闇夜
帝国に誘拐されたマリエッタ姫の救出作戦。
それは新月で月明かりがない日を選び決行された。
ショーマ、グッフェ、ダグラスの3人が、できるだけ馬の足音を忍ばせながら走る。
監禁先の建物は森の中に隠れるように建てられていた。
馬を降り、足を忍ばせて近寄る3人。
グッフェがローブを放り投げて二階にフックをかける。
それを伝ってベランダに登る。
カーテンの隙間から中をのぞくグッフェ。
「マリエッタ姫の姿が確認できました!」
ショーマが小声でたずねる。
「救出できそうですか?」
「いま、見張りがいません。リベリー中将のレポートのとおりです」
ダグラスも言う。
「強引に窓を破れば奪還できそうですね」
グッフェが言う。
「こんなチャンスは願ってもありません。強行しましょう!」
ショーマは腹を決めた。
「よし! 作戦始め!!」
グッフェがバールで窓を破壊する。
飛び散るガラスと窓枠。
マリエッタは家具の影に身を隠し、怯えた表情で様子をうかがっている。
手足を拘束されているわけでもなく、衣服もピンクのワンピースの部屋着を着ている。
ひどい扱いは受けていないようだ。
「マリエッタ姫、私たちはジョゼフ国軍です」
それを聞いたマリエッタはすぐさまメンバーの顔を探る。
そしてショーマを見つけて顔を輝かせる。
「来てくれたのね!」
「うん。助けに来たよ」
ショーマはマリエッタの身体を抱き上げる。
壊れたガラスで素足を傷つけさせないように、窓辺まで運ぶ。
マリエッタがショーマの感触を確かめるように首に手を回す。
そして、ささやく。
「来てくれるって信じてた」
ショーマはうなずく。
マリエッタが言う。
「もう、離さないで……」
すがりつくマリエッタ。
あの強気なお姫様か、すっかり弱気になっている。
ショーマは何も言えない。
ただ髪をなでてあげるだけだ。
「このまま逃げ切るぞ!」
ダグラスの声でショーマは我に返った。
ショーマはマリエッタの身体を支えながらロープを伝って階下へ降りる。
そしてエルマーにマリエッタと2人乗り。
ダグラスの先導でジョゼフ国城への道を爆走する。
追っ手はついてこない。
マリエッタの救出作戦は完全なる成功を収めた。
顔をくしゃくしゃにして拳を突き上げるグッフェ。
ダグラスも奇声を上げている。
しかしショーマは冴えない顔だ。
マリエッタをジョゼフ城に送り届けたるショーマ。
作戦の成否を今か今かと待っていたベルント国王が、城門の前で待っていた。
無事に戻ってきたマリエッタに駆け寄り、抱きしめるベルント国王。
その顔は涙でくしゃくしゃになっている。
国王としての顔を忘れたように、思い切り父親の顔をしている。
マリエッタはショーマに、
「今日は城に泊まってほしい」
とささやいて、ショーマの袖を握る。
しかしショーマは、
「ごめん。まだ、やらなきゃいけないことがある」
と言い、彼女の頭を撫でて、
「マリエッタが無事でよかった」
と別れを告げた。
エルマーに乗って去り行くショーマ。
その姿をすっと手を振りながら見送るマリエッタ。
ショーマは優しい笑顔を見せる。
しかしマリエッタの姿が見えなくなった途端に厳しい顔つきになった。
翌日、ベルント国王は軍の幹部や国家首脳をジョセフ国城に集めた。
ショーマとリベリー中将も参上する。
だが重なる敗戦により、軍の将校の数はかつての半分にも満たなくなっている。
がらんとした赤じゅうたんの大広間。
ベルント国王は王座に座り赤いマントをつけ王冠をかぶっている。
しかし布地は頼りなく王の体から垂れ下がり、王冠も今にもずり落ちそうだ。
リベリー中将が小声で隣のショーマに耳打ちする。
