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姫君

  ショーマのもとに、国王から会談を求める使者が訪れた。

 自分からも新しい仕事を求めていたショーマにとっては、渡りに船だった。

 約束の時間に、ジョセフ国城の「王座の間」を訪れる。


 赤絨毯が敷き詰められた大広間。

 広さは体育館4個分はある。

 天井は高く豪華なシャンデリアが吊り下がる。

 部屋の窓はステンドグラスだ。


 そこにはすでに軍の幹部20人ほどが並んで立っている。

 軍の司令塔である将軍・クラウスをはじめ、錚々たるメンバーだ。

 入り口で思わず立ち止まってしまったショーマ。

 顔が青ざめている。

 案内役が右手で行く先を示しながら言う。

「ショーマ様、こちらにどうぞ」

 軍の幹部の真ん中に案内された。

 思わず周りを見渡すショーマ。

 右隣はクラウス将軍、左はリベリー中将だ。

 ショーマは完全に固まってしまった。


 部屋の奥にはステージのような台座があり、そこに王族たちの席が並んでいる。

 真ん中のひときわ大きな椅子が、国王が座る「王座」である。


 音楽隊が奏でるファンファーレが響く。

 軍の実務を仕切る番頭役のロシュトー少将が大きな声を放つ。

「国王様のご登壇です!」

 10名ほどの王族がステージの奥から現れる。


 国王は最後方にいる大きな王冠をつけた人物だ。

 たくわえた口ひげ、貫禄ある大きな体。

 そして常に大型の白い犬・ブランを傍らに連れている。

 その動物好きは国民にもよく知られるところだ。

 

