真実
「おのれショーマ! 私の可愛い部下を2人も!!」
ナタリーの怒りは頂点に達している。
「私がかたきを取る!」
ナタリーはレティシアを縛るロープを金具につなぎ逃げられないようにする。
そして刀を手に取り、ショーマに向かっていく。
「精神攻撃魔術でボロボロにして殺してやる!」
射程距離まで近づくとナタリーは、
「ハルシネーション!」
と詠唱する。
ショーマは突然、視界がぼやけてきた。
目の前にはコレットが映る。
そこにいるのは、コレットだとしか思えない。
コレットが刀を抜く。
そしてショーマに斬りかかってくる。
「なぜ! なぜコレットが俺を襲うんだ!!」
すると背後から別の声が上がる。
「ショーマ、目を覚まして!」
これは間違いなくエルフ・アリスの声だ。
間髪入れず、
「デドックフィケーション!」
の詠唱。
ショーマの目の前でコレットが上から刀を振り下ろす。
狙いはショーマの脳天だ。
しかしそのときショーマの体にさわやかな風が駆け抜けた。
毒が抜けるようにショーマの目の前の景色が一転する。
「いや、コレットじゃない!」
目の前にいるのはナタリーだ。
ショーマは紙一重でナタリーの太刀を避けた。
ナタリーの刀は切れ味鋭く、ショーマの兜の一部が切断された。
床に落ちる金属音。
〈目の前にいるのはコレットじゃない! ナタリーなんだ!!〉
さらにショーマに切りかかるナタリー。
その太刀を、自分の刀で防ぐショーマ。
〈精神攻撃魔法を使われていた〉
ようやくショーマは我に返った。
〈ニコラ少将を精神魔法で殺したのも、きっとナタリーだ〉
あらためてショーマは決意する。
〈仇を取るのはこっちだ。ニコラ少将の無念を晴らしてやる!〉
ナタリーは目を血走らせて刀を振り回す。
狙いはショーマの首切りだ。
〈怒りのあまり、振りが強引で隙だらけだ。狙いはここしかない!〉
ショーマは名刀ブラン・パトリックを一閃する。
長いブロンドの髪とともに、宙に舞うナタリーの首。
ナタリーの首から血しぶきが上がる。
それを見たショーマは目を閉じ、刀をさやに収めた。
精神魔法を解いてくれたのは、やはりアリスだった。
「私は近くの森にいます。そこから想いを送りました」
ショーマも彼女に気持ちでメッセージを伝える。
「君が助けてくれなければ俺は死んでいた。ありがとう」
ショーマはふと、不思議に思う。
〈俺はなぜ、ナタリーがコレットに見えたのだろう?〉
魔法による精神操作。
目の前の人物の外見が、親愛を持つ人物に変換されると言っていた。
レティシアを救おうとしていたから、レティシアに変換されるならわかる。
でもなぜコレットだったのか?
〈俺はコレットに特別な感情を抱いているのか?〉
そんな馬鹿なことはないだろう、とショーマは思う。
コレットもショーマも結婚やらお付き合いやらに全く興味はない。
〈おそらく偶然、友達の一人が出てきたのだろう〉
とショーマは自分に言い聞かせる。
〈それより、縛られているレティシアを助けないと〉
ショーマは力なく壁に寄りかかっているレティシアのもとへ向かう。
さるぐつわを外し、ロープを切り、手を縛るひもも切断した。
レティシアはショーマの胸に飛び込む。
彼女の目は真っ赤だ。泣いてばかりいたのだろう。
ショーマは左手を彼女の肩に添える。
レティシアが言う。
「もう離さないでください」
ショーマは右手で彼女の頭を撫でる。
そのまま動かないレティシア。
安心のあまり眠ってしまったようだ。
ショーマは彼女を抱き上げて歩き、一緒にエルマーに乗る。
そして久々のエルヴィン邸へと向かった。
最初に出迎えてくれたのは、やはりアリーシャだった。
「ショーマ、無事でなによりです」
と駆け寄るが、傍のレティシアに気付くや、
「ああ、なんてひどい顔をしてるのレティシア、こんなにやつれて……」
ショーマが言う。
「体も心も疲れているようだから、ゆっくり休ませてやってください」
「わかりました」
アリーシャはうなずいた。
だが、まだ意味ありげにショーマの顔を見ている。
彼女が言う。
