放浪
ジョセフ国軍を追放されたショーマ。
ボロボロになって荒野をさまよっていた。
竜のファヴィアンが彼の姿を発見する。
そして大切な人の危機を伝える。
〈コレットが敵国に引き渡された〉
〈マリエッタも誘拐されている〉
ファヴィアンは、さらに付け加える。
「帝国軍のディータ皇帝が現れ、恐ろしい精神攻撃魔術を仕掛けてきた」
「精神攻撃?」
ショーマは顔を上げて聞く。
「ああ。その攻撃でロシュトー部隊が全滅。クラウス将軍が敗走した」
「どんな攻撃なんだ?」
「わずかに生き残った兵士が証言するには、目の前にいる人物がだれであろうと、最も親愛を抱く人に見えてしまうそうだ」
「たとえ戦闘中の敵でも?」
「そう。だから妻、恋人、親、子供に見えてしまい、そのまま殺されてしまう」
「そんな魔法、許されていいのか?」
思わずつぶやくショーマ。
そのとき、思い出した。
ピクニックの準備中に暗殺されたニコラ少将。
その死に際のメッセージだ。
〈なぜ、君が……〉
明らかに妻に襲撃された悪夢を見ていた。
この殺害も、間違いなく精神攻撃魔術を使ったものだ。
犯行を行ったのは、ディータ皇帝、あるいはその親族であるナタリー姫……。
沈黙して考え込むショーマに、ファヴィアンが声を掛ける。
「おい、ショーマ、大丈夫か?」
「あ、ああ、大丈夫だ」
と我に返るショーマ。
ファヴィアンが聞く。
「まだ、帰らずに旅を続けるのか?」
ショーマが答える。
「ああ。今のままでは、まだ無惨に負けてしまうからね」
竜のファヴィアンうなずく。
「わかった」
そしてこう付け加える。
「元気出せよ。しっかりな」
ショーマも黙ったまま、うなずいた。
ショーマはさらに放浪を続ける。
荒野を抜け、近くの森へと入っていく。
ショーマの旅は限界を迎えていた。
用意していた食料は底を尽く。
喉の乾きと空腹は死への極限に近づいている。
森の中で泉を探すショーマ。
すると目の前に柔らかい光が見えてきた。
本能的に近づいていくショーマ。
光の源から、彼の名前を呼ぶ声が聞こえる。
「ショーマ、あなたを待っていました」
そこにはエルフのアリスがいた。
ノースリーブの白のドレス。
女神のいでたちだった。
豊かな胸元がまぶしい。
ミニスカートからみずみずしい美脚がのぞく。
「ショーマ、あなたは疲れ切っています。水と養分が必要です」
光の下には、きれいな泉が湧いている。
そのかたわらには、色豊かな果実と、樹の実があった。
ショーマは泉の水を手で救い、思い切り飲み干す。
そして果実をむさぼり、樹の実にかじりつく。
アリスはその様子を微笑みながら見ている。
飢餓状態を脱したショーマ。
アリスに聞く。
「なぜこんな風に都合よく、水と食べ物が出てきたのだろう?」
アリスが言う。
「都合よく、というわけではありません」
微笑みながら言い、こう続ける。
「エルフと森は助け合いながら生きているのです。森は必要なときエルフを助けてくれるし、エルフも森のために力を尽くします」
「エルフと森は、そうやって共存しているんだね」
ショーマが言うと、アリスは、
「あなたもできますよ」
と応える。
自分に、彼女のようなことができるだろうか?
ショーマが考えていると、アリスがこう言った。
「ごめんなさい。悩ませてしまいましたね」
「いや、大丈夫」
と苦笑いするショーマ。
アリスはショーマに向き合う。
「今日はショーマにお話があって来たのです」
ショーマはうなずく。
アリスがショーマに質問する。
「あなたはこれまで、なぜ戦ってきたのですか?」
「最初は、異世界の騎士に転生したから仕方なく、だね」
アリスは柔らかい表情でうなずく。
ショーマはこれまでを思い出しながら言う。
「そして国王から大将軍に任命された」
ショーマはそのまま続けていく。
「やりたくなかったけど断ることができずに、そのまま戦った」
そしてショーマはうつむきながら、
「その結果、惨敗して、多くの犠牲を出してしまった」
と言う。
さらにこう懺悔する。
「大切な人の心を傷つけ、しかも敵国に奪われてしまった」
うなずくアリス。
ショーマに言う。
「だから荒野で一人、修練を続けていたのですね?」
ショーマは、はっと驚く。
「知っていたの?」
「ええ。あなたはやり直すため、自分の魔術を極めていたのですよね!?」
「うん。今の俺ではボナパルト帝国の土と水の魔術師たちに勝てない。レベルをさらに上げげていたんだ」
うなずくアリス。
ショーマが続ける。
「でも、それでは足りなかった。ディータ皇帝が精神魔法の攻撃を仕掛けて来たんだ」
ショーマはアリスに説明する。
相手の精神に干渉してその五感を操る魔術。
敵兵の姿が、自分が愛情を抱く人物に見えてしまい攻撃できない。
そのためロシュトー将軍の部隊は全滅してしまった。
「今の俺達には対抗手段が見つからない」
うなだれるショーマ。
アリスが言う。
「精神魔術はボナパルト帝国の王家・ロラン家が使う技です」
「ロラン家って?」
ショーマが聞く。
