リベンジャー
マリエッタは顔を伏せて泣いている。
300人もの犠牲者を目の当たりにしたのだ。
無理もない。
「ありがとうマリエッタ。おかげで助かった…」
なんとか声を絞り出すショーマ。
しかし返事はない。
誰も言葉を発することができなかった。
この敗北がジョセフ国に何をもたらすのか。
それは残された200人の兵士たちがいちばん身に染みてわかっていた。
もうこの国は終わるかもしれない。
ジョセフ国民はみな存亡の危機におののいていた。
ベルント国王は翌朝、ジョセフ国城へ緊急の国家会議を招集した。
独特の緊張感に包まれた赤じゅうたんの大広間。
生存する軍の幹部は、ほとんど顔をそろえている。
いつもは着席して始まる軍事会議だが、全員、起立した状態で始まった。
ベルント国王も国王席に座らず、起立している。
しんとした会場。
国王が沈黙を破る。
「ショーマ、前に出ろ!」
ショーマはうつむいたまま、幹部たちの前に立った。
「おまえは一対、何をやっているんだ! 我が国の大事な騎馬隊をふたつも全滅させて!」
「申し訳ありません」
ショーマは深く頭を下げる。
「おまえのせいで、戦局は前より悪くなったじゃないか!」
ショーマは、うなだれ続ける。
「大将軍をまかせるんじゃなかった!」
ベルント国王は顔を真っ赤にして怒鳴りまくる。
怒りがおさまらない。
「マリエッタとの婚約の話も取り消しだ。娘はもうやらん!」
ショーマは頭を下げたまま動かない。
罵倒し疲れたのか、ベルント国王の顔色が戻り始める。
「もう下がっていい」
そして国王は冷たい目で、こう付け加えた。
「次の作戦はショーマは参加しなくてよろしい」
ショーマはもう一度深く頭を下げて、後方の席へと下がった。
ベルント国王が幹部たちに告げる。
「では、あたためて、ジョセフ国軍の緊急会議を始めよう」
幹部の顔を見渡して、国王が呼びかける。
「この国家存亡の機に、立ち上がる者はおらんか?」
「私がいます!」
声を張り上げて、前に出る男がいた。
重傷を負って以来、姿を消していたクラウス将軍だ。
国王が顔をほころばせる。
「おお、クラウス君、体はもういいのかね?」
クラウス将軍は余裕たっぷりの笑顔を浮かべて言う。
「万全です。どんな戦局にも耐えられます」
ベルント国王が顔を曇らせて言う。
「しかし、我が国の兵力は大きく減ってしまったのだ」
するとクラウス将軍が、
「心配しないでください」
と言って、ベルント国王に歩み寄る。
「私とロシュトー少将で千人の軍勢を集めました」
「おお、そうか!」
ベルント国王が立ち上がって、クラウス将軍の両手を握る。
そして言う。
「君はやはり、ジョセフ国の救世主だよ」
期せずして、幹部たちから湧き上がる拍手。
ショーマはすっかり蚊帳の外だ。
息を吹き返したジョセフ国軍。
ボナパルト帝国軍をいかに倒すか。
クラウス将軍を中心に、ジョセフ国軍幹部の熱の入った会議が始まった。
そしてマリエッタ姫は厳しい監視下に置かれることになった。
ショーマと共に軍に帯同したためだ。
ベルント国王は彼女を厳しく叱責した。
そして二度と危険な目に遭うような戦場に向かうことはないよう命じた。
さらにもうひとつ、
「ショーマとは二度と会うんじゃない!」
そのことは姫の従者にも厳しく言い渡された。
連絡さえ取ることがかなわない。
それはコレットも同じだった。
国の一番の商家であるラクロワ家。
コレットの政略結婚は最も大切な生命線だ。
そのコレットを連れまわしたショーマを、ラクロワ家も激しく敵視した。
ショーマはもちろん、エルヴィン家の関係者との接触は禁止。
さらにコレットを厳しい監視下に置き、外出もさせないようにした。
クラウス将軍には、千人の軍勢の他にも秘策があった。
それは新開発されたアーマーレングス砲である。
国内最大のレーブル河の河川敷。
ベルント国王臨席のもと、試射が行われた。
クラウス将軍が誇らしげに語る。
「この大砲はボナパルト帝国の魔法師の攻撃範囲を、はるかに超える射程距離です」
「なるほど」
ベルント国王も上機嫌でうなずく。
「ではその威力をお見せしましょう」
と言うや、クラウス将軍は砲手に向かって、
「撃ち方始め!」
と野太い声で指示を送る。
