加護
ショーマは愛馬エルマーに乗りセリアンの森に向かう。
〈最後の戦い、エルフのアリスに助けてもらわなくては絶対に勝てない〉
竜のファヴィアンも人間サイズになって同行する。
森にの奥へと入っていく2人。
木漏れ日があたりを静かに照らしている。
ひときわ大きな木のもとで、ショーマは立ち止まる。
そしてひざまずき、両手を組む。
ファヴィアンも両方の翼を合わせる。
そしてエルフ・アリスへの祈りを捧げる。
長い時間、2人は待ち続けた。
すると、あたりが暖かく柔らかい白い光に包まれ始める。
美しい姿が現れ始めた。
金髪の長い髪に青色の瞳。
緑色の小さな布地を身にまとっている。
輝くようにまぶしい白い肌。
豊かな胸と細い腰つき。
すらりと長くて細い腕と脚。
神々しいアリスの姿である。
ショーマが言う。
「来てくれてありがとう」
アリスは、
「強い思いで呼ばれているのを感じたの」
と静かな微笑みを浮かべる。
「ファヴィアンさんも一緒なのね」
とアリスは彼に会釈する。
「よろしく」
とファヴィアン。
ショーマが切り出す。
「ああ。このままでは俺たちジョセフ国軍は全員、惨殺されてしまう。君の力が必要なんだ」
ショーマは事情を話した。
ディータ皇帝が繰り出す精神干渉攻撃魔術。
これによって騎馬隊500人が幻覚に陥ってしまった。
目の前の敵が、自分の愛する家族や恋人に見えてしまう。
彼らは呆然として反撃することもできず、無抵抗で殺された。
アリスが言う。
「そうでしたか。お気の毒です」
ショーマは目を閉じ、頭を下げる。
アリスが言う。
「人間と違い、私たちエルフは精神干渉魔術を受けてもダメージがありません」
「えっ!?」
と驚くショーマ。
竜のファヴィアンが、
「なぜなんだい?」
と聞く。
アリスが言う。
「森からのご加護があるからです。私たちの心と精神は森と深く結ばれています」
ファヴィアンが頭をひねる。
「う~ん、よくわからない。でも精神攻撃魔法も、森のご加護も、ボクは仕組み自体わからないから当たり前か……」
とファヴィアンが苦笑いする。
つられて2人も笑う。
ショーマが言う。
「俺たちジョセフ軍もエルフが受けている加護の力を受けられないだろうか。虫のいい話だけど……」
アリスが言う。
「力になることはできるわ。あるところまで、だけど……」
「あるところまで?」
「ええ。エルフと人類は、心の成り立ちから違います」
それを聞いてショーマはうなずく。
アリスが続ける。
「森の加護の力で助けを与えることはできます。これで精神攻撃魔術の影響をかなり弱めることはできます」
「なるほど」
「しかし最後にそれを克服できるかどうかは、その人の心の中の力によります」
「誰でも、漏れなく全員を助けることはできない、ということですか」
「そのとおりです」
「それでも、俺たちを助けてほしい」
ショーマは言う。
そしてこう続ける。
「ディータ皇帝に立ち向かわないと、俺たちに道はない」
アリスはうなずく。
そして彼女は言う。
「私たちエルフは戦うという手段を取りませんでした。その結果、私の家族も、友人も、知人も、ほとんど殺されました」
ファヴィアンが聞く。
「なぜ戦わないんだ?」
アリスが言う。
「私たちに戦うという手段は選択肢にありませんでした。相手の命を奪ってまで、自分が幸せになりたいという考えが持てなかったのです」
ファビアンはやはり、わかったようなわからないような顔をしている。
ショーマが言う。
「ボナパルト帝国はそんなエルフ族を惨殺していったんだね」
「ええ」
アリスがうなずく。
そして言う。
「私たちエルフ族の仲間はほんのわずかになってしまいました」
「どこに生きているかは、わかっているの?」
ショーマが聞く。
「常に連絡を取っているわけではありません。でも、コンタクトを取りたいときは、いつでも取れるんです」
「なぜ?」
ファヴィアンが不思議そうな顔で聞く。
アリスが言う。
「私たちは森を通じてつながっているから、本気で通じ合おうと思えば、いつでも通じ合えるのです」
ショーマが聞く。
「いつでも会えるから、一緒に暮らしていなくても大丈夫、ってことなのかな?」
「少し違います。私たちの精神は森を通じていつも共にあるのです。だから肉体も常に一緒の場所に存在する必要はないのです」
「なんとなくわかったよ。ありがとう」
ショーマが言う。
「人間の精神はそんなふうに安定していない。アリスが言うように人によって個性はバラバラだ」
ショーマがさらに続ける。
「だからこそ大切な人とは一緒にいたいし、救い出したいと思うんだろうな」
アリスがうなずき、こう言う。
「救い出したい人がいるんですね?」
ショーマが言う。
「ああ、命を賭けても」
「わかりました。私も全力で支えますから」
アリスが笑顔を見せる。
ファビアンも優しい笑顔になっている。
大爆発による戦いの傷跡が残るジョセフ国城。
建物は半壊し、壁も真っ黒だ。
ボナパルト帝国軍との戦いの傷跡である。
数日前、帝国軍1万人の首都侵攻を受けた。
ジョセフ国軍は、城を撤退して、彼らをここに誘い込んだ。
帝国軍が城を占領した瞬間、時限爆弾と大砲撃で全滅させた。
その代償がこの変わり果てた姿である。
大広間の赤じゅうたんも焦げ跡だらけだ。
ベルント国王とショーマはここにテーブルと椅子を並べている。
2人はジョセフ軍の幹部をここに呼んでいた。
絶体絶命の危機は大逆転でなんとか脱した。
しかし戦局は依然、不利なままだ。
ボナパルト帝国にはまだ4千人の兵力が残っている。
彼らは占領下の北部の軍事基地で臨戦態勢だ。
そして最も脅威なのがディータ皇帝の精神攻撃魔術だ。
すでにジョセフ国兵の約1万人近くを殺戮している。
対抗する手立ては、いまだ見つかっていない。
ジョセフ国軍に残された兵力はそう多くない。
ダグラス少将の騎士団。
アーマーレングス砲隊。
空間移動魔術を使うマリエッタ。
極秘潜入を得意とするレティシア。
コレットの使役竜であるファビアン。
ジョセフ市民兵団。
そしてショーマを支えることを約束してくれたエルフのアリス。
総人員は千人を少し超える程度だろう。
やがてジョセフ国軍の幹部が大広間に集まった。
厳しい状況なのは誰もがわかっている。
しかし下を向いている者は誰もいない。
目にも光が感じられる。
彼らの姿を真っ直ぐに見つめるショーマ。
作戦会議が始まった。
マリエッタが力強く言う。
「道はあるわ。私たちで切り拓くのよ」
ベルント国王も言う。
「そうだ。いちど死んだ身。すべてをこの戦いに捧げよう」
ショーマはうなずく。
そしてみんなを見渡す。
一同も力強くうなずく。
ショーマの顔に微笑みが浮かぶ。
そして呼びかける。
「さぁ、最高の作戦を、みんなで作っていきましょう!」




