まごごろをあなたに
翌日の朝、ジョゼフ国軍再編のための軍事会議が行われた。
冒頭、クラウス将軍が一堂に報告する。
昨日、ショーマが偵察を行ったこと。
そしてバルナバスから氷撃攻撃を受けたこと。
ショーマの顔がひきつる。
そして頭を抱え、そして首をひねる。
〈誰にも言ってないんだがなぁ〉
「偵察の結果を報告してくれたまえ」
クラウス将軍がショーマに言う。
「わかりました」
とショーマ。こう続ける。
「バルナバス中将は600人ほどの精鋭部隊を、一気に突撃させたり、撤退させたりする訓練を行っていました。とても統率が取れていました」
クラウス将軍が尋ねる。
「何の目的だ?」
「バルナバス中将の最強の兵器は氷撃魔術です。これで敵の軍勢を殲滅させるため、囲い込んだり、おびき寄せたり、孤立させたりするための訓練かと思われます」
「北部の軍はその戦術にやられてきたというわけか」
すると、リベリー中将が口をはさむ。
「ここは早馬部隊を使い、速さで勝つというのはいかがでしょうか?」
「なるほど、ジョセフ国の馬は最高だからな。氷撃攻撃を受ける前に、一気に敵を殲滅すればよい」
とクラウス将軍が同意する。
そしてこう続ける。
「バルナバス中将の軍勢に先制攻撃をかけよう。ボナパルト帝国に奪われた、我が国の北部を取り戻すのだ」
「そうだ!」
「やりましょう!!」
軍の幹部から同意の声が次々にあがる。
それを受けてクラウス将軍が続ける。
「では今回の戦い、最前線には私が立つ!」
ジョセフ軍から一斉に大きな拍手が沸き上がる。
クラウス将軍が手を上げてそれに応える。
そして言う。
「フォンテーヌ中佐はいるか」
「はい!」
と返事が上がり、中佐が前に出る。
「明日、一緒に最前線で出撃してくれ」
周囲から、
「おお~!」
と思わず声が上がる。
「承知しました」
と敬礼で答えるフォンテーヌ中佐。
国内最高の騎馬戦術家だ。
剣の達人で、非公式だがマリエッタとコレットの師匠でもある。
エースを最前線に繰り出す。
まさに必勝の布陣である。
リベリー中将も、
「それがよいかと」
と同意する。
クラウス将軍が言う。
「ショーマ少将とリベリー中将は後方部隊を指示してくれ」
「承知しました」
リベリー中将が一礼。
明日の出撃へ、ジョセフ軍は戦闘の準備に入る。
その夜、ショーマはリベリー中将から部屋に呼び出しを受けた。
リベリー中将が言う。
「今日の軍事会議、どう思った?」
「どう……って、皆さん、国を守るために熱心だな、と」
「彼らの”焦り”、は感じなかったか?」
「焦り、ですか?」
「左様。ベルント国王が先にショーマの大将軍抜擢を口にしたからな」
「でも、俺はそんなの、なる気ないですよ」
「国王は本気だ。そしてクラウス将軍はじめ、軍の幹部は、ショーマに軍を乗っ取られるのではないかと警戒しているのだ」
「俺なんかをですか?」
「俺なんか、じゃない。今、軍の中で最も注目されていることを自覚すべきだ」
リベリー中将が続ける。
「だからクラウス将軍は今回、最前線に出て戦うと言い出した」
「そうでしたね」
「これまで将軍は自分の子飼いの部下で脇を固めていた」
ショーマがうなずく。
リベリー中将が、さらに続ける。
「しかし今回は目をかけてきたわけでもないフォンテーヌ中佐を引きずり出した。そこまで勝ちにこだわっている」
「なるほど」
と答えるショーマ。
リベリー中将が言う。
「しかしクラウス将軍は焦りすぎた。明日は惨めに敗走するだろう」
