ウサギとナイト
その日、黒オオカミとお姫様は、珍しくお出かけをしていました。
目指す先は、雪原の真ん中にある大きな木です。
その木は世にも珍しい、純白のリンゴが鳴る大樹でした。
お姫様と黒オオカミは、仲良く白いリンゴを収穫します。
「じゃあ、俺が登ってリンゴを集めてくるとしよう」
「たくさん採ったら、大きなアップルパイを焼きましょうか。今晩にでも、食後のデザートにしましょう」
「ああ、それは良いな」
こんな感じで、とっても楽し気な会話もしちゃいます。
そんな仲睦まじい様子を、灰色耳はこっそり隠れながら見守っていました。
冬の城に向かう途中、偶然二人の足音を聞いて、こっそりついてきたのです。
――いいなあ……あのきのみ、あまくておいしそうだなぁ……。
灰色耳は、二人が持っている籠いっぱいのリンゴに夢中でした。
――あたいがナイトになったら、たべさせてくれるかなあ?
彼女がナイトになりたい理由が、また一つ増えました。
ただ、思わず前のめりになってしまったせいか、隠していた気配が少し漏れてしまったようです。黒オオカミも何かに気が付いたらしく、ぴたりと動きを止めます。
「……魔獣さん? どうしたのですか?」
「何かが来る」
迎撃のために、身構える黒オオカミ。
完全に存在がバレてしまったと悟った灰色耳は、逆にこれをチャンスだと思いました。
――よし、さっそくおねがいしてみよう!
単純な灰色耳は、真正面からお願いしようと考えます。
だから彼女は、隠れていた岩の陰からぴょこッと顔を出し、愛想よく挨拶しました。
――よっ! きたよ!
まるで友人に会いに来たかのような態度の灰色耳。
しかし、黒オオカミにとっては、不倶戴天の敵。彼は身を強張らせます。
「テメエは……!」
――なあ、あたいもナイトになりたいんだ! なかまにいれてくれよ!
灰色耳はクゥクゥ訴えるように鼻を鳴らします。
でも、ウサギの言葉が分からない黒オオカミには伝わりません。
「まさか、ここで会うとは……久しぶりだな、クソウサギ!!」
実際は長老ウサギに会いに行っていた数日間会わなかっただけですが……それだけ灰色耳が、黒オオカミをオモチャにしていたということになるのでしょう。
黒オオカミはお姫様を庇うように前へと出ます。
「氷の矢、用意……!!」
黒オオカミは最近使えるようになったらしい氷の魔法で、氷柱を空中に生み出します。
――じゃあ、おまえにかてば、あたいもナイトね!
灰色耳は一方的にそう決めました。
その瞳に恐れはありません。黒オオカミが放つ氷の矢だって、避ける自信がありました。
そうしているうちに、黒オオカミの魔法が完成します。
「発っし――」
「ダメです!!」
しかし、お姫様がそれを止めました。
彼女は自分よりも大きい黒オオカミの鬣に飛びつき、無理やり魔術の発動を阻止ししたのです。
「なぜ邪魔をする!? ソフィア!!」
「魔獣さん、見損ないました! こんなに人懐こくて可愛いウサギさんに乱暴するなんて……!」
そう言うとお姫様はその場にしゃがんで、持っていたリンゴを灰色耳に差し出しました。
「ほら、おいで? もう怖くないよ?」
――え? くれるの!?
灰色耳は突拍子もないお姫様の行動に、クゥっとひとつ鳴いてから、恐る恐る近付いていきます。
「見た目に惑わされるな! そいつは危険な魔獣なんだぞ!!」
「いいえ、わたしには分かります。この子の魔力には、敵意が一切ありません!」
とうとう目の前に美味しそうなリンゴが。
灰色耳は、もう一度だけ鳴いて確認します。
――ほんとにいいの?
小さなウサギが小首をかしげるその仕草は、あざとくおねだりしているようにも見えます。
「ほら、大丈夫。おいで? リンゴ食べる?」
――うん、たべるー!
クゥ! と元気よく返事。
言葉は通じていないはずですが、その瞬間のお姫様と灰色耳は、確かに心が繋がっていました。
――すごいや! オヒメサマって、すっごくいいやつだ!!
すっかりお姫様に懐柔……もとい、懐いてしまった灰色耳。
彼女は人懐っこい態度で、お姫様と戯れます。
――なあなあ、あたいもナイトにしてくれよ。オヒメサマのこと、まもってあげるからさ!
「あらあら……本当に人懐っこいですね♪」
灰色耳のふわふわな毛並みに、お姫様もご機嫌です。
一方で、黒オオカミは一頭で怪訝な顔をしていました。
「どういうことなんだ、いったい……」
そんな彼を見て、シャクシャクト貰ったリンゴをかじりながら、灰色耳は鼻で笑います。
――へへん、これでたいとーだぞ! あたいもナイトになったからな!
彼女の中では、いつの間にか自分もナイトになっていました。
これで自分も、黒オオカミと一緒の立場です!
――あたいも、もっともっとつよくなるかるからな! かくごしてろよ!
