衝撃波
ディータ皇帝は最強の精神攻撃魔術「ハルシネーション」を発動した。
皇帝は確信していた。
ジョセフ国軍は抵抗できないほどのダメージを負った、と。
ボナパルト帝国軍は大きな投石機をセットし始めた。
数は約30機。
ジョセフ国城を囲むように設置する。
それが終わると、歩兵たちが何重にも城を取り囲む。
その数は700人。
ディータ皇帝が叫ぶ。
「突撃!」
ジョセフ国城に向かって一斉に押し寄せる帝国兵。
これに対し、ジョセフ国城から無数の矢が飛んできた。
弓矢隊が猛然と反撃を開始したのだ。
必死に城への接近を阻む。
これに驚いたのがディータ皇帝だ。
「ハルシネーションを食らったのに、なぜ奴らは戦えているのだ?」
そう言うと、傍らにいる帝国軍の司令官を怒鳴りつけた。
「どういうことなんだ!?」
司令官は、あわてふためいて、
「わかりません。ジョゼフ国軍の様子を報告させます」
と答える。
ディータ皇帝は髪をかきむしって叫ぶ。
「もう、いいっ!」
ジョセフ国軍は半分以上の兵士がディータ皇帝の精神攻撃魔術を耐え抜いていた。
戦いの前にエルフのアリスが与えてくれた「森の加護」のおかげだった。
ジョセフ国弓兵は嵐のように矢を放つ。
帝国軍も容易には距離を詰められない。
その弓矢隊と城壁に向かって、帝国軍の投石機が攻撃を始めた。
次々と飛んでくる岩のような巨大な石。
城の壁を破壊し、弓兵たちを吹き飛ばす。
一進一退の攻防が続く。
そんな中、伝令兵からショーマに情報が飛び込んできた。
「西門部隊が帝国兵の攻撃に対して沈黙しています」
ショーマは聞く。
「兵士たちの様子は?」
伝令兵が言う。
「わかりません。反応がなくなってしまいました」
ショーマは監視塔から西門の様子をうかがう。
〈精神干渉攻撃魔術を、まともに食らってしまったな……〉
弓兵たちの動きがなく無抵抗の状態だ。
帝国兵たちは西門周辺に密集し始めていた。
投石器で壁が崩されていく。
すると歩兵たちが城壁にハシゴをかけていく。
ショーマは監視塔を降り西門へと走る。
しかし着いたときには、西門は内側からこじ開けられていた。
刀や槍を持った帝国兵たちが次々と侵入している。
西門防衛を担当する兵士たちは、ふらふらと立っているだけだ。
侵入する敵兵を警戒する様子もない。
目の焦点さえ合っていない。
乱入してきた帝国兵たちは無抵抗のジョゼフ国兵を切り付けて倒していく。
床を見ると、惨殺されたジョゼフ国の兵士たちが数多く転がっている。
帝国兵たちは西門から天守閣へと次々と向かっていた。
同じタイミングでダグラス中将も西門へと駆けつけてきた。
「遅かったか……」
と嘆くダグラス中将。
「国王が危ない。急いで天守閣に向かいましょう!」
ショーマが言う。
ダグラスがうなずく。
ボナパルト帝国軍の司令官は伝令からの情報を聞いて小躍りした。
ディータ皇帝にすり寄ると、
「報告がございます」
と切り出す。
「なんだ?」
ディータ皇帝が聞くと、
「ジョセフ国城の西門を陥落しました!」
と嬉しそうに告げる。
しかしディータ皇帝は苦虫をかみつぶしたような渋い顔だ。
「それが何だ?」
そして怒鳴る。
「もうおまえら兵士には頼らない!」
さらに怒鳴り続ける。
「俺が殺る!!」
司令官が青ざめてつぶやく。
「まさか……」
ディータ皇帝が怒りに奮える声で叫ぶ。
「もう一度、ハルシネーションを発動する!!」
司令官が、あわてふためいて制止しようとする。
「ハルシネーションは皇帝のお体に強大な負担をかける魔術です」
ディータ皇帝は全く聞いていない。
司令官は深刻な表情で続ける。
「1日に2回使うなんて例がありません。どんな反動が起きるか我々にもわからないのです」
だがディータ皇帝の憤激は全くおさまらない。
再び、ジョゼフ国城に向かって体を向ける。
そして狂気の表情で両方の手の平をジョセフ国城に向ける。
「ハルシネーション!!」
絶叫での詠唱。
ショーマは再び、体中に衝撃波を受ける。
目の前が真っ暗になり、息が止まりそうになる。
気絶しそうな苦痛が続く。
やがて気がついたショーマ。
意識を失い倒れていた。
あたりを見るとダグラスも倒れている。
「大丈夫か?」
ショーマがダグラスを助け起こす。
ダグラスが頭を振りながら絞り出す。
「問題ありません。ただ、間違いなく、かなり強力な攻撃でしたね」
そして西門への援軍に駆けつけてきた兵士たちもうずくまっている。
兵士の一人は魂を抜かれたように、ふらふらと歩く。
「しっかりしろ!」
ショーマが肩を揺らす。
しかし兵士は、
「やあ、アリッサ」
と恋人の女性の名前をつぶやいている。
これが精神干渉攻撃魔術の恐ろしさだ。
目の前の人物が味方であろうと敵であろうと、最も愛する相手に見えてしまう。
ダグラスが言う。
