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失言

 エルヴィン邸に戻ると、竜のファヴィアンが窓辺に待っていた。

 中に入れると、こう話し始める。

「マリエッタ姫と婚約したのか?」

 ショーマは思わずのけぞる。

 頭を抱えながらファヴィアンに聞く。

「その話、竜の世界にも広まっているのか?」

「竜の世界をあなどるな。情報は人間より早いかもしれんぞ。情報戦は重要だからな」

「それは失礼した」

「問題はコレットだ。マリエッタの話が出てから、すっかり元気がない」

「なぜ?」

「お前は馬鹿か?」

「それ、よく言われるよ。でも知恵が回らないんだから仕方ないよ」

「まあいい、本人に自分で聞いてみろ。今夜、セリアンの森に呼んでいるから」


 日が沈んだ後、セリアンの森に行ってみる。

 コレットは木の切り株に腰かけ、うつむいていた。

 顔も無表情で、確かに活気がない。

 ファヴィアンが木の枝に

「コレット、この間は一緒に戦ってくれてありがとう」

 ショーマの言葉に無言でうなずくコレット。

 コレットが、こちらを見ずに言う。

「マリエッタと婚約したの?」

 ショーマは一度、目を閉じ、あらためてコレットを見て、ゆっくりと話し始める。

「俺もマリエッタも、結婚なんて考えられる時期じゃない。お互いにこの話はノータッチにしよう、ってことになったよ」

「……と、いうことは、いずれは婚約を考えている、ってこと?」

 コレットの視線がショーマに突き刺さる。

 ショーマは両方の手のひらを開いて振りながら答える。

「いや、そうじゃないよ」

「でも、マリエッタのことが好きなんでしょ?」

 ショーマの動きが止まる。

 腕組みをして、天を見上げる。

 そして首をひねりながら言う。

「むむっ……それ、考えたことないなぁ。仲は良いと思うけど」

 ここで初めて、コレットはクスリと笑った。

「ショーマはまだ、お子様なのね」

「ごめん……」

「謝ることじゃないわ。私のほうこそ、何でこんなことが気になっちゃうんだろう」

「こんなことって?」

「マリエッタとショーマのこと。婚約が本当なら祝福してあげなきゃいけないのに、なぜか素直に喜べないの」

 そんな言葉をかけられ、ショーマはほっとした。

 案外コレットは、いろんなことを優しく受け入れてくれるのかもしれない。

 気持ちも軽くなり、口からはこんな言葉が飛び出してた。

「コレットは誤解しているみたいだけど、この婚約はとばっちりなんだよ。ベルント国王から突然、持ちかけてきた話で……」

 それを聞いたコレットの表情が一変した。

 ショーマをにらみつけて、こう言い放つ。

「あなたって、いったい何なの?」

「えっ!?」

「ショーマなんて大嫌い!」

 言葉を失って、青ざめるショーマ。


 おそらくコレットを傷つける失言をしたに違いない。

 しかしどこが間違っていたのか、何がコレットを怒らせたのか。

 ショーマにはわからない。


 ショーマの言葉のどこが問題だったのか。

 それはコレットにさえ、わかっていないのかもしれない。


 確実なのは、ショーマの発言はもう取り消せないこと。

 どんな言い訳をしたところで、コレットの怒りを増幅させるだけ。

 ショーマはもう体も頭も固まって、うつむくだけだ。


「もういいわ。今日はもう帰って」

 と言うコレット。


 ショーマの顔から血の気が引く。

 コレットとはもう視線すら合わない。

 全身が鉛のように重くなったのを感じる。


 ショーマは背中を丸めて、うなだれつつセリアンの森をあとにした。



 翌朝、軍の伝令からの知らせが届いた。

「北部、海沿いの都市・ザレンビーに敵襲です!」

「えっ!」

 ショーマは思わず目を見開いた。

 伝令が続ける。 

「ボナパルト帝国軍が上陸を開始しています」

「敵の数は?」

「百人ほどです」

「被害状況は?」

「海岸警備隊が迎撃態勢をとっていますが、まだ交戦には入ってません」

 ショーマは腕組みをする。

「民間への被害が出る前に、すぐに軍の幹部で対策を練ろう」

「それなんですが……」

 伝令が口ごもりながら続ける。

「サンタナ少将がもう、騎馬隊を率いて出撃してます」

「何だって!?」

「少将はこう言ってました。『ショーマ大将軍に出陣いただくまでもない、自分が片づける』と」

「そうですか…」

 ショーマはため息をつく。

 どうも、嫌な予感がしてならない。

 しかし風雲は急を告げる。

「ともあれ、俺もオーレル中佐と共に後を追う」

 オーレルは非業の戦死を遂げたフォンテーヌ大佐の弟子だ。

 大佐の優れた騎馬戦術を受け継ぐ頼りになる将校だ。

 ショーマは紙にこう記す。

_______________________________

 ザレンビーに敵襲。 

 サンタナ少将が迎撃に向かった。

 私ショーマはオーレル中佐の騎馬隊300人と共に援軍に向かう。

 後方支援は補給を担当するアーノルド少将に任せる。

