任命
翌日、ベルント国王が軍の幹部をはじめ各方面の来賓を招集。
国葬が行われた。
戦死したフォンテーヌ中佐の肖像画。
犠牲になった兵士千人の名前が記されたプレート。
生き残った兵士たちが次々と弔問する。
その中にはマリエッタ姫の姿もあった。
泣きはらした真っ赤な目。
恩師・フォンテーヌ中佐へ黙祷を捧げる。
ラクロワ商家の一行と共にコレットも姿を見せた。
黒の喪服に身を包むコレット。
商家の人々の中で彼女だけが色濃い悲しみをまとっていた。
フォンテーヌ中佐の肖像の前では止まらぬ涙をハンカチで抑えている。
犠牲になった兵士を代表して、フォンテーヌの妻・イリエと息子のウィルが前に出る。
挨拶をしようとするが、イリエさんは声を詰まらせて、言葉を発することができない。
それを見てウィルも、愛するパパが帰ってこないことを実感し、大声で泣き始めた。
マリエッタ姫が前に出て、イリエさんの肩を抱き、ウィルの頭を撫でる。
しばらく二人に寄り添った後、マリエッタは来賓に向かって頭を下げた。
そして口を開く。
「いつも一緒にいるはずの人が帰ってこない。その絶望と悲しみに国中が包まれています」
すすり泣きの音が至る所で響く。
「フォンテーヌ中佐は息子のウィル君と奥様のイリエさんが一番の幸せの源でした」
ウィルはマリエッタの喪服に顔を埋めて泣きじゃくっている。
「将来を楽しみにしていたウィル君の成長を隣で見届けられなかったのが何より無念だったでしょう」
マリエッタのほおを涙が伝う。
「奥様のイリエさんも真っ暗な闇の中、絶望に包まれているはずです。でもいずれ、2人で元気な姿を天国のフォンテーヌ中佐に見せてあげてください」
賛同の拍手が場内を包んでいく。
続いてベルント国王が来賓の前に出た。
「我が国は昨日、千人もの勇敢な戦士を失った」
静まり返る一同。
「なかでもフォンテーヌ中佐を失ったのは、誠に無念だった」
国王が歯ぎしりし、こう続ける。
「クラウス将軍を身を挺してかばった、名誉の戦死だった」
すすり泣く声が止まらない。
「敵国・バルナバス中将の恐ろしい攻撃、フリーズバウンドは我々に壊滅的な被害を与えた」
国王は、幹部たちが並ぶ列の中央を見る。
そこは、ぽっかり空いている。
いつもならクラウス将軍が仁王立ちしている場所だ。
「クラウス将軍は瀕死の重症に苦しんでいる。ロシュトーに救われたとはいえ、あれだけの攻撃を受けたのだ」
国王が続ける。
「このままいけば、我が国は戦争に負ける。ジョセフ国は滅ぶ」
国王は幹部たちを見渡した、
「それでいいのか?」
幹部たちから声が上がる。
「よくない!」
「戦いましょう!」
「俺たちは勝つんだ!!」
次々と上がる声に、国王は満足の笑みを浮かべた。
「見てのとおり将軍は不在だ。戦いには新しいリーダーが必要だ!」
国王の発言に、幹部たちは息を呑む。
彼は言い放った。
「ショーマをジョセフ国軍の大将軍に任命する!」
軍の幹部たちがざわつき始めた。
国王が言う。
「異論があるのもわかる。しかし軍のナンバー2であるリベリー中将の推薦でもある。そしてショーマはたった一人で敵のバルナバスの偵察に赴き、その攻撃を無傷でかわしている。戦いの突破口は彼に託す」
幹部たちが一斉に静まった。
ここでリベリー中将が初めて口を開いた。
「戦況を建て直すため、これから軍の再編を始める。国の存亡の危機だ。みんな協力してほしい」
幹部たちは一斉に胸に手をあて、敬礼の姿勢をとった。
大広間をあとにするショーマ。
足取りは重い。
視線もうつむき加減だ。
彼の足をジョゼフ国城の侍従が止めた。
「ショーマ大将軍、マリエッタ姫がお呼びです」
招かれたのは、前と同じマリエッタの私室だった。
神妙な表情で彼女が出迎える。
ショーマがまず口を開く。
「すごく立派なあいさつだったよ」
マリエッタが黙って首を振る。
ショーマが続ける。
「心を揺さぶられた。国民も勇気づけられたと思う。ありがとう」
マリエッタの表情が少し和らぐ。
彼女が言う。
「言うことも大将軍になってきたね」
「やめてくれよ」
ショーマも苦笑いする。
