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ニコラ少将とのガチ対決!

 西織靖恵を屋上に呼び出し、暴行しようとした岩瀬隆也。

 この危機を安藤聖真(しょうま)はギリギリで救うことができた。


 この世に存在しない「火炎攻撃魔術」で。


〈靖恵に迷惑をかけないためにも、現実世界にいるわけにはいかない〉

 聖真は異世界への旅立ちを決意した。

 

 ”(ことわり)の番人”が白い着物を着た老人の姿で現れた。

 聖真と向かい合って座っている。

「魔術の使い心地はどうじゃったかね?」

”理の番人”は悪戯(いたずら)っぽい笑顔で聞いてくる。

 何が起きたのか、すっかり見られていたようだ。

 渋い顔をしつつ、聖真は答える。

「申し分ない威力でした」

「で、魔法を使ったということは……。けっこうなバトルをやらかしたわけだな。もう今の世界にいるわけにはいかなくなったんじゃないのかのう」

「おっしゃるとおりです」

 やはり煮ても焼いても食えないジジイだな、と思う。

 だけど、身に迫った大きな危機を救ってくれたことに違いはない。

「君たちの現実世界で魔術を使わせるのは本来は禁じ手だが、今回は特別じゃ」

「おかげで助かりました」

「お礼ならアリスに言ってくれ。特殊能力を使って協力してくれた」

「アリス? 何者なんですか?」

「エルフ族の女の子じゃよ」

「エルフ族?」

「森で暮らし、魔術能力を持つ種族じゃ。だが帝国に虐殺されてほとんど滅亡してしまった」

「アリスは生き残れたんだね」

左様(さよう)。ワシと同じように、世界が壊れないように願い、たったひとりで戦っている」

「たったひとりで?」

「お主が異世界に転移すれば、きっと会えるじゃろう」

 聖真は黙って、うなずいた。

”理の番人”が言う。

「もうジョゼフ王国に行く決心は固まったかな?」

「その前に、新しい世界の状況を教えてください。なぜ俺が長男となるエルヴィン家は戦いに巻き込まれているのか?」


”理の番人”は語り始めた。

 ジョゼフ王国は東にある強大なボナパルト帝国から激しい侵略の危機にさらされていた。

 すでに国の北部は奪われており、今は一時休戦下にある。

 聖真が転移するのは公爵・エルヴィン家の長男・ラヴァル。

 将来は騎士としてジョゼフ王国軍の幹部となり、国家の危機を救うことを期待されていた。

 しかし父が狩猟中の事故で、母は病気で、両親を同時期に失う。

 ラヴァルは悲しみに暮れて引きこもり、黒魔術にはまる。

 毎日、怪しい儀式を一日中繰り返す。

 その結果、魔界に召喚されてしまい、戻ってこれなくなった。

 年齢はこの時、17歳。

 聖真と同じだ。


 理の番人が言う。

「お主は聖真ならぬショーマとして転移する。エルヴィン家の長男、エルヴィン・ド・ショーマじゃ」

 エルヴィン家は両親を失ってしまったことで、家の領主は祖父のリベリーが務めている。

 祖父のリベリーはジョセフ国軍の幹部で役職は中将。

 将来はショーマを軍の元帥へ引き上げようとしている。

 さらには姫と結婚させ、国王に据えるチャンスをうかがっている。

「ラヴェルからおまえに引き継がれる魔術はこの前に説明した通りじゃ」

 火炎魔術、精神干渉魔術の2つ。

 魔術が存在する世界とはいえ、魔術を使用できる能力を持つ者はそれほど多くない。

 しかも一人につき一魔法がほとんどで、2つの魔術を持つものは極めてまれだという。

「ということは、ほぼ無敵ということですか?」

「残念ながらそうではない。それぞれの能力は、まだ初心者マークじゃ。これから異世界で鍛えないと、戦いでは使い物にならん」

「なんだ……期待したのに……」

「昨日、実際に使ったけど、相手は致命的なダメージを受けなかったじゃろ」

「確かに。気絶しただけでした」

