愛の歌
ジョセフ国城の東門。
防衛を担当するのはジョセフ国の市民兵たちだ。
みなボロボロの服装。
甲冑もなければ、戦闘服の布地もつぎはぎだらけだ。
そろっているのはただひとつ。
市民兵たちの証、オレンジの腕章だけ。
敵は怒濤のように押し寄せるボナパルト帝国兵。
みな、黒光りする強力な甲冑に身を包んでいる。
しかし市民兵たちの目は熱い。
槍に刀と持つ武器はバラバラだ。
だが誰にも負けない勇気で相手に立ち向かっていく。
そのリーダーはバルボワ消防署長だ。
戦いの序盤、市民兵の半数以上が戦闘不能に陥った。
ディータ皇帝の精神攻撃魔術を食らったためだ。
そのときバルボワ署長はすぐに決断して指示を出した。
「今すぐ魔術にかかった兵士を集めて休ませるんだ」
持ち場の東門は手薄になった。
結果、ボナパルト帝国軍に東門を突破されてしまった。
しかしバルボワ署長は慌てることなく指示を出す。
「防衛ラインを大きく後退させよう。最後尾に人員を集中するんだ」
そして粘り強く、ギリギリのところでそれ以上の侵入を食い止めた。
戦いを支えるのが、市民兵たちの熱い思いだった。
「家で待つ子供たちは絶対に守る!」
叫びながら槍を振り、帝国兵をはじき出す警察官。
「家族には手を出させない」
と敵に刀で斬りかかる農業組合の職員。
一人一人、それぞれに戦う理由があった。
バルボア消防署長もみずから最前線に立つ。
そして敵兵の剣を受け止め、跳ね返す。
侵略を食い止めていたのは、残りたった50人となった市民兵たちの力だった。
だが気力と体力には限界がある。
時間が経つにつれ希望の火は消えつつあった。
しかし絶望の淵でバルボワ消防署長は感じ取った。
エルフたちが送り始めた「森の加護」の波動だ。
あたたかく輝かしい光が周辺を包んでいる。
その光にバルボワ署長の疲労も癒されていく。
〈これなら兵士たちのダメージも癒される〉
魔術に掛けられた兵士たちの呪いも解けるかもしれない。
バルボワ署長は力の限りの大声で、市民兵たちに呼びかけた。
「みんな、まもなく応援が来るはずだ。なんとか持ちこたえよう!」
市民兵たちが力強く応え、踏ん張って戦う。
すると署長の言葉通り仲間たちは帰ってきた。
「みんな、すまない!」
「俺たちも戦うぞ!!」
精神干渉攻撃魔術が解けた市民兵たちが、一斉に東門の方へ飛び出してきたのだ。
その数は300人を超えるだろう。
みな刀や槍を手にした戦闘態勢だ。
それを見てバルボワ消防署長が拳を握りしめる。
そして市民兵全員に呼びかける。
「市民兵たちよ! 君たちはジョセフ国の友愛の精神の象徴だ!!」
市民兵たちが手を上げ、大きな歓声で応える。
バルボワ消防署長が叫ぶ。
「今こそ俺たちの力を証明しよう!」
市民兵たちが応える。
「そうだ。私たちはジョセフ国が大好きなんだ!」
「俺たちの国は愛の国だ。絶対に守る!!」
「愛する家族をこの危機から救う!!!」
槍兵たちは怒濤のような突撃を開始した。
稲妻のような突きで帝国兵をなぎ倒していく。
剣士たちも負けじと飛び出す。
魂のこもった太刀を帝国兵に浴びせていく。
敵兵の首や腕が宙を舞っていく。
飛び散る敵兵の鮮血。
市民兵たちの証、オレンジの腕章は、いまや勇気の証になっていた。
ジョセフ国の庭園。
エルフたちが瞬間的に表れたのはここだった。
ジョセフ国軍の兵士たちを救う「森の加護」を加護を与えてくれた。
そのとき力尽きてしまったショーマ。
そのまま城の庭園に倒れていた。
空から降りてきた影がある。
小型サイズの竜のファヴィアンだ。
「大丈夫か?」
その声に目を開けるショーマ。
ファヴィアンが続ける。
「エルフたちの加護でダグラス部隊と市民兵たちが復活したぞ」
「そうか……」
ショーマの表情に生気が戻る。
ファヴィアンが言う。
「ディータ皇帝は今、残りの部隊と共にジョセフ国城の正門前まで迫っている」
ショーマは言う。
「今度こそ決着をつけてやる」
そのとき伝令兵がショーマのもとに駆け込んできた。
「ダグラス中将とバルボワ消防署長から伝言です」
ショーマがうなずく。
伝令兵が言う。
「東門と裏門は任せてくれ。援軍の必要はない、と」
ショーマが笑顔を見せて言う。