狙いを定めて発射レバーを引く砲手。
すると耳をつんざくような轟音と共に黒い砲弾が天に舞い上がった。
その弾道は、対岸のはるか彼方の左側に設けられた標的に向けで一直線。
砲弾は的の三重丸が描かれたボードに正確に命中し、大爆発を引き起こした。
ボードはもちろん木っ端微塵で跡形も残っていない。
ベルント国王は、あんぐりと口を開いたままだ。
「どうです」
クラウス将軍が胸を張る。
ようやく、国王が言葉を発する。
「見事な威力。まるで魔術だ」
「いいえ」
クラウス将軍が首を振る。
「魔術以上ですよ。なんせ魔術を打ち破るために開発した兵器ですからね」
「そうか。これならボナパルト帝国軍も粉砕できる」
ベルント国王が嬉しそうに言う。
その間にもボナパルト帝国の侵略は進んでいた。
北部を制圧したボナパルト帝国は、拠点を内陸部のセライヌ平原に移動した。
ここはジョセフ国で最も大きな湖であるルベーヌ湖に面している。
ソイルコマンダーの土魔法、フラッディの水魔法。
いずれも威力を発揮できる地の利を持っている。
「敵地のセライヌ平原で、ボナパルト帝国を叩く!」
クラウス将軍が宣言した。
新たなジョセフ国軍の編成が進んでいく。
指揮官はクラウス将軍。
参謀はリベリー中将。
攻撃の中核として最前線に立つのはロシュトー少将。
軍から追放状態になったショーマ。
エルヴィン邸からも姿を消してしまった。
メイドのアンジェリーナが、主人不在の部屋を掃除しながらぼやく。
「ショーマ様、いったいどこへいってしまったのかしら」
決戦の時はやってきた。
ジョセフ国軍が結集し、ボナパルト帝国軍の軍事基地へ向かう。
ルベール湖の近くまでくると、クラウス将軍は全軍に指示を送る。
「木立や茂みに身を隠しながら、戦闘準備を進めよ」
部隊の先頭に立つのはアーマーレングス砲の砲兵隊だ。
砲台を茂みに隠しながら、湖畔にセットしていく。
両軍の距離はかなり離れており、敵の攻撃魔術は届かない。
しかしアーマーレングス砲にとっては射程距離内だ。
この奇襲が、クラウス将軍の秘策だった。
クラウス将軍は湖畔に仁王立ちする。
その視線は、彼方にかすむ敵の基地をとらえている。
「まずはアーマーレングス砲の出番だ」
その顔には不敵な笑みすら浮かぶ。
「壊滅的に潰してやる」
そしてクラウス将軍は、傍らのロシュトー少将を見やる。
「その後は君の騎馬隊で、敵の基地を一気に制圧してくれ」
ロシュトー少将は右手を額に敬礼する。
「時は来た!」
クラウス将軍が高らかに宣告した。
「打ち方始め!」
茂みに並べられたアーマーレングス砲は20台。
そのうち2台の発射レバーが引かれた。
ふたつの砲弾は空への放物線を描き飛んでいく。
赤と黄色の閃光が走り、大きな爆発音が連続して響き渡った。
白と灰色の煙が交じり一面を覆う。
「よし! やったか!?」
双眼鏡を手に、目を凝らすクラウス将軍。
煙とへ煙の間から、少しずつ見え始めるボナパルト帝国軍の基地。
その建物は全くの無傷だ。
「なぜだ!」
怒鳴り声を上げるクラウス将軍。
木に登り、望遠鏡をのぞいていた見張りの兵士から大きな声が届いた。
「湖の上に突然、大きな波と土の壁が現れたんです」
「なんだと!?」
「アーマーレングス砲は壁に阻まれ、湖の上で爆発してしまいました!」
「そんな馬鹿な!?」
と顔をひきつらせるベルント国王。
見張りの兵が続ける。
「対岸には2人の男が立っています。土の魔術師・ソイルコマンダーと、水の魔術師・フラッディです」
「なぜだ! なぜ奴らが待ち構えているんだ!?」
クラウス将軍が怒りに任せて怒鳴り散らす。
隣のロシュトー少将が言う。
「我々の作戦が敵に筒抜けになっていたとしか思えません」
「スパイがいたのか?」
「正体はわかりません。しかし内通者がいるのは間違いありません」
悔しさのあまり髪をかきむしるクラウス将軍。
しかしすぐに、怒りの矛先を敵軍に向け直す。
「アーマーレングス砲で、魔法師ごと吹き飛ばすぞ!」
クラウス将軍は砲兵に向かって怒鳴った。
「連射だ! 魔術師が防げない量の砲弾を連射するんだ!!」
砲兵たちが慌ただしく動き出す。
発射レバーが引かれ、合計4発の砲弾が放たれた。