クゥー、クゥー! っと、灰色耳は宣戦布告をします。
どんどん成長するライバルに、遅れはもう取りません!
「ウフフ……モフモフです♪」
そんな灰色耳を、お姫様は抱きしめます。
こうして灰色耳は見事、黒オオカミが仕えるお姫様に取り入ったのでした。
「こ の ク ソ ウ サ ギ め……!!」
そんな仲の良い二人の様子を見ながら、お姫様を取られた黒オオカミは悔しそうに呻っていました。
* * *
さて、それから灰色耳は、黒オオカミやお姫様と一緒に、冬の城で過ごすようになりました。
冬の城での暮らしは、枯れ木の森よりもずっと快適でした。
時々お城にやってくる、緑色の服を着たヒトの女の子からニンジンももらったりして、彼女は人気者です。
もちろん強くなるための特訓も欠かせません。
自己鍛錬をしながら、暇を見つけては黒オオカミと組み手をします。
特訓に手は抜きません。
だって、ヒトに仕えている彼女はもう立派なイヌのナイトなのですから!
ただ、彼女が冬の城に来てから、なぜか黒オオカミはあまり本気で戦ってくれません。同じナイトの仲間だからでしょうか? 灰色耳は催促も兼ねて、ゲシゲシと蹴りながら不満をぶつけます。
それでも戦ってくれない場合は仕方がないので、最近では撫でようとしてくる黒オオカミを相手に、簡単な運動をする程度で我慢していました。
そんな今の彼女のお仕事は、オヒメサマを守ること。
ちゃんとナイトとして、日頃から出来る限り灰色耳は彼女と一緒に居るようにしています。
今日も赤く燃える穴(オヒメサマたちは暖炉と呼んでいました)の前で、のんびり一緒に過ごしていました。
オヒメサマの膝の上は心地よくて、ついウトウトしてしまいます。
だけど、警戒は欠かしません。
何かが来たらすぐに飛び起きて――。
――ん?
灰色耳が目を覚まします。
なにやら、お姫様の様子が変です。とても慌てた様子で、何かを探しています。
「ウサちゃんは、魔獣さんがどこに行ったかご存知ですか?」
お姫様が灰色耳に尋ねました。
『まじゅうさん』というのは、例の黒オオカミのこと。
彼の居場所について心当たりのない灰色耳は、フルフルと首を横に振ります。
気付けば、いつもせわしなく動いている人っぽい何かたち(この城の家事を担当している、仮面をつけたゴーレムたちのことです)も、姿が見えません。
お姫様は慌ててお城のエントランスへと向かいました。灰色耳も、彼女に抱かれたままついて行きます。
すると、お城の玄関から黒オオカミの足跡が、ずっと遠くへ伸びていました。
「そんな……もしかして……!」
オヒメサマの体が震えだします。
ただ事ではない雰囲気を感じ取った灰色耳は、神経を研ぎ澄まし、周囲の音を探りました。
――なんだ? 遠くで、聞いたことのない音がする……。
黒オオカミの足跡が伸びて行く先で、ガシャン、キーンと、変な音がします。
その音はお姫様が料理をするときに使う、鍋や包丁の音に似ていました――要するに、金属が何かにぶつかる音です。
――ちょっとおろして!
灰色耳はお姫様の腕から飛び降りました。
――やっぱり、なにかあってる! オヒメサマ! あたい、ちょっとみてくるよ!
灰色耳はクゥクゥと鳴いてから、音が聞こえる枯れ木の森のほうへと駆け出します。
「案内してくれるんですね!」
お姫様も外套を着こむと、灰色耳の後を追って走り始めました。
しばらく走っていくと、一年中雪が降り積もっているはずの大地が、地面剥き出しになってしまっています。
空気の感じも、何時ものひんやりしたような感じではなく、チリチリと熱い気がします。
――な、なんだこれ!?
地面と言えば雪と氷が当たり前だった灰色耳にとって、それは見たこともない光景でした。
耳をそば立てれば、泥になって黒いドロドロの地面が広がった真ん中に、二つの影があるようです。
――あっ! いた!!
そのうち一つはよく知った相手、黒オオカミでした。
しかし、その毛皮の所々がボロボロになっており、首には大きな棘が――両手持ちの騎士剣が刺さっております。
しがないウサギでしかない灰色耳には、その騎士剣が人間の扱う武器だと理解できませんでした。
でも、その痛々しく刺さった棘が敵の攻撃で、黒オオカミが相対しているのが敵だということは本能で理解できました。
――なんだ、あいつ!?
そいつは不気味な生き物でした。
全体の形はヒトに似ていますが、全体的に真っ黒で、刺々しく硬い甲羅のようなものに守られています。
そして、この世の生き物ではない、ただならない存在の気配を纏っておりました。
全身がやわらかくていい匂いのするお姫様とは大違いです。
――みたことないけど、きっとアレが、オヒメサマをねらうわるいやつか!?
……皮肉にも、それが外の世界で“黒騎士”と呼ばれる存在だという事実を、この冬に閉ざされた世界で生きるウサギたちが知る由はありませんでした。
ここで書き溜めを使い切りました。
続きはもうしばらくお待ちください。