「すっかりやつれてしまった。ジョセフ王国も終わりだな」
ショーマは出会ったころの国王の姿を思い出す。
堂々としていた。
そして何より肉付きがよかった。
同じように、軍の幹部たちにも活気が感じられない。
もはや負けを待つばかりの戦争、なんとか命だだけは取り留めたいのだろう。
そんな後ろ向きな思いがにじみでてしまっている。
それでも国王は、意を決したように椅子からふらふらと立ち上がった。
そして一同に向かって手を上げて叫ぶ。
「ジョゼフ王国、万歳!」
強がりであることは、誰もがわかっていた。
しかし軍人たちには、その思いが届いたようだ。
期せずして大きな拍手が巻き起こった。
軍の幹部たちの目にも久々の光が戻っている。
軍の将校、全員の顔を見渡した国王。
「私はこの国を愛してきた。しかし諸君がわかっているとおりボナパルト帝国の力は圧倒的だ。娘のマリエッタもさらわれた」
静まり返る大広間。
ベルント国王が続ける。
「だが、大将軍のショーマが昨晩、マリエッタを取り返した。まさに奇跡だ」
国王は、ショーマを壇上に呼び寄せた。
そして宣言する。
「今日をもってショーマは新たな国王となる!」
すると一同からは大きな歓声と拍手が沸き上がった。
リベリー中将が、ショーマの隣に歩み寄り、こう告げる。
「お前がこの国の最後の希望の光なのだ」
ベルント国王の指名により軍の新体制も決まった。
リベリー中将は元帥として軍部の総指揮をとる。
グッフェは中将、ダグラスは少将に昇進して現場を仕切る。
ベルント国王は大公となって当面は重要事項にかかわることとなった。
そのまま新布陣での軍事会議が始まった。
しかしいきなり大きな局面を迎えることになる。
リベリー新元帥が切り出す。
「ボナパルト帝国にスパイを潜入させている」
そしてこう明かした。
「彼らは重要な情報をつかんだ。ボナパルト帝国が間もなく総攻撃をかけてくる」
ショーマが聞く。
「いつですか?」
「3日後だ。首都セントアンへの侵攻が始まる」
幹部たちがどよめき、ざわつく。
それを受けてリベリー元帥が言う。
「これを食い止めないと我が国はおしまいだ」
幹部たちを見渡すリベリー元帥。
「誰か考えのある者はいるか」
沈黙するジョセフ国軍の幹部たち。
誰も声をあげる様子はない。
ショーマが口を開く。
「クラウス将軍が開発してくれたアーマーレングス砲を使いましょう」
また場がざわつく。
リベリー元帥が聞く。
「アーマーレングス砲隊は全滅したのではないか?」
ショーマが明かす。
「実は最後の戦いに向けて、新たに20門を作ってもらうようお願いしていたんです」
ベルント大公が思わず声を上げる。
「そうだったのか。ありがとうショーマ」
リベリー元帥が言う。
「しかし、どう迎え撃つのだ、ショーマ?」
「敵をあざむきましょう」
「というと?」
「ジョセフ国城で籠城戦を行うように見せかけ、近くの森に戦力を隠すんです」
「なるほど」
「セリアンの森に主力騎馬隊とアーマーレングス砲隊を潜伏させます」
「うむ」
「ボナパルト帝国軍が城を包囲したところで、森から一斉砲撃をかけ、騎馬隊を突撃させましょう」
ベルント大公がずっと強張っていた顔を、緩ませながら言う。
「なるほど。それなら勝てる気がするぞ」
「やりましょう、ショーマさん!」
グッフェ中将が声を上げる。
それを受けてダグラス少将も、
「騎馬隊はグッフェ中将と私にお任せください!」
と自らの胸を叩く。
期せずして大広間には歓声が沸き上がる。
そしてジョセフ軍の幹部たちはみな大きく拳をつき上げていた。
それを見てベルント大公は満足げにうなずいた。