 しかし観衆の目は、その左隣にいる姫君に集まっていた。

 優雅にカールされたブロンドの髪、青く美しい瞳、白い肌、ピンクのつややかな唇。

 誰もが興味を惹かれる若く美しい女性だ。

 王族一同が着席する。

 王座に座る国王。


 衆目の視線が集まる。

「ショーマ、本日は来てくれてありがとう。私はジョセフ国の国王、ベルントだ」

 落ち着いた声だ。

 ショーマは上ずった声で答える。

「お招きいただきありがとうございます」

 ベルント国王が言う。

「リベリー中将が君を推薦してくれたのだ」

 驚いて左隣を凝視するショーマ。

 しかしリベリー中将は平然とした顔だ。

 ベルント国王が続ける。

「私の左隣にいるのが、私の一人娘・マリエッタだ」

 さきほどの若く美しい女性だ。

 毅然とした表情で前方を見つめている。

〈何を言っても鼻であしらわれそうだな〉

 とショーマは思う。

 ベルント国王が言う。

「戦争状態にあるボナパルト帝国がマリエッタを要求してきた」

 少しうつむくマリエッタ。

 ベルント国王が続ける。

「ディータ王が第2妃として迎えると言っている。しかしそれは我が国にとって屈辱的なことだ」

 幹部たちがざわつく。

 ベルント国王が言う。

「君たちが疑念を抱くのも無理はない。私もディータ王を信用できない。だからショーマにこの件を一任したい」

「私が? ですか?」

 ショーマが思わず聞き返す。

 ベルント国王が言う。

「そうだ。君に調査と対処をお願いしたい。ひとまず少将としての階級を与える。そして、この件を解決できたら、君にジョセフ国軍の大将軍になってもらおう」

 おもわずショーマの顔が引きつる。

「受けてくれるな?」

 威圧的に言い放つベルント国王。ショーマは思わず、

「はい、承知しました」

 と答えてしまっていた。


 がっくりと肩を落として王座の間を出るショーマ。

 のしかかる重圧が半端じゃない。

 早々に出口に向かって歩く。


 しかし宮廷の侍従がショーマの足を止めた。

「マリエッタ姫がお話があると言っております。来ていただけますか?」

 指定された部屋は、アンティークな装飾がほどこされた豪華なドアだ。

 ノックをする。

 すると鈴のような声で

「どうぞ」

 と返事が帰ってきた。

 ドアを開けると、そこはまさに姫のための部屋だった。

 ピンクのフリルで縁どられた美しいカーテン。

 ドレッサーは大きな台座に洒落た引き出しがついて、姿見のミラーは全身を映し出す。

 そして巨大なベッドにはリボンのついた枕が3つほど置いてある。

「ここは姫の寝室ではないのですか?」

 呆気にとられた表情のショーマがたずねる。

「ええ。話を誰にも聞かれたくなかったのです」

 と答える姫。

 先ほどのような、誰にも隙を見せまいとする強固な決意の目ではない。


「父からの依頼を受けていただいて、礼を言うわ」

 マリエッタが言う。

 これに対してショーマが、

「姫様もボナパルト帝国の第二王妃は嫌なんですよね」

 と言うと、マリエッタの目は鋭く吊り上がり、顔はみるみる赤く染まった。

「あなた、ふざけてるの!?」

 ショーマは顔面蒼白になる。

 肩をすぼめて、うつむいてしまった彼の様子を見て、マリエッタは大きな溜息をつく。

 そして口を開いた。

「あなた、よほど女の子の気持ちがわかってないのね」

「すみません」

 謝ると、彼女の肌から血の気がすぅっと引いていく。

 マリエッタが言う。

「女の子はどんな人と結婚したいと思う?」

 ショーマは少し考えて、言った。

「……好きな人?」

「違う!」

 とぴしゃりと言い放つマリエッタ。

 そしてこう訂正する。

「大好きな人!、とよ」

 ショーマはうなずく。そして言う。

「そうか。しかも第2王妃なんて、嬉しくもなんともないよね」

 同意したつもりだったが、マリエッタはまた、ショーマをにらむ。

 余計なことを言ったようだ。

 ショーマはまた、しゅんとうつむく。

「ショーマ、第2王妃って、何だと思う」

 頭をひねりつつショーマはこう答える。

「う~ん、文字通り、2番目の奥さん」

「そんな、生やさしい話で済む訳がないでしょ。まずはボナパルト皇帝に差し出され、いいように嬲られるわ」

「でも、妃って…」

「そんなの、口実に決まってるでしょ。皇帝が飽きたら他の王族たちの性の道具にされるだけよ」

「そんな……」

「さらに私は人質にされて、ジョゼフ王国は言いなりになるしかなくなってしまう。そんな結末で、あなたはいいと思う?」

「いいわけないよ!」

 ショーマは思わず叫んでいた。

 理不尽に苦しめられる境遇。

 今まで自分が苦しんでいた東光学園での生活に重なる。

 他人事だとは思えなかった。

 突然、吠えたショーマにマリエッタが目を見張る。

 そして聞く。

「私を助けてくれるの?」

 ショーマは目線を外し、うつむいてしまう。

 マリエッタが言う。

「実は、あなたのこと、コレットから聞いているの」

「えっ!?」