アリスが答える。
「ディータ皇帝とナタリー姫の親子です」
ショーマが納得する。
「ディータ皇帝だけだはない。娘のナタリーもやはり使い手だったか」
アリスが言う。
「ええ。この2人の魔術により多くの国が滅亡しています」
「そうだったのか」
ショーマがうなだれる。
「それだけではありません」
アリスが続ける。
「ディータ皇帝は精神魔術を自国の帝国兵にも洗脳として使っています」
言葉を失うショーマ。
アリスが続ける。
「ボナパルト帝国の兵士のほとんどは、侵略を受けた他国民です」
彼らはディータ皇帝に洗脳されて恐怖の感情も失う。
だから死を怖がらず敵国兵にも突っ込んでいくのだという。
ショーマは絶望的な表情で言う。
「ひどい……」
アリスが言う。
「しかも相手に捕まって捕虜になることは許されず、自決するよう暗示にかけられています」
ショーマはつぶやく。
「人を人とも思わない。恐ろしい国家だ」
ショーマは怒りを感じる。
これを野放しにしていたら、不幸な人々が増えるばかりだろう。
そして大切な人を取り戻すこともできないだろう。
「この精神魔法、許してはおけない!」
ショーマが力を込めて言う。
アリスは、ショーマに聞く。
「これから、どうしたいですか?」
ショーマはアリスをまっすぐ見て言う。
「俺は戦わなくてはいけない」
「なぜですか?」
「大切な人たちを守り、救うために」
アリスがショーマに聞く。
「あなたは世界を救いたいのですか?」
ショーマは首を振る。
そしてアリスにこう告げる。
「いや、俺には世界なんて救えない」
さらに、こう続けた。
「助けたいのは大切な人たちだけだ」
ショーマはアリスの叱責を覚悟した。
しかしアリスは微笑んでいる。
「それで十分です」
さらにこう付け加えた。
「エルフもその戦いの力になります」
ショーマは出撃を決意した。
戦いの朝。
愛馬エルマーが厩舎から雄叫びをあげている。
ショーマはこの日のために特注した兜と鎧を身につける。
鎧は一面、虹色にかがやいている。
兜も虹色だ。
顔の部分には黄金に輝く仮面がついており顔をすっぽり覆っている。
そしてショーマはエルヴィン家に代々受け継がれてきた名刀を手に取る。
切れないものはない、と称されてきた「ブラン・パトリック」だ。
部屋から出て階段を降り、エルマーをゲートから出す。
エルマーは前脚を上げ、またしても高らかな雄叫びを上げる。
ショーマはエルマーに飛び乗る。
エルマーは、このときが待ちきれなかったとばかりに全速力で駆け出す。
目指すはボナパルト帝国の軍事基地だ。
ロレーヌ平原にはかすかな風が吹いていた。
エルマーのたてがみが揺れている。
少し遠くにかすんで見えるのは、黒く不気味なボナパルト帝国の建物だ。
塀の向こうに城砦がそびえ立っている。
いつでも戦いに準備万端の態勢だ。
そこにむかってショーマは、堂々と歩みを進めていく。
それを見ている帝国軍基地の見張り兵2人。
「なんだ、あいつは?」
「仮面で顔がわからないな。たった一人で何をしようというんだ?」
「守備兵を4~5人出して、さっさと片づけようぜ」
ボナパルト帝国軍事基地の門から、全身黒づくめの兵士が5人、馬に乗って飛び出してきた。
先頭の騎士は刀を抜き、全速力でショーマに向かって来る。
ショーマは名刀ブラン・パトリックを抜く。
兵士はあっという間に距離を詰め、斬りかかってきた。
ショーマは刀を一閃する。
ブラン・パトリックが鋭い光を放つ。
敵の兵士の刀が、真っ二つに折れる。
先を失って短くなった刀に目を見開き、青ざめる兵士。
ショーマは間髪入れず、相手の心臓に斬りつける。
声にならない悲鳴を上げ、血しぶきを上げながら落馬する。
後ろから追ってきた敵兵4人。
騎馬戦では勝ち目がないことを悟ったのか、馬から降りて距離を詰めてくる。
内側の二人は刀を抜き、外側の二人は槍を構えている。
刀を持つ二人が、ショーマの前と後ろに回り込んだ。
挟み撃ちだ。
背後の兵士がいち早く斬りかかってきた。
ショーマは回転しながら後ろからの刀を払う。
時間差でもう一人の兵士が斬りかかる。
ショーマは流れるように身をかわす。
空を斬る刀。
態勢が崩れた敵兵士。
その心臓に斬りつけるショーマ。
血を飛び散らせながら倒れる敵兵。
ショーマは勢いのまま体を半回転する。
後ろの敵兵の首へ刀を鋭く振る。
その首が宙へ飛ぶ。
鮮血が噴出する。
返り血がショーマの仮面にかかる。
その一連を見ていたボナパルト帝国の見張り兵2人。
「あいつ、只物ではないぞ。迎撃部隊を要請するしかない」
「わかった。作戦本部のシュルツ大佐に緊急連絡する!」
見張り兵の一人が走り出し、軍の指令室に走り出す。
指令室にいたのはボナパルト帝国のベテラン司令官・シュルツ大佐だった。
髪に白髪が混じり始めた、歴連の勇士である。
不審な敵の出現の知らせを受けるやシュルツ大佐は、
「第一迎撃隊、出撃準備! スクランブル発進するぞ!!」
と号令をかける。




