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敵将

 再びショーマはエルヴィン邸に戻る。

 自室にこもりジョセフ軍の再編について考え始める。


 ジョセフ王国はバルナバスとの戦いで最強の騎馬隊を含む千人の兵士を失った。

 占領された北部をめぐる戦いで犠牲になった軍勢も千人を大きく超える。

 いまや兵力はかつての半分の3千人にまで減った。

 これに対してボナパルト帝国の軍勢はゆうに1万人を超える。

 このうち中将のバルナバスが率いる軍勢は5千人。

 しかも人数以上に強力なのが、一瞬で千人を全滅させたバルナバスの氷劇魔術だ。


 考えれば考えるほどショーマの目は生気を失いつつあった。

 ショーマは机の上に突っ伏して頭を抱える。


〈そもそも俺、なぜこの世界に転移したんだっけ?〉

 簡単にまとめれば前の世界にいられなくなったのが理由だ。

 悲惨な生活を受け入れ続けるか自殺するしかなかった。

〈自殺するのも、戦いで殺されるのも同じだろう〉

 そう思ってこちらの世界を選んだ。

〈ならば戦いに敗れて殺されたところで、悔やむところは何もない〉

 ショーマは背すじを伸ばし、前を向いた。

 その目には輝きが戻ってきた。

 ペンを手に取り、紙に軍の再編を書き始める。


 決戦の日が訪れた。 

 ショーマは五百人の騎馬隊と共にバルナバスの軍事要塞に向かう。

 騎馬隊のリーダーは、戦死したニコラ少将の弟子・サンタナ中佐だ。

 短い金髪の青い目が凛々しい若者。

 師匠の騎馬戦術を存分に受け継いでいる。

 たった2日の即席だったが、この新たな騎馬隊をしっかり仕上げてくれた。


 騎馬隊の後ろにはリベリー中将がまとめる本隊が続く。

 そこには弓矢隊、白兵戦に備えた槍部隊などがいる。

 彼らの総勢は五千人。


 エルマーに乗るショーマの両隣には、マリエッタとコレットがいる。

 二人ともそれぞれの馬に乗り、髪はポニーテールにまとめ、甲冑を身に着けている。

 

 激突の場は前回と同じフランドル平原。

 ボナパルト帝国も準備を整えていた。

 バルナバス中将は前の戦いと同様の布陣を取る。

 前線は弓矢隊か中心。

 ジョゼフ国軍の騎馬隊を迎え撃つ態勢だ。

 その後方に本隊が控えている。


 一方のショーマは途中から慎重すぎるほど行軍のスピードを緩めていた。

 