「特に2つ目の精神関心魔法は、この前言った通り魔法耐性のない相手にしかかからない。戦いというより、その前の駆け引き用の魔術と考えておきなさい」

「わかりました」

「ところでショーマよ、靖恵ちゃんとのお別れは残念じゃったのう」

 再び”理の番人”が意味深な笑いを浮かべている。

「えっ!? 見ていたんですか?」

「なかなかピュアでよかったぞよ」

 聖真は真っ赤になって言う。

「むかつくなぁ。のぞき見なんかして」

「まあ、そう言うな。靖恵ちゃんと瓜二つの女の子が、これから行く世界におるぞ」

 聖真が目を見開いて尋ねる。

「えっ!? 誰なんですか?」

「実はワシも詳しくは知らん。有力な商人の娘らしい。あまりにも外見が同じなので、どこかでつながっているのかも知れんな……」

「……情報が入ったら教えてください」

「それに靖恵ちゃんとも、二度と会えないときまったわけじゃないじゃろ?」

「えっ、そうなんですか?」

「お主も言っていたじゃろう。ここに戻れるよう、頑張ると」

「あれは単なる気休めですよ。そんなことわかるでしょう」

「まあ、生きていれば会えることもあるかもしれんじゃろ」

「やっぱり適当なこと言うんですね」


 聖真は、理の番人の空間の白い光に包まれながら、大きく息を吸い込んだ。

 そして言った。

「もういいです。ジョセフ王国に転移します」

”理の番人”は、うなずいた。

 そして大きく天に手を突き上げた。

 指先に光が浮かぶ。

”理の番人”が手を振り下ろす。

 聖真の目の前に、白く大きなドアが現れた。

「このドアを開けたら、その先はジョセフ王国だ」

 聖真は立ち上がって、ドアのレバーに手をかけた。

 そして理の番人に言った。

「魔術を授けてくれてありがとう」

 理の番人は意味ありげな笑いを浮かべて言った。

「礼を言うには早い。役に立つか否かは、お主次第じゃ」

 ドアの向こうは、薄暗い部屋だった。

 あたりは夜で、小さな明かりだけが点いている。

 ベッドが置いてあり、その上にはガウンのような白い寝巻が畳んであった。

 寝巻に着替えてベッドに入ると、すぐに眠気がやってきた。


 翌朝、「ショーマ!」という声で目が覚めた。

 メイド服を来た女性が、着替えを持って来ている。

 おそらく20代中ごろ、長い髪を後ろでまとめた細面の女性だ。

 その笑顔が、彼女の潤いのある目を引き立ている。

〈そうか、俺はもう安藤聖真ではなく、ショーマなんだ〉

「朝ですよ。今日の午前は剣術訓練です。朝食をとってください」

 話しているのはジョセフ王国の言語だ。

 しかし頭の中で意味がわかる。 

 彼女がさらに続ける。

「今日も教官のニコラ少将に厳しくしごかれますよ。ちゃんと朝ご飯、食べてくださいね」

 ショーマは、こう答える。

「わかった。ありがとう」

 この国の言語が自然に口から出てくる。

 するとショーマの返事を聞いたメイド女性の反応がおかしい。 

 笑顔が消え、強張った表情になり、動きも止まってしまった。

「ショーマ、何だか感じが変わりましたか?」

「えっ、そうかな?」

「はい。これまで、私アリーシャはショーマから”ありがとう”なんて言葉、聞いたこともないですよ。熱でもあるんじゃないですか?」

 アリーシャは自分のおでこを、ショーマの額に当てた。

 彼女の甘い香りが、鼻をくすぐる。

 ショーマの顔が一気に赤くなる。

 いま、まさに、熱が出たかもしれない。

 しかしすでに、アリーシャは事務的におでこを離している。

「熱はないようです。早く着替えて、食卓に来てくださいね」

 と何事もなかったように言い残して、部屋を出て行った。


 朝食を終えて屋敷を出ると、アリーシャがバケツに果物や野菜を入れて運んでいた。

「どこに行くの?」

 ショーマが聞くと、

「お馬さんの朝食よ」

 とアリーシャが答える。

「馬って、干し草や草を食べているんじゃないの?」

