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 翌日の朝、ショーマは、

「マリエッタ姫とのごご婚約、おめでとうございます!」

 という声に飛び起こされた。

 声の主はメイドのアリーシャだ。

 ショーマはナイトガウン姿のまま、目を見開いて、

「そんなデタラメ、どこから聞いたんだ?」

 と詰め寄る。

 アリーシャは笑いながら、

「何を慌てているんですか? もうジョセフ国じゅうの噂になっているのに」

「ええっ!?」

 しっかり者のアリーシャが言うのだから、おそらく誇張はないだろう。

 アリーシャが耳打ちする。

「発信源はどうやら宮廷らしいですよ」

 ショーマは歯ぎしりした。

〈ベルント国王だな!〉

 娘とショーマの婚約を、お付きの者に誇らしげに触れ回ったのだろう。

 噂好きの宮廷がそれを見逃すはずはない。

 話はあっという間に駆け回り、国中が知るところとなった。


 アリーシャは上機嫌で鼻歌を歌いつつ

「婚約の儀式が楽しみです。マリエッタ姫、どんなドレスをお召しになるんでしょうね?」

 と言い、着替えを置いて出て言った。


 ショーマはベッドに力なく腰掛け、うつむいて頭を抱える。

 そこにノックの音。

「とうぞ」

 メイド服のレティシアが入ってきた。

「ショーマ様、リベリー様がお呼びです」

 ショーマは思わず口をへの字に曲げた。


 ため息をつきながらショーマは外出着に着替え始める。

 それが目に入らないようレティシアは横を向きながら、よそよそしい口調で言う。

「ショーマ様、マリエッタ様と結婚なさるのですか?」

 声も、なんだかトゲのある感じだ。

 ショーマは思わず、レティシアに向き直り、語気を荒めて言う。

「そんなはず、あるわけないだろ!」

 冷たい表情で、うつむいていたレティシアの顔が、ぱっと輝く。

「本当ですか?」

「当たり前だろ。女の子と付き合ったこともないのに、結婚なんて考えられないよ」

「ショーマ様……」

 と言って近寄ろうとするレティシア。

 しかしショーマの姿を見て、顔を真っ赤にする。

「ショーマ様! 服を着てください!!」

 ショーマは着替えの途中で、身に着けているのはパンツ一枚だった。

「あ、ごめん……」

 とあわててズボンをはく。


 気づいたらレティシアの表情は和らいでいる。

 そして、

「フフッ」

 と小さな笑い声を上げながら、

「ショーマ様ったら……」

 と甘い声で、楽しそうに言う。


 しかしショーマの方は浮かない顔のままだ。

 寝室から廊下へ出て、リベリー中将の部屋をノックする。

「入れ」

 ショーマはまな板に載った鯉のごとく、神妙な様子で、ご託宣(たくせん)を待つ。

 リベリー中将は意外にも、落ち着いた調子で話し始めた。

「我々がアピールするまでもなく、知れ渡ってくれたな」


 ショーマは思わず、右手の指を額に当てて目線を伏せる。

〈また、この人は、ななめ上のことを言う……〉


 リベリー中将が言う。

「マリエッタ姫との婚約のことだ」


 ショーマは気を取り直して言う。

「いえ、それは返事していませんし、そもそも婚約する気は……」

「いや、話はこのまま進めよう」

「そんな! 俺とマリエッタの気持ちは?」

「関係ない。婚約も結婚も形だけのものだ」

「ええっ!?」

「好きな相手が別にいるなら、それぞれ、別に愛人を囲えばいい」

「そういうことではなくて……」

「問題はこの国の未来だ」

「それと婚約は関係ないでしょう」

「いや、このままではジョセフ国は滅ぶ。ショーマが救うしかないのだ」

「軍のことは、ちゃんとやるつもりです」

「軍だけでなく、国の全権を我々が握らなくてはならない」

「俺はそんなもの、望んでいません」

「やるのだ!」

 リベリー中将が怒鳴る。鋭い眼光でショーマを睨んでいる。

「おまえはマリエッタ姫と結婚し、ジョセフ国の国王となるのだ」

 リベリー中将が続ける。

「軍だけでは不十分だ。国の財政、運営、すべてを握らないと、国は動かせない」

 ショーマはうつむき、もう黙り込むしかなかった。

 リベリー中将が言う。

「我々が目指すゴールへの道のりを、世間が勝手に既成事実にしてくれたのだよ」

 ショーマは黙ったままリベリー中将を睨み返す。

 リベリー中将は押し殺した声で言い捨てた。

「ショーマ、おまえは、私の言う通りにしていればいい」

 ものすごい目力の圧力だ。

 ショーマの心は折れそうだ。

 