 日が高くなるころ、ようやくジョセフ国軍もフランドル平原に到着。

 敵軍までの距離も、まだまだ遠い。


 ショーマは、なかなか突撃命令を出さない。

 時間だけが刻々と過ぎていく。

 すいぶん長く、両軍にらみ合いの時間が続いた。

 ボナパルト帝国軍兵士の何人かは煙草を吸い始めている。

 戦いの緊張の糸が切れかかっていく。


「攻撃開始してください!」

 ショーマがついに指令を下した。


 サンタナを先頭に、騎馬隊の先発隊2百人が発進。

 ボナパルト帝国軍に向かってゆく。

 土煙を舞わせ、けたたましい蹄の音で地面を震わせながら進む。

 騎馬隊に対し、ボナパルト帝国軍の迎撃隊は嵐のように弓矢を放つ。

 しかしなかなか、それが命中しない。

 敵の弓矢隊の読みが外れているのだ。


 ボナパルト帝国軍・弓矢隊のリーダーが叫ぶ。

「みんな、よく見ろ! 騎馬隊は真っ直ぐこちらに向かって来てない」

 彼が、さらに続ける。

「大きく左に回り込んでいるぞ!」

 帝国軍の弓矢隊は狙いを修正する。

 しかし、もう遅い。

 サンタナ中佐がボナパルト国軍に突っ込んでいく。


 それを見てショーマが言う。

「コレット、後発隊の三百人を発進させて」

「承知したわ!」

 とコレット。

 彼女が大号令をかける。

「みんな、突撃開始よ!」

 待ちわびたといわんばかりに、勢いよく敵陣に向かう後発隊。

 この2日、彼らも、コレットと共に サンタナから指導を受けていた。

 走行コースは先発隊と同様に、左から回り込んでいく。


 この連続攻撃にボナパルト国軍の隊列は大きく崩れる。

 そして全員が一気に後方に逃げ去っていく。

 攻め込むジョセフ国軍の騎馬隊。 


 しかしここにも罠がひそんでいた。


「ここで全員仕留めてやる!!」

 と叫んだのはバルナバス中将だ。

 一人だけ帝国軍の本体から離れた丘に身をひそめていた。

 両腕を突き出し手のひらで狙いを定める。

 氷撃魔術攻撃の態勢。

 照準はジョセフ国軍の騎馬隊だ。

「フリーズバウンド!」

 詠唱とともに巨大な青白い閃光が放たれ騎馬隊に向かっていく。

 ジョセフ国軍の騎士たちは逃げる間もない。


 そのとき騎馬隊、総計五百人の姿が、一瞬にして消えた。


 恐ろしい勢いで進む青白い閃光は騎馬隊に命中せず直進する。

 そのまま、逃げ切ったはずのボナパルト帝国軍の軍勢に向かっていく。

「うわあぁぁっ!!」

 空気を震わすような男たちの叫びと共に、ものすごい破裂音が響き渡った。


 ボナパルト帝国軍、約五千人の軍勢が、すべて白く凍り付いた。

 動いていたそのままの形で固い氷の中で固まっている。

 一瞬でみな、静かな死の世界に送られてしまった。

 全滅である。


「なぜなんだ? どうして俺は負けたんだ!?」

 絶叫するバルナバス中将。


 大逆転勝利。

 その裏でショーマは仕掛けをめぐらせていた。


 まずはコレットに頼み、竜のファヴィアンに戦地の上を飛行してもらう。

 そして空からの偵察を頼んだ。


 欲しかった情報はふたつ。

 ボナパルト帝国軍の本体の動き。

 そしてもう一つが、バルナバス中将の動向と位置である。


 確実な情報が得られるまで、ショーマは時間が欲しかった。

 だから軍をわざとスローに行動させた。

 ファビアンが敵の情報をつきとめ、コレットに報告を行う。


 敵と味方の位置関係を十分に確認したうえで、ショーマは騎馬隊を突撃させた。


 ボナパルト中将はボナパルト帝国軍の本隊から離れ隠密行動をとっていた。

 一人で左側の小高い丘に位置し、ここから氷劇魔術で敵を全滅させようと狙っていた。


 ショーマはこの氷劇魔術を、マリエッタの空間操作魔術でかわそうと考えていた。

 青白い氷の光線が直撃する寸前に、五百人の騎馬隊を瞬間移動させる。

 騎馬隊が消えたことで、氷劇魔術は空を切る。


 ここで大きな意味を持つのが騎馬隊の位置だ。

 ジョセフ国の騎馬隊は左へ大回りしてボナパルト帝国軍に向かっていた。

 これに対し、左に位置するバスナバス中将は氷劇魔法を放つ。

 しかし騎馬隊は消えてしまった。

 すると恐るべき閃光は、その対角線後方に位置するボナパルト帝国軍を直撃したのだ。

 これにより最強の軍隊が一瞬にして全滅した。


 敗戦のショックに呆然とするバルナバス中将。

 その背後から、黒い影が猛スピードで飛んできた。

 振り向く間もなく、その背中に突き刺さる。

 レティシアのスローイングナイフだった。

 数本のナイフは急所を確実にとらえ、バルナバスは崩れ落ちた。

 

 レティシアは全速力で駆け寄り、紐でバルナバス中将の手足を縛りあげた。

 氷撃魔術をもう使わせないため、念には念を入れる。

「おまえは誰だ?」

 瀕死のバルナバス中将が最後の力を振り絞り、レティシアに聞く。

「ジョセフ王国からの暗殺者よ」

「ならば最後に、敵の大将に会わせてくれないか?」

 もうバルナバスは長くない。

 レティシアは立ち上がり、双眼鏡で自分を見ているショーマの方を向いた。

 そして自分の腕を伸ばし、ショーマに手招きをした。


 ショーマは一緒にいるマリエッタに頼んだ。

「空間転移魔術で、俺をレティシアのところに飛ばしてくれないか?」

「やってみるわ」

 マリエッタは、ショーマに手のひらを向けて、

「テレポートフラッシュ!」

 と詠唱する。

 ショーマの体が消えていく。

  

「ショーマ様!」

 あまりに早く現れたショーマの姿に、レティシアは大きく目を見開く。

 気をとり直し、彼女が言う。

「ここにいるのがバルナバス中将です」

 縛られ、ぐったりとしているバルナバス。

 しかし視線はしっかりとショーマをとらえている。

 

 ショーマが口を開く。

「初めまして。私はジョセフ軍の大将軍に任命されたショーマです」

「初めて、ではないだろう」

「えっ!?」

「この前、軍事要塞の偵察に来ていたのも君だし、マリエッタ姫の差し出し拒否の手紙を出したのも君だろう」

「え……ええ」

「最後に会えてよかった。私もジョセフ王国が憎くて戦っていたわけではない」

「でも……敵国でしょう」

「いや、私はボナパルト帝国の人間ではない。彼らに征服されたモラヴィア王国の提督だったのだ」

「まさか、そんな……」

 ショーマは顔面蒼白になる。

 バルナバスが言う。

「家族や大切な部下をボナパルト帝国に人質に取られて、仕方なく、ジョセフ国に対して残酷で容赦ない侵略を行ってきた」

 ショーマは、もうひとつ気になることがあった。

「エルフ国……エルフの人たちを虐殺したのは、あなたの意向ですか?」

 バスナバス中将は死を目前にした苦悶の表情を浮かべながら、必死の形相で言う。

「エルフの人たちにも申し訳ないことをした。みんなを人質にとられてディータ皇帝の言いなりになるしかなかった。私は恐ろしい罪を犯してしまったのだ」

 ショーマは頭を抱える。

 バルナバス中将は続ける。

「ボナパルト帝国の軍人には、私と同じ境遇の者は少なくない。何の恨みもないのに、他の国への侵略をさせられているのだ」

 ショーマは目を血走らせて言う。

「ということは、俺も今、ボナパルト帝国に侵略された他国の人々を殺している、ってことですか?」

「それは仕方ない」

「だとしても、何の恨みもないもの同士が殺し合うなんて……」

 と言ってショーマは手で顔を覆う。

「それが戦争なのだよ」

 その言葉に、ショーマはうつむき、返事すらできなくなっている。

 バルナバス中将が、絞り出すような声で、ショーマに聞く。

「君はボナパルト帝国から世界を救えるか?」

「……無理かもしれません」

「今の君には……そうかもな」

 そう言い残すと、バルナバスは力尽きて、視線を天に向けたまま動かなくなった。

 瞳孔が開いているようだ。

 ショーマはその瞼を、そっと閉じる。


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メジャー作品のパロディが入ってくるのが楽しいです。
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