_______________________________

「これを軍の幹部たちに伝えてください」

 伝令はうなずき、走り出した。 


 すぐに戦いの準備に入るショーマ。

 それを心配気に見つめるレティシア。

 視線に気づいたショーマが、彼女に笑顔で話しかける。

「戦いが始まるのが不安なの?」

 両手の指を顔の下で重ね合わせて、もじもじしているレティシア。

 いつも凛とした彼女らしくない。

 意を決したように、彼女が言う。

「私、ショーマ様をお守りしたいです」

 顔が真っ赤になっている。

 ショーマは柔らかい笑顔を彼女に向けた。

「ついてきてくれるの?」

 レティシアの笑顔が弾けて、ショーマにすがりつく。

「もちろんです。おそばにいます」

 ショーマはレティシアの長い髪をなでる。

 目を閉じて幸せそうな笑顔を浮かべている。

〈この姿、絶対に最強の暗殺者とは思えない〉

 だが戦地では最も頼りになる切り札だ。


 ザレンビーに向かったショーマとオーレル中佐。 

 戦地に着いた彼らの目に飛び込んだのは、両軍の激突寸前の瞬間だった。


 ジョセフ国の騎士が、海岸に向かって横一列に美しく整列している。

 その中央に威風堂々と構えているのが騎馬隊のリーダー・サンタナ少将だ。

 勢いに乗る彼の目はギラギラと燃えて、不敵な笑みを浮かべている。

 戦いに飢えた獣のようだ。


 その目に映る標的はボナパルト帝国軍の上陸部隊。

 海岸沿いに並び戦闘態勢をとっている。

 それを見てサンタナ少将は鼻で笑う。

「伝令からの報告通り、100人そこそこだな」

 ボナパルト帝国軍を睨みつけ、サンタナ少将は宣言する。

「皆殺しにしてやる!」

 右手の人差し指を突き上げ、

「全員、突撃せよ!!」

 と馬の腹を蹴り、騎馬隊に発進の合図を与えた。

 馬の甲高い叫び声、砂を蹴る蹄の音が一斉に響く。

 その迫力に砂浜が揺れる。


 だが帝国軍の部隊から人影が、騎馬隊の前に飛び出してきた。

 青い髪、青い瞳の男だ。

 白い肌は透き通り、すっきりした高い鼻が美しい。


 異様な外見に思わずジョセフ国軍騎馬隊の足が止まる。

「おまえは、誰だ?」

 サンタナ少将が叫ぶ。


 青い髪に白い肌の男が言う。

「私は、海とアクアを司る者・フラッディ」

 そう名乗ると男は大騎馬隊に向かって両手を前に突き出した。

 手のひらに青白い光が灯る。


 ショーマはハッと息をのんだ。

〈その名前、アリスの家族を皆殺しにした男じゃないか?〉

 ショーマは重大な危機を察知した。

 しかし彼が動く前に馬に乗って飛び出した者がいた。

 騎馬隊に同行していたレティシアだ。

「あの男は……だめ! 危険よ!!」

 すでに猛然と走り出している。

「待て! 行くなレティシア!!」

 と怒鳴るショーマ。

「ショーマ様はそこで指揮をとって!」

 と背中で叫ぶレティシア。

 すでにボナパルト帝国軍陣営の方向へ回り込んでいる。

 その姿はもう、はるか遠のいていた。


 一方、騎馬隊に立ちはだかったフラッディ。

 力強く詠唱した。

「メガ・アトランス!」

 その声とともに湧き上がった津波。

 恐ろしい勢いで天に上っていく。

 町一つを簡単に飲み込むほどの水量だ。

 この世の終わりのような轟音がとどろく。

「退避だ! 総員、退避~!!」

 サンタナ少将が絶叫する。

 だが凄まじい爆裂音と共に、津波が襲撃する。


 見たこともない大波が兵士と馬たちを一気に呑み込んでいく。

 怒号、悲鳴、打撃音、とどろく津波の音。

 一気に500人のサンタナ騎馬隊が流されていく。

 津波は恐ろしい勢いで猛り狂う。


 兵士たちを丸ごと飲み込んだ津波。

 今後は逆流するように沖合の方に引いていく。

 誰も逃げることができない。

 サンタナ騎馬隊はあっという間に、はるか海の彼方へ吞み込まれる。

 そして深く真っ暗な海底へと沈められてしまった。


 呆然と目と口を見開くショーマ。

 ほかの兵士たちも驚愕、悲鳴、嘆きの声で騒然としている。


 ジョセフ国軍はもはや崩壊したに等しい。

 しかもボナパルト帝国には恐ろしい魔術を持つフラッディがいる。

〈このままではヤバい!〉

 ショーマは、必死に気を取り直す。


 ショーマはニコラ少将と騎馬隊に向かって告げる。

「ここにいると我々も全滅する。退却してください!」

 ショーマの指令を受け、騎馬隊は(きびす)を返し一斉に退避する。


 しかしショーマだけは、逆方向に向かってゆく。


 ニコラ少将が叫ぶ。

「ショーマ! どこへ行くつもりなんだ!?」


 振り返ってショーマが叫ぶ。

「まだレティシアが戻っていません。探してから戻ります!」

 ニコラ少将が叫ぶ。

「無謀だ! 戻れ!!」

 しかしショーマは聞く耳を持たず、愛馬エルマーを走らせる。

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