婚約
ショーマは帝国軍・最強の敵であるバルナバスの命を奪った。
しかし彼はバルナバス帝国の国民ではなかった。
帝国に侵略されたモラヴィア王国の提督だった。
家族を人質に取られ、脅迫されながら戦っていたのである。
バルナバスの最後の問いかけ。
「君はボナパルト帝国から世界を救えるか?」
ショーマは力なく答える。
「……無理かもしれません」
「今の君には…そうかもな」
そう言い残すと、バルナバスは力尽きて、視線を天に向けたまま動かなくなった。
ショーマは頭を抱えてうなだれている。
目はうつろ、背すじも丸まって、とても小さく見える。
異変に気付いたレティシア。
慰めるようにショーマを抱きしめる。
彼女の胸に顔をうずめるショーマ。
彼をいたわるように髪をなでるレティシア。
「かわいそう……ショーマ様」
レティシアがつぶやいた。
最強を誇った英雄・バルナバス中将が敗れたこと。
ジョセフ国の北部に駐留していたボナパルト国軍が全滅したこと。
このふたつにより、占領されていたジョセフ国北部の解放は一気に進んだ。
ジョセフ王国のベルント国王はショーマを祝福する。
「君は国家の英雄だ」
国王から命じられ、ショーマは帝国から奪還したジョセフ国北部の各都市を回った。
全く気乗りしないショーマ。
しかし行き先行く先で大歓迎される。
北部最大の都市・フローラルでは、占領からの解放式典が行われた。
10万人は下らない大観衆が集まる。
国王からの勲章を授与されるショーマ。
すると大歓声とともに、
「ショーマ! ショーマ!!」
とコールが湧き上がる。
ショーマは作り笑顔で右手を上げて歓声に応えるが、心はそこになかった。
ジョゼフ国軍の中でもショーマの立ち位置はすっかり変わった。
就任当初はショーマの「大将軍」就任を不安視する声がほとんどだった。
やっかむ声も少なくなかった。
しかし今や、ショーマをなめてかかる軍の幹部はいない。
それどころかカリスマ指揮官として迎えられるようになっていた。
ジョセフ国民の間でも「ショーマ国王」を望む声が次々と上がっている。
するとベルント国王の使者から、ショーマに呼び出しがかかった。
祖父のリベリー中将とともに、ジョセフ国城に来るように、とのことだった。
城の大広間に入ると、ベルント国王とお妃さま、そしてマリエッタが待っていた。
3人ともかしこまった正装をしている。
マリエッタは豪華な装飾品を数多くまとった赤いドレス姿だ。
なのに、いつもならば付いている従者はいなかった。
この3人とショーマ、リベリー中将、たった5人による対話である。
完全にプライベートの密談だ。
「こういう場を持ったのは、ショーマに折り入って話があるからだ」
ベルント国王が言う。
「まずは北部を解放してくれてありがとう。そして最強のバルナバスを破ったのも見事だった」
「いえ、私の力ではありませんから」
「謙遜はいいよ。ともあれ、私のベッドに愛犬の遺体を投げ入れるやつはもういなくなった。ひと安心だ」
ショーマは思わず吹き出した。
笑ったのは本当に久しぶりだった。
国王が言う。
「来てもらったのは、ほかでもない。マリエッタと婚約しないか」
ショーマは目を丸くして口を開けたまま固まってしまう。
当事者のマリエッタを見ると、無表情で澄ましたままだ。
目が泳ぐばかりで返事が出てこないショーマ。
その様子を見て、国王が言う。
「マリエッタは他の男を薦めても一切関心を持たない。だがショーマのことだけは、まんざらでもないようだ」
それを聞いてショーマは、あらためてマリエッタを見るが、相変わらず無表情のままだ。
国王が続ける。
「マリエッタと結婚して、いずれは国王も継承してもらいたいと思っている」
ショーマはついに頭を抱えてしまった。
その様子を見て、リベリー中将が横から口をはさんだ。
「ショーマにとっては本当にありがたい話です」
国王が上機嫌でうなずく。
「ただ、突然すぎて、戸惑っているだけだと思います」
「そうだな、確かに、いきなりすぎたかもしれん」
国王も同意する。
それを受けてリベリー中将も言う。
「王位を継承させていただけるという話も、願ってないことで、ショーマも光栄に思っております。私自身も、ぜひ話を進められたらと願っております」
国王も笑顔を弾けさせながら、
「まあ、さすがに今日の今で決めろとはいわん。だがいずれは正式に発表したいから、今後はそのタイミングについて打ち合わせよう」
帰り際、マリエッタはショーマに目でまばたきして合図を送った。
そして自分の部屋の方向へ首を振る。
どうやら話があるらしい。
マリエッタの部屋をノックして、
「ショーマです」
と告げると、
「どうぞ」
と返事が返ってきた。
ドアを開けると、マリエッタがすでに部屋着のワンピースに着替え、ソファに座っていた。
「ショーマ、今日はなかなか失礼だったわね」
「えっ!?」
「パパから私との婚約を薦められて、嫌がってたでしょ」
「そんな、嫌だなんて……」
「私のこと好きなら、喜んで受けるでしょ?」
「だって俺、まだ結婚なんて……」
それを聞いたマリエッタは大笑いした。
「わかってるわよ。私だってまだ、結婚なんて考えられない」
「だったら、いじめないでくれよ」
「私、ショーマのことは好きなんだけどね」
ショーマは身をのけぞらせ、そして顔を赤らめる。
マリエッタが腕組みして言う。
「まったく……戦いのときはあんなに頼りになるのに、こういうことには意気地がないんだから」
頭をかくショーマ。
マリエッタが言う。
「まあ、いいわ。パパは前のめりになってるみたいだけど、しばらく放っておくのが正解だと思う」
「そう言ってもらえると助かるよ」
「話を進められると、私もがんじがらめにされちゃうからね。きゅうくつなのはごめんだわ」
「同感だ」
「だからといって、私のことを放っておいたら承知しないからね」
「ええっ!?」
「ちゃんと可愛がってよ」
そう言うと、マリエッタはショーマの膝の上に乗ってくる。
そしてショーマの胸に頭をもたせかけた。
苦笑いしつつ、ショーマは彼女の頭をなでる。