「了解しました。お二人に、ありがとうとお伝えください」
ショーマは城の正門に向かって歩き出す。
ファビアンが声をかける。
「コレットのため、ディータ皇帝を倒そう」
ショーマは大きくうなずいて言う。
「ああ、そのために俺は戦う」
そしてこう続ける。
「ディータ皇帝の残虐な他国侵略で、アリスもレティシアも家族を皆殺しにされた」
ファヴィアンがうなずく。
ショーマが言う。
「非道な暴力は不幸な人を増やし続ける」
ファヴィアンも力強く言う。
「そうだ。みんなのために絶対に勝とう!」
ショーマは固く閉じられていたジョセフ国城の正門を大きく開けた。
その先には黒と赤と黄金に彩られた衣装の男がいた。
ひときわ目を引くその男。
間違いなくディータ皇帝だ。
その後ろにはボナパルト帝国軍の残りの軍勢が並んでいる。
ディータ皇帝はナタリー姫と同じ、金髪に白い肌、端正な顔つきだった。
しかしその青い目は震えあがるほど恐ろしい狂気に満ちていた。
見るだけで相手を恐怖心に陥らせる冷徹な輝きだ。
ディータ皇帝は目を見開く。
その目は血走っている。
「わが帝国軍が勝利で正門をこじ開けると思っていたが……」
ショーマがディータ皇帝に言う。
「侵入した帝国軍は叩きのめしましたよ」
ディータ皇帝はショーマをにらむ。
そして冷徹な薄ら笑いを浮かべながら、こう言う。
「降伏するつもりもなさそうだな」
ショーマが言う。
「俺たちジョセフ国は絶対に負けない!」
ディータ皇帝が言う。
「君がショーマ大将軍か」
ショーマがうなずく。
「まだ少年じゃないか」
ディータ皇帝が鼻で笑い飛ばす。
そしてこう続ける。
「まずはお前から殺してやる。その後はジョセフ国民を皆殺しだ!!」
ディータ皇帝はショーマに向かって腕を伸ばす。
「ショーマ、おまえの精神を完全に破壊する!」
精神干渉攻撃魔術を繰り出す態勢だ。
「おまえ一人だけに威力を集中して浴びせてやる!」
そう宣言して力強く詠唱を行う。
「ハルシネーション!」
ショーマの体をブラックホールが包む。
かつてないほどの苦痛が彼を襲う。
〈恐ろしい衝撃とと痛みで頭がもぎ取られそうだ〉
懸命にこらえるショーマ。
〈かつてこの精神破壊で、ニコラ少将が妻に刺される幻影に苦しみながら殺された〉
その後も数多くのジョセフ国兵が犠牲になっている。
愛する人に殺される悪夢と共に。
だからこそショーマは思う。
〈この精神攻撃魔術に耐えてディータ皇帝を倒さないと!〉
踏ん張ろうとするショーマ。
しかし意識は遠のいていくばかりだ。
現実と夢を行き来するショーマ。
膝をつき、両腕が力なく垂れ下がる。
その瞬間、傍らにアリスが現れた。
「森の精霊様、ショーマに再び、加護をお与え下さい」
白く輝く光が現れ始めた。
それと共に、薄れゆく意識の中、ショーマを呼ぶ声が聞こえる。
「ショーマ……」
〈加護を与えてくれたアリスなのか?〉
とショーマは思う。
だが、
「ショーマ……」
呼ぶ声はアリスではなかった。
コレットの声だった。
「コレット。俺は……」
気絶しそうな衝撃波に苦しむショーマだったが、指先が何かをつかもうと動く。
アリスが微笑み、まぶしく白い光をショーマのもとに招き始める。
ブラックホールの影が、光で薄れ始める。
ショーマは恐ろしい苦痛を乗り越え、片膝で立ち上がる。
ブラックホールが消えていく。
「馬鹿な……」
目の前の光景が信じられないディータ皇帝。
意識を取り戻したショーマ。
ファヴィアンに呼びかける。
「力を貸してくれ」
ファヴィアンも
「望むところだ!」
と応える。
ショーマがディータ皇帝とボナパルト帝国軍に腕を伸ばし、手のひらを向ける。
そして力を込めて詠唱する
「メガ・ファイヤーフレーム!」
巨大な炎が一気にディータ皇帝とボナパルト帝国軍を包む。
なんとか逃れようと大きな声を上げてもがく敵兵たち。
しかし次の瞬間、ファビアンが巨大化して空に飛翔する。
そして大きな口から強大な炎熱を帝国軍に向かって発射した。
あたり一帯が熱に包まれるほど強烈な炎だ。
二重の激しい炎熱攻撃。
帝国軍は一気に燃焼する。
ショーマが全霊を込めた怒りの一撃。
そして最強の竜からの究極の炎。
その炎熱から逃れられるものはいない。
ほどなく、全員が炭と灰に化した。
