抗え得ぬ絶望（下）
多くのブックマークやポイント評価、ありがとうございます。
活動報告にイラストを投稿してみました。
苦手でない方は、一度覗いていただけると、それはとっても嬉しいなって。
ページ下の「作者マイページ」→「活動報告」から見られます。
オレ達が戦線を離脱している間にも、グランツ達の戦況には変化があった。
ただし、主に変化があったのは魔獣側だ。
繰り返される自己進化。
あらゆる強化と経験を積み重ね、魔獣はさらに強くなる。
「クソッ、また出鱈目な動きしやがって……！」
グランツがやりにくそうに悪態を吐く。
そして、魔獣が投擲してきた剣を、自分の大剣で弾いた。
両手が自由になった魔獣は四本の脚で大地を駆ける。
その突進攻撃を、グランツは避けきれない。
剣の腹を盾代わりにしてなんとか耐え凌ごうとしたが、魔獣は昇龍のように体を捻りながら飛び跳ねた。
その魔獣の角にしゃくり上げられ、グランツの身体も一緒に宙を舞った。
宙に跳び上がった魔獣は、空中で十数本の氷柱を展開。
それをジーノ目掛けて一斉に射出する。
「――風よッ！！」
魔獣の行動を先読みしていたジーノは、風の魔術で氷柱を逸らし、なんとか凌ぎ切る。
しかしそれも魔獣にとっては、ジーノを自由に動かさせないための牽制にすぎない。
そのまま空中でぐるりと、体を回転させる魔獣。
着地の勢いを利用して、一足先に地に落ちていたグランツ目掛けて、その太い尾を叩きつける。
「うおっ！？」
尾が叩きつけられた大地から、氷の槍が無数に生える。グランツは雪の上を転がり、紙一重でそれを躱した。
あと一瞬反応が遅ければ、グランツは尾に叩き潰されるか、あるいは氷の槍に串刺しとなっていただろう。
転がった先でグランツは体制を整え、油断なく次の攻撃に備えた。
地に降り立った魔獣は、今度はその両腕で大地を掴む。
驚異的な腕力と身体能力で、自分の体を振り回すように高速で一回転――尻尾による薙ぎ払い攻撃だ。
その兆候となる挙動を見切ったグランツは一瞬で後方に下がる。
これで尾は届かない……傍から見ていたオレはそう思っていた。
しかし、何かに気が付いたグランツは、咄嗟の判断で地に体を伏せたのだ。
そして、その判断は正しかった。
雪の上に伏せたグランツの上。通り過ぎるは魔獣の尾。
オレはその光景に驚愕する。
――リーチが長い？ 想像の倍以上はある！？
その伸びた尾の正体は――魔獣が最初に投擲した自身の剣だった。
一回転の間に拾い直したのだろう。自身の尾から作り出したそれを、魔獣は器用に尾の刺で引っ掛けながら握っている。
基本的に尾と剣の見た目が同じなため、その姿は単純に尾が継ぎ足されたようにも見えた。
「……そうか、てめえ……尾でも剣を持てるのか。ムダに器用だな畜生！」
薙ぎ払い攻撃を躱された魔獣は、頬の肉を吊り上げ牙を剥く。その嘲り笑いを湛えたまま、尾から右手にひょいと剣を投げ渡した。
グランツはその動作を、また厄介そうに睨み続けていた。
それは時間にして、ほんの十秒にも満たない攻防。
一見すると、互いに有効打のない五分五分の接戦。
ただその実態は、明らかに魔獣側が手加減しているがゆえに成立する演舞のようなものである。
さらに魔獣側の動きには洗練されていない拙さが垣間見え……まるで、グランツとジーノを実験台にして、進化した自分に何ができるかを検証しているかのような不気味さがあった。
しかも、その拙さが、不死身の生命力の前では致命的な隙とならない。
大地を駆け、吹雪を操り、変則的で野性的な剣技を使いこなす不死身の魔獣。
このままでは、グランツ達が力尽きて倒れるのも時間の問題だ。
決着の瞬間は、確実に近づいている。
この状況を打開できるかどうか――それは全てオレとリップの作戦に懸かっていた。
オレは雪原を駆け、魔獣の背後へと回る。
弓につがえるのは普通の矢ではなく、光精霊の加護を受けた剣。
一本はさっき使い潰してしまったから、残りは二本。無駄使いはできない。
オレは剣に魔力を込める。
そして魔獣の背後から、その心臓を狙って弓から剣を射出した。
魔獣の耳が弓の射出音に反応している。こちらを見てはいないが、間違いなく気付かれているだろう。
でも、そんなの関係ない。
放たれた光精霊の剣は魔獣の心臓を目掛けて真っ直ぐに飛んで行く。
そして、剣は吹雪の結界に辿り着いた。
