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決意

 ショーマは兵士たちに呼びかけた。

「もう裏切者はいなくなった。俺たちはひとつだ!」

 そして叫ぶ。

「もういちど、ジョセフ国城に戻って戦おう!」

 兵士たちは拳を上げ、怒号のような歓声で応える。


 かつては白く美しい姿だったジョセフ国城。

 しかし今回の戦いでは、ボナパルト帝国軍をここに誘い込み、時限爆弾と砲撃で全滅させた。

 壮絶な大爆発により白い壁はすべて黒く(すす)けている。


 しかし戦士たちは誰一人として下を向かない。

 汚れ、壊れてしまった城の修復を始める。

 それを見てショーマは笑顔を浮かべる。


 ルーアンの森に避難していたベルント国王とマリエッタ姫も戻ってきた。 

 ベルント国王が言う。

「ショーマ、ありがとう。ジョセフ国にまた誇りが戻ってきた」

 ショーマも笑顔で答える。

「ええ。約束どおり、これからは国王に復帰してくださいね」

「ああ、承知した」


 ショーマとベルント国王は事前に約束を交わしていた。

 国王の譲位は一時的なものであること。

 すべては裏切者をあぶり出すためだった。


 裏切者を追放したら王座に戻ってもらいたい。

 ショーマはベルント国王に頼み込んでいたのである。

 マリエッタはそんな2人を見て嬉しそうな笑顔を浮かべる。


 続いてアーマーレングス砲隊とダグラス少将の騎馬隊が戻ってきた。

 ショーマは彼らに礼を言う。

「あなたたちの活躍でジョセフ国は救われた。ありがとう」

 部隊はショーマに一斉にひざまずいた。

 ショーマへの忠誠の誓いだった。


 きっとダグラスが仕込んだのだろう。

 ショーマも敬礼で応える。


 ひととおり再会を喜び合った後。

 ショーマは帰途につこうと愛馬エルマーのもとに歩いていく。

 すると建物の影から、

「ショーマ……」

 遠慮がちな声が聞こえた。

 振り向くとレティシアがいた。

 目立たないようにショーマの袖をつかんでいる。


「帰ってきたの」

 とレティシア。

 上目づかいでショーマの表情をうかがうように見つめる。


「お帰り」

 ショーマが笑顔で言う。

 するとレティシアは、ようやく笑顔になる。

 ショーマが続ける。

「無理ばかりお願いしちゃったね」

「そんなことないです」

 ショーマが言う。

「なのにレティシアは全て完璧にやってくれたよ」

 彼女は、ほおを赤らめてうつむく。

「ショーマ様のためですから」


 ショーマがレティシアに頼んだこと。

 それはリベリーの裏切りの証拠をつかむことだった。

 

