う人々。
ボナパルト帝国兵は次々と殺害していく。
兵士たちは全員、ディータ皇帝の指示により洗脳を施されている。
命令に逆らったものは全て処刑される。
捕虜になることも許されない。
敵に捕らえられたときは即時の自決を命じられている。
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〈侵略された国々の人々は、まるで前の世界の俺のようだ〉
ショーマは思う。
逃げ場なく残酷な宿命に突き落とされ、
〈死んだほうがまし〉
と思わざるをえなくなる。
「あとはどうするか、お前さんに任せる」
「理の番人」はスクリーンを消した。
そして、
「ここから時間を再開するぞ。達者でな」
と姿を消していく。
気がつくと、目の前の黒い服の男がうごめいている。
口を胸のポケットに近づけ、何かを咥えて取り出した。
〈手りゅう弾だ。まずい。自爆する気だ〉
ショーマの体が無意識に動いた。
「フォーカスファイヤー!」
口から呪文が飛び出し、人差し指で男の左胸を至近距離で狙う。
その部分が血しぶきとともに、数センチの破裂を起こした。
「むうっ!」
男は声にならない悲鳴を上げて絶命する。
〈人を殺してしまった〉
自分の意思ではなかった。
おそらくショーマに仕込まれた魔法と能力のせいだろう。
勝手に体が動き、相手に立ち向かい、倒していた。
〈これが戦いというものなのか〉
先ほど、恐ろしい戦いの映像を見せられたばかり。
少しは慣れたはずなのに、実際の殺し合いの戦慄は全く異なる。
ショーマのひざは震えていた。
〈あまりに残酷で凄惨だ…。そして相手も何をしてくるかわからない〉
暗い気持ちに包まれるショーマ。
だが無意識に仕込まれた力が再びショーマを動かした。
「アトリビュート!」
呪文が口から飛び出す。
「属性・特性」を意味する英語だ。
すると目の前に濃いオレンジ色の文字と数値が浮かび上がる。
【紋章魔術熟練 LV 2】
ショーマがその数字を確認すると、数字は更新を始める。
数値が2から3に変更されていく。
魔術の能力が上がったらしい。
〈これで身を守って行くしかないのだろう……〉
ショーマはなんとか気を取り直した。