「えっ!?」
ショーマは目を見開く。
リベリー中将……。
この男は、表情ひとつ変えずに、そんなことを言う。
ショーマが思わず詰問する。
「それがわかっていて、なぜ、あの場で言わなかったんですか?」
「その方が我々にとって都合がいいからだ」
ショーマの目に、怯えの色が浮かぶ。
リベリー中将が続ける。
「こちらが彼をひきずり降ろすよりも。勝手に転げ落ちていってもらったほうが助かる」
ショーマは何も言えない。
「話は終わりだ。では明日」
そう言うと、リベリー中将は席を立って、パイプをくゆらせた。
部屋を出たショーマ。
強張らせた顔のまま、腕組みして歩く。
足は自分の部屋には向かない。
ひとりでに庭園の方に歩いていった。
3つの月が木々や草花を照らす。
その一角は森のように茂っており、様々な動物や鳥たちがやってくる。
ショーマはその中に入っていく。
すると薄暗い木立ちの中から、見覚えのある暖かい光が漏れていた。
引き寄せられるようにショーマは、歩み寄っていく。
銀髪の妖精が、そこに微笑んでいた。
「アリス……アリスなんだね!」
ショーマも笑顔が弾ける。
「ええ。樹木の精霊にお願いして、ここに一時的に空間移動させてもらったの」
「なぜ、こんなに早く来てくれたの?」
「あなたの助けになりたくて」
「ありがとう、嬉しいよ」
「でも、魔法だから、短時間しかいられない」
「そんな……」
「伝えたかったことは1つだけ」
「何?」
「ジョゼフ国はバルナバスと戦おうとしている」
「うん。恐ろしい殺戮者に俺たちは立ち向かわないと…」
「バルナバスと戦ってはいけない」
「なぜ?」
「その戦いは間違いなの」
と言ったアリスの姿は、その場で消えていく。
「アリスー!」
と叫ぶが、もうそこには、木立の薄暗がりしか残っていなかった。
なぜバルナバスと戦ってはいけないのか?
アリスの警告に対する疑問は解決されない。
大事な思いは宙に浮いたまま、北部奪回を目指すジョゼフ軍の戦いが始まった。
ジョセフ国軍は隠密行動で行進する。
ターゲットはバルナバス中将の、テスサローナ軍事要塞。
できるだけ気づかれないよう接近していく。
ジョセフ国軍の布陣。
最前線にフォンテーヌ中佐の騎馬隊500人。
続いてクラウス将軍の騎馬隊500人。
万全の構えだ。
敵が襲撃に気づいたのは、ジョセフ国軍がかなり接近してからであった。
バルナバス中将も、ついに軍を挙げる。
両軍はフランドル平原で激突することになった。
敵のテスサローナ軍事要塞がある、目と鼻の先だ。
この平原は一帯に低い草が生えている。
障害物はほとんどなく、互いの動きがよく見渡せる。
「準備は上々だ。我々が有利な態勢にある」
クラウス将軍が言う。
しかし強張った表情を隠し切れない。
切り札のフォンテーヌ中佐も、青ざめた顔で、しきりに顎を触り続けている。
これが本当の戦争なのだ。
時は来た。
フォンテーヌ中佐が右手を上げ、
「最前線騎馬隊、突撃せよ!」
と声を張り上げる。
最速を誇る精鋭500人が一斉の敵軍に向かう。
隊の中央にはフォンテーヌ中佐。
馬の蹄の勇ましい音が地面を震わせ、一面に土煙が舞う。
これを迎え撃つのが、バルナバス中将に鍛えられた敵の弓兵部隊だ。
数百本、いや千本近い弓の嵐が向かってくる。
「うわあぁぁっ!」
「ひぃぃぃっ!」
数人の騎士が仰向けにのけぞるように馬から崩れ落ちる。
乗り手を失った馬は空しく駆け続ける。