 とショーマが言うと、アリーシャは、

「それだけじゃ栄養が足りないわ。世界でいちばん優秀なジョゼフ王国の馬は、心をこめたお世話に支えられているのよ」

「そうか。じゃあ、お馬さんもアリーシャのこと大好きなんだろうね」

「私だけじゃないわ。ジョゼフ国のお馬さんは人間のことが大好き。だからこの国の馬は世界でいちばん乗りやすいといわれてるのよ」

 そう微笑むと、アリーシャは厩舎へと向かった。


 ショーマは気づく。

〈この国の交通手段は馬なんだ。しかも国民は馬に親しみながら仲良く暮らしている。まるで友達のように〉

 それと同時に、

〈馬に乗りこなせないととまずいことになるな……〉

 と痛感する。

〈しかし今は、目の前に迫った剣術訓練が先だ!〉

 聖真はその舞台となる大庭園に向かった。


 まるで公園のような広い芝生が広がっている。

〈ここが、剣術訓練が行われる大庭園か〉

 その高い位置に、腕組みをした初老の男性がいる。

 値踏みするような鋭い視線で訓練の様子を見ている。

 明らかに風格を感じる。

 あれがきっと、祖父のリベリー中将だろう。


 ショーマは10人ほどの剣士たちと共に、教官の登場を待つ。

「剣の達人・ニコラ少将がいらっしゃいました」

 剣士の一人が声をあげる。さらにこう続けた。

「全員、礼!」

 剣士たちが一斉に頭を下げ、胸に手を当てる。

 あわててショーマも同じ仕草を真似る。

 ニコラ少将は刀を抜き、天に突き上げ、剣士たちに向かって剣先を突き出した。

「諸君!」

 ニコラ少将が声を張り上げる。

 そしてこう続ける。

「いまジョセフ国は存亡の危機にある」

 剣士たちは、まっすぐに教官を見つめる。

 ニコラ少将が言う。

「今のままでは強大な敵・ボナパルト帝国に勝てない。だから今日からはさらに、訓練の強度を増して、厳しく鍛えていく!」

 剣士たちの、つばを飲み込む音が聞こえる。

 ニコラ少将が告げる。

「最初は私がショーマに稽古をつける! ショーマは強くなっているが、まだ一皮むけていない。ショーマ、前へ出なさい」

 ショーマは練習用の刀を手に前に出た。

 ニコラ少将が、聖真(ショーマ)だけに聞こえるように言う。

「今日は手加減なしだ。皆に恐怖を与え、緊張感を植え付けるために全力で行く。お前も死ぬ気でかかってこい」


 ただならぬ雰囲気に、エルヴィン家の住人たちが続々と集まってきた。

 親族はもちろん、使用人たちも仕事の手を止め、集まってくる。

 そこには先ほどのメイド・アリーシャもいた。

 この訓練、剣士たちにとっては地獄かもしれない。

 しかし、エルヴィン家にとっては最高の余興なのだ。

 みな、目を輝かせて、様子を見ている。


「始め!」


 審判役の剣士が声をかけ、試合が始まった。


 じりじりと後退するショーマ。

 詰め寄ってくるニコラ少将。

 ものすごい気合を感じる。


 ニコラ少将の剣先が動いた。

 こちらに打ち込んでくる。

〈あっ、やられる!〉

 そう思ったショーマ。

 しかし、なぜか回避する道が見えた。

 体を半歩後ろに下げ、左にサイドステップする。

 ニコラ少将の上段からの渾身の振りが、あえなく空を切った。

 その瞬間、ニコラ少将の体にいくつもの隙ができる。

〈今なら打ち込める!〉

 そう思ったショーマだが、心の準備ができておらず、自分の刀を出せない。


 ニコラ少将は明らかに驚いた表情を浮かべ、体制を立て直した。

 そして再び、ショーマにだけ聞こえるようにつぶやく。

「今度は油断しないぞ。確実に仕留めてやる」


 ニコラ少将は再び剣先を動かす。

 さっきと同じ上段への振りかぶりだ。

〈これなら、かわせる〉

 とショーマは反応する。

 しかしそれはフェイントだった。

 剣先は途中で方向を変え、右側へと移動する。

 本当の狙いはショーマの右手を狙った打撃だった。