ディータ皇帝も、もといた位置で白骨化している。
ファヴィアンが笑顔で言う。
「やったな! ショーマ!!」
ショーマの表情も弾ける。
「ああ、ついに成し遂げた!」
ジョセフ国兵たちも大歓声を上げる。
正門にはベルント国王とマリエッタも駆けつけた。
誇り高き戦士たちは続々と集まってきた。
東門の戦いを勝利したダグラス部隊。
裏門の戦いを制したバルボワ消防署長と市民兵たち。
ショーマが戦士たちに感謝を伝える。
「この戦いは粘り強く戦った皆さんの勝利です! ありがとうございます!!」
兵士たちから地鳴りのような大歓声が起こる。
誰もの顔が喜びの笑顔であふれている。
そのときジョセフ国城に馬車がやってきた。
そこに乗っているのはレティシア。
彼女はもう一人、大事な乗客をエスコートしていた。
レティシアに手を引かれて馬車を降りる人影。
白いドレスを着たコレットであった。
ショーマは決戦の前、レティシアにコレットの救出を頼んでいた。
コレットはディータ皇帝の妾として献上されることになっていた。
その日が、まさに今日だった。
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数日前――。
レティシアはファビアンの背中に乗って空からコレットの行方を探した。
ファビアンはコレットの心の悲しみの波動を鋭く感じ取った。
もとをたどっていく。
それはボナパルト帝国軍基地の最上階から発信されていた。
ここに幽閉され、ディータ皇帝に身を捧げることになっていたのだ。
泣き続けているコレットに、ファビアンは呼びかけた。
「助けにきたよ」
彼女の目に一瞬、輝きが戻った。
しかしコレットは、うつむいて言う。
「私はラグロワ家のために、この身を売らなくてはいけないのです」
ファヴィアンが必死の形相で呼びかける。
「何を言っているんだコレット! ショーマがボナパルト帝国を倒す!!」
それを聞いたコレット。
一瞬、呆然とした顔になる。
ファヴィアンが言う。
「ショーマはコレットのために戦っているんだ!!!」
コレットの瞳からは大きな涙がこぼれる。
その顔には生気が生まれ、ほおにも艶が戻っている。
「ショーマ……」
コレットは両手の指を顔の前でからませ、
「あなたの無事を祈ってる」
と祈りを捧げる。
ファビアンが言う。
「心配することはないよ、コレット。本気のショーマは誰にも負けることはない」
うなずくコレット。
ファビアンはレティシアを帝国軍の基地に下ろして潜伏させた。
翌日、ボナパルト帝国の全軍がジョゼフ国城へ向かって出撃。
空っぽになった基地でレティシアは難なくコレットを救出した。
ファヴィアンはジョセフ国に2人の救出を連絡。
迎えに来た馬車で、レティシアとコレットは帰途についた。
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レティシアが馬車を降りる。
ジョゼフ国の兵士が万雷の拍手と歓声で迎える。
それに一礼で応えたレティシア。
馬車のもう片方のドアに回りとびらを開け、コレットに手を伸ばす。
その手を取って馬車を降りるコレット。
彼女が姿を現すと、兵士たちから、彼女の帰還を喜ぶひときわ大きな歓声が巻き起こる。
ショーマも笑顔で彼女へ歩み寄っていく。
そのときーー。
おどろおどろしい「白骨体」が宙に浮いている。
ものすごいスピードで宙を移動し始めた。
その白骨体は手に大きな斧を持っている。
その骨はディータ皇帝の衣服をまとっている。
ファビアンが叫ぶ。
「まずい。ディータ皇帝の亡霊だ!」
向かう先はコレットに向かって一直線だ。
ディータ皇帝の亡霊が叫び声を上げる。
「コレットは私のものになるはずだった! 取られるくらいなら私が殺す!!」
鋭い斧が彼女に向かって振り下ろされる。
「ああ! コレット!!」
ファヴィアンが絶望的な嘆き声を上げる。
その瞬間。
黒い影が割って入った。
全身を震わせる高周波の衝撃音。
ショーマだった。
コレットをかばって飛び込み、身を盾にしたのだ。
彼女は無事だ。
しかしショーマは地面にあおむけに倒れている。
宙に浮かんだディータ皇帝が叫ぶ。
「おのれショーマ、どどめを差してやる!」