「ところで、さっそくですがショーマ様」
「えっ!?」
「リベリー様がお呼びです」
部屋に入ると、リベリー中将はさっそく用件から伝えてきた。
「ベルント国王に呼ばれているのだ。ショーマが戻り次第、参上せよと」
リベリーが続ける。
「用件は間違いなく、マリエッタ姫奪還の依頼だ」
ショーマがうなずく。
リベリーは立て続けに話す。
「国王は身体も精神も衰弱している。これを受けて成功させれば、ショーマに国王を譲るだろう。ここまでを完璧にこなせ」
「わかりました」
「ボナパルト帝国軍にはスパイを潜り込ませている。マリエッタ姫の奪還も、私の指示どおりにやれば、難しいことではない」
「はい。承知しました」
そこまで言うとリベリー中将は満足したように黙る。
ショーマは一礼して、リベリー中将の部屋を出る。
翌日、ベルント国王に謁見。
国王の自室に通された。
瀟洒な部屋。豪華な家具。
しかしそれがむなしく見えるほど、国王は憔悴しきっていた。
リベリー中将が言った通り、国王はすっかり弱気になって、こう話す。
「ジョセフ王国はもう終わりだ。兵力はほとんど残っていない」
ショーマとリベリー中将は黙ったまま話を聞いている。
「もう国のことは諦めている。私の心残りは娘のマリエッタのことだけだ」
国王が続ける。
「ショーマ、マリエッタを救い出してもらえないか?」
「承知しました」
「娘さえ無事なら、私は思い残すことはない」
国王は感極まったように、声を詰まらせる。
目には涙があふれそうになっている。
それでも、なんとか声を絞り出す。
「わがままかもしれんが、私は最後の国王になりたくない」
ベルント国王が続ける。
「ボナパルト帝国に占領され、敗戦国として国を明け渡す屈辱にまみれたくはないのだ」
ベルント国王のほおを涙が伝う。
「最後の国王になってくれ。ショーマを王家に養子縁組するつもりだ。この際、マリエッタとの結婚はどうでもいい」
リベリーがショーマに目配せをする。
ショーマはそれを見て、国王に言う。
「ありがたく、お受けいたします」
エルヴィン邸に戻ったショーマはメイド部屋のアリーシャを訪ねる。
「レティシアの様子、どうかな?」
アリーシャが言う。
「ぐっすり眠ったら、ずいぶん元気になりましたよ。食事もしっかり食べていましたし」
「それはよかった」
というショーマに、アリーシャは眉をひそめながら言う。
「アリーシャは嬉しそうに言ってましたよ。『ショーマ様に、優しく抱きしめてもらいました』ってね」
「ええっ!?」
「いったい、何があったんでしょうかね?」
ショーマは顔が熱くなるのを感じながら、必死に否定する。
「いや、何もしてないよ」
「使用人に手を出したりしたら、承知しませんからね!」
とアリーシャはショーマの背中を思い切りつねる。
「痛たっ! ……わかってますよ!!」
ショーマはあらためてアリーシャに言う。
「レティシアに頼みがあるんだ。元気になったら、俺を訪ねるよう伝えてもらえるかな?」
「承知しました。でもベッドに入れちゃ駄目ですよ」
「当たり前でしょ!」
リベリー中将の手引きでマリエッタ救出作戦の準備が始まった。
作戦会議にはリベリーが目をかけていた宮廷派のアーノルド少将も参加する。
リベリー中将が明かす。
「マリエッタは現在、ボナパルト帝国の監視下に幽閉されている」
場所はロレーヌ平原。
ボナパルト帝国の軍事基地の近くの別荘だという。
監視役として兵士が2人、交代で見張りをしている。
だが当番が交代する時間、わずかな隙ができるのだという。
リベリー中将が指示する。
「この時間帯に2階のベランダから窓を破って侵入し、マリエッタを連れ出すのだ」
ショーマには2人、補佐役が与えられていた。
特殊工作が得意なグッフェ中尉。
馬術が得意なダグラス少尉だ。
二人はショーマに
「大将軍、よろしくお願いします」
と敬礼する。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
とかしこまってしまうショーマ。
だが頼りになりそうな2人だ。