 思わずのけぞってしまうショーマ。

「なぜ? どうして?」

「コレットとはどんな知り合いか、って聞きたいんでしょ?」

「うん、うん、それ、それ!」

「コレットと私は剣の先生が同じなの」

「フォンテーヌ中佐ですか!?」

 思わず大声で言うショーマ。

 マリエッタはうなずき、こう話す。

「頼み込んだら『コレットにも教えてるから』と引き受けてくれたの」

「よかったね」

「コレットも私も、年ごろになってからは、あまり剣術を練習させてもらえなかったの」

 周囲からは、やんちゃ坊主男みたいなことはやめなさい、とたしなめられた。

 そして女らしさやマナー、学識を磨きなさい、と言われ続けた。

 マリエッタが言う。

「その点ではコレットも私も似た者同士だった」

 ショーマがうなずく。

 マリエッタが続ける。

「フォンテーヌさんはコレットと私を自宅に呼んで、一緒に指導してくれることもあるの」

 そのときは奥さんや息子のウィルと一緒に食事をご馳走してくれたという。

「ウィルはいつも『僕はマリエッタと結婚するんだ』と言ってたわ」

 マリエッタは楽しそうに言う。

「モテモテだね」

 とショーマがうなずく。

「といってもウィルはまだ幼い子供だけど」

 とマリエッタ。  

「フォンテーヌ中佐も家庭も暖かい人たちなんだね」

 ショーマが言うと、

「暖かいといえば…」

 と言って、マリエッタが続ける。

「コレットは、あなたのこと、優しい人だと言っていたわ」

 ショーマは思わず、

「えっ!?」

 と目を見開く。

 マリエッタが言う。

「私のこともきっと力になってくれると。だから私を助けて!」

 ショーマは黙ってしまう。

 するとマリエッタが、吹き出して笑う。

「あはは、やはりコレットの言うとおりだった!」

「ええっ!?」

 ショーマはあわてる。

「コレットは言ったの、ショーマは天地かひっくり返っても『俺に任せろ!』なんて決めゼリフはいわない、ってね」

 ショーマの顔が真っ赤に染まる。

 それを見て、ますますマリエッタの表情は豊かになる。

 口角が上がり、瞳も輝きを増す。

「ショーマは可愛いのね」

 ショーマはマリエッタの顔がみられず、うつむいてしまう。

「フフッ、このくらいにしておいてあげるわ」

 笑顔のマリエッタ。

 だが、

「さて、本題に入りましょうか」

 と言うと、しっかりとした目でショーマを見る。

「いまは休戦中だけど、私たちの軍の戦力は圧倒的に劣勢なの。戦いが再開したら一気に攻め込まれてしまうでしょう」

 ショーマが聞く。

「ボナパルト帝国軍とジョゼフ国軍は、なぜこんなに差がついているんだろう?」

「敵国で今、いちばん恐ろしいのはバルナバス中将ね」

 強大な戦闘力でジョセフ国の北部を一気に占領。

 冷酷非情で民間人も大量に虐殺したという。

 マリエッタが続ける。

「バルナバス中将はエルフ民族の国家もほぼ全滅させたわ」

 そのときは”エルフ殺し“、“殺戮マシーン“とも呼ばれていたという。

 ショーマは思わずつぶやく。

「ひどいな……」

 マリエッタが聞く。

「そんな人と戦うのは怖い?」

 ショーマが言う。

「怖いと言えば怖いかも。でも殺されるときは殺されるから、気にしても仕方ないかな」

 それを聞いてマリエッタが呆れたような顔を浮かべる。

「あなた、変わった人ね」

「そうかな」

「そうとう変わってると思うわ」

「う~ん、とにかく、姫様がひどい目にあうのは俺もつらいです」

「姫と呼ぶのは、もうやめて、マリエッタでいいわ」

「うん。マリエッタが悲しい目にあわないように頑張ってみる」

 マリエッタのほおがピンクに染まる。

 初めて見る彼女の表情に、ショーマの目が釘付けになる。

 マリエッタが上目遣いで言う。

「ショーマみたいな人が相手だったらいいのに」

 今度はショーマの顔が真っ赤になった。

 そして黙り込んでしまう。

 マリエッタがまた、笑い出した。

「ここで決めゼリフを言えない男の子は、女の子に見切りをつけられてしまうよ」

「えっ?」

 ショーマがマリエッタを見る。

「私が相手だから、まだよかったけどね」

 それを聞いて、またショーマはうつむいてしまう。

 マリエッタが言う。

「今日は話せて、ショーマのこと、よくわかったから、よかった」

 それを聞いて、ショーマも顔を上げて、言う。

「俺も、戦いに入る前に、新しいことが知れてよかったです」

 マリエッタが上目づかいで言う。

「私もショーマの戦いについて行っていい?」

「それは駄目です」

「なぜ?」

「マリエッタを危険にさらすことはできない。姫を守ることが国王の指令です」

「お堅いことを言うのね」

 マリエッタが不満気に言う。

 だがショーマは真顔になって諫める。

「王様の気持ちは、俺もわかります」

 マリエッタは微笑んで言う。

「わかったわ。ショーマに任せる」

 ショーマも笑顔でうなずいた


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