 しかしショーマはこれも見切った。

〈ニコラ少将の重心と踏み込みが右側に寄っている〉

 ショーマの体はすでに反応し、左後方へのステップで回避している。

〈教官の動きが見える!〉


 ニコラ少将は大きく空振り。

 態勢を崩した少将の隙が見えた。

 やや遅れながら、ショーマも腹部を狙ったひと振りを行う。

 しかしこれは間一髪、ニコラ少将がかわした。

 教官は肩で息をしている。


 ジョセフ国軍でも指折りの剣士・ニコラ少将。

 全身全霊の攻撃を仕掛けている。

〈なのに、なぜ当たらないのか〉

 そんな焦りの表情だ。


 ショーマはここで、さらに気が付いた。

 おそらく、異世界のジョセフ国の人々の運動能力は、地球の人間より劣っている。

 きっと惑星の重力などが異なっていて、筋力や運動神経、経験値などに差が出ているのだろう。

〈だからこの世界の「剣の達人」の攻撃も、かわすことができるんだ〉

 ショーマは教官に勝てることを確信した。

 だがそれと同時に彼はこう思っていた。

〈教官に勝ってしまうのは、ちょっとヤバくないか?〉

 イジメられていた聖真は、とにかく目立つことが嫌だった。

 もしここで勝ってしまえば、エルヴィン家じゅうの注目を集めてしまうだろう。

 そして教官のニコラ少将は面目丸つぶれ、大きな恨みを買うだろう。

 これは聖真にとっては、とんでもなく恐ろしい展開だ。

〈俺は目立たず静かに生きていたいんだ〉

 かと言って、ニコラ少将の強烈な打撃を体に食らうのも嫌だ。

 聖真は心を決めた。

〈ここは、無難に、のらりくらりと引き分けを狙おう〉


 その後も必死に剣技を打ち込んでくるニコラ少将。

 ギリギリでかわし続けるショーマ。

 そして時折、ショーマも派手な大振りを繰り出して、教官にかわされる。


 知らぬ間に見ている者たちからは大きな声援が飛んでいた。


 どちからといえば、弱いと思われているショーマを応援する声が優勢だ。

 メイドたちからも、

〈ショーマ、がんばって~!〉

 と黄色い声援が飛ぶ。

 これがニコラ少将をますますむきにさせて、汗だくになりながら攻撃を続ける。


〈時間切れです。稽古終了!〉


 審判役の剣士が大きな声で告げた。

 その瞬間、ニコラ少将はがっくりと肩を落とし、ひざに手をついた。

〈これはまずい〉

 そう思ったショーマ。

 自分も疲れ切ったように握った剣を地面に落とす。

 そして膝から崩れ落ちて四つん這いになった。


 それを見たニコラ少将。

 表情が少しゆるんだ。


 ニコラ少将は歩み寄ってきて、こう言う。

「腕を上げたな」

 ショーマはそれに応える。

「ありがとうございます」

「攻撃はまだまだだが、防御に関してはすごくスピードアップしている」

「今日はそこに集中していました」

「よろしい。では、ますます研鑽を積むように」

 そう言って立ち去ろうとするニコラ少将。

 しかし聖真は、

「待ってください」

 と引き留めた。

「……何だね」

 といぶかるニコラ少将。

 聖真が言う。

「俺、馬にうまく乗れなくなってしまったんです。剣術訓練の後、少しだけ指導していただけませんか?」

「馬ぐらい、誰でも乗れるだろう」

「それが、しばらく乗っていなくて、コツを忘れてしまったんです。どうしても一流の方の指導を受けたくて…」

「……わかった。……では訓練の後、……少しだけ時間を取ろう」

 疲れを隠し切れないニコラ少将。

 目の下にクマができているのがわかった。

 必死に威厳を保ちつつ返事をしている。

 

 無茶ぶりをしてしまったことを悟ったショーマ。

「ありがとうございます……」

 それでも付き合ってくれるニコラ少将に、ひたすら深く頭を下げるのだった。

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