 レティシアはかつて帝国軍の暗殺者だった。

 その知識を生かし、巧みに帝国軍の基地に潜入した。

 天井裏で様子をうかがうレティシア。

 そこから彼女は目撃した。

 ジョセフ国の軍人がディータ皇帝と交渉を行っている。

 宮廷派のアーノルド少将だ。

 リベリーに目をかけられ、大佐から少将に昇進した人物である。

 この男が手足となって帝国との密約をまとめていたのだ。


 リベリーはアーノルドを使ってジョセフ国の作戦を帝国軍に流した。

 ことごとく敗戦したのはそのせいだった。

 それだけではない。

 リベリーはジョセフ国の実権を握り、ディータ皇帝との交渉を有利に運ぼうとしていた。 ショーマを国王に据えようとしていたのはそのためだった。

 思惑通りショーマを国王にしたリベリー。

 アーノルドを交渉役にディータ皇帝との密約をまとめた。


【帝国軍の首都侵攻の際、首都は明け渡す】

【その報酬に、リベリーと部下、ショーマを帝国軍の幹部として迎える】


 その報告をレティシアから聞いたとき、ショーマは心が傷んだ。

 リベリーは自分を孫として気にかけてくれていた。


 しかしジョセフ国を、そして仲間たちを裏切っていたことは覆せない。


 この事実をつかんだをショーマ。

 アーノルド少将を呼び出した。

 そしてジョセフ国軍から、そしてこの国からも去るように勧告した。

「そうしていただかにと、俺はあなたを処刑するしかない」

 アーノルド少将は静かにうなずき、ジョセフ国を去った。


 そして今回の裏切者発覚。

 煙幕とともにリベリー元帥もジョセフ国から姿を消した。

 彼らの身には過酷な運命が待っている。

 ショーマは2人を一方的に「悪」と決めつけることができない。

〈彼らも生き残ることに必死だったんだ〉

 そう思うと呪うことができない。

〈いま世界中の人々を悲劇に陥れているのはボナパルト帝国なんだ〉


 そして今、目の前にいるレティシアもその一人だ。

 彼女が言う。

「帝国に足を踏み入れてディータ皇帝の姿を見たとき、昔の記憶が蘇ってきたの」

 彼女の顔から笑顔が消える。

 ショーマは聞く。

「戦争の犠牲になった家族や友達のこと?」

「ええ、家族は私だけを逃がしてくれた……」

 レティシアが続ける。

「でもみんなはあの後、ひどい殺され方をしたの」

 ショーマは言葉さえでない。

 レティシアがつぶやく。

「今でも、みんなが生きていたら、と思うと、涙が止まらなくなる」

 目を赤くしてうつむくレティシア。

 ショーマはそっとレティシアの髪に触れる。

 そして優しく撫でる。

 レティシアはショーマの胸にもぐり込んで来る。

 ショーマは両腕で彼女の体を包む。

 レティシアは体を震わせて泣き続けた。


 翌日の朝、エルヴィン邸に伝令兵が駆け込んできた。

 ショーマが彼を出迎える。

 昨日、グッフェ中将の出撃を知らせてくれた兵士だ。

 しかし今日は衣服がボロボロだ。

 腕にケガも負っている。

 息が荒く苦しそうだ。

「どうしたんだ?」

 ショーマが聞くと、彼が悔しそうに言う。

「グッフェ中将の騎士団500人がほぼ全滅しました」

「ええっ!?」

 ショーマが目を見開く。

「私が戦場に着いたとき、兵士たちのほとんどが倒れていました」

 さらに伝令兵は続ける。

「彼らは口々にありえないようなことを言っていました」

「どんなことですか?」

「妻に殺された、だとか、母に殺された、とか、そこにいるはずがない相手に命を奪われた、と言っているんです」

 ショーマは絶句する。

 伝令兵が言う。

「倒れて意識を失いかけているグッフェ中将とも少し言葉を交わせました」

「何と言ってましたか?」

「いちばん大切にしていた息子が自分を襲ってきたと」

「えっ!?」

「グッフェ中将は悲しい目で涙をこぼして、息絶えました」

 ショーマは拳を握りしめる。

 そして頭を掻きむしる。


 精神干渉攻撃魔法の「ハルシネーション」だ。

 ショーマの恩人・ニコラ少将も同じく最悪の思いで犠牲になった。

 最愛の家族に殺害されるという悪夢を見せられて亡くなったのだ。


 数えきれないほどの人が悲惨な思いで殺害される。

〈そんな魔術があっていいのだろうか〉

 ショーマはやり切れない。


 伝令兵は痛みをこらえ顔をしかめている。

 ショーマは言う。

「あなたもケガをしているのでしょう?」

「ええ、戦場は敵兵だらけでした。戦況を伝えるため何とか逃げ帰ってきたのです」

「すぐにここで手当を受けてください。報告、本当にありがとうございます」


 ショーマは合掌する。

 亡くなったグッフェ中将の部隊に哀悼の思いを捧げる。

 そして目を開いたショーマは、

〈ジョセフ国は最大の危機を迎えている〉

 と、あらためて実感する。

 目の前の敵兵が最愛の人に見えてしまう、恐ろしい精神攻撃魔術。

 ディータ皇帝はなりふりかまわず繰り出してきていた。

 その力にいま、なす術がない。


 考え込むショーマの部屋の窓を突然、黒い影が覆った。

 驚いて目を向ける。

 そこには竜のファヴィアンが浮かんでいた。

 普段は飄々としている彼だが、珍しく深刻な顔だ。

 窓を開けると入るなり、

「コレットが危ない!」

 と叫ぶ。


 ショーマは事情を聞く。

 ラクロワ家からボナパルト帝国の宮廷に献上されたコレット。

 現在は帝国の首都にある城の塔の上に軟禁されている。

 ファヴィアンは空から時々、彼女の様子を観察していた。 

「コレットはしばらく、身の危険がないままの生活していたんだ」

 しかし最近、様子がおかしくなった。

「突然、妙な服を着せられたり、変なダンスをレッスンさせられ始めたんだよ」

「何のために?」

「それを探ってみると、とんでもないことがわかった」

「えっ!?」

「マリエッタに代わり、コレットがディータ皇帝の妾にされようとしているんだ!」

「なんだと!!」

「彼女の美しさに驚いた宮廷が、ディータ皇帝を喜ばすために、コレットの献上を決めたらしい」

「そんな……」

「だからコレットをディータ皇帝好みに調教しようとしているんだ」

「ダメだ!」

「そして帝国の宮廷はコレットを皇帝に献上する準備を始めている」

「絶対に阻止だ!!」

「そう言ってくれると思った。ボク1人じゃ無理だから、ショーマのところに来たんだ」

「教えてくれてありがとう」

 ファヴィアンが言う。

「宮廷がコレットをディータ皇帝に献上するのは5日後に決まった」 

 それを聞くとショーマは椅子から立ち上がり、

「コレットを好きにはさせない。絶対に奪い返す!」

 と怒りにあふれた声で言う。

 そして歩き出す。

「どこへ行くんだショーマ」

 ファビアンが尋ねる。

 ショーマが言う。

「ディータ皇帝は恐ろしい精神攻撃魔法を使う。今のまま戦ったら全滅だ。エルフのアリスに力を借りる」

「そうか、森に行くのか」

「ああ、一緒に来るか?」

「もちろんだよ」

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