 軍の編成会議が行われた。

 ベルント国王臨席のもと、ジョセフ国城の大広間に幹部が集合した。

 椅子と机が数多く並べられる。

 前にはステージが設けられ、大きなホワイトボードが設けられている。

 ショーマは新体制の発表のため、そこに立った。

 すると、幹部の一人から声が上がった。

「マリエッタ姫との婚約は本当なのか!」

 ショーマの体の血が逆流して、額から汗が噴き出す。

 なんとか声を絞り出す。

「そうと決まったわけではありません」

 すると、別の幹部からも声が上がる。

「ということは、そのつもりがあるのだな」

 また、別方向から怒鳴り声があがる。

「国を乗っ取ろうとしているんだろう!!」

 それをきっかけに次々と上がった声は、大きな渦となっていく。

 収拾がつかない。


 するとベルント国王が立ち上がった。

 一同がすぐさま、しんと落ち着く。

「ショーマには私から、マリエッタへの婚約を持ち掛けた」

 ベルント国王が続ける。

「しかし承諾は得られていない。そしてショーマも国をのっとろうなどとはしていない」

 幹部たちは黙って聞いている。

「それがすべての話だ。今日は軍の新たな編成の話だから、皆、静かに聞いてくれ」


 場がようやく落ち着くと、ショーマは新体制を発表した。

 まずは先の北部戦線、騎馬隊の突撃を率いたサンタナ中佐の抜擢だ。

「少将に昇進。攻撃作戦のリーダーになってもらいます」

 それを聞いて、ざわつく大広間。

 これまで重用されてきた幹部たちが腕組みをして苦虫をかみつぶす。

「少将への昇進は、あとお二人です」

 一人は宮廷に顔が利く貴族出身のアーノルド大佐。

 白髪交じりの経験豊かな人物で、交渉力に長けている。

輜重(しちょう)兵科、すなわち、物資補給や輸送を担当してもらいます」

 そして最後の一人がマナーロ大佐。

 茶色の長い髪をなびかせ、涼しい目をした端正な顔つき。

 クラウス将軍に目をかけられていた、若手のリーダー格だ。

 彼には旧体制の兵士たちのまとめ役を期待している。

 

 この人事はリベリー中将からの指示、そのままだった。

 事前にリベリーはショーマにこう話していた。

「新人事には古株たちの大きな反発が予想される」

 軍人たちの中には、戦争によって財をなしている者もいる。

 戦地への侵攻の際、略奪、搾取は当たり前に行われていた。

 軍の指揮系統が変わると、自分の取り分が減らされる軍人は当然、不満を持つ。

 そこでリベリー中将はアーノルドとマナーロの抜擢を指示した。

「アーノルドは宮廷の不満を、マナーロにはクラウス将軍派の不満を収めてもらおう」


 ショーマの発表を聞くと、数人の幹部が、次々と立ち上がった。

 そして(きびす)を返し、大きな足音を立てながら、大広間から去っていく。

 やってられない、という意思表示に間違いない。

 場のざわつきも消えるどころか、大きくなっていく。

 隣に座るリベリー中将は、ショーマの肩に手をかけ

「気にするな」

 と小さく声をかける。

 しかしショーマの顔は青ざめ、脇からは汗が吹き出し、手は震えている。


 ショーマが城をあとにしょうとすると、侍従から呼び止められた。

「マリエッタ姫が部屋に来てほしいと、おっしゃってます」


 ドアを開けるとマリエッタがすがりついてきた。

「ショーマ、会いたかった」

 気丈な彼女らしくない。

「どうしたの?」

 ショーマが聞くと、マリエッタが打ち開け始めた。

 2人の婚約の話が流れてから、マリエッタの身辺に不審なことが多発し始めた。

 自分がいないときに、部屋を荒らされるようになった。

 そして部屋を出入りするたび、人影を感じる。

 外出するときは何者かに常に尾行されている。

 

 昨日は謎の怪文書も投げ込まれたという。

 マリエッタが言う。

「ショーマとリベリー中将は悪魔の手先で、王室をのっとり、ジョセフ国を滅ぼそうとしている、と記されていたの」

 ショーマはマリエッタを安心させるため、優しく抱きしめた。

「俺がマリエッタを守る。だから心配しないで」

 マリエッタはうなずいて、ショーマの胸に顔をうずめた。

 涙と共にマリエッタの香りがショーマのシャツにしみつく。

〈かっこつけて言ってみたところで、結局、俺には何もできない〉

 ショーマの顔に深い憂いが浮かぶ。

〈俺はリベリー中将の操り人形になってるだけだから……〉


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