竜
レティシアを見送ってから、ショーマは部屋の机で、軍の新たな編成を考え始めた。
相手は最強の氷撃を誇るバルナバス中将。
〈参謀は冷静に戦局を見極められるリベリー中将以外にありえない〉
紙の最上段にリベリー中将の名前を書き出すショーマ。
〈そして攻撃は……いったい誰が……!?〉
行き詰って考え込んでしまったところで、窓を叩く音がする。
夕闇が迫って赤く染まった空に、異様な黒い影が見えた。
頭に角があり、左右に翼を広げ、尻尾もある。
身構えるショーマ。
「おいおいショーマ、変なもの撃ち込んでくるんじゃないぞ!」
聞き覚えのある声だ。
それを聞いて、窓に近づいていくショーマ。
黒い影が言う。
「戦いにきたわけじゃない。それくらいわかるだろ」
相手の姿が、おぼろげに見えてきた。
「もしかして、竜のファヴィアンかい?」
「そうだよ。俺ってそんな印象が薄かったか?」
「いや、逆光で影しか見えなかったんだよ」
「ともあれ、部屋に入れてくれよ」
竜とはいえ、今は本来の巨大なサイズではなく、人間とほぼ同じ大きさになっている。
ショーマは窓の内カギを開け、ファビアンを中に招き入れた。
「今日は俺がコレットの剣術訓練に付き合う日だ。お前も来るだろ」
「いや、どうしようか迷ってる。やることがあって……」
「ジョセフ国の大将軍になったからだろ」
「なぜそれを?」
「竜の世界も情報は早いのだ」
「どこで、どうつながっているんだよ!」
ショーマは腕組みしながら言う。
「それは守秘義務で言えん。だが確かなのはコレットがショーマと一緒に戦いたがっていることだ」
「だが、もし彼女が戦いに出たら、彼女の実家のラクロワ家が黙っていないだろ?」
「だから、こっそりやって欲しいんだよ」
ショーマはまた、頭を抱える。
それを見てファビアンが言う。
「ショーマがコレットを戦いに連れて行ってくれるなら、ボクも参戦するぞ」
ショーマはファヴィアンを、まじまじと見た。
ファビアンがショーマに詰め寄る。
「おいショーマ、ボクの力を疑っているだろ」
ショーマが渋い顔で黙り込む。
ファビアンが言う。
「ボクがその気になればエルヴィン邸を丸ごと焼き払える。今すぐ見せてやろうか?」
ショーマが青ざめる。
「おい、よせよ。わかった。今日は一緒にコレットのところに行くよ」
「そう来なくっちゃ!」
とたんに笑顔に戻るファヴィアン。
「決まったら、今すぐ出発だ、ショーマ」
日が暮れたセリアンの森でコレットは待っていた。
エルマーに乗ったショーマと、ファヴィアンが並んで到着すると、
「一緒に来るなんて、珍しいわね」
とコレットが言う。
しかしいつもの、ひまわりが咲いたような表情ではない。
無理に作った笑顔に、憂いの影が見える。
彼女が、遠慮がちに切り出す。
「大将軍に任命されたと聞いたわ」
「ああ、やりたくはなかったけどね」
「それでね、私……」
コレットが切り出す前に、ショーマは言う。
「コレット、俺と一緒に戦ってほしい」
「えっ!?」
すかさずファヴィアンがショーマに親指を立てる。
これは異世界でも共通のゼスチュアらしい。
ショーマがコレットに言う。
「ラクロワ家には内緒だけど、できる範囲でジョセフ国軍に協力してほしい」
コレットの顔が輝く。
「ええ。私……やってみたいわ!」
ショーマが言う。
「うん。コレットでなければできないことがあるんだ」
「えっ、それって何?」
ショーマが切り出す。
「ファヴィアンと連携した新しい戦いだ」
コレットは話が見えないのだろう。黙って、きょとんとしている。
ショーマが言う。
「この前の戦い、騎馬戦術でも剣技でも最強を誇るフォンテーヌ中佐が敗れた」
コレットは彼を思い出し、悲しい表情になる。
ショーマが続ける。
「敵は帝国軍のバルナバス中将。強大な威力の氷撃魔術だ」
コレットも、
「みんなその犠牲になったものね」
とうなずく。
ショーマが言う。
「騎馬戦や剣術では帝国軍に勝てないんんだ」
コレットがファヴィアンに聞く。
「ファヴィアンは協力してくれるの?」
「もちろん。友達の頼みだもの」
笑顔で即答する。
「それとな、」
ファビアンはショーマの顔を見て、こう続ける。
「コレットには風の魔法属性もあるんだぜ」
ショーマは思わずのけぞった。
「本当なのか? コレット!」
「うん」
コレットが恥ずかしそうに、うなずく。
「魔術使いだなんて、引かれちゃいそうで、黙っていたの」
それを聞いてショーマが言う。
「何を言ってるんだ。すごいよコレット!」
ファヴィアンも言う。
「ショーマがいない時は風魔術の攻撃練習も積んでいたんだ。実戦で十分使えるレベルになっているよ」
ショーマが嬉しそうに言う。
「頼もしいなぁ」
コレットは笑顔でほおを染める。
ファヴィアンが言う。
「これからは3人での戦いだな」
ショーマがうなずく。
するとコレットは、
「じゃあ、私、荷物をまとめてくる!」
と家へ戻ろうとする。
「ちょっと待って!」
慌ててコレットの手をとるショーマ。
振り返ったコレットに、ショーマが言う。
「今すぐ軍に合流してほしいわけではないし、ずっと帯同してほしいわけでもない」
「そうなの?」
残念そうな顔で聞くコレット。
ショーマが言う。
「そんなことしたらラクロワ家に連れ戻されて監禁されてしまうよ。大事な戦いに力を貸してくれればいい」
天を見上げるように考え込むコレット。
「それもそうね。わかったわ」
コレットに笑顔が戻った。
そして言う。
「女勇者・コレット、ずっとこのときを待っていたんだから、必ず呼んでね。大将軍の力になることを誓うから」
「頼りにしてる、コレット」
とショーマが笑顔を見せると、コレットは抱きついてきた。
「嬉しい、長い間の夢がかないそう」
ショーマの顔は、あっという間に真っ赤に染まる。
汗も噴き出してくる。
体中の血が上に上がってくるのを感じる。
大好きだった西織さんそのままの顔。
そんな彼女に抱きつかれ、平気ではいられない。
〈だけど、ここで動揺を見せてはいけない気がする〉
ショーマは左手でそっと彼女の体を支える。
右手は優しく、コレットの長い髪をなでる。
ファヴィアンは苦笑いしている。