マリエッタも笑顔になる。
「フフッ、遅かれ早かれ、こうなるとは思っていたけど」
「他人事だと思って……ちょっと面白がってるだろ」
「だって……。あなたが指揮をとるなら、私も一緒に戦いたいもの」
「戦いが好きなの?」
「どちらかと言えば、戦いたくはないわ。やっぱり怖いし、争いごとは好きじゃない」
「だったら、なぜ?」
「このままお城でただ待っていても、軍が負けたら、私はやっぱり悲惨な運命をたどるだけよ」
ショーマはうなずく。
マリエッタが続ける。
「だったら、私の運命は自分で切り開きたいの」
「なるほど」
ショーマが納得する。
しかし、すぐに我に返ったように、あごに手をあてて、マリエッタに言う。
「国王は反対するんじゃないか?」
「パパが駄目だと言っても、私は聞かずに行くわ」
ショーマはマリエッタが戦場に行く光景を想像してみる。
確かに剣術の腕はかなりのものを持っていた。
しかし実戦ではそれがそのまま役立つわけではない。
むしろ運、人数、装備、戦略など、その他の要素が生死を分ける場合がほとんどだ。
「あなたが今、何を考えているか、わかるわ」
マリエッタの言葉に、ショーマは一瞬、後ろから小突かれたように伸びあがる。
彼女が言う。
「私が戦場で役に立つのか、疑問に思っているでしょ?」
「うん。戦うリスクは大きすぎるんじゃないかって」
「言ってなかったけど、私は魔術も使えるの」
「えっ!?」
「見方、変わったでしょ。空間操作魔術が私の専門なの」
「空間操作?」
「ええ。一瞬で別の場所に移動したり、あるものを別の場所に飛ばしたりする術よ」
「それはすごいな」
「ええ。その移動させる対象の量や距離、難易度によってできることはかなり影響されてしまうけど、あなたの戦闘の役には立てると思うわ」
「そうか、ありがとう、マリエッタ」
「本当にそう思ってる?」
「もちろんさ。マリエッタの力が必要になる時が必ず来る」
「きっと連れてってよ」
マリエッタはショーマの手に触れる。
「約束する、必ず呼ぶから」
ショーマも彼女の手を、そっと握った。
エルヴィン邸に戻り、自室に戻ると、そこにはメイド服を着たレティシアが立ったまま待っていた。
「勝手に入り込んで申し訳ございません、ご主人様」
「ショーマでいいよ」
「大将軍になられたと、リベリー様から聞きました」
「なぜ、そんなことをレティシアに?」
「リベリー様からは、ショーマ様の力になってあげなさい、と言われました」
それを聞いて、あごに手を当てて、うつむくショーマ。
〈そもそも、レティシアが強いことは、この屋敷では俺しか知らないはずだが…〉
そんなショーマの様子を見て、レティシアが言う。
「考え過ぎないで下さい。私自身がショーマ様の力になりたいだけなのですから」
「わかったよ」
「私は暗殺者として訓練されていますので、始末したい人物がいたら、遠慮なくおっしゃってくださいね」
美しい顔を微笑みで輝かせながら、レティシアが言う。
「始末したいって…」
ショーマは頬を指で搔きながら苦笑いする。
「私、忍んでの情報取集もできるんですよ。闇にまぎれるのは得意ですから」
「知ってる」
ショーマは思わず頭を抱える。
「そうでしたね。私、ショーマ様を襲ってしまいましたものね」
「あの時は、本当に危なかったんだからな!」
ショーマが腕組みをしながら言う。
「フフッ、ごめんなさい」
ショーマはうつむき加減でこぶしを頭に当てながら、
「ともあれ、レティシア。頼りにしてるよ」
レティシアは目を輝かせながら、ショーマのふところに飛び込んできた。
その尋常じゃない速さ。
やはり只物ではない。よける間もなかった。
ショーマはため息をつきつつ、彼女をそっと抱きしめた。
「私のこと、もっと知ってください。いろんなことができるんですよ」
レティシアの甘い髪の香りがショーマの鼻をくすぐった。
ショーマは彼女を真顔で見る。
〈これ以上、レティシアに何か言わせないほうがよさそうだな〉
ショーマは彼女の頭を優しくなでた。
レティシアはようやく落ち着いたように、ショーマの胸に顔をうずめた。




