悪夢
翌日、ショーマはニコラ少将の軍事演習に同行させてもらった。
ニコラ少将の指揮のもと、騎馬隊は迅速に、一糸乱れず作戦を遂行する。
騎馬戦術の勉強も兼ねて参加するショーマ。
ニコラ少将が率いる騎兵たちの動きの迫力に驚きが止まらない。
休憩時間、ニコラ少将はショーマに言う。
「このところ気になっていることがある」
「何でしょうか?」
ニコラ少将はあごに右手を当てて、言う。
「ジョセフ王国軍の機密情報がボナパルト帝国に渡っているようだ」
「えっ!?」
目と口を見開くショーマ。
「国の北部が一気に制圧されたのも、その影響が大きかったと思う」
「そうなんですか……」
「私は、軍の伝令、通信記録、城を出入りする者、細かく調べていた。すると一人の人物が浮かび上がった」
「誰なんですか?」
「もう少しで尻尾をつかめる。そうしたら伝えるよ」
「わかりました。ニコラさんはずっと激務続きで大変ですね。無理しないでください」
「ああ、明日は久々に休みだ。家族でセリアンの森にピクニックに行くよ」
「それは楽しみですね」
笑顔でうなずくニコラ中佐。
任務だけではなく、家族のことも本当に大切にしている。
翌日早く、ニコラ少将はデニムの作業着姿で、荷物を持って玄関を出た。
馬に乗り、セリアンの森に向かう。
泉のほとりで馬から荷を下ろす。
荷をほどくと中には家族用のテントと、バーベキュー用品が入っている。
よく晴れた青い空。
深く澄み渡った湖の湖面。
新緑の木々、わずかに揺れる緑の葉。
風に運ばれてくる、柔らかな草花の香り。
ニコラ少将は瑞々しい自然に囲まれながらテントを設営していく。
そして家族のために選んだ食材を涼しい木陰に置く。
肉、野菜、ピッツア、果物、デザート。
奥さんと息子の好物ばかりだ。
大きめの石を集め、バーベキュー用のかまども組み立てる。
汗がにじむが、これから来る家族のことを思えば、まったく疲れない。
さわやかな風も吹き抜け、体を冷ましてくれる。
やがて家族がやってきた。
約束の時間より、ずいぶん早い。
それでも、家族の到着を待ちわびていたニコラ中佐にとっては、うれしい誤算だった。
妻のクリスティーヌは白のワンピース。
娘のジュリーは赤いドレス。
息子のトマはデニムにTシャツ。
ニコラ少将は大きく手を振って、家族を出迎える。
満面の笑顔だ。
そこに歩み寄っていく妻のクリスティーヌ。
抱きしめようと寄っていくニコラ中佐。
クリスティーヌが自分の腰に右手を当てる。
そこから刀が抜かれる。
「なぜ?」
信じられない顔のニコラ中佐。
クリスティーヌが斬りつけてくる。
避ける間もない。
急所を裂かれるニコラ中佐。
「なぜだ、クリスティーヌ」
妻は答えない。
その後ろから娘と息子が寄ってくる。
「ジュリー、トマ……」
うすれゆく意識の中、中佐が呼びかける。
しかし二人は助けるどころか、刀を抜いて次々と斬りつけてきた。
「どうして……」
悪夢の中、目を開いたままつぶやくニコラ中佐。
その体があおむけに倒れる。
ニコラ中佐の目に最後に映るのは、雲一つない青空だった。
近くには林に身を隠す女性の影があった。
金髪に青い目、白い肌。
ボナパルト帝国のナタリー姫だった。
精神干渉攻撃による暗殺。
作戦にあたった3人の実行兵とともに、現場をあとにする。
その後は悪夢の連続だった。
約束の時間に訪れた妻のクリスティーヌ。
血の海になったピクニック現場を見て、いちはやく異変に気がついた。
後に続く子どもたちに叫んだ。
「止まりなさい! こっちに来てはいけません!!」
真っ青になって夫のニコラ中佐を探す。
すぐにあおむけになり、目を見開いたまま怖れの表情で死んでいる遺体を見つけた。
崩れ落ちるように膝を地面に落とすクリスティーヌ。
テーブルクロスに血染めの文字が残っていた。
〈なぜ、君が……?〉
ニコラ少将が死に際に記したものだろう。
しかしクリスティーヌには何のことかわからない。
何よりも、子どもたちに、この凄惨な現場を見せるわけにはいかない。
クリスティーヌは、かっと見開いたニコラ中佐のまぶたを、そっと閉じる。
そして踵を返し、子どもたちに優しく話しかける。
「パパは急な仕事で、ピクニックは来週に延期になったわ。今日は帰ろう」
「ええ〜っ!」
と不満そうな子どもたち。
しかしクリスティーヌは二人の肩を抱き、
「マルシェでおいしいお昼ご飯をを買って帰ろう」
と優しく連れ帰る。
崩れそうに震える足取りで、クリスティーヌはなんとか歩いていた。
翌日、ニコラ中佐の葬儀が執り行なわれた。
参列するショーマ。
クリスティーヌは涙が止まらない様子だ。
ショーマを見ると、また大粒の涙をこぼし始めた。
かけるべき言葉が見つからない。
「ショーマさんの成長を楽しみにしていました。夫も天国から、あなたのこれからの活躍を心から祈っています」
最も辛いのはクリスティーヌさんのはずなのに……。
そう思うとショーマの目から自然に涙がこぼれる。
そしてクリスティーヌにすがりつく、娘のジュリーとトマ。
トマは言う。
「パパ、帰ってくるよね。明日、戻ってくるよね」
それを聞いて、涙を我慢していたジュリーが、大声で泣き始めた。
クリスティーヌさんも慟哭している。
葬儀場全体が涙で包まれている。
そして昨日の晴天が嘘のように、天から雨が、一粒、二粒、降り始めた。