普通の矢なら、間違いなく横に流され、地に落とされるほどの突風。たとえ魔力で強化しようとも、矢自体が軽すぎて逆らえない。
しかし、今回放たれた光精霊の剣は――吹雪の結界をギリギリで突破した。
――これは嬉しい誤算だ。値千金の情報でもある。
「よし、いった！」
吹雪の結界を越えた剣は多少軌道をずらされたものの、それを修正しながら心臓に向かい――そして魔獣の尾に叩き落とされた。
「……まあ、勢いも落ちていたし、そうなるよね」
魔獣に払われた剣は吹雪に巻き込まれ、錐揉み状に舞い上がった。
オレの放った剣が、魔獣に届くことなく叩き落とされる。
これは間違いなく、オレの奇襲が失敗したように見えるだろう。
しかし、これこそがオレたちの作戦の第一段階。
――まさか一度払い落とした矢がまだ生きているなんて、直感的には絶対思わないはずだ。
光精霊の剣は確かに特別製だ。
それは弓で飛ばすため、軽く、風に乗りやすい形に作られている。
だが、いくら軽く造られているとはいえ、その気になれば剣としての扱いにも耐えうる金属製の物体だ。
多少は風の影響は受けるにしても……流石にこの程度の風で、簡単に吹き飛ばされるほどには軽くない。
ならばなぜ、今目の前で光精霊の剣が風に舞い上がっているのか。
それは、オレが風に乗るように上手く調整しているからに他ならない！
風に舞う黄金の剣は、ひたすら上空を目指す。
狙うは、魔獣の真上。
――そう、これこそがあの吹雪の結界の弱点。
それは風が魔獣を中心に、渦巻くように吹いていること。
つまり、あの魔獣の真上は、完全に無風のはずだ。
これこそが曲射の可能な、あるいは飛ばした矢そのものを操ることが可能な弓矢にのみ突破できる穴であった。
しかし、オレは一度、上空からの奇襲をあの魔獣に見せている。
慎重にいかなければ、この思惑に勘付かれるかもしれない。
だから今度は真の目的を隠すブラフとして、作戦実行の予備も兼ねた囮の矢を次々と放った。
もちろん、それらの矢は全て風に巻き上げられて、魔獣まで届くことは決してない……これで、ますます魔獣は、オレを侮ってくれるだろう。
唯一の懸念事項は、この風に巻き込まれた流れ矢がグランツとジーノの邪魔になることだったが――。
「……風の守りよ」
ジーノがオレの意図を酌んでくれたようだ。さりげなくグランツに矢避けの加護を施した。
そしてグランツもオレの企みを理解したのだろう。圧倒的不利な状況にありながら、にやりと笑みを浮かべる。
「オラァ！！ こっちはまだ余裕だ、もっと掛かって来いやぁ！！」
流れ矢に討たれる心配のなくなったグランツが、さらに前へと出た。魔獣は攻撃の激しくなったグランツとの戯れに夢中となる。
二人とも、オレ達の作戦が上手く行き易いように、魔獣の足止めを買って出てくれたのだ。
――ありがとう。
心の中でオレは二人にお礼を言う。
これじゃあ、ますます失敗できないな。
そしてオレは、定位置に着いたリップと目配せをした。
光精霊の剣がさりげなく魔獣の上空を捉える。
剣は重力に任せた落下を開始。チャンスは一回。失敗は許されない。
狙うは、グランツとの打ち合いが止まった直後。
オレは焦る気持ちを抑えて耐え忍び、そしてその瞬間が訪れる。
――今だ！
オレはリップに合図を送った。
「それっ！！」
合図を受けたリップは、その手に持っていた目潰し薬の原液を放り投げる。
ただし、その容器は投擲用のガラス瓶ではなく――金属製の携帯酒瓶だ。
これがオレ達の考えた作戦だった。
軽めに作られたガラス製の投擲瓶だと、結界の風に流される。
しかし、たっぷりと中身の詰まった金属製の携帯酒瓶ならば？ それなら結界を越えられるのではないか、オレはそう思ったのだ。
だが、ただ結界を突破できるだけでは意味はない。
丈夫な金属製の酒瓶をただ魔獣にぶつけても、それは鈍器以上の意味を持たないからである。
そこで登場するのが――オレの弓矢であった。
不安要素は携帯酒瓶の重さが足りるかどうかということ。しかし、最初に剣を射撃した結果から、十分突破できるだろうとオレは確信していた。
そして予定通り、リップの放り投げた鈍色の酒瓶は、ほぼ綺麗な放物線を描きながら魔獣の真上へと至る。
このタイミングでグランツは退き、魔獣の意識は頭上を通過する金属製の酒瓶に奪われた。
――あの魔獣からすれば意味不明だろう。
奴に見えているのは、無意味に頭上を通過しようとする酒瓶だけなのだから。