再び斧を振り上げるディータ皇帝。
今度はショーマが標的だ。
高速で飛んでくる。
「ショーマ!」
コレットが悲鳴を上げる。
ショーマは床の刀を拾う。
響き渡る金属音。
直前でディータ皇帝の一撃を刀で食い止めた。
「おまえはなぜ、無敵の私の攻撃を防げるのだ?」
ディータ皇帝は怒鳴りながら宙を飛び、三たびショーマに襲い掛かる。
その斧を身をひるがえしてかわす。
「あなたの傲慢な残虐行為は、数えきれない人を不幸に突き落とした!」
ショーマの刀が、ディータ皇帝の白骨の頭部を一閃する。
破壊される頭蓋骨。
ショーマは絶叫する。
「コレットは俺が命を賭けて守る!」
ショーマはディータ皇帝の亡霊に手のひらを向けた。
「エクストリームファイア!!」
詠唱と共に凝縮された超高温の炎が放たれた。
空中の白骨を直撃する。
ディータ皇帝の白骨は灰と化して、風に吹かれて散っていく。
「ショーマ!」
コレットがショーマに駆け寄る。
ショーマがコレットを抱きしめる。
ジョセフ国じゅうの拍手が始まり、祝福の歓声が上がる。
そして誰ともなく、ジョセフ国の国歌が始まった。
《永遠といわれる時がもしもあるなら
それはあなたの命であってほしい》
市民兵たちも軍の兵士たちも肩を組んで国家を合唱する。
ショーマもその輪の中に入って歌う。
《どんな宝石よりも尊く輝いて
空の星より長く光り続ける》
ショーマは思う。
〈ついに終わった〉
長く辛い闘いだった。
翌日の夜、ショーマはセリアンの森でコレットに会った。
コレットはいつものような剣術服ではない。
紺色のスカートに白いブラウスだ。
ショーマも黒いズボンに、白いシャツ姿。
お互い、いつもと違う服装に、雰囲気も少し、ぎこちない。
「私たちが始めて出会ったのは、この森だったね」
コレットが言う。
ショーマが彼女の目を見て、うなずく。
コレットが続ける。
「あのときあなた、私の名前を間違えたでしょう」
「そうだったっけ…」
ショーマがとぼける。
しかし実際は、はっきり覚えている。
前の世界で大好きだった西織靖恵。
コレットはその生き写しのようだった。
だから「西織さん……」と呼んでしまった。
コレットが言う。
「あなたが言ったその名前、初めて聞く名前だから、はっきり聞き取ることができなかった」
ショーマは黙ったまま、コレットを見る。
コレットが続ける。
「でも聞いたとき、なにか、心が暖かくなるような気持ちになった」
ショーマはうつむく。
コレットが言う。
「だから、もう一度、聞かせてほしいの。あなたは何て言ったの?」
ショーマは、ゆっくりと、口を開いた。
「に・し・お・り」
「二・シ・オ・リ?」
コレットが復唱する。
ショーマはうなずく。そしてこう続ける。
「や・す・え」
「や・す・え」
コレットも言う。
ショーマが微笑む。
「初めて聞く名前」
コレットが言う。
ショーマがうなずく。
コレットが続ける。
「でも、どこかで聞いたことがあるかも知れない名前、なのかもしれないね?」
ショーマは言葉が見つからない。
「少し歩こうか」
コレットが提案する。
二人は並んで、森の泉へと、ゆっくりと足を運び始める。
泉のほとりにつく。
今日はほぼ満月だ。
明るい光が湖面に映っている。
コレットが言う。
「私、この世界ではないところにいる夢を見たことがあるの」
ショーマがびくっとコレットの目を見る。
そんな様子を横目に見つつ、コレットはこう続ける。
「今とは違う集団生活をしていて、でも悩みを抱えていて…」
コレットの瞳には、そのまま夢見るような色が浮かんでいる。
ショーマは彼女から目が離せない。
コレットが続ける。
「でも、その悩みに、寄り添ってくれる人もいて……嬉しかった」
コレットはショーマに微笑みかけて、言う。
「覚えているのは、そこまで」
ショーマは、まだ、言葉が見つからない。
彼女が誰なのか。
かつて、誰だったのか。
頭の中の糸はからみあう。
何も確信は持てない。
だけど、今、この気持ちに正直に生きていきたい。
「コレット、俺の今の想いを聞いてほしい」
コレットは目を潤ませてうなずく。
「夢の中で君に寄り添ってくれた人のように、俺は君とともに歩いていきたい」
(終)