怒涛のように放たれ続ける弓矢。
兵だけではなく馬にも命中する。
けたたましい悲鳴がとどろく。
数頭の馬はパニックになり前足を上げて暴れ回る。
乗っていた騎士が激しく振り落とされ、その体は地面に叩きつけられる。
犠牲者は増え続け、駿馬隊の勢いが止まり始めた。
クラウス将軍が頭を抱える。
ジョセフ国軍の兵士たちも肩を落とし不安げな顔だ。
フォンテーヌ中佐が叫ぶ。
「みんな、ひるむな! 弱気になったら負けだ!」
フォンテーヌ中佐はスピードを上げて自ら隊の先頭に出た。
「やりぬけ! 敵陣に突っ込むんだ!」
フォンテーヌ中佐が全速で馬を走らせながら、刀を振り上げる。
そして敵の弓矢部隊に切りかかっていく。
それを見た騎馬隊員たちも、
「俺たちも行くぞ!」
と次々に敵陣に突っ込んでいく。
ボナパルト帝国軍から飛んでくる弓矢の数は目に見えて減ってきた。
この形勢逆転にクラウス将軍は、いちはやく反応した。
自らの部隊に声を張り上げる。
「今しかない! ここで行くぞ!!」
右手を上げて、突進を指示した。
先行していたフォンテーヌの部隊に続き、クラウス将軍の騎馬隊も突撃。
軍勢合わせて千人。
勝負をかけた敵陣への集中攻撃だ。
するとボナパルト帝国の弓矢部隊の動きが止まった。
帝国軍の兵士たちが背中を見せて逃げていく。
それを見て意気上がるジョセフ国軍の騎士たち。
「俺たちの勝ちだ!」
勇ましい叫び声が上がる。
「違う! これは罠だ!!」
と叫んだのは後方の待機部隊を任されていたショーマだ。
彼は双眼鏡で相手の動きを観察していた。
「バルナバス中将が合図を出している!」
恐るべき敵将・バルナバスは近くの丘に潜んでいた。
その指示に合わせてボナパルト帝国軍は素早く移動している。
「危ない! みんな、逃げろ!!」
ショーマは絶叫する。
バルナバス中将が両腕を突き出す。
手のひらを調整し、狙いを定める。
照準はクラウス将軍とフォンテーヌ中佐の部隊に向けられている。
「フリーズバウンド!」
詠唱とともに巨大な青白い閃光が放たれ、軍勢を包むように拡散していく。
ジョセフ国軍の騎士たちは逃れようとするが、もう間に合わない。
全員が恐ろしい勢いで冷たい氷の中へと包まれていく。
軍勢の中央にいたクラウス将軍は恐怖のあまり目を見開いたまま動けない。
そこに全速力で駆け寄っていくフォンテーヌ中佐。
鋭い破裂音が響き渡った。
ジョセフ国軍の千人の騎士と馬たちが、激しい音ともに完全に固められ、凍りついた。
逃げ出そうとした姿勢のまま、堅い氷に覆われている。
恐ろしいく冷たい静寂の世界だ。
「やはり、してやられたな」
というのはリベリー中将だ。
ショーマは食ってかかる。
「なぜ、わかっていたなら、彼らを行かせたんですか?」
リベリー中将は表情ひとつ変えない。落ち着いた様子で、
「止めても無駄だ。身を持ってわからせるしかないのだ」
「でもフォンテーヌ中佐もクラウス将軍も死んでしまいましたよ」
「ん? 死んだのはフォンテーヌ中佐だけではないか?」
ショーマは慌てて双眼鏡をのぞく。
氷の間からクラウス将軍が、右手をかばい、脚を引きずりながら脱出していた。
リベリー中将が言う。
「凍りつく前にフォンテーヌが身をていしてかばったのだろう。大した軍人だ」
冷静な物言いだ。
ショーマは何も言うことができない。
リベリー中将が言う。
「とにかく今回の作戦は失敗だ。被害が広がらぬうちに撤退しよう」