なぜなら、魔獣の目線と携帯酒瓶、そしてオレの光精霊の剣は一直線上に並んでいる。
つまり、魔獣には、オレの剣が見えていない！
もちろんこれは奇跡的な偶然である。だが、この最大の好機を逃すことなく、オレは光精霊の剣に指示を下す。
「――貫け！！」
携帯酒瓶の陰から、急加速する光精霊の剣。
隼のように急降下したそれは魔獣の隙を突き、頭上を見上げる魔獣の脳天を金属製の酒瓶諸共に貫いた。
光精霊の剣に脳天を貫かれた魔獣。
しかし、その程度の重傷、魔獣の再生力の前では大した意味はないだろう。
もちろんこれは、唯のおまけだ。
本命は酒瓶の中身――串刺しとなった穴から剣を伝って魔獣の頭部に注がれる目潰し薬の原液である。
オレはさらに追加で指示を下す。
「大気よ、切り裂け！！」
呼びかけに呼応して、弾け飛ぶ携帯酒瓶。
内側から切り裂かれた酒瓶はその中身をぶちまけ、魔獣の全身に振りかけた。
「やった！！」
リップが思わずといった調子で叫ぶ。
オレも自分の成し遂げた快挙に興奮した。
「ジーノ、急いで！ 今のうちに逃げよう！」
オレは氷の壁を壊せるジーノに呼びかける。魔獣が全身の痒みで動けないうちに、此処から脱出するんだ！
しかし、ジーノは微動だにしなかった。
「どうしたの？ 早く……」
ここでオレも違和感に気が付く。
静かだ。静かすぎる。
魔獣の苦しむ声が聞こえない。
痒みにのた打ち回る声が聞こえない。
オレは嫌な予感と共に、魔獣のほうへ振り返った。
魔獣の様子は、オレ達が期待していたものと違っていた。
奴は目の痒みに暴れることもなく、平然としている。
「そんな……」
「……効いていない、だって？」
もしかして、もうすでに耐性ができていたとでもいうのか。
「おかしいよ！ さっき当たった時は痒そうにしてたじゃないか！ しかも今度は濃度百倍なのに！」
魔獣に向かって叫ぶリップ。その気持ちは分かる。
しかし魔獣はそんなリップを意に介さず、何かを考えるように空を見上げ佇んでいた。
ふと、風の音が変わっていたことに気が付く。
魔獣の纏う、吹雪の音が変わったのだ。
風の流れが変わる。単調に魔獣を中心として吹き荒ぶようではなく、より隙をなくした形へ。
風が魔獣の体を撫ぜるように、魔獣の体を守る鎧のように駆け巡る。
そして遥か上空では、雲の流れが出鱈目になっていた。
おそらく、魔獣の力で乱気流が入り乱れているのだろう。
「嘘だろ……」
オレはその意味を理解した。
学習したのだ。より最適な吹雪の纏い方を、風の扱い方を。
もはや先ほどのような、弓矢で通り抜けられる隙はどこにもなくなっていた。
そして突然、何かがオレの頬を引き裂く。
つうっと、頬から血が垂れた。
切り裂いたのは、風に乗って飛んで来た氷の欠片だった。ただし、その側面はナイフの刃のように研ぎ澄まされている。
それらは無数にキラキラと輝きながら、残酷な凶器となって吹雪に舞う。
魔獣はとうとう近づいただけで、獲物を劈ける手段を手に入れたのだ。
その姿はまさに、吹雪を従える獣の王だった。
「……ハハ、どんどん手が付けられなくなっていくな……」
オレの口から乾いた笑いが漏れた。
さらに、悪いことは重なるものである。
「さあて、これからどうしようかね……」
グランツがどこか諦めた声音で口を開いた。
「こいつであと、どんぐらいやり合えるもんか……」
それを見たオレは愕然とする。
今は辛うじてギリギリ形を保っているものの、酷使されたグランツの大剣には大きな亀裂が入っていたのだ。
これでは、あと一回でもまともに振るえば、その刀身は折れてしまうだろう。
それは間違いなく、あの魔獣の猛攻を受け続けたせいだった。
「まったくよう、ちょいと厳しすぎるぜこりゃ……」
此処に来て、グランツに無茶をさせたツケが回ってきたのだ。
もはやオレたちに成す術はない。
唯一魔獣との接近戦をこなせるグランツの剣が砕かれた今、この戦況は完全に魔獣が支配していた。
絶体絶命大ピンチの冒険者パーティ。さらに強化された魔獣の前に絶望する面々。このどうしようもない状況に、ジーノはとある決断を下す。
でも、その決断の内容は――。
お願い、冷静になってジーノ！ グランツが魔獣と戦えない今、貴方の行動に全てがかかっているの！
希望はまだ残っている、ここを耐えれば、あの魔獣に勝てるんだから！
次回、「ジーノ死す」 デュ○ルスタンバイ！（嘘）