「2度目のハルシネーションが放たれたようですね」
ショーマは兵士を救護室に連れていく。
だが救護室には収容しきれないほどの兵士たちがあふれかえっていた。
〈戦闘不能の兵士はさらに増えた。覚悟しなくてはならない〉
西門を破った帝国兵たち。
彼らの狙いはベルント国王の首だ。
目を血走らせて天守閣へと突撃していく。
そこに立ちはだかったのがマリエッタ姫だ。
ボナパルト帝国兵が笑い出す。
「おいおいお嬢ちゃん、何しに来たんだ」
「ケガするから引っ込んでな」
しかしマリエッタは刀を抜き、一喝する。
「あなたたちなど、私一人で十分よ。かかってきなさい!」
「なんだと!」
頭に血が昇った帝国兵たちがマリエッタに斬りかかる。
一人目の剣がマリエッタの頭上を襲う。
しかしその瞬間マリエッタは後方に移動。
その瞬間、二人目の剣が右から来る。
これを左へのステップでかわす。
そしてカウンターで二人の急所を目にもとまらぬ速さで斬る。
飛び散る血しぶき。
帝国兵の剣はすべて空振り。
マリエッタは彼らの体重移動で動きを完全に先読みしていたからだ。
それを見て、帝国兵たちがひるむ。
そのとき、
「マリエッタ、大丈夫か?」
との声がする。
マリエッタが振り向くと、そこにはショーマがいた。
「マリエッタはベルント国王のところにいて王を護衛してくれ、ここは俺が片づける!」
マリエッタの目に涙がにじむ。
「ありがとうショーマ」
ボナパルト帝国兵たちが言う。
「あれはジョセフ国の大将軍のショーマだ」
「奴を仕留めれば、大戦功になるぞ!」
帝国兵たちが先を争うようにショーマに斬りかかる。
しかしショーマは的確に攻撃をすり抜けながら、帝国兵の急所を突く。
帝国兵の断末魔の叫び声が次々に上がる。
5人の兵士を一気に倒したショーマ。
またしてもひるむ、ボナパルト帝国兵。
そこに駆けつけたのがダグラスの部隊だ。
「ショーマ大将軍、ここは私たちに任せて、全軍の指揮をとってください!」
ショーマが応える。
「ありがとう、ここは任せた!」
いったん見張り塔に向かったショーマ。
監視兵から報告を受ける。
「破られた西門からの帝国兵が、城内に押し寄せています!」
監視兵がさらに続ける
「いま東門も陥落寸前です!!」
ショーマは東門の状況を聞いた。
防衛を担当するのは消防署長のバルボワが率いる市民兵たち。
厳しい戦いを強いられていた。
2回の精神攻撃魔術で半数以上の市民兵が戦闘不能に陥った。
放つ弓矢も散発になっている。
城壁も投石器でどんどん破壊されていく。
帝国兵はハシゴをかけ次々と侵入をかける。
戦闘可能な市民兵が槍で応戦。
ギリギリで防いでいる状態だ。
圧倒的に人数が足りない。
「わかりました。まずは西門、そして東門に向かいます」
ショーマは西門に向かう。
西門に続く2階の廊下。
刀の音が響いている。
帝国兵の数は10人。
迎え撃つジョゼフ国兵は3人。
激しく交戦しているが、多勢に無勢。
全滅は時間の問題だ。
「みなさん、諦めずに戦ってくれてありがとう!」
ショーマが叫び、帝国兵とジョセフ兵の間に割って入る。
そして敵兵へ斬り込む。
鋭い剣先が、帝国兵を胸元から腹へと切り裂いていく。
飛び散る血しぶき。
ショーマの剣は目にも止まらぬ速さで切り返される。
そして傍らの帝国兵の首を跳ね飛ばす。
流れるような動き。
さらに2人の敵兵の急所を的確に突いたショーマ。
一瞬で4人を失ったボナパルト帝国軍の兵士。
ショーマへの警戒を高める。
そして態勢を建て直す。
人数にまかせ、ショーマを囲んで孤立させようとする。
6人のボナパルト帝国兵に包囲されたショーマ。
敵兵たちはじりじりと距離を詰めてくる。
ショーマは剣先を小刻みに動かして様子を見る。
すると帝国兵たちは、また半歩下がって身構える。
ショーマは構えた刀の向きをくるりと動かす。
剣の刃に背後の2人の敵兵の姿が映る。
まず正面の兵が一歩前に出た。
ショーマの剣が鋭くうなる。
敵兵の頭部が空中に飛び、首から血が吹き出す。
ショーマは孤を描くように左の兵士の心臓部も斬りつける。
その隙を狙って背後から2人の兵が襲いかかる。
刀を鏡代わりに位置関係を把握していたショーマ。
身をひるがえして2人の刃をやり過ごす。
そして態勢を崩した2人の首を次々とはねた。
残った兵士は2人。
両側から勢いに任せて突進してくる。
高速で刀が振り下ろされる。
しかしショーマは攻撃をかわして、すり抜けている。
帝国兵たちの刀は正面の味方同士を思い切り斬り合う。
双方の体から鮮血が吹き出す。
ジョゼフ国の兵士たちから歓声があがる。
廊下のボナパルト帝国兵10人を一掃したのだ。
ショーマが言う。
「皆さん、大変なのはこれからです」
まだ西門にさえたどりつけていない。
「侵入してくる敵兵を迎え撃ちましょう!」




